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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
12/60

11:悪夢、胎動

 同心円状に焔や煙に風穴を開けながら、〈天斬〉はオキサリスを翔ぶ。途中で目に付いた〈鬼獣〉をアサルトライフルと頭部機関砲で人間のものとは違う鮮血の花へと変えた。

 自分の見知った風景が蹂躙され、陵辱され、汚されている。眼下で背後に流れていく破壊された町並みに、千歳は歯噛みした。

 戦場、というのだ、これは。だが戦争ではないのかもしれない。相手は人間ではなく、異形の化け物なのだ。

 爆散し残骸と化したGAと、夥しい量の血液で道路に絨毯を敷く〈鬼獣〉の死骸。人類の敵たる〈鬼獣〉の血液には、人間を汚染するウィルスが多分に含まれている。空気感染は極めて低く、大気に触れれば死滅するといっても、消毒をしなければ感染の確率はゼロにはならない。それにこの被害だ。〈鬼獣〉を退けても、オキサリスが完全に復旧するには何年もの歳月を要することは明らかだった。今千歳に出来るのは復旧までに必要な時間を少しでも減らすために、元凶たる〈鬼獣〉を殲滅して被害を食い止める以外にない。

 アサルトライフルのマガジンを入れ替え、飛行を続けた千歳は周囲を見る。変わり果ててしまっていたが、辛うじて現在地は認識できる。警戒を怠らず、レムリアに話しかける。

「もうすぐ、オキサリスの中枢防衛基地に着く。そこにこの島最強のGAがいるだろうから、合流する。人工島は基地や島を運営する主要施設を一ヶ所に集めているから、あそこが陥落すればオキサリスは終わりだ」

 それはなんとしても阻止しなければならないことだ。もし基地の部隊を突破されれば〈鬼獣〉は軍最高権力者兼島の頂点たる領主を殺害することも出来るし、島を維持する機関部や人間を喰らうことだって出来てしまう。そうなれば最悪、人工島が浮力を失い海に落下することだってあり得る。シェルターに避難した人間だって危険に曝されてしまう。

「最強のGA……確か、重機士級がいるという話は聴いたことがある。じゃあ、さっきの光も?」

「ああ。重機士級GA〈岩砕神〉の陰陽武装の光だ」

 重機士級のみが扱える武器、陰陽武装。その威力と破壊力と殲滅力は他のGAでは及びもつかないレベルに達している。千歳が〈岩砕神〉とおこなった模擬戦になんとか善戦できたのも、この武器を使われなかったことが大きい。模擬戦用に殺傷力をなくしたレプリカなど作れない、そんな特殊な代物なのである。

 〈天斬〉の外部マイクが突然の轟音を拾う。大地を揺らすほどの衝撃。ミサイルやGAの爆発音ではないそれを、千歳は懐かしく思った。離れてからまだ一週間もたっていないというのに。

「噂をすれば、だ」

 基地の姿が近づき、千歳はその前で獅子奮迅の活躍をするチェスナットブラウンの機体を認めた。

 ――〈岩砕神〉。

 三〇メートルの巨体が両手で保持しているものを振り下ろすと、地面に隕石が落ちたようなクレーターが出来上がり、無数の〈鬼獣〉が押しつぶされる。

 その得物は、なんと〈岩砕神〉の身の丈ほどをある斧槍(ハルバード)だった。長い鋼鉄の柄の先に槍と斧の形をした刃がある。しかし、〈岩砕神〉と共に戦っていた千歳はともかく、レムリアはそれを最初に目にしたとき斧槍とは思わなかっただろう。分厚く巨大すぎる斧の部分のせいで、それはGAサイズに拡大された金槌にしか見えなかった。いかに斧が叩き斬る武器だとはいえ、これでは本当に押し潰すしかできない。

 が、それでいい。〈岩砕神〉にとってのあの武器はそういうものだ。

 〈岩砕神〉の巨躯の周りには、一機相手には明らかに過多と思えるほどの〈鬼獣〉が群がっている。地面を這いずり回り、ビルにしがみついているのはもっとも出現数の多いとされる海老型〈鬼獣〉――〈餓蝦(ハンガーハンダー)〉。そして飛行能力のない〈餓蝦(がか)〉を戦場に輸送する役割を持つらしい〈刺蟲〉が節足で掴んでいた海老型〈鬼獣〉を地上に投下すると、自らも〈岩砕神〉の周りを旋回して牙を鳴らす。

 〈岩砕神〉の周りに味方機は見当たらない。辺りを埋め尽くす数十数百の〈鬼獣〉に囲まれ、孤立無援だった。

 ピンチ?

 否、と千歳は断言する。

 これでも足りないぐらいだ。

 〈岩砕神〉が、足下に群がる〈鬼獣〉に斧槍を振り下ろす。轟ッ、と空気を引き裂きながら〈鬼獣〉の頭を押しつぶし、

 衝撃。

 斧槍は道路を粉々に砕いて〈鬼獣〉を押し潰した。それは、明らかに斧に触れるはずのない位置の〈鬼獣〉も気持ち悪い蟲の挽き肉へと変えてしまう。斧槍を中心に出来た面のクレーターは〈天斬〉の身体が収まるほどに広大だった。重圧に巻き込まれた大量の〈鬼獣〉は一瞬で命を散らした。アイスクリームディッシャーで掬いとったようなクレーターは、単純に斧槍の質量だけで作られたわけではない。

 正体は、重力。斧槍が対象とぶつかった瞬間に武器が重力波をぶつけているのだ。その超重力に〈鬼獣〉という生物は耐えることはできなかった。

 〈岩砕神〉はさらに斧槍で飛びかかってくる〈鬼獣〉を薙ぎ払う。自分達よりも遥かに大きいその威容に比べて、悪魔と恐れられる〈鬼獣〉達は酷く矮小に見えた。超重力の斧槍の前に、〈鬼獣〉はひしゃげて引き裂かれる。

 破滅の象徴たる〈鬼獣〉が、赤子のように扱われていた。

「あれが、重機士なんだ」

 千歳は、誰にともなくつぶやいた。

 〈天斬〉は、確かに凄まじい性能を持っている。だが、あの〈岩砕神〉と比べれば、まだまだ人間の常識の範疇だ。機士の延長上にいる機体に過ぎない。数十トンの武器をいとも簡単に操り、重力波を駆使して敵を押し潰す――そんなものに、比肩できるだろうか。

 重機士の強靱さに畏怖を覚えながら、千歳は〈岩砕神〉に襲いかかろうとする〈鬼獣〉に向けてアサルトライフルを発砲した。空中にいた〈刺蟲〉達が粉微塵に吹き飛ぶ。

 〈岩砕神〉が〈鬼獣〉を蹴散らしながら、双眼を〈天斬〉に向けた。通信回線が開き、コクピットに音声が反響した。

『援護感謝する。……しかし、その機体はこちらの記憶にないのだが、所属は?』

 こちらのことがわからないのか粗暴な口調ではなく他人行儀になっていたが、それは間違いなくゲラートのものだった。相手の反応が少しだけ淋しく、同時におかしかった。

「特殊汎用装甲試験機動部隊所属――神国軍ですよ、一応はですが」

『そ、その声は陵くん!?』

『な、なにィ!?』

 桜姫とゲラートの驚きの声が通信機からあがる。千歳は音声だけでなく映像回線もオンにすると、相手も既にそちらの回線を繋げていたのか、互いの顔がモニター端に表示された。パイロットスーツを着た無精髭の男のゲラートと、戦闘中にも拘わらず私服の桜姫は驚きで目を白黒とさせていた。その様子に戦闘中でありながら千歳の口元に笑みが浮かんだ。

『な、なんでお前がここにいるんだ!』

「援軍です。まだ本隊は到着していないので、生憎と単機の救援です、が!」

 操縦桿のトリガーを引くとアサルトライフルは弾丸を吐き出し、〈鬼獣〉を撃破する。〈岩砕神〉も斧槍を振るい、重力波で敵を肉塊に変えた。

 手を休まず、舌も噛まず、会話を続ける。

『だいたいその機体はなんだ、見たことがないぞ!』

「これは高性能試作機です。自分が使用できるのはこれしかなかったので、出撃させてもらいました。勿論許可はとってあります!」

『さすが陵くん、抜かりない。櫻真とは大違いですね』

『部隊長嘗めるな、オレだってそんくらいできるわ!』

 弾ッ、と弾丸が撃たれ、

 圧ッ、と重力波が潰す。

 軽口を叩き合いながら〈鬼獣〉をそれこそ飛び交う蟲を払うように撃破するふたりに、レムリアは置いてけぼりを喰らったような顔をした。

「……地味に器用なことを」

 アサルトライフルの残弾がゼロになり弾倉を変えるのももどかしく、千歳はライフルを背腰部にマウントするとウェポンラックから光子剣を引き抜き、〈鬼獣〉を熔断した。プラズマの動力炉が生み出した光子と、ブレイドエンチャントという不定形のエネルギーによる刀身形成の技術を利用し作り出した高温の剣は、斬った〈鬼獣〉に血をあげることすら許さない。

 〈岩砕神〉と背中合わせになって〈天斬〉は〈鬼獣〉と睨み合う。斧槍を構える巨体と、光子剣を正眼に構える翼人。その威圧に、〈鬼獣〉は心なしか後退したように思えた。

 〈天斬〉の足裏が粉塵を踏みしめ、砂を噛むような音がした。そんな緊迫を余所に、桜姫がのんきに訊ねる。

『あら、そちらの方はどなた? もしかして、陵くんの式神かしら』

 通信が繋がっているからレムリアの姿も見えていたのだろう。桜姫の一言に、レムリアは心外だと柳眉を寄せた。

「何故、私が陵千歳なんかの式神にならねばいけないのか理解できませんが。すごく不愉快。そもそも私は人間です」

 千歳は複座から多大なプレッシャーを感じた。そういえば千歳も初対面の時にそんなことをいって怒らせてしまったし、本人は式神と呼ばれるのが嫌いなのだろう。しかしここまでいわれると、千歳も少々傷ついてしまう。

『あ、ごめんなさい。……よく見ると、その子は重機士ではないみたいね。でも……?』

「これは式神なしで重機士に近づくために作られた機体ですから、機士とは比較にならない性能なんです」

 おそらく機士では有り得ない力を発揮したから、桜姫は混乱しているのだと判断した。でなければ複座のレムリアを式神と思ったりはしない。

 ――そう、自分と同じ人ならざるものとは思わない。

 桜姫はなにかまだ釈然としない様子だったが、首を振ってそれを払った。

『……そうね、あの陵くんが式神を乗せるとは思えないわね。私達式神は嫌われてるみたいだし』

「い、いや別にそんな、嫌ってるわけではないのですが……」

 くすくすという笑みでからかわれたことに千歳は気づく。大和撫子然としていながら、意外と茶目っ気のある女性なのだ、桜姫は。

『お前らな。緊張感を持て緊張感を。敵は目の前だぞ』

「そして、どうやら来るみたい」

 ゲラートとレムリアの警告と同時に〈鬼獣〉が飛びかかってきた。

 〈刺蟲〉は衝角をきらめかせ、〈餓蝦〉は牙をきらめかせ、紅の甲殻を身につけた身の毛もよだつ化け物達が襲い来る。

 合金の装甲すら打ち抜く強靱な角と牙、幾多の人間を踏みにじり断末魔をあげさせた忌むべき凶器。それらが一斉に雪崩のごとく殺到する。生きた心地などしない光景だ。普通なら死を覚悟するような物量の暴力だ。腐臭を漂わせる生暖かい蟲の大群は、人間に生理的嫌悪感と生存の危機を最大レベルで訴えさせる。

 人類の敵。憎むべき害虫。蹂躙者。破壊者。捕食者。

 ――なのに、何故だろう。

 負ける気など一切しなかった。

 光刃一閃。

 重力粉砕。

 光の剣が一振りで蟲を大量に惨殺した。

 重力波は一撃で蟲を大量に叩き潰した。

 それを繰り返す。紙一重で〈刺蟲〉の刺突を躱し、必要最低限の動作で〈餓蝦〉を切り裂く。

 まるで舞踏のように、あらかじめ定められた演劇の殺陣のように、〈鬼獣〉を切り裂き/押し潰し、蹴散らす。

 圧倒的だった。驚異的だった。一方的といっていい。

 これだけの〈鬼獣〉を相手にして、〈岩砕神〉と〈天斬〉はほとんど無傷だったのだ。

 千歳と〈天斬〉が一心同体になっている。途方もない――いや、そのような実感もない。ただ当然のことのようにある人機一体感。鋼の巨人は間違いなく千歳であり、千歳は間違いなく鋼の巨人だった。人間が人型兵器をもっとも使いこなせる操縦方法が、ファクターフィードバックシステムだ。それを完全に消化し、千歳は〈天斬〉を使いこなしていた。

 〈岩砕神〉と〈天斬〉相手に戦っていた〈鬼獣〉は、もう壊滅状態にあった。大量の死骸が無惨な姿で山のように二機の周囲に転がっている。情けや慈悲はない。この化け物は沢山の人を同じ姿に変えたのだ。人間を至上と謳い、他の生物を卑下する気はない。しかし、人類という種族に攻撃を仕掛けたのなら、手痛い反撃を受けたとして――文句は、いわせない。

「――――――――ッ」

 チリッ、とうなじに静電気が走るような気配がした。

 〈天斬〉と〈岩砕神〉が同時に跳ぶ。刹那、二機がいた空間を電磁加速された無数の弾丸の雨が穿った。

 上空には戦火に引き寄せられた〈屍鳥〉達がいた。二桁に達する黒鳥は真っ赤な紅玉髄(カーネリアン)の目で見下ろす。電線にとまった鴉の群に睥睨されるのに似た不安感。この状況において、それはけして精神的なものだけが原因ではない。今は高空からの電磁砲による連続射撃に曝されているのだ。

 第二波がくる前にアサルトライフルの弾倉を替えられるか――自問して、千歳は必要ないことがわかった。

 〈岩砕神〉が斧槍を天に、〈屍鳥〉達に向けていた。両足を力士の四股のようにして力強く地面を踏みしめる。

『ヘルブリンガー、射撃形態へ』

 桜姫の合図と共に斧槍、陰陽武装ヘルブリンガーの槍部分が真ん中から割れる。上下に開き、中からせり上がってきたのは銃口だ。八六口径のアサルトライフルなど目ではないほどのそれに、光が収束する。

 重機士の動力炉は、機士や準機士とは別物だ。〈天斬〉を含めたGAは基本的に超高温のプラズマを発生させ、それによって命を吹き込まれる。早い話が核融合炉より安全性の高い代物で動いているのである。しかし、重機士の動力炉は、厳密にいえばエンジンではない。汲み取り機だ。

 仮想無限炉。高出力のエネルギーを生み出し続ける半永久機関。

 それは"式神"たる人物が乗ることで始めて起動する。起き上がる。怠惰な首をもたげる。

 "式神"は生体コンピューターといって差し支えない能力が備わっている。"式神"の脳は進化、あるいは覚醒し量子コンピューターよりも優れた演算機関となった。だが、それだけでは頭の回転が速すぎるだけの人間だ。"式神"のさらに優れたる所は因子――プログレス因子を媒介として外界に演算結果を出力できることである。疾風も起こせるし、魔法じみたことだってできないわけじゃない。

 その能力を使い、"式神"は仮想無限炉を起動させてシンクロする。

 無から有を汲み上げる。無限の力を即席で創造させ、身に孕む。これは通常のエンジンとは隔絶した炉心なのである。

 然り、その動力炉のエネルギーを貪り喰らい放たれるものは――天をも轟かす破砕の一撃だ。

『ヘルブリンガー・エアシーセン……発射(ファイア)ッ』

 ゲラートの言葉と共に引き金をひく。

 閃光が視界を焼いた。熱気を孕んだ烈風が巻き起こる。

 斧槍ヘルブリンガーから放たれた粒子の光は空を往く〈屍鳥〉達を一瞬で薙ぎ払った。熔断ではない。あまりの熱量に〈屍鳥〉は蒸発し、消え失せていた。

 光子剣とは違う、大容量の粒子を収束して解き放つ射撃武器。アサルトライフルとは比べるのも馬鹿らしい威力の砲撃を前に、〈鬼獣〉などものの数ではなかった。

 たったの一発で空中を支配していた〈鬼獣〉は消滅する。その圧倒的な威力はレムリアも目を奪われるほどだった。

「さっきの光はこれだったんだ。……すごい威力」

「ああ。あの力が重機士の重機士たる所以だ」

 機士などのGAでは、あの陰陽武装は扱えない。潤沢なエネルギーを常に供給されている重機士にこそ許された破邪の剣だ。

 陰陽武装を扱う重機士はたった一機で戦況を変える。支配できる。意のままに操れる。明らかに兵器という枠から逸脱した、いうなれば魔神のような人の及ばぬ高みなる力。それが重機士だ。〈鬼獣〉といえども恐るるに足らない。

 仮想無限炉により重力波と粒子砲を放つことを可能にした陰陽武装ヘルブリンガーを射撃形態から通常形態に戻して、〈岩砕神〉は生き残りの〈鬼獣〉に斧槍を叩きつける。重力波と斧槍の質量に耐えられる蟲螻(むしけら)はいなかった。

『ったく、次から次へと沸いてくる。いったいどんだけ潜伏していやがったんだ』

「潜伏?」

 ゲラートの言葉に千歳は引っかかるものがあった。それでは〈鬼獣〉が隠れて、オキサリスに噛みつく時を今か今かと待ち望んでいたようではないか。

『どうやらこの蟲共め、オキサリスの中に巧妙に隠れてやがったのさ。お前がいた時から〈鬼獣〉が頻繁に現れてただろう、どうやらそれらが全部囮だったらしい』

「そんな……っ」

 生存本能だけで戦う生物では、けして真似できない。人間が使うような絡め手。これでは、〈鬼獣〉が理性を持っているみたいではないか。

 違う。

 〈鬼獣〉には理性も意志もない。本能だけで動く魔物。ただその背後に〈鬼獣〉を傀儡とし、意のままに操っているモノがいるだけだ。思考能力を持ち〈鬼獣〉の上に立つ、モノが。

『ええ……、きっと、黒幕には私の同類がいますね。もしかすると、戦うことになるかもしれません』

「桜姫さん……」

 同類。

 〈鬼獣〉の上に立つモノを、桜姫は同類と呼ぶ。そうだ、式神とは呼び方が変わっただけで元は同じモノなのだから――。

『気にするな。種族で一括りにして決めつけて悩む必要なんぞない。お前はお前だ、そうだろう桜姫?』

『……はい』

 だがゲラートはそんなことを歯牙にもかけない。だからどうした、とでもいいたげだった。それは桜姫が感じる罪悪感を和らげ、彼女の存在を受け入れる。そんなに簡単にいい切ってしまい、そして自分の発言に背くことをしない櫻真・ゲラートという人間が、千歳にはとても大きく見えた。

『今はその黒幕……鬼人(きじん)と戦う可能性があることは問題だ。〈鬼神(きしん)〉使いなら高い確率で仕掛けてくるだろうな』

 そうなれば、厄介だ。

 桜姫の同類――こちらは"式神"ではなく"鬼人"――と戦うことは、重機士級を敵に回すのと同じ驚異である。そもそも重機士は〈鬼神〉に立ち向かうために建造された機体なのだ。その強さ、推して知るべし。

 そして千歳は、その〈鬼神〉の強さを身を持って知っている。あれは〈鬼神〉の模造品といっていたが――それでも、〈鬼獣〉とは比べモノにならない化け物だった。思い出したくもない。

 その時、〈岩砕神〉に別の通信が入ったのか、ゲラートが何事かを口にする。余程重要なことだったのか、ゲラートは慌てた様子だった。

『別れさせていたオレの部隊から報告があった。あの蟲共、オキサリスのフロートユニットに取り付きやがった!』

 フロートユニットは人工島の下部に設置されており、この島を空に浮かせるには必要不可欠な代物だ。それは慣性制御の機能と反重力による反発で人工島を浮かせる機関なのだが、それは人工島の底に設置されている。外界への露出部分はそう多くはないが、もしそこを〈鬼獣〉により破壊されれば、人工島は高度を保てない。大海に落下し、海の藻屑と化してしまう。

「今すぐ〈鬼獣〉を払いにいかなければ……っ」

「そう簡単には行かないみたい」

 光学センサーが大量に迫る〈鬼獣〉の群を見つけた。最初に〈岩砕神〉を包囲していたのと、ほぼ同じ物量がひしめき、押し合い、集結する。

「まだこんなにいるのか!」

 醜悪な蟲の参列に、千歳は舌を打った。〈鬼獣〉の物量は人類を遥かに超越していることは世界周知の事実だが、それにしても今回は異常だ。斃し殺して、しかし世界に現れる〈鬼獣〉の数が減ることはないけれど、一度に出現する〈鬼獣〉の数にはいつも上限があった。なのに今回はその制限がまったく見受けられない。つまりそれだけの〈鬼獣〉が潜伏していたのである。

 こいつらを相手にしていてはフロートユニットの〈鬼獣〉を相手にする時間がなくなる。そうなれば一巻の終わりだった。かといってこの場を離れれば、基地が危ない。基地が内包する重要施設には、フロートユニットの制御室なども含まれている。どちらも重要なことに変わりはない。

『仕方ない。少尉、お前はフロートユニットを護りに行け。その機体ならあっという間だろう』

「……わかりました。お二方とも、御武運を」

 千歳は異を唱えずに了解した。モニターに映ったゲラートと桜姫は余裕の笑みを浮かべる。

『オレのことより自分のことを考えろ』

『そうです。櫻真ひとりじゃなくて私もいますからね』

 それで通信は終わった。〈天斬〉は〈岩砕神〉と〈鬼獣〉の群に背を向けて、羽撃いた。遠退く〈天斬〉を追おうとする〈鬼獣〉は〈岩砕神〉に押し潰される。その瞬間を逃してしまえば、もう蒼い機体に届くことはできなかった。

 至る所からGAと〈鬼獣〉による戦火があがる人工島の上空を〈天斬〉は翔ぶ。そのコクピットの中で、レムリアは千歳を見下ろす。

「もう少し粘るかと思ってた」

 意外そうにいうレムリアに、千歳は首を振る。

「あそこで反抗する意味はないよ。それに、あの〈岩砕神〉が負けるものか」

 一緒に戦っていたから分かる。〈岩砕神〉の戦闘能力の高さを。接近戦では重力波で敵を圧倒し、遠距離なら粒子砲で撃ち抜く。攻守隙のない機体とそれを扱うパイロットに、千歳は敬服していた。

 ――近距離でしか脳のない自分とは大違いだ。

 射撃が白兵戦に比べて得意でない己に劣等感を覚えながらも、千歳はフロートユニットに急ぐ。人工島下部に行くには、外延部から外に出て降下しなければならない。

 光子剣を一度しまい、アサルトライフルの弾倉を今のうちに交換してしまいながら、飛行速度をさらにあげる。

「それにしても、さっきから楽しそうね」

「楽しい? まさか……」

 〈鬼獣〉との闘争を楽しいと感じられる人間なんて、神経が麻痺して、危機にさらされた時に分泌される快楽物質に魅了された戦闘狂くらいのものだ。たとえそれは〈岩砕神〉と肩を並べていた時も、変わらない。死臭漂い、倒壊した街並みでの生死をかけた戦いは、気分の良いものではない。

 そう、

「ただ、嬉しいだけだ」


     *


 爆音。衝撃。振動。

 人工島は地震を知らない。台風が直撃した時は慣性制御を突破して多少なりとも揺れるが、その程度だ。地震大国である神国の地にいたことがない人間はGAと〈鬼獣〉の大規模な戦闘による鳴動さえ辛かった。しかも空に浮いてなどいるから、揺れは地上よりもいくぶんか激しいのである。

 特に戦闘の中心となっているオキサリス基地の地響きはひときわだった。

 爆発の衝撃の揺れで椅子から落ちそうになりながら、オキサリス領主のイヴァン・春日は執務室にいた。真後ろには秘書の男が揺れにも動じず、スーツ姿で立っている。

 状況は芳しくない。神国軍に救援を要請したが、それまでにオキサリスの軍隊が敵の猛攻を凌ぎきれるかといわれれば――厳しい。この人工島は建造以来最大の災禍に襲われていた。

 イヴァンの背中は冷たい汗で濡れていた。オキサリスという人工島が滅びてしまうことも考慮する必要がある。

「大規模の〈鬼獣〉による強襲……。何故我々は〈鬼獣〉の潜伏に気づけなかった? あんな巨大でグロテスクな化け物共を見逃すとは到底思えない!」

 イヴァンはここで現状の処理に忙殺されていた。様々な最終決定権は領主であるイヴァンに存在するため、他方からの指示に逐一応答しているのである。

 秘書の男が、能面のような無表情で予想を口にする。

「おそらくは、人間の捜索範囲や想定外のブロックに侵入していたのかと。地下にはめったに整備士も寄り付かない場所があります」

「奴らがどうやってそんな所を見つけ出したのか、が理解不能なことなのだ」

 これが人間同士の戦争で、他国のスパイがオキサリスに潜り込んでいたというのならわかる。しかし今の敵は〈鬼獣〉なんていう知能発達の不完全な生物だ。そんな高等なことができるものか。

 なら、知能ある存在がオキサリスの区画にある穴を見つけ出した?

 いや、それならゲラートの式神である桜姫が見落とすわけがない。彼らは"同族"の気配には敏感だ。しかも区画の穴を探すには徹底した探索が必要なはずである。見つからずおこなうのは不可能だ。桜姫が裏切っている可能性もなくはないが、それは限りなく薄い。

「先程、バグが基地内に現れたと報告がありました」

 秘書による追い打ち。またしても不確定要素(バグ)の出現。何故こんな時にバグが現れるのかとイヴァンは嘆きたくなった。基地の内側もガタガタだ。一丸となって〈鬼獣〉に立ち向かわなければならない状況で、基地の人間がバグに変容してしまったら肉体的にも精神的にもダメージがある。もしかすると最近バグの出現率が増加したのは、〈鬼獣〉の一斉攻撃と関係しているのかもしれない。

「……処分しろ」

 イヴァンは、声が陰鬱になるのを抑えることができなかった。たった一言で人間だったモノを処分する宣告下すことは、堪える。こんな極限状態の状況では尚更だった。

 秘書はいつも通り、慇懃に応えた。

「いえ、その命令はお受けできません」

「……なに?」

 予想外の返答に困惑してイヴァンは振り返る。

「いったい、それはどういうことだ……ぁ?」

 それがイヴァン・春日の最後の台詞だった。

 自分に突きつけられたガンオイルに濡れた銃身。目を見開くイヴァンに、秘書は迷いなく引き金をひいた。

 火薬の弾ける乾いた音。鉛の塊は、針の穴を通すような正確さでイヴァンの心臓の中心を貫いた。

「な、あ……?」

 今起きた出来事が理解できず、イヴァンは呻く。が、それは意味をなさない。水面で空気を求めて口を動かす魚のように、苦しげな息が漏れるだけだった。

 イヴァンの右腕だった男は酷薄な笑みを浮かべる。それは無表情だった顔に走った亀裂のようだった。事実、それは亀裂だ。口元からひび割れ、目の位置まで到達し、額を裂き――皮膚が落ちる。べっちゃり、と水分を含んだものが地面を叩く不気味なSEがした。秘書の男の顔半分は既に人のものではなく、紅くただれた鬼のものとなっていた。

 片目だけが、変化する。黒目が猫のように縦に細まり、碧かった目が金色に変色した。

 もうその男は人間ではなかった。

「その命令はきけません、きけませんよ。だって、バグはこのわたしなんですから」

 驚愕に目を見開き、イヴァンの身体が力を失って斃れた。イヴァンの身体を受け止めた絨毯に、紅い染みが広がっていく。オキサリス領主の呆気ない最後だった。

 秘書の男、アブラム・アクトンだったモノは、上機嫌に笑いながら銃を投げ捨てた。もうこんな玩具(ガラクタ)を必要とするほど、柔な身体ではないのだ。

「これでこの島もおしまいだ。……全部、わたしが手引きしていたんですよ、領主様」

 イヴァンの身体を一瞥して、感染者であるにも拘わらず意志を持っている男アブラムは、悠々と執務室を後にした。

 銃声に気づいたものはいない。この騒ぎだ、そこまでの余裕はここの人間にはない。そもそも執務室の周りには人がいなかった。アブラムによる人払いで、この場所に近づく者は今は存在しない。

 感染者(バグ)となったアブラムは基地を闊歩する。

「フロートユニット制御機関を破壊すれば、この島は終わりだ」

 外の戦闘に気を取られて、基地内にアブラムのような人間サイズの敵が突然出現するなど、誰も予想だにしていないだろう。危機的状況での注意は大量の〈鬼獣〉が引き付けている。よもやあれだけの量の〈鬼獣〉が囮などとは思うまい、とほくそ笑む。

 島を崩壊させるべく、アブラムはフロートユニットの制御機関のある地下に向かおうとして、目の前に立ちふさがるひとつの影を見た。おかしい、ここに人はいないはずだ。

 しかし、関係ない。拳銃や小銃を持った兵士ひとりでアブラムは殺せない。人間を超えた身体能力と反射神経の化け物に突然遭遇した軍人は、即座に無力化されるだろう。

 アブラムは飛びかかろうとするが、それを止めた。影の発する空気が、あまりに自分に近かったからだ。

 式神ではない。この島の式神は外で戦っている桜姫のみである。ならば、ここにいるのは正真正銘自分と同種の味方。

 おそらく、自分をバグへと変えたモノが寄越したのだろう。自分にオキサリス破壊を一任してくれなかったことに不満を抱く。人間だったアブラムでは有り得ない、バグと変えられたからこそ生まれた感情だ。

「フォローを頼まれたのか?」表情に嘲りをふくませて、アブラムは影を見る。「生憎と、その必要はな――――ッ」

 アブラムは声を詰まらせた。鋭く研ぎ澄まされた殺気に射抜かれ、声帯を動かせない。喉にナイフを突き刺されたのかと錯覚する。

 影は、顔が確認できないほどフードを深く被っていた。コートを着た影の素肌で露出しているのは汚れた包帯を巻きつけた掌、その指先だけだ。掌には棒状のものが握られている。緩く湾曲したそれが蛍光灯の光を反射して、身も凍る冷気を持った。

 日本刀。

 白銀の刀身は、禍々しくもあり、神々しくもあり、冷ややかでもあり、美しく、洗練され、無慈悲に無骨に、そして鮮やか。超然とした刃を手にする影が、一歩踏み出した。

 足音はしない。

 また一歩。これも足音はしない。

 コートが揺らめき、無音で近づく影は、幽鬼。鬼となったアブラムすら戦慄させる怪異を纏った亡霊(ゴースト)だった。

 これは味方などではないとアブラムの全神経が告げていた。あれは、そう、天使すらも死神すらも斬り殺しあの世の底から這い上がった――剣鬼だ。

 剣鬼の姿が、いつの間にか眼前にあった。まばたきすら忘れ注視していたはずなのに、その影は神速の踏み込みで接近していた。

 アブラムがその一太刀を躱せたのは奇跡といえる偶然の産物である。反射的に飛んだお陰で、斬られたのは左腕一本だった。

「ぐおおおおおおッ!」

 鮮血を散らして腕が舞う。日本刀による切り口は、恐ろしいほどに綺麗だった。

 距離が近づいたから、剣鬼の瞳が目に入る。茫洋とした両目は、それでいて無言の殺意を漂わせている。

 死ぬ、とアブラムは直感した。恐怖に駆られて錯乱した意識による判断ではない。生存本能が自分の死を悟った。突如として現れた剣鬼の次の太刀により身体を真っ二つに裂かれることは、最早必然。

 だがそこで、またしても奇跡が起こった。

 基地を震撼させる衝撃で、剣鬼がよろめいたのだ。この隙をアブラムは見逃さない。残った右腕で剣鬼を殴り飛ばす。

 吹き飛んだ剣鬼は廊下をバウンドするが、アブラムは追撃しない。あれでは死なないし、自分では殺せない。プライドをはねのける危機感が告げていた。

 だから、踵を返して逃げ出した。途中で、火災探知機を作動させる。廊下の壁に設置された作動スイッチを砕きながら押せば、警報と共に防火シャッターが降りる。シャッターの隙間から、ゆったりと起き上がる剣鬼の姿が見えた。

 アブラムは逃げる。火炎を防ぐシャッターでもあの剣鬼の前には紙切れにしかならないことを理解していた。

 だがアブラムの目的地に行くには、剣鬼の後ろの通路を行かなければならない。このまま基地内にいては剣鬼か兵士達に捕まるだろう。

「外だ……そうすれば、やりようはある」

 囮とはいえ、〈鬼獣〉の数はこの基地に配備されたGAとは比べものにならない。勝ちの目はある。そしてそれをものにする。でなければ、自分は死ぬのだ。

 溢れ出る血を手で抑えながら、背信の忠臣は走った。


     *


 影、剣鬼が立ち上がる。その様は、まさしく幽鬼というのが相応しい。

「殺す……殺さなければ……斃さねば……敵、敵だ、敵を殺して屠ならければ……殺される、殺される……」

 呪詛のような譫言をあげながら、剣鬼は往く。防火シャッターの前で片手をひと振りすればスチール製のシャッターに斬線が走り、解体。次のシャッターも、また次のシャッターも、さらに次の次のシャッターも、同じ手際で切り裂いた。目の前に壁などなく、ただ刀の素振りをしているだけだという動作で、防火シャッターは容易く破壊される。

「闘わなければ……斃さねば……そうしなければ、ならない……」

 最後のシャッターを切り裂いた所で、剣鬼は立ち止まった。

 アブラムの逃げた方角は、わかっている。しかし、剣鬼の興味はもうそこにはなかった。天井を見上げて、歩き出す。

「元凶、いる。生物、発見。……斬り裂く」

 剣鬼はふらつきながら、新たな獲物を求めて進む。


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