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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
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0:戦士の戦闘回想録

 悲鳴があった。破壊があった。押し寄せる絶望で世界は満たされていた。

 何故こうなってしまったのか、陵千歳(みささぎちとせ)は自問する。

 関節保護用の樹脂材をつけたパイロットスーツを着用し、ヘルメットを被った青年は座席に身体をハーネスで固定して、眼前一杯に広がるモニターを凝視していた。そのモニターは"高さ一五メートルの視点"から見た世界をリアルタイムに映し出している。

 建造物が破壊され舞い上がる粉塵と火災の深紅が濛々とあがっており、千歳の存在するコックピットに備え付けられたスピーカーからは今も破壊が続けられていることを明確に告げる爆音が絶えず流れていた。

 通信機からも銃声と怒号がノイズ混じりに流れていて、コックピット内に反響している。

《こちら西棟左翼にて清原軍曹が機士で交戦中! もう保たない、至急応援を請う!》

《準機士二機がやられた! か、数が多すぎ――うあああああ》

《た、助けてくれ! なんでこいつらが、こんなァ……!》

 千歳に向けられているわけでなく、味方全員の通信機へと発信されているもの。だから千歳個人に助けを求めているわけでもなく、同時に千歳にも助けを求めていた。

 しかし千歳に助けることはできない。そこまでのことはできなかった。だからそれを無視する。それでも責める人間はいないだろう。今の千歳は孤立無援で、ここにいる。

 いや、責めてくれる人間すらいない。

 茫然自失になりかけながら千歳は眼前のモニター、その下部を見た。地面には先日降った雨で水たまりが出来ており、泥の混じった濁り水が"機体"の姿を反射している。

 そこに映っていたのは、全長一五メートルの人間だった。

 正確に云えば人間ではなく、自然の中で進化し洗練された霊長類の形を機械が模倣しているのだ。顔の本来眼球がある部分は半透明のバイザー型複合素材で保護されていて、ミラーシェードを付けた兵隊のように見える。バイザーの下はカメラになっており、それが外部の視覚情報を胸部の内側にあるコックピットのモニターに表示していた。スリムで引き締まった鋼鉄の機体はホワイトとブラックのツートンカラーの塗装が施されていて、周囲の無味乾燥な色合いに溶け込んでいる。まるで防弾装備を身に付けた兵士を鋼鉄の巨人で再現しているようだった。

 重装人型機動兵器、ジェネリックアーマー。汎用装甲の名を付けられた兵器、その四つある位階のうちヒエラルキーの最下位である準機士タイプに位置付けられた、これは〈GA-18P 防人〉という機体だった。

 千歳は視線を左右に揺らしてモニターを端から端まで注視する。そこにはシェード・アイ越しにメインカメラが観測した凄惨な光景が映し出されていた。

 仲間の死体がいくつも転がっている。無造作に、人の尊厳もなにもなく、ただの物となりさがったと思わされる命なき肉体の数々。

 昨日までの彼らの表情を思い出し、千歳の喉元に嘔吐感がこみ上げる。それを無理やりかみ殺した。視線は死体に向けたまま、離さない。離してはいけない。何故なら、これは、間接的にだが、自分が引き起こした事態であるからだ。

 キィ、とガラスを擦りあわせるような音がして、千歳はようやく目を死体から外した。

 〈GA-18P 防人〉の正面に奇妙な生物がいた。

 体長は六メートルほどで、紅い甲殻に覆われた姿は海老のようであったが、ここに海などないし、ましてやこんな巨大であるはずがない。

 三対の足で地面に立ち、二つの複眼で〈防人〉を見上げてくる異形を千歳は冷静に見据える。

「……また、来たか」

 既に〈防人〉の周辺には異形の死体がいくつか転がっている。胴体を切断され、内容物を撒き散らしていた。

 千歳は運行方法を通常稼動(ノーフィードバック)から戦闘稼動(リアルフィードバック)に切り替える。するとエネルギーの浪費削減のために抑えられていた動力炉が解放され、コックピットが一瞬武者震いするように揺れた。プラズマを発生させることにより発電される高出力のエネルギーが〈防人〉に行き渡っていくのをモニターで確認しながら、両手でふたつの操縦桿を握りしめると電撃が走ったような痛みが生まれるが、この刺激に千歳はもう慣れていた。操縦桿がパイロットスーツの生地を無視して、掌を通し千歳と〈防人〉がリンクする。

 ファクター・フィードバック・システム。パイロットの体内にあるとある因子の量を計測すると、それを仲介役としてパイロットの脳から発せられる命令をダイレクトにGAに反映する。

 そして視野が広がり、千歳の目はモニターを見ているはずなのに、一五メートルの巨人の視点で外界を見ていた。モニターを見る自分と〈防人〉として外界を見る自分が混在している。

 モニターを見る千歳が端に新たに表示されたステータスをチェックする。

 パイロットの最大因子量:七一。同調率:三〇、上限値。慣性制御機構稼働数値:三〇、上限値。

「上限値が低い……Pナンバーの限界か」

 千歳は頼りなさそうにうめいた。

 そうして人機一体感に浸っていられたのも一瞬、海洋生物のような異形が〈防人〉に飛びかかる。

 ――キィィィィィァッ

 異形は自分の身体の倍の高さまで飛び上がる。その〈鬼獣〉の動きに千歳/防人は瞬時に反応した。

 千歳が操縦桿を強く握りしめ、いつも通り自分の右腕を動かすように意識した。脳から発せられた電気信号、体内の因子がそれを通常の神経より優先的に受け取った。結果神経からの指示は千歳の腕に届かず、変わりに〈防人〉の腕がワンテンポ遅れて動いた。

 〈防人〉左腰部に収納されている刃渡り一.八メートルのコンバットナイフを抜刀のように抜き放つ。

 勢いがのった高周波振動(エクスペンシブ・バイブレーション)の刀身は鋼鉄よりも遥かに強固な〈鬼獣〉の甲殻をバターのごとく両断した。人間とは違う色の体液をわずかに流して事切れる〈鬼獣〉には一瞥もくれない。レーダーが別個体の急激な接近を感知していた。千歳は抜刀した勢いに任せて〈防人〉を独楽のように振り向かせるとナイフを一閃。

 〈防人〉の背に乱杭歯を突き立てようと大口を開けていた〈鬼獣〉が二枚に卸された。機械仕掛けとは思えぬ人間的でスムーズな動作。

「……多いな」

 この〈鬼獣〉と呼ばれる生物、特にこの小型のタイプは必ず群で行動し対象を狩る。油断は命取り。特に今千歳が搭乗している〈防人〉は士官候補生などの練習(プラクティス)用であり、機能を簡略した機体だった。レーダーも訓練用の安物で、探知範囲も広くはない。

 さらに〈鬼獣〉は例外である。これは生物でありながら受動的電子攻撃手段、レーダーに対するステルス性を保持していた。通常機のレーダーであればそこまで致命的でないが、このプラクティスナンバーの機体では危険である。

 そして現在、周りの建物や道路に合計で二桁近い数の〈鬼獣〉が張り付いており、完全に包囲されてしまっていた。

 現状は孤立無援。救援は期待できない。己の技量で突破しなければ死ぬしかなかった。

 〈鬼獣〉と〈防人〉の間で牽制し合う空気がしばし流れる。爆音のBGMの中、先に動いたのは千歳の〈防人〉だった。

 一番近い位置にいた〈鬼獣〉へとワンステップで接近、反応を許さずに建物ごと真っ二つにする。すぐさま大量の〈鬼獣〉が〈防人〉に殺到した。

 〈鬼獣〉が動くよりも早く相手の行動を予測していた千歳は、〈防人〉の空いた片方の手に右腰部から取り出したもうひとつの高周波振動ナイフを握らせ、飛びかかってきた一体を切り裂いた。飛びかかってきた一体を切り裂いた。同時に身を前に転がす。

 間一髪回避成功。前転する際に人型である利点のひとつである柔軟性を使って〈防人〉は勢いを殺す。機体が常時稼働させている慣性制御と衝撃吸収材の相乗効果によりコックピット内の振動は車が段差を超えた程度しかなかった。〈防人〉の着地と同時に先程切断された建物が地面に落ちる。

 もはや操縦桿ではなく二刀のナイフを手にしている気分の千歳は次々と〈鬼獣〉を屠るも、強力な反撃がきた。

 建物を砕きながら、一回り大きめの〈鬼獣〉が〈防人〉に体当たりをしてきた。不意に横合いからきた数十トンの重量に耐えきれず機体は地面に押し倒された。

「チィ――ッ」

 新たに現れた猪のような〈鬼獣〉に舌打ちをして、ナイフを無防備な腹側に突き刺す。高周波振動に内部をかき回され吐血した〈鬼獣〉をすぐさま蹴り飛ばすが、遅い。

 もう他の〈鬼獣〉はハイエナが獲物に群がるように次々と〈防人〉の右肩や脚部に牙を突き立てていた。合金の装甲が相手の顎の力に悲鳴をあげた。

 そのまま骨格と内蔵機器を噛みちぎろうとする〈鬼獣〉のいくつかをナイフで切り払いながら、同じところに留まらないようにすぐさま地面を転がりながらでも待避し、立ち上がる。

 だがそれでも次々と飛びかかってくる〈鬼獣〉に対して千歳はナイフで応戦した。〈防人〉の体勢立て直そうとしながら、舞うがごとく凶刃を扱う。

 だが、多勢に無勢。やがて限界が訪れた。

 〈防人〉の右手で保持していた高周波振動ナイフが新たな〈鬼獣〉を切り裂いた。すると別の〈鬼獣〉がそのナイフに喰らいつく。そして過度の負荷に耐えきれず、ナイフは真っ二つに折れた。その隙をついて〈鬼獣〉二匹が右腕に喰らい付く。痛覚は繋がっておらず千歳に苦痛はない、しかし〈防人〉の血液(オイル)は機械の腕を濡らしていた。

「くそっ、追従性が悪い!」 自身の意志と機体がそれを汲み取り動き出すラグに苛立ちを覚えながら、無人である建物に勢いよく右腕を叩きつけて引き剥がす。

 右腕の稼働率が低下、千歳の指示に対するレスポンスもさらに遅くなる。油圧式アクチュエーターも破損、膂力も低下。

 これを好機と見て無数の〈鬼獣〉がたった今破砕された建物の粉塵をかき分けて〈防人〉へと飛びかかる。片手のナイフだけでは対処仕切れない。だが、〈防人〉はあくまで人型の兵器であり、人ではないのである。故に人では絶対保持しえない位置に武器が存在する。

 人体の鎖骨にあたる部分に首を挟んで設置された二門の二〇ミリ機関砲、千歳は自分自身の人差し指に意識を集中させ操縦桿に設置されたトリガーを引く。そして毎分一〇〇〇発を超える速度で弾丸が掃射された。

 〈鬼獣〉達は銃弾の暴力を受けながらも、耐え抜く。その甲殻の対弾性は二〇ミリ弾を至近距離で受けても身体を守っていた。

 カチンと乾いた音。二門の機関砲の残弾が尽きたのだ。この機体に残されていた弾数自体が少なくなっていたのだからあっという間だった。

 それでも、衝撃は厚い甲殻を突き抜けて〈鬼獣〉を怯ませることができた。

 雨が止んだ瞬間、甲殻をクレーターだらけにしながらも〈鬼獣〉の数体が大口を開けて〈防人〉に飛びかかる。千歳は左肘関節の油圧式アクチュエーターを唸らせてナイフを振るい、〈鬼獣〉達を切断した。体液が宙に尾を引く。

 機体視点とコックピット内の自分視点が同時に脳内で展開されながらも、とある因子の補助のおかげでそれらに不都合を感じることもなく、千歳は〈防人〉の目/モニターで敵の動きを見逃さぬよう目を凝らしながら、コクピット下部のディスプレイに視線を移し表示された機体ステータスを確認する。そこには現在の〈防人〉に残された武器が左手のナイフ一振りしかないことを無情にも宣告している。

 いつの間にか通信機が音声を拾うことを止め、ノイズだけを金切り声のように上げているだけになっていた。それらが現すことは絶望の一文字。

 それでも千歳は折れなかった。折れてはならなかった。目の前の生物など前座、千歳の本命は別にいる。

 レーダーが捉える〈鬼獣〉の数は九。少なくとも〈防人〉の周囲にはこれだけである。ならば、まずはこいつらを片づけねばならない。

 先程の機関砲により大なり小なりダメージを受けた〈鬼獣〉達がカメラ越しに千歳を睨みつけた。コックピットのモニターを見ているのに〈防人〉と視点を共有していると感じる千歳からしてみれば、それは直接睨まれているも同然だった。

 背筋を冷たくさせながらも、千歳の脳は感情から隔絶されているかのごとく淀みなく機体のチェックをする。対象は破損し、血液のように漏れだしたオイルでぐっしょりと濡れた右腕。

「油圧系にダメージ、稼働率四〇パーセント以下、なおも低下中……。ブレイドエンチャント用エネルギーパイプは、正常……」

 自機の状態を確認し、現状を打破できる作戦を瞬時組み立てる。必要なのは手榴弾のような一度に多数の敵を攻撃すること、それで全滅、もしくは壊滅状態に〈鬼獣〉を追い込むこと。

 それを考え、弾き出すまでにまばたきひとつの間すら陵千歳には必要なかった。

 ――キシャアアアアアア

 〈鬼獣〉が〈防人〉に飛びかかる。千歳は迎撃せずにバックステップで回避。建造物の屋上や陰から次々と飛びかかってくる〈鬼獣〉から、千歳は〈防人〉のスラスターの推力や相手と同じく地形を利用して巧みに躱していく。その行動と平行して、千歳は右手のみ操縦桿から離して真横から引き出したキーボードを叩いており、五指はまるでそれぞれが独立した生命体であるようにキーボードの上で踊っていた。キーを叩くという行為による結果はモニターとは別の小型ディスプレイに表示されていた。

 ――ブレイドエンチャント用エネルギーパイプ出力部閉鎖、エネルギー供給開始。エラー、エネルギーの逃げ道がなくコンピューターが暴発の危険性を主張。無視。エネルギーを供給。右腕部の冷却が追いつかず温度が急上昇。エネルギーパイプが内側の圧力により変形。

 危険。危険。とうるさく合成音声が騒ぎ立てるのには眉ひとつ動かさず、千歳はタイミングを計っていた。

 今、〈防人〉の右腕の状態を細かいことを抜きにして万人に理解できるよう簡潔に示すなら、蛇口に繋がったホースの先端を握って水を出しているようなものだった。当然、逃げ場をなくした水はホースの内部に凝縮する。

 最後に待つのは、破裂。

 しかし千歳は破裂させたいのではない。それでは自滅するだけである。

 右腕部のステータスを冷や汗を流しながらチェックし、同時に〈防人〉で〈鬼獣〉から逃げ回るのは命をすり減らす恐怖があった。一歩間違えば、同僚と同じ末路をたどる。それが嫌なわけではなかった。ただ、まだやるべきことがある。だから、まだ彼らの下に行くのは早すぎる。

 今、千歳の行おうとしていることは賭けに他ならなかった。

 そして千歳は、その賭けに勝利した。

 レーダーに移る個体数と光学センサーの映像による確認――誤差なし。すべての〈鬼獣〉が真正面で群れていた。これまで〈防人〉が行っていた後方に跳ぶことを中心にした回避運動で敵はまんまと一カ所に誘き出されていたのだ。

 右腕に充填されたエネルギーも、すぐ破裂しそうなほど溜まっていた。

「エネルギー供給停止。右腕、パージ……ッ」

 緊急時強制排除用レバーを千歳が引くと、右肩の爆発ボルトにより右腕が機体から排除される。それを〈防人〉はサッカー選手さながらに空中でダイレクトに蹴り飛ばした。六メートルはある右腕が空中で回転しながら〈鬼獣〉の方へと落下していく。

 〈防人〉が左手にある高周波振動ナイフを右腕に向けて投擲した。

 ナイフは、オイルを撒き散らしながら落下する右腕を見事に貫く。振動する刀身はエネルギーパイプを切断し、内部に溜まっていたエネルギーは解放され、それはオイルに接触し――

 ――――爆発。

 轟ッ、と爆風が建造物のまだ無事だった窓ガラスを粉々に砕き、超高熱の風が〈防人〉の装甲を舐めた。いや、舐めたなど生温い。襲いかかったという方が正しかった。転倒しないために足を踏ん張り、姿勢を制御する。

 爆風が止めば、黒煙が立ち上っていた。レーダーの反応を見る。〈鬼獣〉と思しきものは見当たらなかった。機関砲で傷ついた甲殻で、あの爆発に耐えられるわけがない。

 〈鬼獣〉を蹴散らした千歳は、しかし油断せずに機体の損傷を確認し、右腕がなくなったことによる機体バランスの変化を修正する。〈防人〉はナイフすら失い、完全に丸腰だった。今は〈鬼獣〉一体の相手すら辛い。刃物のあるなしで対応に劇的な変化が生じるのは、人も人型機械も変わらない。人が戦うために作り出した兵器であるはずのものまでその性質を受け継いでしまっては欠陥に思えるが、今の〈防人〉は内蔵火器類まで使い果たしてしまっているのだ。いわば銃弾のない拳銃である。後は鈍器となるしかない。

 それでも、千歳は戦うしかない。戦わねばならない。

 レーダーに反応があった。個体は一。戦争地帯と化したここで、集団ではなく個人のみで出現し、千歳が駆る〈防人〉へゆったりと接近してくる。

 即ちそれは、千歳が追い求めていた敵であり、敵もまた千歳を追い求めていた。

 光学センサー/千歳の目が捉えた姿がモニター/視界に入る。

 それもまた、人型だった。体長も頭部の雄々しく天をつく角を除けば〈防人〉とほぼ同じである。違いといえば〈防人〉は装甲板や機械で構成された科学の産物であるのに対し、あちらは"人型"ではなく"人"といって遜色ないことだった。それは生物的であり、肉感的であり、漏れる熱は体温である。

 それは巨大な人、否、あれはもう人型でも人でもなく――"鬼"だった。

 岩肌のように隆起した筋肉を覆う灼熱の肌と頭部から突き出した角。尾骨の辺りからは太い恐竜のような尻尾が伸び、地面に転がる〈鬼獣〉の死骸を打ち払った。

 身体の各所に〈鬼獣〉と同じ分厚い甲殻を甲冑のように身にまとった鬼、それの兜のスリットからうっすらと見える双眸は〈防人〉の姿を捉えて離さなかった。

 左手に西洋風の直剣――一五メートルの鬼と比べての――を握りしめている。それは高周波振動のものではないが、おそらく〈防人〉の使っていたナイフでは切断できない強固な代物であるだろう。

 千歳は操縦桿を握る力をいっそう強め、咥内に溜まった唾液を飲み込んだ。

「来たか……那殊(ナコト)

 鬼は応えない。当たり前だ。千歳の声は外部マイクに出力していない。仮に音声が伝わったとしても、鬼は小首を傾げただけだったろう。

 鬼は膝を曲げ次の瞬間、全身の発条を使って飛び出した。身を低くして風をきり疾駆する鬼に向かい、千歳も〈防人〉を突撃させた。風景が次々と後方へと流れていき、鬼との彼我距離が縮まる。

 ――Guuuuuu!

 地獄の底からのうなり声をあげて鬼は直剣を振るった。真横の建物を叩き斬りながらも勢いを失わず、〈防人〉に接近する。剣は千歳から見て右からの接近、〈防人〉は右腕を損失してるため防御は不可能。

「ならば――ァ」

 足が地面を蹴る瞬間にスラスターを全開。強い推力を得た〈防人〉が直剣に斬られるよりも速く鬼に肉薄し、左肩からの体当たりをお見舞いした。その瞬間的な破壊力は建造物を容易く粉砕出来てしまうほどのもの。

 鬼はバランスを崩して〈防人〉諸とも転倒する。突撃した側の千歳はこれを予想していたため相手よりも次の行動に移る速度で勝り、〈防人〉で鬼に馬乗りになった。さすがに殺しきれない振動でコクピットが揺れ頭がシェイクされたことで意識を混濁させながらも、〈防人〉の左手で拳を作り鬼の顔面に殴りつける。兜の表面が拳の形にへこむ。さらに拳を振るい、たたみかけた。

 一回殴るごとに左手のフレームが歪み、マニュピレーターが損傷していく。だが、人間の五指の動きを再現する繊細な五指が傷つくのも構わず鬼を殴り続けた。左手に異常発生、マニュピレーターの稼働に問題が出るレベルになり、やがて〈防人〉の指であるそれらがへし折れた。鬼の兜はぼこぼことしていたが、この中身へのダメージはほとんど与えられていない。

 コクピットに衝撃が走る。ひときわ大きい警告音が鳴った。鬼が直剣を〈防人〉の腹部に突き刺していた。

 そのまま一閃。腹部から下をなくした〈防人〉の上半身は鬼の身体に落下した。

 動力の出力がみるみるうちに低下、制御系等も限界を主張し、モニターにもノイズが走り、電力低下により戦闘稼動(リアルフィードバック)を保てなくなり千歳と〈防人〉の一体感が消失した。

「まだ、まだやられるか――」

 通常稼動(ノーフィードバック)でも機体は動かせる。スムーズな動作は無理だが、左腕を叩きつけることくらいならば――

 千歳は〈防人〉の左腕を敵に叩きつけようとするが、その腕を籠手に包まれた鬼の手が掴んで止めた。鬼が腕に力を込めれば、負荷に耐えられず〈防人〉の腕は粘土細工のように捻切られた。鮮血のようにオイルが噴き出す。

 今度こそ、〈防人〉の攻撃手段は完全になくなった。同時に〈防人〉の動力部が停止し、沈黙する。モニターは真っ暗で外界の様子も窺い知れなくなり、もはやこの兵器は巨大な棺桶(カスケット)でしかなかった。

 コクピット内が揺れる。〈防人〉がバランスを崩して鬼の身体から転がり落ちたのだ。

 突然、仰向けになった〈防人〉の胸部――千歳の眼前にあった映像を写さなくなったモニターが吹き飛んだ。

 コクピット内に充満する黒煙を切り裂いて飛び込んでくる影に向かって、千歳は座席下部の衝撃吸収材に保護されていた拳銃を突きつけた。

 発砲は、できなかった。その前に拳銃が保持していた右手ごと粉々に握りつぶされていた。

 激痛に千歳は苦悶の声が上がるのを抑えられなかった。それを目の前の人間は愉快そうに観察している。

「それでいい。叫び声をあげる姿が、お前にはもっとも相応しい。苦痛に歪む表情が、なにより愛おしいぞ? 千歳」

 その人物は笑みを浮かべながら、ぶちぶち、と筋肉を引き裂きながら右手首をねじ切った。

「ぎ、が、ァ、ア、ア、ア、ア、ア、アアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 千歳の頭蓋骨の内側で火花が散った。視界が真っ白になり、花火のような光に埋め尽くされる。激痛という言葉ですら生温く感じるほどの痛みに絶叫した。右手首からは切れた血管から血が溢れ出し、コクピットを紅く染めていく。

 それを目にして、眼前の返り血に濡れた和装の少女は愉悦に満ちた表情を浮かべた。愛でるように視線を細め、わずかに頬を紅潮させて。

「わらわをここまで狂おしくさせるのは数千年の時の中、お前だけだったぞ、千歳。だから我慢できない。お前の周囲にいる人間に堪えられない。だから、すべて奪う。奪って、奪って、全部奪った。お前に残されたのはわらわだけだ。さあ、求めよ。我を、わらわを。拒絶の選択肢は、もうなくしたぞ」

 少女の台詞はほとんど理解できない。ただ、手遅れという言葉が脳内を反響していた。

 すべて喪った。なくした。奪われた。それを阻止できず、巻き込んだのも己なら、きっとそれは――

「俺、の……罪、だ」

 ――暗転(ブラックアウト)


なんちゃってリアルスーパーロボットアクション、連載開始。既存作品の影響を受けまくったうえ到らない所が多々ありますが、どうぞ生暖かい目で見守ってくださいな。

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