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高校生活㉓

「かーえーでーおーきおーろー」


 とても静かな朝だった。何が変わったわけでもない、いつもどおりの朝だ。

 変わったことと言えば、かえでがオレの家に泊まったっていうことだけ。

 お母さんにめっちゃからかわれた。息子が彼女を連れてきたってね。

 それでも、昨夜の熱は残っていて、不安と期待の入り混じった、なにか予感めいたものがお腹の中に渦巻いているような気がした。


「なんで?」


 ぱっちり目が開いているかえでがオレを不思議そうに見上げてくる。オレの部屋に布団をひいて泊まってもらったのだ。

 なんでって。かえではカバンや制服すべてを置いたまま家を出てきたから、早めに起きないといけないのだ。

 

「朝だよ。学校だよ。起きてよ」


「なんで? ちとせちゃん、一緒に寝てくれないし、お風呂も一緒に入ってくれない。せっかく仲良くなって、昨日の夜はあんなに盛り上がったのに」


「ゲームでね。それに、一緒に部屋で寝たじゃん」


 カードゲームはずっと封印してたんだ。男っぽいかなって、思ってた。

 昨日は二人で久しぶりに白熱してしまった。はじめてやった初心者だったはずのこいつに、すぐに腕前が追いつかれたのは、正直かなりショックだ。昔はカードに興味ないって言ってたくせに。


「まあ、そうなんだけどさ」国領が脚で勢いをつけて、布団からバネみたいに立ち上がって、向かい合う。「ちとせちゃん、クールだなあって」


「現実にはちゃんと対処する主義なの。別に昨日言ったことを無かったことにする気はないよ。かえで」


 オレが言うと、国領はくすりと微笑んだ。


「うん。嬉しい。あーあ。いつまでも二人っきりで居られたら良いのに」


 そうだねって言えたら良い。でも言えるわけがない。オレには文彦だっているのだ。

 そういえば、ひなたからも文彦からも昨日から一切ラインがないことにふと違和感を覚えた。

 ひなたに酷いことをしたから怒ってるのかもしれない。やっぱり学校に行ったら謝らないと。



「……学校でも話はできるよ。その後でも」


「ちとせちゃん以外と上手く話せないよ。タイミング見計らって声かけるね」


 今まで通り。かえでにとってもこれが現実で、何も変わりはしない。

 漫画みたいにすべてが噛み合って一気に解決すればいいのに。かえでがそんなに悪いやつじゃないってみんなが知って仲良くハッピーエンド。そんな風になればいい。


「オレからも声かけるよ。タイミングみて」


 少しずつ良くしていくしかない。

 ちょっとだけ前向きになれた。

 それもまあ、オレの現実だ。きっと悪いことばかりじゃない。


「ちとせちゃん。お弁当にお肉いれないで」


「それはやだ」



…。


 教室に入ると同時、波のようなざわめきが凍りついたみたいだった。

 かえでと二人で教室に入ってきたからかな、と最初は思った。

 みんなの視線が、いくつもの目玉がオレの体に絡まっていく。

 薄気味悪いな。そう思いつつも普段どおり自分の席にかばんを置いてから、ひなたの席に向かった。

 かえでも、同じように席に向かうのが横目に見えた。


「ひなた、おはよう。昨日はごめんね。急に体調が悪くなっちゃって」


 ひなたはオレを一瞥もしようとせず、前の席に座っている茉莉と笑顔で会話を続けた。


「茉莉。昨日言った動画見た?」


「あーうん。見た見た。めっちゃ面白いよね」


「ひなた? ごめん。昨日のこと怒ってる?」


 やっぱり、オレの方を見ようともしない。

 ひんやりとした汗が背中を流れた。

 中学の時に感じた空気だ。


「瑛花はどう?」


「ごめん、見てない。あたしは正直ユーチューバー興味ないからなあ」


 なに、これ。

 結局ひなたも、茉莉も、瑛花も、オレのことを無視し続けた。

 肩を、叩かれた。振り返る。

 背の低い木下が、さるみたいに顔をくしゃりとさせ、目を糸みたいに細めた。

 かえでにちょっかいを出しているときのような、いやらしい笑みだ。


「お前、男って本当? ラインでまわってきてんだけど」


 ひなたを見た。ちら、と一瞬目が合うとバツが悪そうに逸らされる。

 その瞳の中に一瞬侮蔑のような光が宿ったのは、たぶん気のせいじゃない。

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