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スティール・ソード・ハート  作者: にひけそい
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DO YOU NEED


 彼らは汚泥に塗れた鉄屑を拾い上げる。

 かつて人類の為に戦い、敗れ去った英雄達の欠片も今となっては、クズ共の小銭稼ぎとなっていて見る影もない。

 その事に少々の申し訳なさを覚えはするが、生きる為だと割り切り、男達は今日も今日とて鉄屑を拾う。



 

 「っ」


 ぬかるみに足を取られる。

 ベルがフルフェイスのメット越しに足を見れば、スネの辺りまで足がヘドロに沈み込んでいた。


 「・・・」

 「おい、何してんだ・・・って、ヘドロに足取られたのか。洗浄してやるからこっちに足向けろ」

 「いい、自分でやる」

 「意地張るなっての、こっちで洗った方が効率いいだろ。浄化処理も要らねえし」


 渋々引き抜いた脚を向ける。

 脚といっても生身の足では無い、真っ白な見た目をした、特殊合金のパワードスーツで覆われている。

 向かい合う少年、クリスも全体的に丸っこいフォルムをしたカーキのパワードスーツを着込んでおり、肌の露出は一切無い。

 

 「終わったぞ」

 「ありがとう」


 こびりついたヘドロを落とし終えたら再び鉄屑拾いに戻る。

 

 かつて日本の一部だったこの土地は、数年前に廃棄されて以降、公的に人の手が加えられたことは無い。

 汚染された空気と土壌は特殊な装備をしていなければどんな生物も耐えられずに死に絶え、原因は不明だが、スタンドアローンなどの機械による調査も不可能である為だ。


 そんな生物の生存を拒むその地に脚を踏み入れる少年達は、皆表世界から拒絶され、生きていけなくなった者達で、つまりは人間として扱われてはいない。

 彼らの首についたチョーカーは心音とリンクしており、心音が止まらない限りは外れず、何処に行こうと逃げられず、つけている限り、この世の凡ゆる存在より下に見られる。


 「汚染レベル7・・・スーツの浄化能力じゃ追いつかねえな。エリア5は封鎖だ、B隊、C隊、聞こえてるか?聞こえてるなら返事を」

 「B隊了解」

 「・・・C隊?どうした、返事をしろ・・・チッ、あの豚野郎め、何が新しく買っただ・・・毎度毎度適当な通信機もん渡しやがって、おい、ベル」


 苛立ち紛れに舌打ちした少年の声がスピーカーから聞こえてくる。

 

 「どうした。クリス」

 「オボンの奴と連絡が取れねえ、もしかしたC隊の連中の通信機がぶっ壊れてるかもしれねえから、直接エリア5は封鎖だって伝えてきてくれ」

 「通信機は割と新しめだったと思うが」

 「故障してたんだろ、頼む」

 「了解」


 この仕事を始めて3年、ベルは何度も見返した所為で頭の中に刻み込まれたこの辺りの地図を頼りにエリア3へと向かう。

 こういった事態は少なくないどころかかなり多い。

 今から割と前、2027年辺りの日本では考えられなかったらしいが、今の日本は死んでもいくらでも代わりがいる仕事に携わる奴らの命は新聞紙よりも安い。

 そんな連中に渡すスーツや通信機は当たり前だが、ジャンクショップに売られているようなオンボロ製品である為、機能しなくなる事も良くある。

 寧ろ、今回はスーツが壊れなかっただけありがたいというものだろう。


 「C隊、聞こえるか?」


 エリア3に入ってから、C隊の通信機に近距離無線を掛けるが、返事はない。

 ただ、無線の繋がらない時に起こる砂嵐のようなノイズが響くばかりだ。本当に機能していないなら、周波数そのものが飛んで来ない為、恐らくは少し不具合があるのだろう。


 「C隊、聞こえているなら返事をしてくれ」


 とは言え、もしかしたら距離が離れすぎているだけの可能性もある。ベルが念の為に無線を付けっ放しで暫く歩いていると、何やら黒い出っ張りのような物がヘドロに突き刺さっているのが見えてきた。

 普段なら無視するのだが、それが見覚えのあるものとなれば話は別だ。


 「オボン?」


 それはパワードスーツだった。それも、2年前から一緒に仕事をしている旧友の。

 信じられないという思いもあるが、オボンのパワードスーツの手入れは何度かやった事がある見間違えようがない。

 ベルが急いで駆けよってそのパワードスーツをヘドロから引き上げるが。


 「・・・」


 グシャグシャになったパワードスーツの隙間からは赤黒い血が流れ出しており、ヘルメットのバイザーは血と肉片だらけで中身など見れなかった。


 「っ、クリス」


 咄嗟に通信機を繋ぐ、するとワンコールで彼は直ぐに出た。


 「よお・・・」

 「クリス、オボンが・・・・どうした?」

 

 だが、聞こえてきたのはやけに切迫した声だった。


 「悪い、ヘマった。あれは通信機の異常なんかじゃ・・・」


 プツリと、通信が途切れる。

 それが何を意味しているのか、ベルは無心で走り出していた。

 五分ほど走ると、クリスと別れた位置に戻ってきた。だが、そこには荒々しい破壊の後が残るばかりで、他には何も見当たらない。

 同僚たちの残骸もいくつか見えるが、そこにクリスのパワードスーツは見えなかった。


 「っ、誰か!生き残ってる奴は居ないか!?」


 通信機ではない、生の声で呼び掛ける。

 すると、弱々しい動きではあったものの、視界の端で何かが動いた。

 咄嗟に駆け寄る。


 「大丈夫か!」


 が、予想に反して意外と元気そうな返事が来た。


 「〜、その声はベルちゃんかい!?」

 「お前、ディアか?」

 「その通り。悪いけど助けて〜、瓦礫に挟まって動けないんだよ〜」

 

 こんな状況だというのに、普段と変わらぬ少年はディア、クリスと並んで最も付き合いの長い友人だ。彼の軽薄さには呆れる事もあるが、こういう時には救われる。瓦礫をどかしてやると、彼は朗らかに笑った。


 「いや〜助かったね。このまま死んでいくだけかと覚悟してたからさ・・・っと、今の状況でこの冗談は笑えないね」

 「死ぬ事なんて日常茶飯事だろ、気にはしない・・・ただ、今回は異常なようだが、何があった?」

 「《機兵》が現れたんだよ」

 「・・・冗談にしちゃ笑えねえな」

 「にゃっはー、冗談なら良かったんだけどね〜。いや、ほんと」


 話す内容は深刻だが、話し手の影響か悲壮感は感じない。だからだろう、ベルは奇妙な程落ち着いて彼に尋ねられた。


 「《機兵》とクリスは何処に行った?」

 「行くの?ベルちゃん、言っておくけど無駄死にだよ」

 「こんな人生、生きていく価値も無い・・・友達の為に使う方が有意義だと思っただけだ」

 「・・・にゃるほど、なら僕ちゃんも付いていくよ。弾除けは多い方がいいでしょ」

 「良いのか?」

 「良いも何も、これ見て」


 ディアの指差す先には瓦礫の所為で一部が破損したパワードスーツの脚部と、そこから覗くズボンが見える。

 それが意味することはつまり。


 「あとどれくらいもつ?」

 「さあね、けど少なくとも後三十分は大丈夫だから安心して良いよ」

 

 ここの汚染された空気は猛毒だ。

 一度でも吸えば身体の中で毒が増殖、一呼吸だけでも二時間で死に至る。そして、当然ながら、二度目、三度目と呼吸を重ねれば悪化していく為更に毒の増加は早くなる。

 己の余命をサラリと告げたディアはそれでもなお笑うと、付いてくるようベルに行ってクリスの元へと案内を始めた。


 「全く運が悪いね、本当に運が悪い」

 「何を今更、運が良かったらこんな事にはなってないだろ」

 「にゃは、それもそうだね。僕ちゃんもクリスも、ベルも産まれた時から不幸ばかりだ」

 「・・・そうだな」


 ベルもディアも、ここには居ないクリスもまともな人生を送る人間ならば絶対に合わないような目に二度も三度もあったからここまで堕ちてきた。その事に対する文句や不満を感じるような心は長きに渡るここの生活で無くなってしまったけれど。

 

 「最後に友人に看取って貰えるんだ、総合的にはプラマイゼロかな」

 「美女じゃ無いのに良いのかよ」

 「妥協しなきゃね」

 「妥協かよ」

 「そうそう、ま、妥協だけど悪くは無いね・・・っと」

 「っ」


 突然の轟音と地響きに二人は立ち止まる。

 

 「かなり近いね、急ごう」


 振り返ってそう口にするディアに返事をしようとしたが、彼が歩き出そうとする方向に現れた存在を見た瞬間、ベルは何も言わず、反射的に彼の方へと手を伸ばしていた。

 スーツのアシストもあり、物凄い勢いで引っ張られたディアがつんのめりそうになる。

 文句を言おうとしたのか、彼は振り返るが、彼もまたベルが見たものと同様の物を目にした事により、その文句が言葉となる事はなかった。


 「ッ」

 「ディア、静かに」


 ゴウン、ゴウン、と轟音を唸らせながらゆったり歩く巨体がそこにはあった。

 踏み出した一歩は乗り捨てられた廃車をアッサリと踏み潰し、各部位から不規則に噴き出す蒸気は廃墟に残る窓ガラスを歪ませるほどの熱量を孕んでおり、付け加えて二メートル強あるパワードスーツに乗り込んでいてもなお見上げる程の体躯。

 また、そいつらは人型を模している為、シルエット的にはゴツい鎧を着た兵士を思わせる。

 その名は分からない、ただ、そいつはその見た目からそのまま、《機兵》と呼称されている。

 幸いと言うべきか、《機兵》はビルの影に隠れていたベル達の事は見えなかったのか、こちらに気づいた様子は無い。

 奴らは機械だというのに、時折生物のような不用心さを見せ、それとは逆に第六感としか判断のつかないような反応を見せる事もある為、油断ならないが、今回は逆にそれに救われたようだった。


 「助かったよ」

 「いや、俺も少し気をつけるべきだった。しかし、轟音が止んだところを見るとクリスはもう?」

 「な訳ねーだろ」

 「クリスか」


 突如、通信機に割り込んできたのはクリスその人である。

 念のため、開きっぱなしにしておいた部隊回線に入ってきたらしい。

 

 「悪いな、逃げながらの通信だったから切れちまったみてえだ」

 「気にするな、それで、どういう状況だ?」

 「何とかエリア7の工場群の方まで逃げて隠れてる、てか、通信が繋がってるって事は案外近いんじゃねえか?」

 「だったら良いけど・・・合流は難しそうだな」


 未だに《機兵》は近くを徘徊している。

 流石にそれに見つからずに合流するのは難しいだろう。


 「にゃは、それなら僕に任せてよ。取り敢えず現在位置の確認だけしておきな?君達が合流する時間くらいは稼いであげるよ?」

 「ディア、まさか」

 「そのまさか、後二十分くらいだよ」

 「・・・なら、その二十分、俺とベルに預けろ」

 「ふーん?」

 「この空に一条の流星を見せてやる」





 廃工場の建ち並ぶ廃棄区画をそいつは徘徊していた。

 継続する駆動音、噴き出す蒸気に一定間隔で踏み鳴らされる轟音。歩くだけで破壊を撒き散らすそいつは、見失った目標を求めて徘徊を続ける。


 「さて、始めるぞ」

 「了解」

 「分かったよー」


 クリスの指示と同時に《機兵》の前へと姿を晒したのはベルだ。

 突如として現れた新たな目標に《機兵》は全力で襲い掛かってくる。それが罠だとは考えもせずに。


 「ッ!」


 迫り来る《機兵》とは逆側、ベルの背後から轟音と共に壁をぶち破りながら飛び出してきたのは巨大な鉄塊だ。

 それは元は加工する予定であったであろう、ただただひたすらに巨大な鉄の塊、表面こそ腐食だらけだが、その質量自体は未だ健在。

 ワイヤーで無理矢理に天井に括り付けられた鉄球は位置エネルギーの全てを《機兵》の巨体にぶつけて、工場の屋根を道連れにそのまま地面へと墜落する。


 「オッケイ!ベル、次はB区画の五番だ!」

 「了解、後は頼んだよ。ディア」

 「全く、人使いの荒い人だね」


 普通ならばこの程度ではビクともしないが、カウンターの要領で思わぬ攻撃を食らった故に膝を着く《機兵》、その背後にディアが迫る。その手に握られているのは地雷、というには少々凶悪な威力を誇る。

 かつて、この区画が廃棄される以前に防衛用として置かれていた設置型の爆弾だ。

 とは言え、先の鉄球の一撃でも傷どころか凹み一つ作れない《機兵》のボディには殆ど意味を成さない、それを内部で炸裂させない限りは。


 「ま、死人の命だ。どう扱おうが文句は言わないよ」


 狙いは一点のみ、膝を折った事で少しだけ開いた脚部装甲の開閉部だ。

 しかし、《機兵》はその巨体に見合わぬ反応の速さで既に立ち上がろうとしている。爆弾は内部ならどこでも良いわけではない、それなりに深い位置に押し込まなければならない。

 だが、ディアの現在位置からでは恐らく少し間に合わない。

 それを察したのか、それとも最初からそのつもりだったのか、ディアは最高加速のまま脚部の関節に腕をねじ込んだ。

 当然、肘どころか二の腕辺りまで勢い良く突っ込んだ腕は脚部装甲の隙間が閉じるより早く抜けるはずもない。


 「があ、あっ、ああああああ!!!!」


 パワードスーツの砕ける音と同時に水の音と、肉の断絶する生理的嫌悪を催す音が響く。


 「ディア!?」

 「っっ・・・ふっ、だ、大丈夫。それより、もう離脱できたよ」

 「くっ」


 瞬間、辺り一帯を吹き飛ばすとまではいかないが、爆音と共に半径五十メートル程度を焼く爆炎が巻き起こった。

 

 「ッ、大丈夫か!ディア!」


 尋ねるが、爆風の影響かはたまたスーツが遂に機能を失ったか返事は聞こえない。


 「おい、ベル!早く来い!」

 「・・・分かってる」


 クリスはどんな時でも感傷というものを見せはしない。 

 誰よりも仲間の死を、苦しみを悲しんでいるのにそれを他人に見せようとはしない人間だ。

 それが分かっているから、薄情にも見える彼にベルは付いていくし、ディアも己の命すら預けられる。


 「来たか、急げ!」

 「ああ」


 廃棄された区画は、実際には廃棄したというより撤退を余儀なくされたという方が正しい。

 その為、時間経過と汚染された大気による劣化の無い物質や、外気に晒されずに保存されていた物はまだ当時のまま残っている。

 今、クリスはそれを使おうとしてるのだ。

 とはいえ、電気など通っているはずも無い。全ては手動だ。


 「緊急時用の手動開閉というが、これ硬すぎるだろ!パワーアシストがあるのに一人じゃあけられねえ!」

 「流石に経年劣化だろう、とはいえ完全に機能停止してたらそれすら望み薄だった、動くだけマシだ」


 二人で力を合わせる事で何とか動かした開閉装置が開くのは天井だった。

 誇りと土煙が大量に降り注ぎ、赤黒く分厚い雲が顔を覗かせると同時に、二重底になっていた天井の内部に隠されていたそれが姿を見せる。

 それは天使の輪にも似た、直径二十メートルほどの巨大な輪だ。


 「後は電力だが、あれは持ってきてくれたな?」

 「ああ」


 取り出すのはディアのパワードスーツに取り付けられていた予備バッテリーの全て、その数3つ。

 一個につき、通常状態での稼働を二十四時間保証する優れものだが、汚染された大気の関係上、バッテリーの減りを異常に早める規格外の浄化装置を取り付けられているために、ベル達は予備バッテリーを常に持ち歩いている。

 

 「よし、後はこれを連結させて」


 クリスがそれを工場内に残っていた、機能するコネクタで繋げ終えると、外から鉄屑を引きずる不快な音と同時に、片足を引きずる《機兵》がその姿を見せた。


 「来たか」

 

 声など無いはずの《機兵》がクリスに返事をするように蒸気を全身から噴き出す。

 

 「ベル、二人でやるぞ」

 「ああ」


 広い工場内、向き合うのは鋼鉄の巨人。

 一撃でも貰えば即死の相手との対峙に否応なく神経が昂る。


 「行くぜ!」


 先に動いたのはクリスだ。

 片足での挙動を余儀なくされている《機兵》は対応しようとするが、すばしこく動き回るクリスを捉えきれていない。

 その隙にベルは階段を駆け上っていた。

 錆だらけでいつ足元が抜けるか不安だったが、何とか真ん中が吹き抜けになっている二階部分まで登る。

 そして、設置されているワイヤーの巻き付けられた器具に繋げられたワイヤーをドンドンと一階に落としていく。


 「全部落とし終わった、援護に入る」

 「頼むぜ」


 通信を一瞬で終えると、丁度いい長さのパイプを拾い上げて下に飛び降りる。

 パイプといっても、特殊合金製である為それなりに重いがパワードスーツのアシストならば問題ない。


 「スイッチだ、クリス」

 「頼んだ」


 クリスに代わり、《機兵》の目標となる為にクリスを狙って放たれた巨腕に横合いからパイプの一撃を関節部に加えることで軌道を逸らす。

 《機兵》の装甲は非常に硬いが、関節部だけは柔軟な動きの為に旧型のパワードスーツでもダメージが入ってしまう程に脆い。

 そして、《機兵》はその時その時で最も脅威となり得るであろう敵を最優先目標とする。

 

 「来い」


 蒸気を再度噴出、剛腕を唸らせる。

 それを何とかかわしつつ、動かない脚側に回り込む事で敵の動きを制限し、まだ動く足の関節にパイプで負担を与えていく。

 ヒットアンドアウェイ、そう言えば聞こえはいいが、実際のところこんな攻撃にどれほどの意味があるのか、先の見えぬ綱渡りを続けているような気分を味わいながら、その動きを繰り返す。

 だが、遂に《機兵》が唐突に脚部から蒸気を吹き出した事で足を止められた。

 そして。


 「ガッ」


 恐ろしい破壊力を秘めた拳がベルを捉えた。

 何とかパイプで防いだが、パイプはひしゃげ、スーツの胸部分も大きく凹んでいる。

 目の前にちらつくスーツの機能低下を示すアラート、汚染区域内での最大活動時間が一気に減少したと示されている。


 「ッ」


 表情など無い《機兵》だが、今、目の前に立つそいつはまるで勝鬨をあげているかのようだった。

 《機兵》がトドメを刺そうと近づいてくる。

 その時、鋼鉄の擦れる音が無数に、様々な場所から響き渡り、勢い良く宙を踊ったワイヤー群が《機兵》の身体を縛り上げ、工場の中央部分に固定してしまった。


 「良くやった、ベル」


 二階を見上げれば、いつのまに登っていたのか、クリスが腕組みをしながら《機兵》を見下ろしている。

 彼はベルとスイッチした直後、垂れていたワイヤーを床に設置されたアンカーに引っ掛けて回っていたのだ。

 そして垂れたまま、蜘蛛の巣のように張り巡らされたそのワイヤーを一気に巻き取れば、張り詰めるのは必然、元々からここまで追い込んだ《機兵》を捕縛する目的で作られていたそれは、数年経ってもしっかりと機能してくれた。


 「じゃあな」


 呟き、クリスが傍のレバーを引き下ろす。

 それは先程、開いた機構を起動する為の物だ。

 その機構の名は《エンジェル・リターン》、それを使用された《機兵》は何の抵抗も許されず、音速の二倍以上の速度で空へと打ち上げられる。


 「グッ・・・」


 初速による空気摩擦で作られた熱風が工場内に吹き荒れた。豪風で浮かされそうになる身体を何とか押さえ付けて、上空を見やる。

 《機兵》は白く輝く炎に包まれ、一筋の流星と化して空へと駆け上っていく。空を覆っていた赤黒い雲には風穴が開けられ、輝く星空が覗き、月光が優しく一帯を照らした。


 「夜・・・だったのか」

 「ここじゃ時間感覚が分からねえからな」

 「クリス」

 「起き上がれるか?」


 腕を引かれて起き上がる。

 骨がいくつか折れていて、動くたびに激痛が走るが、動けないほどでは無い。


 「ディアの所行くぞ」

 「ああ」


 クリスの肩を借りて何とか歩く。

 パワーアシストの弱まったスーツは重りでしか無い。浄化装置が無ければ脱ぎ捨ててしまいたいが、それも出来ないため、重量に耐えながら歩き続ける。

 しかし、ディアと別れた所まで来た時、そこには血の跡だけが残っていて、肝心のディアの姿が無かった。


 「移動した、訳じゃなさそうだな」

 「ああ、血溜まりがあるって事は少なくともここであいつは休んでいた筈だ」

 「・・・クリス、おかしく無いか?」

 「何がだ?」

 「あのC隊の連絡が途絶えた時、俺は最短ルートで向かった。なら、《機兵》は一体どうやってクリス達の方へ行った?」

 「お前とは違うルートから回り込んだんじゃ無いのか?」

 「ああ、そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。最悪の事態を考えるんだ、考え得る限りの最悪を・・・例えば、《機兵》は一体じゃない・・・とか」

 「まさか・・・」

 「少なくとも、俺がオボンの死体を見つけた時、回り道をしてそちらに行けるほど、時間が経っていたとは思えっ・・・」


 一瞬だった。

 突如、目の前に穿たれた穴の延長線上、己の胸に空いた穴を見て、漸く悟る。

 ああ、自分は死ぬのだと。


 「・・・ッ」

 「ベル!」

 「ッッ!」


 駆け寄ろうとしてきたクリスを突き飛ばした瞬間、二人の間に走った光線がベルの腕を半ばから弾け飛ばした。


 「ッッ・・・・!!」


 声を出そうとしても胸に空いた穴から空気が抜けるばかりで、苦悶の声もクリスに言わなければならない声も、音となる事はない。

 光線の飛来した方向を睨めば、先程ベル達が倒したのとは別タイプの《機兵》が見える。

 その《機兵》は異質だった。

 《機兵》に多く見られる巨体とはかけ離れた、スーツを纏ったベル達よりも小さい小柄な体躯もそうだが、何より、その手には小さな拳銃のようなものが握られている。

 まるで、ではない。そういうパワードスーツを着た人間だとしか思えない。


 「おい、ベル・・・やるぞ」

 「・・・」


 隣のクリスに頷くふりだけする。

 当然だが、今、ここに至ってベルとクリスの優先順位は完全にクリスが上になった。

 例え、ベルがどのような目に遭ったとしてもクリスだけはここから逃さねばならない。

 幸いというべきか傷口は焼かれており血が出る事は無い。傷口から全身に広がる神経を針で刺すような激痛は、今は逆に有難い。


 「ッ」

 

 銃口が向いた瞬間、横に飛び退く。光線がスーツの肩口を貫通して背後の壁をも穿つが、生身に傷は無い。

 回避行動からそのまま敵に向かって走り出すと、何も示し合わせていないにも関わらずクリスも走り出す。


 「フッ!」


 《機兵》が銃口をクリスに向けた瞬間、ひしゃげたパイプを投げ飛ばし、《機兵》の行動を制限する。

 その隙に一気に距離を詰めるが。


 「ッ!」


 《機兵》は恐ろしい程の反応速度で銃口を向けてその引き金を引いた。

 咄嗟に回避するが、躱しきれなかった左肩を光線が穿つ。


 「・・・!」


 痛みを無視して蹴りを放つが、《機兵》は軽やかな身のこなしでそれを避けると後退際にベルの左脚を射抜く。

 明らかに先程の《機兵》とはレベルが違った。ベルが命を賭した所でここからクリスを逃がすことすら出来ないと、確信してしまえるほど、圧倒的に強い。

 それでもと、折れかけた心を無理矢理に奮い立たせ、クリスの援護に向かおうとするが、遅かった。


 「・・・!」

 「ガッ・・・」


 クリス、と叫んだ声は結局音にはならなかった。

 ただ、クリスの胸元に空いた穴が全てをベルに悟らせた。

 どうしようもなく、価値も無く、意味の無い己の人生はここで終わりだ、と。

 心が折れる、膝が砕ける、思考が白に染まり、目の前が暗くなって、それでも最後に声が聞こえた。


 「まだ・・・終わってねえ」

 「ッ!」


 それはクリスの意地だった。

 死んでも己の人生に意味を遺すという、意地。

 心臓を射抜かれ、死にゆく身体でなお、彼はそれを成した。蹴りを放ち、完全に油断していた《機兵》の腕から拳銃を弾き飛ばしたのだ。

 そして、千載一遇、クリスの作り出したそれをベルは見逃さない。


 「ッ!」


 弾かれた拳銃を空中でキャッチ、そのまま狂ったように引き金を引きまくる。

 照準は大雑把、片手しかない上に拳銃の心得もないそれは殆ど当たらない。しかし、何発かが《機兵》の身体を抉り、たった一発が胴体に風穴を開けた。

 そして、それで終わりだった。

 あっけない程、アッサリと《機兵》は地面に倒れ込み、起き上がることは無くなった。


 「ッ」


 胸元から空気の抜ける嫌な音が聞こえる。

 足に空いた穴から力が抜けていくかのような錯覚と共に膝から崩れ落ちそうになるが、まだ倒れるわけにはいかなかった。


 「・・・」


 クリスの亡骸に近寄る。

 心臓を一撃で射抜かれており、余計な傷跡は無い。バイザー越しに覗く顔は満足そうで、ともすれば眠っているようにしか見えなかった。

 涙は流れない。

 当たり前のように友の死を見送るこの人生で、悲しいという感情は遥か彼方に削り去られた。

 ただ、何となくだが、死ぬならここが良いと思った。

 クリスの傍で眠るように己も死ぬ。

 それで全ては終わりだと。

 だが、それにはまだ障害があるようだった。


 「・・・」


 背後から聞こえた機械音に振り返れば、倒したと思っていた《機兵》が起き上がろうとしていた。

 自己修復機能でもあるのか、腹部の孔は少しずつだが無くなりつつある。

 手に握った拳銃はもう弾切れで使い物にはならない、だが、拳銃が使えないのは敵も同じ事だ。

 既に意味を無くした、重たいだけのスーツを脱ぎ去り、先程投げ飛ばしたパイプを拾い上げる。

 苦しさは無かった。

 ただ、不思議な程冷静だった。

 世界を俯瞰して見ているとでも言うべきだろうか、握るパイプが身体の一部となるような錯覚を覚えながら、構える。


 「ーー」


 壊れたおもちゃのように奇妙な動きをする《機兵》はその腕と脚から電動ノコギリのような刃を生やし、それを高速回転させていた。

 刃が先程の銃撃で受けた傷を擦るせいで、聴き心地の悪い不協和音が全身から掻き鳴らされる。

 

 「ッ!」

 

 《機兵》が跳躍、空からベルの身体を両断せんとばかりに飛びかかってくる。

 だが、《機兵》も既に精密な動きが出来ないのか、ベルが飛び下がると、そのまま地面に腕を半分程埋め込んだ。

 その隙を見逃さず、ベルが一歩踏み込んでパイプを振るうと、《機兵》は埋まった腕の電動ノコギリを無理やり稼働させる事で地面を掘り返す。


 「ッ」


 思わぬ目くらましに攻撃の軌道が逸れ、それと同時に耳元からノコギリの轟音が唸る。

 

 「・・・ッ!」


 咄嗟に地面を転がって回避、振り抜かれた《機兵》の腕がベルの髪の毛を数本巻き込んで斬りとばす。

 転がった勢いを生かしてそのまま膝立ちになるが。


 (目が、見えない)


 汚染された大気同様、土塊の一片すらもこの地は汚染されきっている。それが直接粘膜に付着すれば、失明は免れなかった。

 とはいえ、現状では失明に戸惑う暇すらありはしない。


 「ーーッ!」


 轟音と大気の震えが肌と耳朶を揺らす。

 上からの振り下ろしだ、と、脳が認識するよりも早く、身体は横に飛び退いていた。

 追撃する《機兵》が地面を転がるベルに向かって、脚を振り下ろす。

 それに対して、ベルは水平にパイプを回転させる事で脚を無理矢理弾き飛ばすと、そのままパイプを地面に突き立てて跳躍、《機兵》の頭を踏みつけにして距離を取った。


 「フー」


 大きく息を吐き出す。

 《機兵》から戸惑いの感情のようなものを感じる、否、それだけでは無い。辺りの微弱な風も、雲の流れも、《機兵》の僅かな身動ぎすらも、目を潰されたというのに全てが手に取るように分かった。

 そして、同時に確信する。

 最早、目の前の《機兵》に負ける事は無い、と。


 「ーーーッ」


 勝敗は一瞬で決した。

 一直線に最大速度で突っ込んできた《機兵》の腕をかいくぐりながら、パイプで胴を薙ぐ。

 ただそれだけの動作で、目には見えないが、《機兵》の身体を切り裂いたのが分かった。

 ただのパイプ如きで身体を両断されるとは思いもよらなかったのだろう、《機兵》は事態を認識できずに上半身と下半身が分かれたまま、狂ったように暴れ続けている。

 一方、ベルは何故かは分からないが、それが当然のようにできる事だと確信していた。

 己の持つパイプが《機兵》の身体を両断する光景が当たり前のように頭の中にあった。

 それはもしかしたら、何かとても重要な事なのかも、それこそベルのクソみたいな人生を一変させるような感覚かもしれなかったが、最早死にゆくだけのベルにとって、そんな事はどうでもいい。

 いつのまにか静かになっていた《機兵》には目もくれず、クリスの方へと歩き出す。

 四歩目を踏み出すと同時に地面に倒れ込むが、最早起き上がる事すら出来ない。這いながらクリスの元に行き、仰向けになると自分の中に残っていた僅かな命の灯火が消えていくのが実感できた。

 吹けば消えるような弱々しい炎が、ロウソクの溶けきった後のロウの上でほんの少し燃えてるだけの、まさに残り火のような。


 「おや、本当にやられたのか」

 「ッ!」


 突如、声が聞こえた。

 少し幼さを感じさせるが、どこか冷酷さも併せ持つ女性の声だ。

 それに加え、その後に追従する足音からして、どうやらもう数人いるらしい。


 「言葉も喋れぬ成ったばかりの若造だったが、それでも人型を維持してたんだ。この辺りに送り込んだ回収用の《機人ヒューマノイド》にやられるとは思えんがな」

 「と、なると、そこで倒れてる人間にやられたという訳になるが、だとしたら、面白いな。是非とも持ち帰りたい」

 「二人ともか?」

 「出来ればそうしたいが・・・片方は駄目だろう。損傷が酷すぎる、殆どが機械の代替になってしまうだろうね」

 「成る程、ならば捨て置くか」

 「そうだね、まあ、捨て置くのも忍びない。せめて墓くらいは立ててやろうか」


 パワードスーツからクリスの亡骸が持ち出される。

 それを知覚した瞬間、呼吸も、心臓も止まりかけていた筈だというのに、ベルの身体は動いていた。


 「・・・本当に驚いたな。まさか、その傷で生きているとはーーとはいえ、最早自我も残ってはいないようだがね。済まないが、離してもらおう。決して君の友の亡骸を辱めるような真似はしないと誓うから」


 女性と思わしき人物は優しく、指の一本一本を剥がしてベルの腕を胸の上に置き直そうとするが。


 「ッーー」


 それでも、ベルはその人物の腕を離さなかった。女性の腕が軋む音が聞こえてくる。


 「素晴らしい・・・とてつもない、我々のような機械には到底出せない、魂のエネルギーとでも言うべきかな?それが、今、この子を動かしている・・・どうしようかな、やはりこの子も持って帰るべきか・・・」

 「いい加減にしろ」

 「あッ」


 先程まで女性と会話していた男性の声と共に腕が肘の辺りから切り落とされた。

 女性が文句を言う。


 「なんて事をするんだ」

 「・・・貴様は人間に執着しすぎている。まさか、まだ人間に未練でもあるのか?」

 「はっ、それこそまさかだよ。ただ、私は《機人ヒューマノイド》の研究に興味があるだけさ。機械化は人をベースにした方が、強いのが生まれるのは君も分かっているだろう?」

 「それも度が過ぎると言っているのだ。最近の貴様の増長は目に余る。一体どれほどの《機人》を抱え込んでいる?あのお方への叛逆を企てているという声も出ているんだぞ」

 「馬鹿を言うなよ、これも全てあのお方のためさ。戦力はあるに越した事はないだろう?」

 「減らず口を・・・まあ、いい。持って帰るんだったら早くしろ、俺はこのような所に長居したくはない」

 「もういいよ、流石にこのレベルの欠損は看過できない。機械化しても飲み込まれるだけだ」

 「そうか、それは良かったよ。おい、貴様ら。そこで転がってる《機人》を回収してやれ。撤収するぞ」

 「「「了解しました」」」


 女性が立ち去っていく音が聞こえる。男性の指示に従った何者か達がやかましく作業を開始する。


 「ーー」


 待て、と。声を出そうとしても声は出ない。

 切り落とされた両手は最早何も出来はしない。

 何も映さぬ筈の瞳は何故か、連れ去られていくクリスの亡骸を脳裏に焼き付けた。


 まだ、死ねない。

 こんな終わり方があっていい筈が無い。

 これでは救いようが無さすぎるではないか。

 生前から、縛られ、辱められ、人としての尊厳すら持てなかった者達は死後すらも、自由にはなれないと言うのか。

 

 怒りが、この世の不条理に対する怨念にも近い怒りが、既に何もかも出し切った筈の身体の底から新たな力を沸きあがらせるような気がした。

 身体を縛る死神の鎖を引きちぎるように全身に万力の力を込める。

 失明し、暗闇に染まる視界はいつしか火花が弾けるように、真っ白に染まり始めてーーーーーーーーーーーー。





 空が見えた、と、錯覚した。

 それが、空では無く、空色に限りなく近い蒼白の美しい髪だと気づくのに数秒掛かる。

 美しい少女だった。

 こんなクソみたいな世界にいるのが信じられない程の、まるで別世界に生きるような、この世の言語では言い表しきれない程の、不気味なまでの美しさを持っている。

 失明している筈なのにどうして、そもそもこの少女は一体いつからここに、どうやってここに。

 様々な疑問が浮かび、その全ては次の少女が発した言葉で消えた。

 

 「貴方は、まだ生きる気はある?」


 考える時間はいらない。

 答えなど、決まっている。

 叫んだ筈の声は、やはり出なかったけれども、彼女は「確かに聞き届けました」と、微笑んだ。


 「ならば、貴方には《剣》を与えましょう。この世の不条理を断ち切り、己が願いを刻む為の力を。その力の名は、その《剣》の名はーー」


 瞬間、何かが、途轍も無いエネルギーを持った何かが心臓の部分に生まれた、否、与えられた。

 それが、あたかも心臓が血液を全身に回すように鼓動を刻むと、爆発的なエネルギーが身体中に満ち、冷たくなった身体が熱を孕む。

 まるで、この世の全てが思い通りになるかのような、そんな全能感すら感じながら、彼の意識はその膨大なエネルギーに飲み込まれた。

 





 

 

 

 


 



 

 


 


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