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集合と出発


 

 

「……こっちは低いですね」

「そうだな」

 

 早朝。

 

 ドリテルから海へと向かう大通りは、両脇を高く分厚い塀に囲われていた。

 さすがに街中ほどの広さはない。けれど大型の輸送業者が横に四組並んでも通れそうなほどの道幅が、運ばれてくる塩の量を物語っているように思える。

 

 とてつもない剣幕で詰め寄られたのは昨日、練習を終えて基地に戻ってからのことだった。

 

 ザワついた集まりの中心には青筋を立てたシューラさんと、心底うんざりした様子のニルさんがいた。ふたりの表情を見ただけでだいたいの事情は察せられた。

 俺たちに気づいてドシドシと歩いてくるシューラさんは、その体の周囲が陽炎のように歪んで見えるほどの気迫だった。レフィがつむじ風を起こした時のことを思えば、実際にマナの影響で歪んでいたのかもしれない。

 いまにも破裂しそうな危険物は口を開け、その禍々しい声色で大会に出なかった理由を聞いてきた、ので、俺はきのうの大会に出るとは一言も言ってないです、とさらに火をくべてみた。顔面を爆発させたシューラさんは口から火を吹きそうになりながら、集合時間と場所を単語だけで端的に言い表した。第三の条件、依頼の件だと理解した俺は、空気の揺らめきがノシノシとその場を去った後、顔に飛ばされた唾液を袖でぬぐった。

 どうやらシューラさんはあの三人組を見捨てたりはしなかったようだ。

 ちょっと意外だ。

 

「この先です、よね?」

「ニルさんが言ってたから、間違いない、……はず」

 

 ドリテルから北側へと抜ける道は、物流用の大通りの両脇にまたひとつずつ塀に囲まれた道があった。おそらくヒトが通行するためだけに作られた道だろう。あるいは大通りの守りを二重にしている意味もあるかもしれない。

 大通りと、その両脇の道。俺たちが指定された場所はさらにその外側だった。両脇の道の外側には寄り添うようにほったて小屋があり、そこからは街の境界線を示すように木製の柵が横に伸びていた。

 たたけば崩れそうなボロの柵は、その高さも俺のヘソくらいまでしかない。もともと魔物を退けるためのものではなく、街とエリアの線引きとして立てられているだけなのだろう。

 

 この小屋の先を塀伝いにすこし歩いたところが集合場所だという。

 

 よくみると小屋と柵の接した部分が開閉できるようになっている。一応、そこがエリアへの出入り口のようだ。小屋側にもまるで受付のような小窓が設置されている。ひとまず挨拶をしておこうと思う。

 

「すいませーん」

 

 出入り口の少し手前。小窓の奥にはひとりの女性が椅子に座っていた。女性といっても年齢はパロームおばさんくらいだろうか。髪はボサボサで、神経質そうな細い目はなにやらじっと手元を見つめている。

 

「すいませーん!」

 

 さっきより大きな声を出すと女性のまぶたがピクリとし、一瞬だけこちらを見た、ように見えた。けれど女性はフンと鼻を鳴らしただけで、また手元に視線を落とした。

 はたと既視感。

 いやな予感がした俺は、一度窓枠から見えなくなるように移動する。そしてすぐさま、もう一度窓の中を覗き込んだ

 ばちりと視線。完全に俺を認識したであろう神経質そうな目はなぜか一層不機嫌そうに歪み、またまた忌々しそうに手元を見つめ始めた。俺たちがいることはちゃんと認識しているし、間違いなく声も聴こえている。

 俺はもう一度だけ口を開く。

 

「すいません! 通ってもいいですかー!?」

 

 うぇほん、はん。

 女性はわざとらしいほど大きな咳払いをした。けれどこっちに目を向ける様子は一切ない。腕のわずかな動きから、何かしらの作業をしていることだけは見て取れる。

 俺はうんざりした気分で後ろの二人に目を向ける。

 レフィもクーも不思議そうにこちらを見つめていた。

 

「はあ……」

 

 俺は合図をして、ボロボロの柵の出入り口へと向かう。

 

 ああ、あっ、あ!!

 

 俺の手が柵に触れたか触れないかのところで、案の定というか、予想通りと言うか、ドタドタと床を鳴らす音に続いて小屋の扉が開き、さきほどの女性がひどく苛立った様子でこちらをにらみ付けてきた。

 

「あああっ、ああっ、あーあっ!!」

 

 まるでこちらの失態を見咎めるかのように柵に近づき、まだ開いていない出入り口と俺を交互に見比べて、そして口を開いた。

 

「まーた勝手に通ろうとして! これだから最近の若いもんは……」

 

 ぶつぶつとまくし立て始めた女性に、俺は自身の少ない人間関係から無理やり“店先用の顔”を引っ張り出してきて鼻先からべっちゃりと塗りつけた。

 できるだけ申し訳なさそうに、にこり。

 

「すいません」と声色も抑え目で。「通ってもいいですか?」

「いいわけないだろう!? ここが出入り口ならちゃんと挨拶くらいするのが当然さね! 常識でわからんかね!? 出入り口があって、そこに受付がある! それを無視していくヤツがどこにいるね!? ええ?」

「すいません」

「ああ、もう、ああっ!」

 

 怒気をまきちらしながら、女性はなぜか俺たちが触ってもいない出入り口を確認し、開け閉めを始めた。まるで俺たちが乱暴に扱って壊していないかを確認するかのように、必要のなさそうな部分まで入念に、そして無駄に忙しそうに。

 レフィが心底不可解そうな顔で俺を見上げてくる。俺は「いいから」と目だけで訴える。クーはさして気にもしてない様子で、眠そうに両手を頭の後ろで組んでいる。

 

「これだから、本当に、これだから……」

 

 ぶつぶつぶつぶつぶつ。女性の小言は止まらず、ついには柵の格子の接着部分にまで指でなぞりはじめる。たとえ俺たちがこのボロボロの柵を蹴破ったとしてもそこは外れないと思う。

 

「あんた、ねえ? あんたっ!」と女性が俺を振り返る。

「はい」

「わからんかね? わかる? 常識だよ常識! いくら育ちが悪くたってこれくらいわかるだろうに。常識ってもんがないよ。ねえ。常識だよ常識! ア、イ、サ、ツ! これ、報告しておくからね。なに、あんたなんだ。名前は?」

「ニトです」

「ふんっ!!」

 

 俺がすぐに名乗ったのが余計に気に食わなかったらしく、女性は顔を歪め、つかつかと小屋の扉の方へと戻っていった。また窓の外から挨拶するところからやり直すのはさすがに面倒なので、俺は女性の背中に再度確認を取っておく。

 

「すいませんでした! もう通ってもいいですか?」

「いいに決まってるだろう!? 常識で考えなっ!! 何度も何度も!!」

 

 ギロリとこちらをにらんだ後、女性は小屋の中へと戻っていた。

 結局というか当然というか、手続きのようなものは特にないらしい。

 

「いくよ」

 

 俺は短く口にして、ボロッボロの木の柵を慎重に開けた。

 

 

 

「…………な、なんだったんです?」

 

 小屋からある程度離れたのを見越してか、レフィが恐る恐る聞いてくる。

 

「ああ、あれはミス待ちおばさんだ」

「ミスマチオバサン、です?」

「そう。そういう魔物の類だと思っておけばいい。前にも遭遇したことがある。どこだったかな。確か東の国の検問あたりだったかな」

「ひがしの国? ニトさん竜の国に行ったことがあるんです?」

「珍しくそっちから香水の注文が入って、一回だけお使いで」

「へー。そこにもいたんですか、ミスマチオバサン」

「いた」

「あいさつしろって言ってましたけど、ニトさん最初に声をかけてましたよね?」

「考えないことが大事だ。できるだけ物理的に距離をとれ。それくらいしか対処法は無い。テリトリーの中で隙を見せようものならどこからでも追尾してくるからな。覚えておいたほうがいい。クーもだぞ。……クー。クー?」

 

 振り向いたその場所にいつものつむじが無いのと、小屋の方からとんでもない音量の怒号が聞こえてきたのはまさに同時だった。

 はっとして目を向けると、さきほどの小窓のところでクーが中を覗き込んでいる。

 おいおいおいおい。

 俺は急いで小屋へと戻る。

 

「えー? だったら何のしごとだったのだー?」

 

 相も変わらず、のへーっとした様子のクーに、女性は開けた窓から殴りつけるかのような勢いで大声を浴びせていた。

 

「仕事っていったら仕事に決まってるだろ!! なんだねあんたは!!」

「ここを見てるのがしごとじゃないのだ?」

「それも仕事に決まってるよ!! あたしゃあんたらみたいなならず者と違って街の協会から正式にもらってる仕事だからね! 忙しいんだよっ!! こっちは!」

「べつに誰でもできそうなシゴトにみえるのだー」

「……っ、は、かっ、あっ? ああ、あたしゃねえ!? もとは中枢で働いたことだってあるんだよ!? わかるかい? ええ? チュ、ウ、ス、ウ! このでかい街のど真ん中で仕事をしてたんだよ!? あんたに何がわかるってんだい!?」

「あのでっかいとこで働いてたのだ?」

「そうさね!!」

「それはすごいのだ。でもシゴトができるならずっとそこで働いてたと思うのだ。なんでこんなとこにいるのだ?」

「あっ……! あんたなんかに教える必要ないよ!!」

「なんでなのだー? どうしてなのだー?」

「忙しいっていってるんだよッ!! ああっ!? どうせあんたも戦士とかいう浮浪者と変わらないような、汚らわしいヤツらなんだろう!? 育ちが知れるねえ!? ああ忙しい忙しい!!」

「そんなに忙しいのだ?」

「はやくどっか行きな!!」

「わかったのだ。でもニトが声をかけてたのに聴こえないくらい耳が遠いなら、このシゴトも向いてないと思うのだ」

「ああ、あ、アンタなんかにねえっ!? あたしの優秀さがわかるかい!?」

「うーん? むずかしいのだあ。でもクーの里だと、いっつも忙しそうにしてるのはだいたいユウシューじゃないヤツなのだ。余裕がないのだ。だからたぶんおババも余裕がないのだ」

「おばっ……!? ば、ばば、ばっ……」

「なんか、クーでもできそーなシゴトなのに、どうして余裕がないのだー? 怒りっぽいときはよく食べてよく走るのがおすすめなのだ」

「クー!! クーさんクーさん。行こうね。早く行こうね、はいはい。早く行こう」

「おっ?」

 

 髪を逆立てんばかりに怒り狂う女性に、俺はクーを担いでさっさとその場をあとにした。

 

 

 

 集合場所にシューラさんの姿はまだなかった。

 かわりに待っていたのはパーティが四組ほどと、大きな輪のイヤリングをした少女がぽつんとひとり。一組一組がそれぞれどこか牽制しあうように、けれど敵意を露にするわけでもなく静かにたたずんでいる。

 これだけよそよそしい空気が漂っているということは、全員がゴノーディス、という雰囲気でもなさそうだ。

 

「…………」

 

 さきほどからやけに痛々しい視線がひとつ。ひとり。イヤリングの少女。

 こちらを睨みつけるその眼光には明らかな嫌悪が見てとれる。憎悪と言ってもいいかもしれない。この少女とはまったく面識はないが、その視線には覚えがある。オーグさんのところのふたりの有翼種や、そしてシューラさんの取り巻きと同じだ。

 

 まあ、なんでもいいが。

 

 それより俺たちだけがオビッケンを用意していないのは明らかな伝達ミスだろうと思う。今回の仕事がもともとシューラさんへの依頼であることを考えると、実力的にも準備的にも完全に浮いてしまっている。走りこみのしすぎで体重が消え失せたのだろうか。そよ風とともに世界を周りたい、などと思うほどアウトドアでもない。

 

「よお、待たせたな」

 

 高い壁伝いに、シューラさんがオビッケンに乗って現れる。

 その後ろにもふたり。どちらもシューラさんのパーティなのだろう。その片方がクーをコテンパンにしたあの色黒の女性であるのを確認する。

 俺はクーの様子を盗み見る。奥歯を噛んだような表情をしているが、いますぐにでも飛び掛って再戦を申し込もうとしている、ようにも思えない。

 かなり思い知らされたようだ。

 

「リーダー!」

 

 イヤリングの少女の顔がぱっと輝いた。

 少女は自分のオビッケンを待機させ、シューラさんへと駆け寄る。少女の赤みがかった茶髪が風に揺れ、片耳に付けられた金色の輪がチリっと反射した。その様子に周囲のパーティがひそひそと何かを言い、目配せをしたのがわかった。

 さしづめ今日のメンツの中で逆らっていい相手とダメな相手を再確認といったところか。

 

「ベルテン、早いな」とシューラさんが少女に声をかけた。

「そりゃあもう! 初めてのリーダーとの仕事ですから!」

「そういえばそうか。今日は頼むな」

「は、はい!!」

 

 ずいぶんと微笑ましいやりとりだ。

 けれどシューラさんはその間も一切こちらに視線を向けようとしない。依頼に同行しろとだけ言って、あとは無視するつもりだろうか。

 とりあえずメンバーはこれで揃ったようだ。相変わらず俺たちだけが場違いなまま、前に進み出たひとりの女性が点呼をとり、かんたんな挨拶と、今回の仕事内容の説明が始まった。

 

 ドリテルから海まで、大掛かりな水路を引くという計画があるという。

 

 塩を運ぶのにいままでは陸路しかなかったけれど、水流を利用した水運にすることで必要な人手を減らし、自動的に街まで運んでしまおうというドリテルの街きっての大事業なのだとか。

 すでに調査は済んでいて、水を一方向から流すのではなく循環させることで、水の魔法に必要なマナの量を減らすことができ、そうすれば継続的かつ周囲に影響も与えない水路が作れそうだという計算になっているらしい。

 そう説明する女性の言葉は少したどたどしい。表情がこわばって見えるのもシューラさんのせいだろうか。俺だったら二大ギルドと呼ばれている相手を差し置いて、自分が説明役にさせられたらそれなりに胃が荒れそうだ。

 おそらく女性は街か協会の職員なのだろう。きちんとした身なりが俺たちとは逆の理由で浮いてしまっている。普段からエリアを回る土臭い戦士たちを前にして萎縮してしまうのも仕方が無いのかもしれない。

 

 今回の調査は発生したマナの歪み。

 

 ここから先、エリアの一部で観測したマナがどうにもおかしな数値を叩きだしているという。それが安定しないことには水の魔法どころではないのだろう。現場で放つ魔法と違って、装置的に作動させ続ける魔法にはおそらくマナの揺らぎが致命的になるのだと予想できる。

 つまり水路を作る前段階として、エリアの調査をするというのが今回の仕事だ。

 

「観測組によればマナ揺らぎが日に日に大きくなっているという話ですから、いまからすぐに向かおうと思います。……思うのですが、えーっと」

 

 そこで気まずそうに言葉をきった女性は、言いずらそうにこちらに目を向けた。

 点呼の時点で俺たちもゴノーディスの一員として呼ばれたせいで、さきほどから周りから奇異の視線を何度も向けられている。みるからに周りよりも武装が貧弱なのもあるだろう。

 

「こいつらはいい」

 

 女性をびくりとさせたのはシューラさんの声だった。

 

「目的地まで走らせろ。下っ端はまず体作りをさせるのがうちの方針だ」

「え、ええ」と女性がうろたえた。「で、ですがあまり移動に時間をかけるわけにもいきませんし……、ギルドの方でオビッケンの手配していただけなかったのでしょうか?」

「用意はしてあったさ。こいつらが勝手に忘れてきただけだ。まさか依頼を遠足か何かと勘違いしてるとは思わなかったもんでな? エリアに向かうって言ってるのに足の用意もロクにしてないだなんてなあ。あっははははははは!!」

 

 シューラさんが笑った事で、どうやら俺たちは馬鹿にしてもいい存在だということが周囲に伝わったらしく、いままで黙っていたヤツらまでもが俺たちを指差してくすくすと笑い始めた。

 さてどうしたものか。

 幸いまだ街を出て少し歩いただけだ。これが加入条件のひとつでもなければ「では帰ります」と一言告げて、さっさとオーグさんに教えてもらった海魚料理の店にでも出向こうかというところだ。

 

「…………」

 

 となりのレフィがしおれている。

 が、何かを思い出したようにクッとあごを上げ、むんと口を結んだ。

 レフィが立ち向かうつもりなのなら、俺が逃げるわけにもいくまい。

 

「申し訳ありません」と俺は口を開く。「準備を怠ったのはこちらの落ち度です。近くに厩舎はないでしょうか? オビッケンを借りられるところがあれば教えていただきたいです。あと、僕たちはまだ騎乗に慣れていません。先導していただける方がいると助かります」

「要求ばっかり立派だなあ? へえ?」

 

 おちょくるようなシューラさんの言葉に、数人が腹を抱えて笑い始めた。

 俺はかまわずに言葉を続ける。

 

「依頼の邪魔をするわけにはいきません。この街にも詳しくないのですが、どこに向かえばよろしいでしょうか?」

「あの……」

 

 一匹のオビッケンと、それに乗った女のヒトがおずおずと近づいてくる。「おいリノー」と同じパーティから呼び止める声が聞こえた。ゴノーディスのように通名を使ってないとすれば、リノーというのが彼女の名前だろうか。明るい金色の髪は背中まで伸び、前髪は眉を隠す程度にぱつんと揃えられている。ちょうど俺と同い年くらいだろうか。

 彼女は俺たちの前でオビッケンを降りると、その後ろに連れてきているもう一匹のオビッケンを示した。そちらにはまだ誰も乗っていない。どうやら予備の一匹のようだ。

 

「もしよろしければ……」とリノーさんが口を開き、すぐに「おい」と今度はこちら側から不機嫌そうな声が上がった。シューラさんだ。

「なに、うちに取り入ろうってワケ?」

「……っ」

 

 シューラさんに威圧されたリノーさんは怯えたように顔を強張らせた。

 俺たちの味方をしづらい空気の中でこんな申し出をしてくれるなんて、どれだけイイヒトなのだろうか。これを無下にするようなことがあってはならない。

 俺はできるかぎりの明るい表情で声を張った。

 

「貸してもらえるんですか!」

「え、あ、え、ええ……、あの、おせっかいでなければですが……」

「おいお前ら、勝手に……!」

「すごく助かります!! ありがとうございます!!」

 

 普段の発声練習の成果とばかりに、俺はシューラさんの声を上からかき消す。

 面食らう者、俺の声に反応を示した者、笑いどころを間違えたようにまた爆笑している者。それらを尻目に俺は深々と頭を下げる。

 大きな舌打ちが聴こえたこと以外、それ以上文句は出なかった。

 

 

 

 だだっ広い緑の草原のすみをひた走る。

 遠くには魔物らしき姿もちらほら見られたけれど、なにかしらの仕掛けがしてあるのか、俺たちが走っているこの壁沿いにはあまり近づいてこない様子だった。

 

「どうして貸してくれたんですかね?」

 

 と、俺の前に座ったレフィが軽く首を回した。

 ややクセのある髪とふわふわな耳がオビッケンの動きに合わせて揺れる。俺の両手は手綱を握ることに集中する、ことにする。

 

「どうしてだろうな」

「あのヒトが取り入るとかなんとか言ってましたけど……」

「あんまり邪推するもんじゃない。親切心からだろう」

「それはそうですけど、ゴノーディスってやっぱり、そういうこともあるんですかね?」

 

 レフィが周りに聴こえないように少し声を落とした。

 リノーさんに関心があるというよりは、ギルド間の裏事情みたいな部分が気になっているようだ。なんとなくレフィらしいなと思う。

 

「そりゃあ東でいったら天下のゴノーディスだからな。嫉妬してるヤツラもいれば、媚を売っておこうと考えるヤツもいるんだろう」

「うーん、なんだかフクザツです」

「なにがだ?」

「いえ、なんでもないです」

 

 考え込むようにしてレフィは前へと向き直った。

 俺はレフィの愛らしい脳天を見つめる。相変わらず素晴らしい頭を目の保養にしながら、いまレフィが「フクザツ」だと言った理由について少し考えてみる。

 

「きょーはゆっくりなのだ」

「うん?」

 

 当然のようにクーが並走しているのはもはや当然なので、俺も当然の顔で口を開く。

 

「ゆっくり? ペースが?」

「のだ」

「場所が遠いんだろうな。北にある街で一回休憩を挟むっていってたから」

「なるほどなのだ」

 

 それだけ聞くとクーは前を見つめる。

 ここは最後尾。俺とレフィの乗るオビッケンより後ろには、街職員のうちのひとりがいるだけだ。前方の集団からはちらちらと後ろを振り返るヒトの様子が見受けられる。よほどオビッケンと一緒に走るクーが物珍しいのだろう。

 ちなみに先ほどまではすぐ前を走るリノーさんも驚きの表情を見せていた。それからもたびたび後方確認をしているのは、俺たちがしっかり付いてきているかどうか、あるいはクーの体力を気遣ってのことだろう。

 自分の貸したオビッケンが転倒して、それに乗っていた別のギルドが大ケガだとか、考えてみれば心配になるのも当然かもしれない。

 

 ベルテンと呼ばれた赤茶の少女とシューラさんは先頭あたり。

 先ほどまでは気づかなかったけれど、シューラさんの耳にも輪のイヤリングが光っていた。それを付けているところをいままで見た覚えが無い。狩りに行くときのルーティーンというかゲン担ぎのようなものなのかもしれない。色も金色なところを見ると、ベルテンという少女が後から真似し始めたのだろう。レフィがノーヴィンの戦士の装束を真似しているのと同じだ。

 ノーヴィンに憧れた子がこの国にたくさんいるように、ゴノーディスにはシューラ様親衛隊みたいなのが何人かいるに違いない。

 

「ごめんな、レフィ」と俺は謝っておく。

「…………は、はい?」

「なぜ得体の知れないバケモノを見るような目をするんだい」

「い、いや、怖いですよ。なんですかいきなり。なにかしたんですか?」

「本当に申し訳ないと思っている」

「はやく内容を言ってください。せなかがゾアゾアします」

「この埋め合わせは、必ず、必ずや」

「なんですっ!? わたしの服に何かいれたりしましたか!? 虫? 虫とかいれてないですよね!?」

「僕が育った街の近くにあった山のモノを入れておきました」

「山のモノってなんです!? やっぱり虫ですねっ!?」

「山のモノです。山、山です。山を入れておきました」

「やま!?」

「レフィさんの背中に山脈をひとつぶち込んでおいたという話です」

「入るわけないじゃないですか」

「……本当に、この度は」

「なにをお気の毒みたいに言ってるんですか。というか謝罪じゃ済まないですからね、それ」

「いや、さっきシューラさんにバカにされたからさ」

「はい? シューラさん?」

「俺が事前確認をちゃんとしなかったから。隙を見せたのは俺の落ち度だった」

「……、……ああ」

 

 謝られた理由にようやく行き当たったらしく、レフィは小さくため息をついた。

 

「……ニトさん、ニルさんに確認してたじゃないですか」

「いやまあ、そうだけど」

「特になにも言ってなかったですよね? あのヒト以外、くわしいことを知ってるヒトがたぶんいなかったんですよ。たぶんあのヒトに聞いたって教えてくれてなかったですよ」

「それはそうかもしれないけど」

「それにニトさんはわたしの親でも何でもないです。パーティです。チームです。わたしだってちゃんと聞いておこうとしなかったんですから。ニトさんがひとりでそんなふうに思ってるのはちょっとバカにされてるきぶんです。ふん」

「そんなに優しくされたら手が疼くんだが」

「……はっ! ダメ! ダメですからねっ!?」

 

 レフィが両耳をもふりとおさえた。

 俺は遠くを眺めながら、残念だ、と口にしておいた。

 

 

 

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