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勇者と聖女の旅は。

 聖女の役割、それは聖女からもたらされる言葉にある。聖女が祈る言葉が不思議な力となって加護を与えるのだ。

 ダンテ率いる精鋭部隊は魔王討伐のため旅に出た。部隊の長はもちろんダンテ、懐には大切な聖女様(笑)を忍ばせている。

 聖女には歩くための足はないが、ダンテは気配りのできる男なのでそのあたりを追求したりはしない。うやうやしく聖女を自分の手でお運びする許可をもぎ取り、それは幸せそうな顔をしているのだった。


「聖女様、ご不快なことはございませんか?」

『いいえ、問題ないです』


 胸元から小さく声が聞こえる。ダンテはその声に笑顔を深めた。

 ダンテの着ている服の胸元にはポケットがついていて、現在「聖女」はそのポケットに収納されている。上下左右表裏、どれがどういう向きなのかわかりにくい「聖女」のボディーは、話すときに光る面が表だと言われたのでそちらを前に向けてポケットに入れて――いや、入っていただいている。

 ちなみにスマホのバッテリーは、召喚時に魔力をエネルギー源として取り込み動く神器と変化しているので切れることはない。だが今のところ誰もそれに気がついていない。閑話休題。


「あの丘を越えた先に村があります。今日はそこで一泊いたします」


 ダンテはそう話して丘を指さした。だがもちろん千香にはその丘は見えない。なにしろふたりを繋いでいるのは「通話」なのだ。映像は伴っていない。


『はい。私は運んでいただくだけなので大丈夫ですが、ダンテ様は疲れてますよね。ゆっくり休んで下さいね』

「ああ、聖女様はなんとお優しい! お心遣い痛み入ります」


 馬上でポケットから出した手のひらサイズの四角い板にうっとりと話しかけるダンテに、精鋭部隊の面々は心の中でため息をついた。

 そんなダンテの様子を最初は彼らも気味悪そうに見ていたが、五日もすればだんだんとその視線も「気味悪い」から「変わった王子」へと変化し、十日経つ頃には「ダメな子を見る生温かい目」へとなり、今ではとりあえずその点については気にしないことに使用というのが部隊全員の共通認識となっていた。ただし心情としてはガリガリ何かが削られていく心持ちだが。何しろ腐っても変態でも自国の王子なのだから。


 だがひとたび魔物との戦闘となれば、このダメな子王子くんは誰よりも頼りがいのある勇者へと変貌する。騎士数人で相手をするようなワイバーンのような魔物でもダンテは一人かせいぜい二人で相手をしてしまう。

 そこに「聖女」の祈りを受ければ力も俊敏さも格段にアップするのだ。ここに「聖女」がいないと魔王を倒せない、という伝承の核がある。「聖女」の祈りの言葉が勇者をパワーアップさせるのだ。それこそワイバーンをよそ見しながら鼻歌交じりに一刀両断してしまうくらいに。

 そして伝承には魔王を打ち倒すための聖なる力は「勇者」「聖女」ふたりの心がぴたりと一致した時に生まれるとされている。

 魔王のいる場所――魔王城に近づくほど増えていく魔物たち、それらを倒すごとにふたりの息がぴたりと合うようになり、それに比例するように「聖女」の祈りも「勇者」の力もより強力になっていく。

 精鋭部隊の兵士たちの「聖女」と「勇者」ふたりへの信頼は、旅を続けるごとに深まっていった。

 ただし戦闘面では。




 ★☆★☆★


『お疲れではないですか、聖女様』

「はい、大丈夫です」


 一日の行軍が終わった穏やかな時間にもダンテは「聖女」のことを大切に気遣ってくれた。スマホ越しに柔らかなダンテの声を聞きながら、千香はアパートのベッドの上でちょっとドキドキしていた。召喚失敗騒動からもう三週間が経っている。

 大学生という立場で時間に融通が利く千香は、昼の一時過ぎから夜中の一時までをダンテとの通話に当てている。午前中は講義に、お昼を食べてからはアパートに引きこもりずっと通話している。さすがに誰かいるところで「テスタ王国を守護する神よ! 今こそ勇者ダンテへ祝福を!」などとは叫べないのである。


(――これで本当はどっきりカメラとかで、部屋でひとりあんなセリフを叫んでるところ見られてたら私一生表を歩けない)


 そんなふうに思うこともあるが、ダンテの真剣な言葉とイケボぶりに千香はいつしかスマホの向こうの彼をすっかり信用し、あまつさえ淡い気持ちさえ抱くようになっていた。チョロインそのものである。


(だってしょうがないじゃん! ダンテ様、本当に甘酸っぱい言葉ばっかり向けてくるんだから!)


 言ってみれば乙女ゲーの音声だけ聞いてるようなものだ。はっきりいってヤバい。

 最近はイケボ声優が女の子のハートをぶちぬきにくるようなセリフばかりをささやいてくるCDもあるくらいだ。音声だけ乙女ゲーっていうのも案外ありなのかもしれないと変な方向にも頭が回っていく千香だった。


(だから、顔を見てみたくなってもしょうがないよね?)


 方法はある。無料通話アプリにいつの間にか友だち登録されていた「ダンテ」という名前をタップして、音声通話ではなくビデオ通話にすればいいだけの話だ。

 ちなみにダンテとの会話はいつも千香の方から都合のいい時間に電話をかける状態になっている。向こうからもかけられるのだろうが、なにしろダンテはスマホが聖女だと思っているので、画面の操作なんてさせられないし彼はできないだろう。何しろ「聖女」の体を指先でなぞることになるのだから、あの真っ直ぐすぎる王子は断固拒否する。するったらする。と千香は思っている。召喚時にダンテがスマホをなでくりまわしていたことを知らないので、知らぬが花とはこのことである。


 けれど千香はビデオ通話にすることをとまどってしまっている。それは即ちダンテにも自分の顔が見えるということだからだ。

 ダンテはスマホをそれはそれは大切に扱ってくれている。それはスマホが聖女だと思っているからだ。けれど中身は庶民丸出しの普通の人間の女だとわかったら幻滅してしまうのではないだろうか、あるいは騙したと怒らせてしまうのではないだろうか――

 そう思うと指はビデオ通話ではなく音声通話ボタンを押してしまうのだ。


(ダンテ様はスマホである聖女を大切にしている。中の人である私のことを大切にしてくれているわけじゃないんだから勘違いしちゃダメだ)


 そもそも「聖女であるスマホから発せられる音声が勇者に力を与えている」のか「中の人である千香が本当は聖女で、千香の言葉がスマホを通して勇者に力を与えている」のかもよくわからない。このスマホでダンテと話せば、千香じゃなくても例えばコンビニの隣にある酒屋のおっちゃんでもダンテに力を与えるのではないだろうか。

 ちなみに酒屋のおっちゃんは馬場源造七十歳、輝かしい頭部がトレードマークのマッチョである。アルコール焼けで耳の下あたりが赤くなっているのはチャームポイントだと本人は言っていた。


「なんであの時避けちゃったんだろう」


 ここ数日になってそんな思いがむくむくと沸いてきている。

 魔法陣が現れたあの瞬間、思わず陣から飛び退いてしまっていなかったら、今この瞬間ダンテのそばにいるのはスマホではなくスマホを持った千香だったのだ。召喚されていれば、今胸の中でもやもやしているものはなかったのに。


「これってやっぱり恋、なのかなあ」


 自分のスマホに嫉妬する日が来るなんて想像できるわけがない。

 ちょっとスマホを窓から投げ捨ててやりたい気もするけれど、これがなければダンテの声すら聞くことができないのだ。聖女としての役割も果たせない。それは「中の人」の存在以上にダンテを失望させるに違いない。

 そして千香にはもうひとつの懸念もあった。


「ああ、ダンテ様がこのスマホのせいで無機物フェチに目覚めちゃったならどうしよう」


 そうだ。あんなに簡単にスマホを生物だと思いこんでしまったんだ。実は無機物しか愛せない人なのかもしれない。そこに喋って意志の疎通ができる無機物が現れたのだ。恋に落ちないわけがない。だとしたら千香は完全に彼の守備範囲を逸脱していて――


 恋する乙女の思考はかくも突拍子もなく暴走するのだった。


 ☆★☆★☆


 召喚失敗から一ヶ月を過ぎた頃、勇者一行はついに魔王城の見える小高い丘へとたどり着いた。

 一ヶ月でここまでとは他所のファンタジーに比べても超速なのだが、そこは勇者ダンテの力量故としておこう。細かいことを気にしてはいけない。コメディだから。


 ダンテの心に今までの旅路が去来する。

 深い森を、気味の悪い沼地を超え、魔物を屠ってここまで来た。正直、魔物討伐は楽勝だった。聖女が祈ればダンテの体は力に満ち、普段の何倍も何十倍も速く動けた。どんな魔物も、それこそ四天王でさえも呆気なく勝負がついた。なので大変だったのはむしろ物量。倒しても倒しても湧いてくるのが面倒だった。けれどそれも聖女の祈りのおかげで、ダンテが剣を薙ぎ払うと剣圧でまとめて斬り払ってしまえたので問題ない。


 つまり、だ。

 ここまで来るのに聖女の手助けがなかったらものすごく大変で、ものすごく時間がかかっていたことになるのだ。もう感謝しかない。


 だがここに来てダンテは聖女に対する感謝以外にも身の内を焦がす何かに戸惑っていた。


 例えば馬に揺られながらとりとめのない雑談をしている間。

 例えば魔物との戦いの後で聖女がねぎらいの言葉をかけてくる時。

 彼女の優しさや明るさに触れ、どうしようもなくかわいいと感じてしまうようになっていたのだ。

 生物として全く違うカテゴリにいるというのに、まるで恋をしているようではないか。


「――私はどうしてしまったんだろう」

「殿下? お加減でも悪いんですから?」


 ダンテの独り言に振り返ったのはリゴラス、精鋭部隊を束ねる筋骨隆々とした騎士だ。たき火を囲んで明日の計画をダンテと相談していたあとを片付けながらダンテの様子に気がついたらしい。ダンテは大きくため息をついて片方だけ立てていたひざに顔を埋めた。


「いいや、そういうわけじやない。でも――なあリゴラス。その人(人かどうかはともかく)と一緒にいると楽しくて心が満たされるようで、ずっと一緒にいたいと願うような、そんな相手に出会ったことはあるか?」


 おや、とリゴラスが眉を上げた。


「なるほど。真面目一辺倒の殿下にもそんなお相手が」

「茶化すな。正直自分でも戸惑っているというか――」

「いや失礼いたしました。ご質問の答えですが、実はございます」

「それは――どんな感じだった?」

「殿下のおっしゃるとおりです。いつもそばにいたくて、一緒にいるだけで満たされる。離れていれば淋しく、いつもその人のことが頭から離れない。そんな感じでございます」

「――ひょっとして、それはやはり恋、とかいうものだろうか」

「恋、でございますよ」


 リゴラスは断言した。

 ダンテよりも十歳は年上のリゴラス、やはりダンテより人生経験が豊かなのだろう。無骨な男で剣一辺倒なのだろうと思っていたが人は見かけによらないとダンテは感心した。


「失礼ながらその幸運な方はどちらのご令嬢でございますか? 城を出てもうひと月ほどになります。こんなに離れていて殿下もお寂しいのでしょう」

「――ない」

「え?」

「離れては、いない。むしろこのひと月ずっと一緒にいて」


 ダンテがそっと胸ポケットに触れた。そこに入っている四角い板もとい聖女は、今は眠っているらしい。いつも光っている面が暗くなっている。やさしくふちを指先でなぞってみるが起きる気配はない。当たり前である。ちなみに千香はこの時間は自分のアパートで寝てしまっている。


「――聖女様」


 愁いを帯びた瞳で胸元の四角い板を愛でる勇者兼王子。表情こそ変えないもののリゴラスは目を見開いてあごが外れるほど口を開けた某国民的龍の球を集めるマンガに出てきそうな心境である。

 自国の王子、それも勇者という肩書きまで持った英雄がまさかの無機物萌え、それもかなりリアルでガチなのだ。

 身分違いの恋、とか相手は人妻で、とかそういう次元の悩みではない。


「なあ、リゴラス」

「ひゃっ、はい」

「大丈夫、わかっているんだ。簡単に伝えてはいけない思いだ、そうだろう?」

「殿下――」

「聖女様のことを本当にお慕いしていたとしても、聖女様とはどう考えても結ばれない。そしてこの旅が終わったら、魔王を倒したら聖女様は元の世界へお戻りになる。お伝えしてもお優しい聖女様を苦しめるだけだ」


 すごくいいことを言っている感満載のセリフとシチュエーションだが、相手はあの四角い板だ。

 そこにさえ目をつぶればいい話なのだが。

 リゴラスは頭が痛くなった。


「ただ、辛いのだ。もうすぐ聖女様と離れなければならない。そしておそらくはもう二度と言葉を交わすこともなくなると思うと」


 はぁ、とダンテの口から切ないため息が漏れる。パチパチと焚き火がはぜ、憂いを帯びた横顔を照らし出す。


 俯くダンテの目の前に無言でスキットルが差し出された。顔を上げるとリゴラスが無言で「飲め」と合図を送ってきた。相手はともかく、その気持ちは共感できると納得したのだろう。

 少し躊躇したがダンテはスキットルを受け取り、中身を一口だけ含んだ。火を含んだような強い酒だった。


「すまないリゴラス。弱いところを見せてしまった」

「いいえ――さあ、明日は大詰めです。すべて終わらせて、城に戻りましょうや」

「ああ」


 ダンテは火のそばでごろりと横になり、浅い眠りへと落ちていった。

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