永訣(?)の昼下がり
春の陽気の中、僕らは只その刻を待っていた。もう覆しようのない別れの時は数十分先にまで迫ってきている。名残惜しさも寂しさも残るが、これに関してはもうすでに散々の熟慮と幾度の口論を経てようやく決まった――いや、決められてしまったことなのだ。
「……お前がいなくなると、寂しくなるな」
「……」
僕の呟きに返事はない。ただきっと聞いてくれてはいるんだろう。身を固くして黙ったまま隣で佇んでいる身体を撫でてやる。
思えばこいつとは出会ってから色々なことがあったものだ。良いことから悪いこと、楽しかったことから不愉快極まりないことまで様々だ。それでも今こうして名残惜しいと思えるのだから、きっとトータルで考えたら良かったことの方が多いんだろう。
「色々お前には恥ずかしいところも見せたよな。バカの煽りに乗ってイラついたり、俺が方向音痴なせいで予定してた旅行が駄目になったり」
思い返せば思い返すほどに、カッコよく見せることなんて何も出来ていなかったな。余裕のあるカッコいい男なんて未だ夢のまた夢だ。
「某自動車保険のCMみたいに、誰かーー!! なんて叫んだこともあったっけ? あの時はお前が事故発生時の対応のマニュアルなんて持ってなかったらどうにもならなかったよ。本当にお前には助けられてばっかりだったな」
この数年間、僕がまともに社会人をやっていられたのも、多くは仕事でも私生活でも陰日向を問わずに支えて来てくれたこいつのおかげだ。感謝してもし切れない。
「もうすぐだな……」
「……」
触れた指先に伝わって来る冷たさも、今限りだ。
いっそこのままこの別れから逃げ出してしまえたら――いや、それは結果的に僕らのために動いてくれて来た多くの人に迷惑を掛けることになる。1人の大人として、到底許されることではない。
「……俺はやっと決心が着いたよ。本当に今の今になってだけどさ」
約束の場所に、別れの時を告げる車がやって来た。どれだけ思っても、覚悟してもその時は訪れるんだから、もう覚悟をする以外僕には出来ることもない。
「こんにちは、ビッ〇モーターです」
中古車買い取りの業者はそう名乗った。
そしてアイツは自動車下取り業者に下取りに出され、そう日を置かずして僕の元にはボディもホイールもピカピカに磨き上げられた新車が納車された。