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第九話

第九話


 二人が家に帰ると、見慣れぬ靴がある。正確に言えば、昇は知っているが、礼威は知らない靴である。大型の靴であり男物だ。昇は小さく溜め息を吐くとタダイマと告げた。普通なら、此処で桜が走ってやってくるが、今回は違う。

 桜が一人の大柄な男に抱っこされてやって来た。


「よぉよぉ!

 俺の後輩!テレビ見たぞお前!」

「お久しぶりです、野上先輩」


 大柄の男、野上は快活に笑うと、おうと答える。身長は190cm程で、その日焼けした皮膚はラグビー部か柔道部を思わせる。桜はそんな野上に抱っこされ、おかえりと二人に笑いかけていた。

 昇は知っているようなので、礼威は昇の方に視線を向ける。


「おう、スマンスマン。

 そっちがテン・バーだったっか?俺は乙種魔法少女1919だ」

「1919!?」


 礼威は思わず声を出してしまった。1919、つまり乙種の魔法少女として1919番目の魔法少女と言う事だ。数は少ないとはいえ1000番台の魔法少女、歴戦の勇者と言っても過言ではない。そして、昇が先輩と言っているのを見ると、昇の教育係をやっていたか学校の先輩なのだろうが、どう見ても歳は20代前半、20歳だとしても昇とは歳が離れすぎてる。

 前者だろう、そう礼威は検討付けた。


「魔法少女“ベルサイユ”って知ってるか?」


 野上がそう告げると変身をする。190あった身長はなんと縮みに縮み130cm程に。そして、傍らには自分の身長同じ大きさの馬鹿でかい機関銃を持っていた。ブローニングM1919A6軽機関銃だ。元々ブローニングM1917重機関銃を空冷式に換装したM1919重機関銃に銃床とキャリングハンドル、二脚を追加して無理やり軽機関銃に変更した銃で、M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃より長く弾幕を張るために作られたのだが、その重さから使用する兵士からは余り歓迎されては居なかった。

 弾丸はM1918と同じ.03-06弾を使用する。


「日本で一番銃弾を撃ってる魔法少女、始末書の数だけでライフル弾が防げる、トリガーハッピー、担当官泣かせ、ワンマンアーミー、全てこの人を指す言葉です」


 昇は目の前で嬉しそうな桜に抱き着かれて居るのベルサイユを見ながら礼威に告げた。野上は変身を解いて、桜を抱っこすると時計を見た。時刻はすでに8時を回っている。


「桜、お前、そろそろ風呂に入る時間だろ?

 ばーちゃんと入って来いよ」


 野上は桜を床に下ろすと、桜はもっと話していたいと野上に抱き着いた。野上は俺もだよと笑うと桜にニッカリと笑う。


「じゃ、一緒に入るか!」

「う「ダメだ。桜、兄ちゃんは先輩と大事なお話が有るんだ。悪いけど、婆ちゃんと一緒にお風呂入って来てくれないかな?」

「え~……」

「そういえば、桜。

 100数えられる様になったか?」

「なったよ!」

「なら、お風呂で100数えて出てきてくれ。

 婆ちゃんに確り見張って貰うからズルしたらダメだぞ?」

「わかった!」


 桜は任せろと言わんばかりにダイニングで昇と礼威、野上の分の食事を準備している祖母の元へ走って行く。祖母は桜を連れて言ったん昇の元へ。味噌汁とご飯は自分でよそって欲しいと告げ、風呂場へ引っ張っていく桜と一緒に風呂場へ向かった。

 3人はダイニングに向う。ダイニングでは祖父が祖母に変わっておかずの盛り付けをしていたので、礼威が変わりますと告げ、肉じゃがをよそうのを手伝う。


 野上は自分の嘗て指定席だった場所に座る。序に祖父がビールも持ってきた。


「どうかね、健君」

「ありがとうございます!頂きます!」


 野上こと健は快活に笑ってコップを受け取ると、祖父からビールを注いで貰う。祖父は礼威にも尋ねたが、礼威はビールは苦手で、と申し訳無さそうに断った。

 祖父はそうかと頷き、麦茶を昇と礼威の為に出す。3人は頂きますと手を合わせ、食事を始めた。健は美味いと気持ちの良い笑みを浮かべ、夕ご飯まですいませんと告げる。昇はテレビを付けると、何処のテレビも先ほどまで昇と礼威の行っていた“授業”に付いて特番を組んでやっていた。

 魔法少女に批判的なテレビ局、肯定的なテレビ局。様々な反応を示しつつ流していた。また、殆どのテレビ局はキメラとその体の一部をモザイク処理していた。


「これが今日、昇の殺したキメラか」


 祖父がモザイク処理のキメラを見ながら手を合わせる。祖父は別に昇の行いを悪いと思っていない。元々は警察で刑事をやっており、魔法少女が組織だって活動する前からキメラとは何度も戦っていた。


「今の警察も、現場の警官達のことは考えとらんのか」


 祖父が難しい顔で昇達に尋ねる。

 健も昇もハイと断言した。良い装備を与えられても、結局、訓練や知識を与えられなければ意味が無い。赤ん坊に対戦車ロケット弾を与えても戦車に勝てないように、戦うための準備をしていなければ何の意味もないのである。


「今回のことは賛否両論だろうけど、ボクは悪い事をやったとは思っていない。

 このキメラのお陰で少なくともあの場に居た警官達は次も生き延びられる」

「そうだよなぁ~

 今の警官は無駄に装備がいいから無謀にも攻撃しかけて死んだり、装備を扱いきれずに死んだりする。包囲も甘いから死に物狂いのキメラを取り逃す事が時々あるんだよ」


 健が難しそうに告げた。最も、健、ベルサイユの攻撃は相手に銃口を向けて引き金を引き続けるという物で、基本的にベルサイユの直線上にキメラ以外が居ると巻き込まれてしまう。相手が魔法少女ならば凄まじい衝撃と痛みで済むが、人間だと確実に死ぬ。

 魔法少女の攻撃は、魔法少女を殺せない。いや、殺そうと思えば殺せるが、キメラ以上に難しいのだ。勿論、銃弾なら、既存する銃弾と同じ威力、性能で、同じ弾丸を使う銃にも回せる。しかし、一般人がその弾丸を使ったり剣を使ったりしても、威力は上がらないし、キメラにもダメージは与えられないのである。


「そう言う意味じゃアメリカの警官は凄いな。

 包囲が完璧だし、一回、アメリカに交換留学じゃないけど、行ったんだよ。連中、キメラを取り囲むのスッゲー上手いのな。まぁ、逃げ出そうとしたら滅茶苦茶に銃弾撃ってくるから、死なねーって分かっててもめっちゃ怖いけどな!」


 あと何言ってんのか分かんねぇと健は笑う。ぶっちゃけて言えば、向こうの警官達もキメラが自分達の方に寄ってくると、弾丸の嵐が飛んでくるので必死だったのだろう。

 事実、ベルサイユが向こうに行く際、事前に防衛省からアメリカ政府宛にベルサイユの戦闘映像と特徴、その被害額等の一部書類を渡した。そして、それを元にアメリカ政府はアメリカ陸軍と配属予定先のFBIニューヨーク支部、NYPDに情報をリークし、FBIは陸軍、NYPD、SWATと連携したキメラ包囲と軍の軽装甲車の貸与がなされた。

 それでも街の損害はデカかかった。


「世界規模で見れば、日本の魔法少女は優秀との話じゃないか」


 祖父は摘み代わりの肉じゃがを食べながら告げた。

 世界で最も優秀な魔法少女が居るのは、日本である。理由とすれば、ほぼ毎週、毎日の様に現れるキメラのおかげだろう。キメラの発生原因は何らかの精神病に掛かっている者が成るそうだ。キメラの9割から8割が鬱病を患っていた人間が掛かっている。

 現代社会、日本は自殺率が先進国でトップであり、鬱病者が多いのもまた事実。政府主導の下で改革を行っているが、遅々として進まない。現代社会の闇は深いのである。


「優秀だが、それは魔法少女だけっすよ、オジさん。

 アメさんの警察は日頃から命の危険が多いモンで、銃の扱い、危険な敵の包囲に慣れてるんですよ。キメラをライフル持った乱射魔と同じように考えてるんで、油断がない。日本だと、相手は危険と漠然な認識しかないから、どうしても行動が鈍くなる。

 一部警察は向こうの警察に研修しに行ったり、PMCに訓練しに行ってるみたいっすけどそれでも自衛隊の様な動きはできないっすから」

「銃社会じゃない故に、日本の警察は発砲を躊躇う。日頃から警官が銃を撃つだけで全国報道と新聞で取り上げられる。

 だから、キメラに向かって撃つのも躊躇うんだ」


 昇はそう言うと魚の煮付けを口に運んだ。礼威は3人の会話に入ろうとしても、実戦経験と呼べるものは無いし、そもそも出撃は今日が初めて。しかも、武器は使用どころか出してすら居ない。トドメも昇が頭部に一発銃弾を浴びせてお終いだった。


「あ、あの、自衛隊の方は警察よりも、その動きは速いんですか?」

「いや、遅い。

 そもそも、出動するにも30分近く掛かるし、場所や状況によっては1時間、2時間は当たり前だ」


 これは自衛隊の出動が知事の要請が無い限り勝手に出動できないからである。キメラが出現した際に自衛隊が出動できるとされる理由は自衛隊法第83条の「都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。」と言う文章からである。

 法令集にも乗っている。


「しかも、出動に際して、武器弾薬の受け取り、持っていく武器、まぁ、基本的に機関銃と小銃だけだな。規模が余りに多い、あり得ん話だが5人以上のキメラが出現した場合は装甲車まで出て来るし、自衛官も重武装をしてくる。

 ヘタすると、魔法少女のほうが速いって時もあるんだ。今回だって、警察、お前等、自衛隊の順番で着いただろ?」


 健の言葉に、礼威がそういえば、と頷く。実際、自衛隊が出動するにも陸自が基本で、陸自は駐屯地に居るため、駐屯地が近くにない場合は遅れるのである。また、場合によっては陸自ではなく空自の基地警備隊や海自の陸警隊が出動する場合もある。

 しかし、それに際してもやはり遅い。


「技術的に言えば、警察よりも頼りになるが、やっぱりアメリカ軍のようには行かないねぇ」

「自衛隊はどうしてもアメリカ軍より劣る。実戦経験が多いから、兵士達の手際が違うんだ」

「まぁ、それにアホな市民団体が妨害もするからな」


 健がうんざりしたように告げる。事実、自衛隊が出動するに際して駐屯地入口前に車を横付けして自衛隊の出動を妨害した事件もある。人命が掛かっているにも関わらず、自衛隊の存在を認めない一部団体だ。


「っと、スマン。

 食事中にこの話は止めよう。せっかくのオバさんの料理が台無しになる」


 流石に空気が重くなったのに責任を感じたか、健がすっぱりと謝る。全員、健のせいではないと告げてから話題を切り替えた。


「それで、礼威ちゃんだっけ?

 君は彼氏とか居るの?」


 健が助平心丸出しで礼威を見る。昇は失礼ですよと注意するが健は聞かない。


「俺はフリーだぜ!」

「お、お友達からで……」


 礼威は困った様子でそう答えると、健はよっしゃぁ!と喜び、昇と祖父は一生お友達から抜け出せないな、と確信めいた物を感じた。

 そして、ダイニングの扉がバンと開き、素っ裸にタオルを首からかけ、ビショビショの桜が頬を上気させてやって飛び込んでくる。後ろから寝間着に着替えた祖母が桜!と呼び名がら走って来る。健は目元を覆いつつ指の間からチラチラ覗き、昇はまたか、と頭を振る。

 礼威は健と同様に目元を覆うが、指の間からは覗かない。祖父はそんな彼等とビショビショになった床をみながら苦笑した。


「かぞえたよ!」


 桜がニコニコ笑いながら昇に抱き着こうとして、昇はそれを止める。


「桜。体がちゃんと拭けてないし、服も着てない。

 見なさい。床がビショビショだ」


 昇は床と桜の体を指さす。桜の体は痩せており、肋が浮いていた。手や足は傷だらけだし、回復してきたとはいえ、髪の毛もまだまだ薄い。礼威は申し訳無いと思いつつもそっと指の間から桜の体を覗き、ショックを受けた。

 健も指の間から覗く目は助平心は一切無く、悔しそうな表情が浮かんでいた。

 昇は桜を脱衣所に送り戻ってくる。


「先輩、その内訴えますよ?」


 昇が溜息混じりにそう告げると、健は指を閉じて間を隠す。


「な、何の事かな後輩よ?」

「覗きですよ。不可抗力とはいえ、それでもズッと指の間から覗いてたでしょう」

「さ、後輩よ!夕食の続きをしようじゃないか!

 礼威ちゃんも!」


 健はそう言うと強引に話を終わらせて、食事を続けた。

 その日、桜に泊まっていって欲しいと懇願された礼威と健であるが、礼威は明日は朝から大学が有ること、健も自衛隊に行かなくてはいけないからと桜と泣く泣く別れた。桜も入浴したためか、眠気が勝ってすんなりと受け入れた。


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