第六十七話
本来であればこの作品は2話に分かれている
途中で68話と挿入されているが、わざと繋げて投下しているので作者のミスではない
前の話から数年後の話だぜ!
彼の名前は田中飛呂彦。年齢は35歳。職業は中小企業の営業部平社員。35歳にして彼女も居らず、結婚もしていない。
最近嬉しかった事は宝くじで80万が当たったことで、その翌朝、起きたら魔法少女になっていた。
「はい……えぇ、すいません。
私も今朝急に電話が掛かって来て、病院に連れて行ったらインフルエンザだって言われて……」
そして、彼が住んでいる一ヶ月の家賃が5万3千円のアパート、彼が何時も寝起きしているベッドの上にド派手なベリーダンサーが正座をして電話に向かってペコペコと頭を下げている。褐色の肌に金髪で碧眼だ。外見に反して非常に流暢な日本語と日本人らしいモーションで電話をする彼女こそ、田中飛呂彦である。
「……ふぅ。インフルって行ってるのに会社に出させよとするんじゃねぇよブラックが」
彼、いや彼女は電話を切ると携帯をベッドに叩き付ける様にして放り投げる。それから洗面所に向かって自身の格好を確認する。朝起きて、彼が顔を洗おうとしてから自身の姿を確認してからちょうど2時間。
現在は朝の7時半である。彼の朝は5時半に起きて7時には出社しているので家にいては可笑しいのである。
「うーん、ナイスバディー……」
鏡の中にいる露出度の高い格好をした女が様々なポーズを取って見るが、一向にイヤらしい気持ちにならない。5分ほどやってからアホらしくなってリビングに戻り、TVをつける。
名前だけは知っている朝の情報番組はちょうどバラエティーコーナーの時間らしくテレビドラマと関連したコーナーが流れていた。
テレビドラマは魔法少女を主眼と置いたドラマらしく、スペシャルゲストとして主人公である女優と男優が簡単なクイズコーナーで頑張りまーすと手を振っていた。
此処数年、魔法少女の地位が急激に上がっている。と、言うのも数年前にクアトロ・セブンやジェーン・ザ・リッパーと言った魔法少女を筆頭とした魔法少女達がアメリカの有名な魔法少女を主人公としたドラマに出てから急激に魔法少女の立場が見直され、向上されてきたのだ。
最も、キメラの発生件数が激増してきた事も背景にある。
ちょっと前にも繁華街で突然キメラが現れ、一般人数十名が死傷する事件が起こった。此処で問題に成ったのは魔法少女に成れる人物が複数人居たがその者達は戦わず、魔法少女に変身して我先に逃げてしまったと言う事件があった。
これに対して魔法少女反対派格好の餌だと言わんばかりに叩いたが魔法少女教会はもちろん防衛省にしても彼等は国が認可した魔法少女ではないので当然の反応である、とし更にザ・オールド・ワンは魔法少女がキメラを殺さなかったんだから反対派は褒め称えるべきではないのか?とまで言っていた。
流石にこの発言はどうかとして国会にまで持ち上げられてザ・オールド・ワンを召喚して議論されたが、結局の所、問題は魔法少女が何の為に戦い、そして、それらを批判する連中が何故批判するのかが焦点であり、ザ・オールド・ワンの言葉はブラックジョークであるとし魔法少女反対派議員は自己矛盾した意見を逆質問されて詰まっていた。
もっとも彼にとっては魔法少女なんて自分には関係無いと思っていたのであのじいさんどんだけキメラ嫌いなんだよと笑っていた。
そんな笑い話をしてる頃にはまさか自分が魔法少女になるなんて思わなかったのだが人生何が起こるか分からない。
困った事に成ったものだ。
「しかし、魔法少女は中々儲かるって話だったな。
クアトロセブンやジェーン・ザ・リッパーは年収億超えらしいし」
今の糞みたいな会社なんか辞めて魔法少女に成るかと決心した。今の会社には恨みしかない。ワンマン社長の身勝手な方針に付回され、有給だってロクに貰っていない。彼が入社した当初直属の先輩として勤務していた男は精神を病んで自殺した。
思い出したら腹が立った。何時か訴えてやろうと思ってネットで調べて揃えた情報を集めてある。
彼がタンスから証拠を取り出して机の上に並べているとチャイムが鳴った。
「おぉ、魔法少女協会かな?」
はいと出るとヤンキーのような少女と快活な笑顔をした青年が立っていた。
「デリヘル嬢だってそんな格好してねぇよ」
「オプション料金払えよ」
ヤンキーにそんな事を言われ思わずそう軽口で返したら青年が大笑いした。それから、中に入れてくれと告げるので中に入れた。
「取り敢えず、腹に力入れてくれて元の姿を思い出せ」
青年の言葉に彼は言われたとおりに目を瞑り力を入れる。すると一瞬体を何かが駆け巡る様な感覚がし、次の瞬間にはフッと胸元にあった重みや肩や首周りの風通りの良さを感じる。彼が目を開けると、元の見慣れた、山田飛呂彦35歳独身の青年期よりは太った不摂生な体型に戻っていた。
「おぉ、戻った」
「取り敢えず、魔法少女は確定だな」
「正確には魔法少女候補資格保有者だな」
青年がまぁ座れとまるで自分の家のように彼に告げる。彼も彼で失礼しますと何故か断りを入れてからその場に正座してしまう。青年はテーブルの上に幾つかの書類を並べた。テーブルには労基に提出するための書類やボイスレコーダー等が並んでおり、青年が何だこれ?とボイスレコーダーを拾い上げる。
「あ、それ、労基に提出して会社をぶっ潰してやろうと思って」
「はぁ?」
「俺、魔法少女になります」
「あ、そう?
別に良いんだけどさ。取り敢えず、話だけは聞いてくれよ」
青年はボイスレコーダーやその他ブラック企業の実態を纏めた書類を脇に退かすよう指示を出したので彼はそれに従う。
「ンで、最初に俺等からアンタに言っておかなくちゃいけねぇ事が幾つかあるんだわ。
確り聞いてくれ」
青年はそう言うと胸元から何やら手帳を取り出してページをめくる。
「えーっと、貴方は現在、魔法少女資格という物を保持しています。この資格は何らかの事情により外的身体変形及び反社会性人格障害への対抗しうる力を入手した者に対して発行されます。
この資格を保有している者は外的身体変形及び反社会性人格障害者に対してのみ行動の制限や無効化が許可され、同時に国からの特別な許可がある者のみに一部警察権の執行が可能になります。以下、上記の活動とします。
また、この資格を保有している者はこれら上記の活動に関して一切関与しない権利も与えられますが、その場合は活動に関しては特別の事情を除き能力の行使を法に基いて制限します。これを破ると厳しい処罰が与えられる場合があります。
また、以下の条件に当て嵌まる事項がある者は上記の活動に関与することは出来ません。
え~っと、何らかの精神疾患を保有している者。日本国及び国際的に指名手配されている者、特別の許可を与えられていない日本国籍を有しない魔法少女資格保有者、魔法少女協会及び防衛省が不適合と判断した者。
以上の者は上記の活動に関与することは出来ません」
青年がそれを読み上げてから、手帳をしまう。
「つまり、お前には魔法少女としてキメラをぶっ殺す資格が与えられた。勿論、拒否できる。ただし、テメェが精神疾患、つまりうつ病とかそういう感じの奴や現在進行形でポリ公に追われている糞ったれ犯罪者、あと他国から魔法少女として活躍が認められてねぇ外国人、防衛省と魔法少女協会がテメェは駄目だっつった奴だな。
基本的に魔法少女として活動して良いぜって許可出すのは防衛省と魔法少女協会だからぶっちゃけ最後の一文書いとけば良いと思うんだがな」
青年はそう笑うと書類を2つ前に出す。赤色と緑色の書類だ。
「赤い方が魔法少女になりますって書類な。緑は魔法少女に成りませんって書類。
どっちにもお前のサインと印鑑で意思表示する。魔法少女に成るなら魔法少女になりますって方、この『私は魔法少女として日本国及び国民の利益、権利の為に働きます』って方に印を打つ。赤だぞ。赤」
「こっちか?」
彼が青年の言葉に従って四角にチェック印を打とうとしてヤンキーに止められた。
「馬鹿かテメェ?
契約書はちゃんと最初から最後まで読めよ。これが借用書だったらどうする?お前一気に一億の借金かも知れねぇだろ」
「わ、分かった」
彼は今一度契約書を確りと読み直す。全ての内容を確認し、何やら小難しい事が大量に書いてあるのでわからない所は素直に青年とヤンキーに聞く。すると二人は丁寧に回答してくれた。
「分かりました。
あの、これって魔法少女に成ったら本業ってどうすれば良いんですかね?」
「魔法少女は特別国家公務員枠であるが、副業は認められている。
魔法少女へ支給される基本給は税金が差し引かれるがキメラを殺して手に入れた報酬は非課税だからそのまんまだな。
それと魔法少女への税金も結構割り引かれるし、国や防衛省、魔法少女協会と協賛してる企業やら何やらの商品が安くなる。それに関してはまた別途説明するから待っとけ。
副業、まぁお前は社会人で会社勤めっぽいからどっちかといえば魔法少女が副業に成るっぽいけど基本的に会社には黙っておくべきだな。魔法少女だって事が身バレすると会社に迷惑がかかるし、下手するとクビになる」
まぁ、その心配はしなくても良いっぽいがとヤンキーが笑いながら脇に置かれている労基提出書類を見遣った。
事実、彼は会社を辞めてやることにしている。
「これ、本格的に入るとどうなるんですか?」
「どうもならんよ。
一応、国の特別国家公務員って肩書は手に入るから無職じゃねーし。まぁ3ヶ月間自衛隊の駐屯地でみっちり訓練を受けて、その後3から6ヶ月間先輩の魔法少女の下で実戦を学ぶ。例えるならクアトロ・セブンとテン・バーだな。彼奴等師弟関係だ」
青年はニィっと笑いクアトロ・セブンの師匠はベルサイユだぜと告げる。彼はベルサイユ=キメラよりも物を壊す厄介者と言うイメージしかなくて何故あのベルサイユを師匠に持ってクアトロ・セブンはマトモなのかと不思議に思った所で反面教師と言う単語を思い出した。
「そう言えば、師匠と弟子ってどうやって決められるんですか?」
「基本的には協会が自動的に決める。
まぁ、基本的には甲乙丙は自分と同じ種別の先輩が付くが足りない場合はクアトロ・セブンとテン・バーの様に別になる場合もある」
「成る程」
「まぁ、どっちしろお前は先ず自衛隊で3ヶ月間訓練を受ける事になる。
会社に長期休暇の申請をしろ」
「いや、労基いってこの書類提出します。
そんで俺は魔法少女一本で食っていきます!」
先輩の復讐だ!と意気込む彼に青年もヤンキーも止めはしなかったが苦笑にも似た笑みを浮かべていた。
「あ、そうだ」
そこで彼は思い出した。
「魔法少女の一部警察権行使ってアレですよね。犯人逮捕って奴」
「ああ、そうだぞ」
「あれって希望者のみとか何とかって聞いたんですけど」
彼の言葉に青年がああと思い出した様に告げる。
「あれな。反対派が頑張ってるおかげで二転三転してるんだよ。
2,3年前の草案時期と試験運用期間はそうだったんだが、警察も自衛隊並に人手不足でな魔法少女に関しては赤紙にサインした奴は絶対参加。緑紙に参加した奴が希望者のみって事だな。
まぁ、お前は赤紙、つまり魔法少女になりますって希望したから強制な。ンで、緑紙は一部の監視免除や税金軽減、活動に応じての費用等が出る。後は年に何回かある訓練に強制参加だな。
アンタも自衛隊に行ったら逮捕術習うから安心しろ」
「あの、自分そんなに運動できないんですけど……」
「ん?ああ、今のアンタにゃ出来なくても魔法少女に変身すれば出来るから。運動音痴は治ってるし反射神経も高い。
ま、行けば分かるさ」
青年はそう笑うとサインを再度確かめて俺達は帰るから数日間は連絡が取れる様にしておいてくれと告げて家を出て行った。
「それと、魔法少女に成ったことを他人にバラすなよ?
親にもだ。そう言うのは魔法少女協会の俺等みたいな助っ人じゃなくてマジのスーツ着たのが行くから。多分、もうあと少ししたらスーツ着たのが来るからそいつに詳しく聞け」
「あ、はい。
あの、君達の名前を聞いても?」
「あん?
俺は野上健。こっちは……」
「紫村空だよ」
まぁ、この狭い世界だ。また合うかもなと二人は去っていった。彼は二人を見送り、再度魔法少女に変身してみる。
相変わらずのナイスバディーであった。
新しいアイディア貰ったからそれを元手に新しいキャラだよ!
第六十八話
飛呂彦が労基に提出した資料を元に彼の勤めていた会社は僅か3日で営業停止処分を受け、その後ブラック企業問題としてマスコミに取り上げられると1ヶ月も経たずに潰れてしまった。もともとの社員達は少なかったが彼等に悪い事をしたと思う反面、過労死した先輩の復讐を打てたと考える彼は墓参りをして墓前でそのことを先輩に報告した。
因みに先輩の妻は現在別の男と再婚を果たして幸せに暮らしているそうだ。
「先輩、俺、魔法少女になります。
天国で見てて下さい」
それから彼は脇に置かれたアタッシュケースをゴロゴロと牽いて東京の新人魔法少女を訓練する為の駐屯地に向かう。
武山駐屯地は神奈川県にある陸海空自衛隊が隣接しあう巨大な駐屯地である。魔法少女の教育は基本的に各教育隊が担っており、基礎基本の訓練を行うのである。彼は東京に現住所を置いていたので東部方面隊預かりの魔法少女となり、出頭命令書と言う厳しい名前の防衛大臣が判子を押した命令書と訓練招集命令書と言う東部方面隊総監が判子を押した訓練するから来なさいよと言う命令書に合わせて陸上自衛隊での訓練を受けなさいという訓練出頭命令書という物が魔法少女協会から送付される。
最も、書いてあることは全て何月何日から何月何日にかけて指定する場所で訓練をするから来なさい、行きなさいという物であり、当日、或いは前日までに担当官が態々車で迎えに来てくれる。
彼も先輩の墓参りに行ってから向かうと言うので担当官が態々墓場まで送ってくれたのだ。
「どうもすいません。態々送ってもらって」
「いえ、構いませんよ。
お荷物入れますね」
彼の担当官は川原いづると言う名の20代後半の女性で、キャリアウーマンと言うに相応しいパリッとしたスーツに縁の薄い眼鏡をかけている。
「昨日はよく眠れましたか?」
川原が荷物を入れている間、彼は助手席に入って座る。使っている車は五代目シボレー・カマロの後期型だ。なんて高い車に乗っているんだと彼は口に出さずにそのシートに体を滑り込ませた。
実にフカフカのシートで座り心地の良いものだった。
「ええ、会社勤めの頃よりも」
「それは良かった。
これから向かうのは武山駐屯地です。入り口でこの手帳と出頭命令書三種類を見せて下さい」
「あ、はい」
鞄を開いて中を確認すると、ちゃんと3つの命令出頭書はファイルに挟んであった。
川原がどうぞと差し出された手帳を見る。手帳には例のベリーダンサーが写っている。
「これ、俺の顔じゃないですけど」
「ええ、なので現地では変身して下さい」
「あ、はい」
彼は手帳を更に見る。其処には甲種魔法少女第261953と書かれている。魔法少女全体で甲種が6割から7割を占めているそうだ。彼の格好はベリーダンサーであるが得物はゴテゴテとしたアームリングと手を保護するらしい薄い革製の手袋である。
こんな装備で甲種、つまり敵と殴り合えというのは些か心細く感じるし、それは検査をした魔法少女協会も同じようで、本当にこれだけなのか?とか刃物等は出ないのか?としつこく尋ねられたが、どう頑張っても指輪が増えるだけで薄手の革手袋しか出て来ないのだ。
「あら……」
武山駐屯地に近付くに従って川原の顔が険しい物に成った。真っ赤なシボレー・カマロは武山駐屯地の正門前で些か速度を落としたが正門前を素通りして行った。正門前には反魔法少女団体と反自衛隊団体が合わさった団体が抗議デモをしており、正面玄関には警備の為の歩哨が増員して待機した上に奥には軽装甲機動車が待機していた。
「すいません。デモ団体が居るみたいですね。
変身して貰えますか?」
川原の言葉に彼は慌てて変身をした。川原は赤信号で止まるとカーラジオの下に置いてある無線機を取り、何処かに連絡をする。そして、直ぐに雑音に紛れた声が送受信機の奥から帰って来て川原は了解と送受信機を元に戻す。
今度は足元からパトライトを取り出して上に付けたではないか。
「あの、何をするんですか?」
「魔法少女協会に所属する担当官が仕事中に乗る車は基本的に緊急車両の一種なんですよ。
サイレンを鳴らしながら走れば走行中の車は勿論脇に退いて道を譲らなければいけないし、故意に道を塞ごうものなら公務執行妨害で逮捕できます」
つまり、武山駐屯地に入るのにこのサイレンを鳴らしながら正門を入る、と言う事なのだ。
「そ、そこまでしなくても……」
「キメラに寄る事件は年々増加しているわ。全国的に見て魔法少女の質が追いついていない現状で一人でも多くの魔法少女に一人前に育って貰わなくてはいけないの。
キメラはウルトラマンの怪獣の様に何の前触れもなく突然やって来るわ。ウルトラマンでは死人は出ないけど、現実では出てしまうし、時にはウルトラマンたる貴女達魔法少女もやられてしまう。
だから、一人でも多くの魔法少女が必要で、一人ひとりの力量も高いものにしなくてはいけないの。キメラから国民を守るのが貴女達の役目。私達はそんな貴女達を少しでも良い環境、良い立場に送り出すのが役目。
その為なら何だってやるわ」
窓は絶対にあけないでねと言われ、次の瞬間には濃い目のスモークガラスに窓が変わった。
「おぉ……スゲェ」
「特注品なんですよ?」
川原がそう笑うとサイレンを鳴らす。パトカーのサイレンと同じであり、彼が振り返ると駐屯地の正面ゲートからは軽装甲機動車が凄まじい勢いで飛び出して来て周囲にあったデモ団体のワゴンカーや人垣の前に出て来る。同時にMPと書かれた腕章をした自衛隊員達が発光誘導棒を片手に走り出して、一時的に通行止めをした。
彼はそんな突然の出来事に少々驚いていると、川原が確り掴まって!と告げる。彼が慌ててバーを握り締めると同時にカマロが180度ターン。
そして、白煙を上げながら凄まじいスピードで誘導棒を振る自衛隊員達の間をすり抜けて正門を潜り抜けた。シボレー・カマロが通り抜けると同時に道を塞いだりしていた軽装甲機動車も素早く駐屯地内に引っ込み、誘導棒を振っていた隊員達もご協力ありがとうございました!と大声で礼を述べると一目散に駐屯地に戻ってしまった。
シボレー・カマロはそのままサイレンを切ると駐屯地司令部の前まで徐行スピードで走って行く。
「大丈夫でした?」
「は、はい……」
バーにしがみついた彼は何とかそう答えると川原はクスリと笑みを浮かべる。そのままシボレー・カマロは司令部前に横付けすると作業帽に迷彩服と言う格好をした自衛官が走り寄ってきた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です。
此方、甲種魔法少女第261953です。私は担当の川原ゆづるです」
自衛官は手に持っていたバインダーに目を落とし、川原が出した手帳を確認。それから彼に視線を向けた。川原は彼に書類と手帳を見せてと告げるので彼は慌てて手帳と書類3枚を取り出して自衛官に差し出す。
自衛官はそれを素早く確認し、それから彼の顔と手帳の写真を見比べてからありがとうございますと快活な笑みを浮かべて告げた。
「では、そのままの格好で荷物を持って下さい」
自衛官はそう言うとシボレー・カマロの助手席側の扉を開けた。川原はトランクの扉を開けると運転席から降りる。彼も自衛官に礼を述べながら素早く降りてトランクからキャリーバッグを受け取る。
改めて武山駐屯地の広さを実感する。また小田和湾に面しており潮の香りが感じられた。
「初めて来た」
ポツリとそう漏らす彼に自衛官はようこそ武山駐屯地へと告げる。誰に言うでもない独り言を聞かれ更には返事もされてしまう彼は少々恥ずかしくなり、それを誤魔化すようにありがとうございますとはにかみながら告げた。
「それでは後は自衛隊の指示に従って下さい。
また後で会いましょう」
川原はそう言うと頭を下げたので彼もはいと返事をして頭を下げた。
自衛官の案内に従って司令部から中に入ると何やら賞状やらトロフィーが飾ってある。
「これまでに何かスポーツをした経験はありますか?」
「あ、高校時代にちょっと剣道をやってた位です」
自衛官の歩く速さは非常にゆっくりだった。履きなれないハイヒールを履いている彼に合わせて歩いているのだろう。有り難いことであった。
「階段です。持ちましょう」
自衛官はそう言うと彼が何か言う前に牽いているキャリーバッグを手に取った。
「手すりを」
「あ、はい。ありがとうございます」
二人はゆっくりと階段を上がって二階に着く。階段は司令部の中央に置かれ左右に廊下が伸びているのだ。廊下の突き当りにも外に出る入り口と階段がある。
そして、二階のホール部分には数人の迷彩のズボンに迷彩柄のシャツを着た自衛官が屯している。
「お、新しい魔法少女?」
「ああ、部屋まで案内してやってくれ」
「了解」
作業帽の自衛官が彼にキャリーバッグを渡し、彼奴の後に付いて行ってと告げる。Tシャツの自衛官はこっちこっちと彼を呼ぶので彼はよろしくお願いしますと頭を下げる。
「この時期は予備自補が居ない代わりに新入生が大勢居るから騒がしくて済まんね」
「い、いえ。大丈夫です。
あの、この魔法少女の訓練って何人ぐらい居るんですか?」
「あ~……っとね。
今回はお前と……あ、何か再教育とか言って一人居たな。後は女子の方に3人。男子はお前とその再教育の2人だな」
「……多いんですか?」
もうちょっと居るのかと思ったのである。
「いや、少ない。
1月毎に新人入ってくるけど大体10人前後だな。まぁ、教育受けても次の実戦で半分が辞めて行くらしい」
自衛官は分からんでもないけどねと笑った。
「何故ですか?」
「あん?
そらお前、キメラ相手にタメ張って戦うんだぜ?逃走防止用のバリケードして鉄砲撃って牽制してる俺等だって怖いのにたった一人か二人であんな化物相手を戦って殺さなくちゃいけない。一撃食らったらそれでお陀仏ってんだから堪らんよ。
それに、お前も知ってるけど、外にいる連中はキメラを殺すと魔法少女を訴えるんだぜ?裁判所に行ってアホみたいに非難されて、気が滅入らない方がスゲーよ」
「……早まった?」
彼は前を歩く自衛官に尋ねると自衛官は苦笑してそれから、肩を竦めただけで明確な答えは無かった。
「でもさ、俺やここに居る現職自衛官や警官はお前達の味方だぜ。
お前等が居なけりゃもっともっと俺達は死んでただろうよ。それに敵味方で考えりゃ、お前達を慕ってる味方の方が段違いで多い。辛くなったら有名ドコロの魔法少女を尋ねてみろよ。居室に置いてあるパンフレットを読んでおくと良い。
さ、此処がお前の部屋だぜ。3ヶ月間使う部屋だ」
自衛官が扉が開け放たれた部屋に彼を通す。中には1人の少年がベッドに寝転がっていた。
「コラ、課業中はベッドに寝転がるんじゃねぇ」
自衛官はそう言うと彼にお前はこっちを使えと告げた。それからジャージに着替えてヒトマルに中央に集合。時間まではロッカーに荷物を入れるようにと言うと去っていった。
「ヒトマルって何ですかね?」
「10時に中央フロアに集合って事だ」
素っ気無い返答にありがとうございますと返事をする。彼は時計を見ると9時20分程だった。
「えっと、お名前は?」
「荒木ロミオ」
「ろみお?
漢字ではどう書くので?」
「カタカナだよ」
「あ、ハーフの方」
「純日本人だよ」
あぁ、キラキラネーム、と口に出さなかったのは社会人としての経験だ。
「私は田中飛呂彦と言います。飛呂彦は飛ぶと言う漢字に下呂温泉の呂、彦根城の彦で飛呂彦です」
「そう」
素っ気無い少年だ。お年ごろなんだろうと彼は結論付けてイソイソと鞄の中身をロッカーに詰めることにした。キャリーバッグを狭いベッドの間に広げて中身をせっせと移し替えていく。タオル、下着、日用品。5日分あれば現地で洗濯出来るし最悪買えるからそのぐらいでよいですと言われたのだ。
バスタオルは2枚、タオルは10枚。これは運動をするから多めに持って来た方が良いと考えたからだ。協会から貰った持ち物表には色々と細かく書いてあったが、それは予備自衛官補訓練出頭時の持ち物と言う表からの丸コピーらしく上の隅に表記されていたので彼は直ぐ様ネットで「予備自衛官補 訓練 持ち物」で調べて持って来た。
其処にはハンガーは多めに、持ち物には全て名前を書くようにとか細々と書いてあり、時計に関しても黒のデジタル式と書いてあったので慌ててGショックを買った。他に必要な物は百均で間に合うものばかりだった。
「……すいません。ジャージって魔法少女のままで着替えるんですか?」
「んな訳無いだろう。
それと、別に入り口で本人確認のために魔法少女に成ればいいだけだから此処でずっとその格好をしてなくても良いんだぞ」
「そうなんですか!?」
「そうだよ」
彼は自衛隊の人や川原さんも言ってくれれば良いのにと内心思ったが過ぎた事はしょうが無い。変身を解いてジャージに着替える。
服装は墓前への報告もあったし自衛隊に行くという事もあってスーツに革靴を履いていた。
「オッサンかよ」
「え?あ、はい。一応今年で30歳です」
「30歳で魔法少女って、まさか童貞?」
風俗経験位あるやいとは言うまい。まさかと笑ってみせたが、少年、荒木は素人童貞かと鼻で笑っていた。
「30歳まで童貞なら魔法少女に成れるってのは本当なのか」
「ど、童貞は関係ない!」
「オッサンは何で魔法少女になったんだよ」
「宝くじが当たった翌朝に気が付いたら……」
「マジで?当選金額は?」
80万と答えると完全に鼻で笑われた。
彼はムッとするも何か言い返すにしたって大人気無いと思い、此処は大人の余裕を見せつけて堪えることにした。
ジャージに着替え終わり、取り敢えず、部屋の備品を確認してみることにした。
この作品に登場した2名の魔法少女は前世で募集した魔法少女である
続きを書くとしたらこの2名を登場させるが、67話と68話の続きで物語を考えてはいない
ひと先ず完結にするが、続きは何時か書きたい
続きができたら続編のシリーズ化で繋げておくと思う




