第五十四話
さて、昇と仁はドラマの撮影は夏休みの半分を使って撮影した。ドラマ制作はだいたい1ヶ月から数ヶ月ほどで、撮影部分が2週間ほどで編集等が2週間から3週間掛かるのだ。なので、夏休みの前半で昇と仁の仕事は無くなった。
キメラの発生時期は5月、9月に集中し1、2、7、8、12月は比較的少ないと言う勿論、それは普段の月に比べて、と言うだけでやはり毎日のようにキメラが現れる。が、それでも体感的に夏休み、冬休みはキメラの発生は少ないように感じられるのである。
そして、現在、昇と仁は慶太郎と共に守山の守山駐屯地に居る。理由は簡単だ。自衛隊から呼び出しが来たのだ。出頭命令書と言う実に厳しい名前で防衛大臣の印が押してあったが、これに関しては別にそこまで仰々しいものではない。用が有るから○月○日の何時まで来てちょーだいと言うものである。
「夏休みのまっただ中でも自衛隊って訓練してるんですね」
「当たり前だ。自衛隊、警察、消防に休みはない。
自衛官全員が夏休みを取ってみろ。キメラや災害の際どうするんだ。それにそれを狙って中国や朝鮮が戦争仕掛けてくるだろうが」
昇が門衛に命令出頭書と魔法少女に配られる手帳を見せる。仁もそれをやるが、慶太郎には魔法少女手帳が無いので代わりに身分証明が出来る物、保険証と命令出頭書を見せる。門衛の自衛官は丁寧に3人を中に。門衛所脇には既に案内係の陸曹の肩章を付けた男が待っており、エゴでお待ちしておりましたと笑った。
3人は陸曹に続いて新しく建てなおされた司令部へ。中に入って赤絨毯が敷かれた通路を通り、応接間に。愈々此処に呼ばれた理由が分からなくなった。
「何の用だろうね?」
「分からん。自衛隊に呼び出されるのはよくあるが、此処に案内されたのは初めてだ」
「何か、学校みたいなですね」
「小学校、校長室の前がこんな感じだったな」
3人がそんな事を話しながらソファーに腰掛けていると、先ほどの陸曹が3人に冷えたオレンジジュースを置く。お茶請けにクッキーも置かれた。昇と仁は御持て成しに驚いた。
「あの、僕達には何故此処に?」
昇が陸曹に尋ねると、陸曹は自分では分かりかねますと謝罪とともに告げられ、失礼しますと去って行った。3人は暫くお互いに首を傾げてからお茶請けとオレンジジュースをそれぞれ口に運んだ。
オレンジジュースを口に運んだ、慶太郎が突然、2人が口にしていたオレンジジュースをはたき落とす。
「何か入ってます!」
「は?」
「え?」
昇と仁は慶太郎を非難する目で見ているが、慶太郎は魔法少女に変身する。
「俺、暫く宇山江と一緒に行動していたのは知ってますよね?」
「ああ」
「その時、宇山江が俺と真の料理に時々睡眠薬とか痺れ薬入れてくるんですよ」
「何やってんだ、あの税金泥棒」
慶太郎の言葉に昇と仁は愕然とし、それから2人揃って魔法少女に変身し武装した。
それに合わせて入り口がバンと開き、宇山江と見知らぬ女が入って来る。
「賭けは私の勝ちだぜぇ、上杉」
「フフン、そのようだね。
真は物の見事に引っ掛かったと言うのに」
「彼奴は馬鹿だから仕方ない」
2人はそんなやり取りをしながら3人の前に座る。昇はBARを構え、仁は抜刀、慶太郎は両手に帯電していた。しかし、そんな3人に宇山江達は気にした様子もなく、さっさと座れよと着席を促して来た。
「このまま撃ち殺してやっても良いのですが?」
「ハッハッハ!
私としても宇山江が死ぬのは願ったり叶ったりだ。許可しよう」
女がそう笑い、私は上杉だと告げる。偽名だろう。ビジネスウーマンを思わせるキリッとした顔で薄いメガネをかけている。神経質そうな女であるが、その口調は神経質ドコロか神経はその逆、注連縄よりも図太いであろう。
幾ら魔法少女だと言っても銃口を向けられて図太く足を組んで座れる人間を、昇は宇山江と目の前の女以外に知らない。何時か、自衛隊での小銃を使った訓練の際に昇がBARを取り出して防具で身を固めた自衛官と対峙した時も自衛官の顔は木銃の時とは打って変わってとても真剣な顔だった。
弾倉を抜いて、銃口先に白いクッション材を結び付けてど突いても然程痛くないようにするまで、顔は厳しい物だった。因みに、それでも重量が8kgを超えるBARを魔法少女が全力で付くと相対した自衛官は悶絶していた。
この前の地下街での一件も全力ではなく、通常の3割ほどで突き出したのでひったくり犯の腹には穴が開いてないのだ。
「ウッセ!
人類の宝であるこの宇山江神代ちゃんが死んでみろ?国連が日本に国連軍送り込むぞ」
「フフン?
君が人類の宝か。それはきっと核戦争が終わって棍棒と石でギャートルズをやっている時代かな?」
「テメェ、マジでぶっ殺すぞ」
宇山江が腰からM1911のカスタムモデルを引き抜く。それに呼応するように上杉と呼ばれた女も刃渡り30cm程の大型のナイフを抜いた。昇も仁も慶太郎も相手にするだけ無駄だと確信したので、変身を解く。そして、用も無いようなので帰りますねと告げて去っていこうとした所で、入り口からニンジャが入って来た。
そう、真である。
「ドーモ、皆さん。クラウド・コントロールです」
そして、真が両手を合わせて深々と頭を下げる。すると、仁が再度魔法少女に変身した。
「ドーモ、クラウド・コントロール=サン。ジェーン・ザ・リッパーです」
仁が同様の挨拶をして両手を合わせてから頭を下げると同時に、昇が突然真にBARをぶっ放す。しかし、真ことクラウド・コントロールはニンジャ反射神経でその弾丸を黒い刀で切り落とした。
「アンブッシュは一度までは許可されています」
「うむ」
「ドーモ、クラウド・コントロール=サン。クアトロ・セブンです」
昇が両手を合わせて頭を下げると、真もドーモと頭を下げた。そして、漸くそこで慶太郎が何やってんですか?とまるで30にも成って未だに自分の娘と一緒にプリティでキュアキュアな肉体言語を特異とする少女達を応援する夫を見る妻めいた視線を向ける。
「ニンジャスレイヤーを知らんらしい」
「慶太郎!面白いんだよ、ニンジャスレイヤーは!」
昇と仁が可哀想な奴めと言う顔で慶太郎を見、真は興奮気味にニンジャスレイヤーに付いて話し始める。慶太郎は俺は先輩達程オタクじゃないんですと告げてから、真にお帰りと告げる。真は変身を解いてからただいまと笑った。
外には銃声を聞きつけた警務隊が89式を持って駆けつけている。
「大丈夫です。そこの宇山江二佐が無闇矢鱈に拳銃を撃ったのです」
そして、昇が脇で啀み合いをしていた宇山江を指差すと、MPと書かれた腕章をした屈強な自衛官がちょっと来なさいと声を低くして宇山江の両腕を掴んで、そのまま外に連れて行った。上杉は大爆笑をし、仁達は大丈夫かよと言わんばかりに昇を見るが、昇ことクアトロ・セブンは当然の如くと言う顔で非常識な奴だとは思っていましたが、まさか行き成り銃をぶっ放すとはと完全に自分の罪を擦り付けていた。
と、言うか、クアトロ・セブンが無闇矢鱈に銃をぶっ放すとはその場にいた誰もが思わず、更に言えば直接面識のない筈の警務隊の隊員からも無償の信用を受けている昇と拳銃を撃つどころか、抜いてすらいなかったのにも関わらず有無を言わせずに連行された宇山江の信用の無さにその場にいた誰もが驚いたのは言うまでもない。
「それで、貴女は一体誰なんだ?」
「うん、私はね。
宇山江と似たような部隊の人間だ」
どうやらまた存在しない部隊の一員がやって来たらしい。階級は一佐とあるので宇山江よりは階級は一個上だが、見た目は同じぐらいだ。まぁ、宇山江が魔法少女なのでこの女もその可能性は大いにある。
「また真をお前達に引きずり込む気か?」
「いやいや、違うよ。
私は宇山江の様な実験体の横に私の大事な大事な部下を並べるほど神経はどうにかしていないさ。私は彼女に修行を付けただけさ」
上杉はそう笑うと、真もそうだよ。私の師匠だよと頷いた。
「私が思うにね、彼女は世界最強の魔法少女だよ。経験を積めば本気を出したザ・オールド・ワンだって足元にも及ばない。
これは私が保証する」
上杉の言葉に昇も仁もピクリと眉を動かした。昇も仁もザ・オールド・ワンと模擬戦をしたことは有る。が、基本的に敗北している。01の名を冠した魔法少女だけあって戦いの心得を知り尽くしているのだ。キメラ戦闘だけではなく、対人戦ですら昇は勿論仁も負けた。乙種でありながら甲種の間合いでも十分にその能力を発揮する。
ライフルの間合いですら平然と戦ってくるのが、ザ・オールド・ワンなのだ。ワンマンアーミーが売りの乙種であるが、その中でも特に優れた存在がザ・オールド・ワンあの人なのである。それ故に、本気を出したザ・オールド・ワンですら足元にも及ばないと断言されると、ザ・オールド・ワンでなくともバカにされた気分になる。
魔法少女としてのプライドを大いに刺激する。
「フフン、そんな険呑にならないでくれよ。
勿論、勝負は1回。初戦でしか勝利は得られない。彼はそういう男さ。次はない。それが彼の持ち味だけれどもね」
上杉はそう笑うとよっこらせと立ち上がり、君達はもう帰って良いよと告げる。そして、真と慶太郎にこれを受け取り給えと魔法少女に配られる手帳を放り投げた。
真はありがとうございますと頭を下げ、慶太郎はなんじゃこりゃという顔で上杉を見る。
「宇山江の最後の命令だ。
君達はキメラを狩りなさい。必要なデータは全て取ったが、引き続き、君達は我々防衛省の管轄下に置かなくてはいけない。特に君達のような“危険な”魔法少女はね」
上杉はそれだけ言うと去って行く。そして、入れ替わるように昇の携帯が震えた。昇がディスプレイを見ると柳葉と表示されているではないか。嫌な予感がする。昇が電話に出ると、柳葉驚かずに聞いてくれと前置きをした。
「お前と井上でお前の友達の山口真、広江慶太郎の2人の6ヶ月教育をしてくれ。お前は特に礼威との兼ね合いもあるが、その分給料は倍になる。
大変だと思うが、頑張ってくれ」
柳葉はそれだけ言うとブツンと電話を切った。昇の文句を聞かないためである。昇は携帯を切ってから珍しく眉間に皺を寄せてから仁と慶太郎を見た。2人はなんぞ?と首を傾げるので、昇は僕と仁でお前達の教育係をすることに成ったそうだと苦々しい声で告げる。
仁はパネェと漏らし、真と慶太郎はマジで?と返答に困っていた。
「そして、慶太郎。この段階で一番厄介なのはお前だ。
正確に言えば、お前の親だ。母親だ」
昇の言葉に慶太郎は苦虫を潰したような顔に成る。ついちょっと前に昇の家に1ヶ月ほど家出していた慶太郎である。
「もしかしたら、また家出するかもしれません」
「ああ、家は構わない」
昇の言葉に慶太郎は申し訳無いと頭を下げるので、昇は気にするなと告げる。そして、誰からとも無く帰路に着く。
帰りの途、話は真に関する事だ。具体的に言えばクラウド・コントロールと呼ばれる丙種魔法少女の能力についてである。
「簡単に言えば、既存の元素記号では表せない何か凄い物質でいろんな武器とかが作れる魔法?」
「何だその、“僕の考えたサイキョーマホー”は」
真の言葉に昇が馬鹿じゃないのか?と言う視線を向けるが、真も自分だって言ってて馬鹿だと思うよ!と反論する。
そして、実際にどういう事が出来るのか?と言う話になる。文字通り、色々な武器や防具、道具が作れるらしい。3Dプリンターが1秒2秒で物を作れて作った物が凄い頑丈であり、ゴムの様にしなやかで弾性に富んだ物にも成る。
ただし、作るものの構造を真が知っていないと出来ないので、刃物のような簡単な物は作れるが緻密なパーツが多い銃は真の脳味噌では作れないらしい。
それを聞いた昇と仁は酷く可哀想な子を見る目で真を見た。真は畜生!と慶太郎を見るも、慶太郎もなんとも言えない顔で真に笑いかけるしか無い。
「じゃあ、現在作れる飛び道具は弓矢、クロスボウ、スリングショット位なのか」
「うん、そうだね」
真は後、火縄銃とかも作れるよ!と言うが、火縄銃を使ってキメラを狩る魔法少女は日本には居ない。いや、火縄銃を扱う乙種魔法少女は居るが魔法少女として活躍は殆どしておらず、猟友会に所属して獣害の出ている地区でイノシシだの熊だのを狩っているらしい。
戦法としては一発撃ったら新しい火縄銃を取り出して撃つという、1人三段撃ちを遣るのだが、まぁ、命中率は低いは一発撃つと視認性が極端に下がるわで、余り戦闘にならない。最近では絶望しか無い魔法少女の1人が似たような戦い方をして注目を浴びたが、マミさんの使った銃は無煙火薬だった為か殆ど煙が出ていないが、火縄銃の方は黒色火薬を使うので盛大に周囲に煙を発生さて5丁目をぶっ放した時には煙で何も見えない状況だった。
「お前に簡単な構造をしている銃を幾つか教えてやるからそれを覚えろ。
慶太郎に関しては仁に徒手格闘を叩き込んで貰え。お前は電気だがそれを併用した格闘術を覚えた方が言い」
「そうだね。けーちゃんは格闘弱いから」
昇の言葉に仁が頷くと慶太郎が井上先輩が強すぎるんですと膨れっ面で答える。仁は弓矢やクロスボウ、パチンコで十分なのになーと遠巻きに昇の提案を拒否するが、昇は有無を言わせずにこれは指導係としての命令だから、覚えろと断言する。
取り敢えず、翌日の10時にBARウィリアムズに集合するようにと告げて解散。昇は仁を連れて久し振りの自宅に帰る事にした。
真&慶太郎VS昇&仁は何時か確りと書きたいから、その伏線って事で




