第五十三話
さて、真が不在のまま夏休みが始まってしまった。そして、終業式が午前中で終わると昇と仁はセントレアに居た。
大量の外国人が多くの機材を抱え、撮影の準備をしているのだ。昇と仁は魔法少女の格好であるが格好は私服である。空港のロビー脇に置かれた折りたたみ式の椅子に座ってモンハン持ちをしたPSPを握っている。現在はカメラテストだか何だかでスタッフが実際に動いてカメラの調子や光の加減を確認している。
「あ、そっちにヘイトいきました」
「うお、今、回復薬飲んでる!」
「仕方ありませんね……」
無言でゲームをやっている2人の下に監督がやって来る。少し小太りの白人のオッサンだ。頭が少し禿げている。
「あー……
そろそろ出番なのだが、良いかね?」
監督の言葉に昇は一瞬だけ視線を向ける。
「ジェーン、この男は何と言ったのですか?」
「出番だが、準備は良いか?ってさ。あ、死んだ」
「じゃあ、行きましょう」
2人はPSPの電源を切ると椅子に置き立ち上がる。仁が準備はOKと告げると、監督はシーンの話しをし始めた。場面としては2人が此処のセントレアに遊びに来た。そして、其処でキメラが現れたので、現場に駆けつける。其処にはジェシカとパトリックが居り、2人がキメラと戦っている。
監督の説明に、昇と仁はOKと頷いた。そして、スタッフの指示で目張りしてある位置に立つ。
「此処からあっちに話しながら歩けば言いのよ。
途中で、悲鳴が入って私達は変身しながらエキストラの人達を掻き分けて走っていくそうよ」
「覚えています」
2人は位置に付いてからカメラマンの方を見る。カメラマンの横には助監督が居りカチンコを持っていた。カチンコはホワイトボード式である。
そして、監督が掛け声をかけ、助監督がカチンコを鳴らした所で、2人は歩き始める。
「あのカチンコはどういう意味があるので?」
「あれはフィルム映画の時に何処のシーンを取ってるかってのを明確にするために使うらしいよ。
ゲームで言えば映画は行き成りチャプター5から初めて次にチャプター1、チャプター9みたいに取るからね」
「成る程。デジタルの今でもカチンコは必要なのですね」
2人は台本に書いてあった「他愛ない会話」を全く無視して話し始める。日本がわからない英語しか分からないスタッフは別に不思議そうな顔もしていないが、日本語が分かるスタッフや日本側の人間は大いに狼狽している。
そして、キャー!と突如悲鳴が入ると同時に、2人は周囲を警戒。2人の前方から逃げてくるエキストラを見るが、2人は変身せずにエキストラの方に走り寄り、1人の男を捕まえた。
「どうしたのです?」
「え、えっと、キメラが……」
「分かりました。貴方は警察に電話しなさい」
そこで漸く2人はエキストラを掻き分けて走り始める。そして、ピカっと一瞬だけ光ると其処には当世具足に似たドレスを身に纏った武者とアリスパックを付け、シュタールヘルムを被ったメイドが現れる。2人は大きく飛ぶと、空港脇の壁や柱を蹴ってエキストラの波を越えていった所でカットの声が掛かる。
それから、監督の下に日本人スタッフ数名が駆け寄って何やら英語で話をし始めた。監督は暫く考え、昇と仁を呼ぶ。
「君達は何故、あの場面でカチンコの話をしたんだね?
これから買い物をするんだからそれにあった会話をするべきでは?台本にもそう書いてあったはずだが?」
監督の言葉を通訳が訳すと、昇は首を傾げ「貴方は近所のスーパーに牛乳を買いに行く際、ズッと牛乳の話をし続けるので?」と返すと監督は確かにと頷いた。日常する会話とは目に止まった事、気になったことなど取り留めのない、実にどうでも良い話をしていくのであり、既に買うものを決めている時点でそれについての会話は本当に直前になってからでしかしない。
次に監督は何故エキストラが走ってきた時直ぐに変身せずにエキストラの1人に尋ねたのか?と聞く。するとやはり昇が「貴方がタクシーの運転手だとして、客が乗ったら全員を無条件にホワイトハウスに送るのですか?」と返す。そして、本来であれば、私達は担当官から電話が掛かって来てから出動します。この様に目と鼻の先で事件が起こることは基本的にはありません。と告げる。
それに、空港テロの場合は魔法少女は一般客に混じって逃げるしかない。魔法少女だからと言って余分なことをして相手を逆上させて余計な怪我人や死者を出しては本末転倒だし、他の魔法少女にも迷惑がかかるからである。
昇の説明に監督は成る程と頷き、そっちの方がリアルだからそれで行こうと頷いた。
「言ってみるもんです。
説得出来ればある程度何やっても良いんじゃないでしょうか?」
「そうだろうけど、それはどうだろうね」
次のシーン行きますと声が掛かる。一発OKかと昇は頷き、そのまま台本を見る。次のシーンはパトリックとジェシカがキメラに苦戦している所を颯爽登場して横から掻っ攫って行くだけの簡単なお仕事である。
昇はBARの弾倉を空砲に変えて置く。すると、監督がやって来て、そのBARを派手に出来ないのか?と言い出した。勿論、昇は出来るが、そんなダサいことはしないと断言する。
M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃は鋼色の鉄部分とニスが塗られた部分が織りなすコントラストが素晴らしい。「銃は鉄と木」と言う名言が有るように、鉄と木で作られた銃を態々無粋なエングレーブで汚すとは一体何事なのか?確かに、装飾過多なエングレーブを付けたBARは画面に映えるだろう。
しかし、そんな銃を画面に出して集客をするのであれば、それは自分の腕の無さを露呈する余りに愚かな方法である。もし、自分の腕に誇りがあるのであれば、銃を着飾るのではなく、裸の銃を映えるように取る方式を模索するべきである。安易なエングレーブ入り銃はその銃本来の味わいを無くす、と正直、お前は何を言っているのだと言わんばかりの迷言を残す。
仁は仁で昇のよく分からん言葉を必死になって翻訳しようとして、付いて行けずに通訳にバトンタッチ。通訳も必死になって翻訳して、概ね昇の言いたい言葉を監督に伝える。監督は衝撃を受けたという表情をすると、私が間違っていたと頷く。
昇と監督は熱い握手を交わし、周囲に居る人間は全く付いて行けないと言う表情で2人を眺めていた。
「さぁ、次のシーンを取りましょう」
空港の入国審査ゲートの一角での撮影だ。順番待ちの時にキメラが出た所でジェシカとパトリックが巻き込まれたのである。そして、2人が一般客を逃がしながら戦闘しているシーンでキメラを遠距離射撃で牽制しつつジェーン・ザ・リッパーが首を掻っ攫って行くらしい。
獲物の横取りである。まぁ、日本では出動した者全てに出動手当、そしてそのまま戦闘をすれば止めを刺さなくても報酬が出るので、新入り以外は獲物を掻っ攫われても文句は言わない。
と、言うか、甲種の一部例外を除けば“近付きたくない”と言う心情であるが故に、ジェーン・ザ・リッパーが脇から現れてスパッと首を狩っていくと胸を撫で下ろしている。初心者を脱した甲種は基本的にキメラに近付きたがらないのだ。
因みに、中堅から上級に上げるには頭のネジが何本か抜ける必要がある。
場所を移動すると、ジェシカとパトリックがキメラの特殊メイクをしたスタントマンと待っていた。よく出来た特殊メイクで両手の鎌は硬質ゴムらしいがぶっちゃけ本当に切れそうだ。
「最新の技術は凄い物ですね。何処かに偽物だと分かる様にしないと、本当に殺されますよ」
昇はスタントマンの周囲をぐるぐる回りながら告げる。仁もその完成度には感服しており、ハロウィンはこれで言ったら間違いなく大騒ぎだなと笑っている。
「それで、スタントなんてやったこと無いのですが、どうすれば?」
昇は監督を見ると、カット割りを持った監督が仁、ジェーン・ザ・リッパーに大体2,3分程の戦闘をして欲しいと言う。両手足を切ってから首を落とすと言う流れでなら2,3分の戦闘は可能だと告げる。すると、監督は両手足を落としたキメラの人形は用意していないのでチャンバラめいた鎌と剣とでの打ち合いにして欲しいと告げる。
仁はそれは無理な相談だと笑う。剣と鎌で打ち合う様な魔法少女は日本には居ない。剣と鎌で打ち合えば、まず間違いなくキメラに圧倒される。鍔迫り合いなんてやった暁には下手にキメラが鎌を引いたら刀ごと上半身を真っ二つにされるからだ。
日本の魔法少女は一撃必殺、ヒット・アンド・アウェイを心掛けるよう教育されている。勿論、それを守らない物も居るが、そう言う輩は遅かれ早かれ死ぬのだ。仁ことジェーン・ザ・リッパーも相手をなぶり殺す上でこの間合を確りと保って浅い傷を何度も何度も付けて甚振るので、あまりに酷いと反感を買っているのだ。
一撃入れたら相手の攻撃が届かない場所に逃げ、相手の隙を突いて攻撃。それの繰り返しだ。仁は何故、第二次大戦中、アメリカ軍の戦闘機はゼロ戦に格闘戦を挑まなかったのか?と監督に尋ねた。
「つまり、キメラの方が魔法少女よりも格闘戦は上だということかね?」
「如何にも。
キメラは知能が無い分、魔法少女よりも強力で俊敏だ。プロの乙種魔法少女はキメラには絶対近付かないし、甲種魔法少女だって必要最低限しか近付かない。丙種なんか更にそうだ」
仁の言葉に監督は分かったと頷く。仁は代わりに一撃で首を落とすのを流すつまりパンで撮って、それを三回流す三段パン言う日本の特撮やアニメでよく使われる技法を使って尺を伸ばしなさいとアドバイスする。カメラマンがそれはアメリカでは受けないと言うと、仁はこれは日本でも放送されるドラマだと告げた。
それから監督は日本の魔法少女は日本でよく使われる撮影技法を取り入れて行こうと良いことを思いついたと言わんばかりの晴々しい笑顔でそう叫ぶ。カメラマンや撮影スタッフは少し顔を顰めていたが、監督には逆らえんと言う顔で分かったと頷いた。
仁と昇はそれから順調に撮影を行っていった。




