第三十六話
宇山江神代は魔法少女である。
陸上自衛隊に所属する幹部自衛官である。階級は二等陸佐。外見は20代から30代の女性であるが、実年齢も本名も、そして、素顔も知らない。性格は非常に軽薄で胡散臭い。常にヘラヘラと笑っており、彼女の言うことは半分以上がいい加減である。
自衛官と、否軍人としてあるまじき程に好い加減な事から知り合いからも余り好かれては居ない。彼女に関する噂は総じて良い物はない。暴力団ですら恐れてる、とか。チャイニーズ、ロシアン、コリアンマフィアからも恐れられており、彼女が行くと最上級の待遇で迎えられるとか。第1空挺団よりも気違いだとか。果てはヤクの吸い過ぎで自分をシスの暗黒卿だと思っているなんて噂まである。
それほどまでにやっかまれているのが彼女なのだ。
「で、お前等は何用よ?
久し振りに部活に出てみれば、2人揃って私に話があるって」
神代の前にはマネキンの様に無表情な深見昇とオドオドしているオタク女である井上仁が並んでいた。場所は格技場二階の剣道場だ。
「ええ、先生。
山口と広江のことです」
神代は昇と仁が魔法少女であり、しかもそれがクワトロ・セブンとジェーン・ザ・リッパーであることは知っている。また、現在、この2人が真と慶太郎を捜索し始めた事も情報として手に入れていた。2人が何処まで捜査を進展させているのかは不明であるが、地区担当官を巻き込んでの捜査を行っているのでそれなりの情報は手に入れているであろうと考えている。
「ああ、あの2人?
つーか、彼奴等マジ何やってんの?勝手に休まれると私が怒られるんだけど?
特に山口!彼奴マジで何処で何やってんだ」
神代は何時も通りおちゃらけた口調で告げる。無関係を装っておく。彼女が首にならない理由は彼女が偏に自衛隊の特別任務として配属されたからだ。
任務の内容は魔法少女人造計画。元々はキメラ戦力化計画と言う計画だった。文字通りキメラを従えて国防の一端を担わせようとした計画である。しかし、キメラが早々に使いものにならないということが発覚したのでこの計画はそのまま魔法少女人造計画に変更されたのである。
そして、魔法少女とキメラに変身する重大な要因として、脳内のホルモン分泌と活性化であると言う研究が出た。これはホームレスや死刑囚、身寄りのない重犯罪者等を何十人も使った人体実験の結果である。
このホルモン分泌と活性化がマイナス方向に向かうとキメラになり、プラス方向に向かうと魔法少女に成るのだ。うつ病患者はキメラになり易いという魔法少女達の見解はある意味では正しかったのだ。
「知りませんよ。
先生は何か知ってるんじゃないんですか?」
昇の言葉に神代は知るかボケと中指を立てる。
「知ってたら私が教えて欲しいね」
「そうですか」
「つーか、お前。何で私が知ってる思ってんだよ。
幾ら私が神代なんて神々しい名前をしてるからってなんでも知ってるわけじゃねーぞ?」
神代が中指からのブーイングに移行すると、何時に無く昇の目がキツくなる。別に神代のハンドサインに起こったわけではない。真偽を確かめようと仕掛けようとするからだ。
修羅場を潜り抜けた数は神代の方が多い。彼女は湾岸戦争にも従軍経験がある。勿論、自衛隊としての身分を隠して、だ。そんな彼女に取ってはキメラを3,400殺しただけの昇や十年ちょっと魔法少女やってる“だけ”の仁なんぞ取るに足らん相手なのだ。
「いえ、先生は色・々・なお友達をお持ちなので、政府関係にもお友達が居るんじゃないかと思いまして」
昇の言葉に神代が笑う。
「確かに、ポリ公と自衛官に成った奴はいるな。
ポリ公は交通課、自衛官は海自だ。そんな連中が一介のJKがどっか行ってるけど、情報知らない?なんて聞いてその件ならあーですよと教えてくれると思ってるのか?
どんだけ情報管理甘いんだよ」
間抜けと神代は笑うと昇と仁の肩に手を置いた。
「ま、取り敢えず、何か情報入ったら教えてくれよ。
流石にここまで学校に出ないとなると、真面目に心配なんでね」
神代は2人の肩を叩いてから剣道場を後にする。最近、部活は行われていない。あの2人もすぐに帰るだろう。神代はその足で職員室に向かう。神代の担当学年は2年である。この学校、少し変わっており、本棟と呼ばれる後者と東棟と呼ばれる文字通り東に隣接する校舎、西棟と呼ばれる西に隣接する校舎の3つに分かれている。しかし、外見は区切られておらず繋がっているために、部外者はまず気がつかない。西棟は理科室や家庭科室と言った所謂特別教室の集合した棟であり、殆ど人は立ち入らない。
そして、本棟は校長室と談話室に隣接した1年と3年の教員用職員室があり、2年だけは東棟2階に存在している。何故そういう作りなのかは不明であるが、一節には嘗ての栄光、つまりマンモス校時代の名残という話である。
当時は全校生徒1000人超であり、教師もそれ相応の数が居たからだという話だ。そして、神代は其処で1年女子の体育教師兼生徒指導を任されている。
「さてはて、彼奴等は何処まで辿り着けるかなぁ~っと」
職員室に入って自分の与えられた席に座る。ズボラな外見に似合わないきっちりと整頓された机は彼女が腐っても自衛官であるという現れなのだろうが、周りの教師はそれを知らないので、この机のようにきっちりと教師としての仕事もやってくれれば思っている。
勿論、ズボラであるがやることはやっており、その性格からか生徒達からは人気だ。
「宇山江先生」
其処に2年を担任に持つ男性教師がやって来る。
「はいはい、何ですか?」
「ええ、山口の事なんですけどね」
男性教師は真の担任である。
「あーはいはい。
山口の奴、あれから何か連絡ありました?」
「いえ、それが自宅の方にも殆ど連絡ないみたいで……
一度、お宅を訪問して詳しい事情を聞こうかと思いまして」
男性教師の後ろを見やると教務主任がコチラを見ていた。つまりは、神代とこの男性教師の2人で行って来いという合図なのだ。神代は面倒臭と内心思いつつ、OKですと頷いた。
「着いて行きますよ。
雑務サボれますし」
神代は何時ですか?と尋ねた。
男性教師は今から電話でその予定を立てるのでわかりませんが出来れば今週中にはと告げる。それから、出来れば部活仲間である昇や仁からも事情を聞いて欲しいと言われた。
「そういえば、慶太郎はどうしたんですか?
彼奴も何か公欠だとかで来ませんけど」
「彼は「彼は特殊な事情がありますが、確りと身元も判明してますし、親御さんも把握しているので問題ありませんよ」
男性教師の言葉から被せるように学年主任がやって来て告げた。その声の裏には「お前はとっと言われた通りのことを真面目にやれ」と言う考えがあるのだろう。
「それで、彼奴と同じ部活仲間のえっと深見と井上でしたっけ?
あの2人からも話を聞いて欲しいんですが……」
「今さっき2人から私に聞いてきましたよ。
真のアホが何処に居るか分かりますか?って。知らねぇっつー話しよ。逆に私の方が聞きたいっツーの」
神代はそう告げると、机の上に置かれた学校の行事等の計画やら何やらに目を通す。学校の先生は児童生徒に授業をする以外にも学校を運営していく為に必要な事務仕事や役員を担っている。更に近年では其処に家庭からのクレームが来るのでそれの対応もしなければならない。
職員の休職理由で一番多いのが病気療養で、特に精神病が多い。と、言うのも唯でさえ激務なのに常識知らずの親が常識知らずの事を言ってくるので熱血な教師ほど理想と現実の違いにショックを受け、それでも頑張ってしまうために精神を病んでしまうのだ。
最も、この神代の場合は保護者からのクレームが来たら「ウチの学校嫌なら辞めれ。高校は義務教育じゃねぇ」とガチャ切りしたのでそれから一切電話対応をしなくて良いと校長直々に言われた。また、生徒の頭を平然と叩いたりするのでそれについても文句を言ってくる保護者が居る。
その際には「言って分からん奴には犬畜生と同じで叩かにゃ言う事を聞かん」と平然と言ってのけてしまう。ただし、神代の“指導”が入る場合はちゃんとした理由がある為に、大抵の場合は穏便に済ませることが出来るのだ。
勿論、そうじゃない生徒の親もいるが、そう言う場合はある日突然、親の事情とかでその生徒が辞めていく。例えば、両親が離婚したり、親が長期の出張を命じられたり、犯罪が発覚して警察の御用に成ったり。
その為、「宇山江神代と言う教師に文句を言うと必ず不幸が振りかかる」と言う噂があり、専ら彼女の行為に文句を言いに来る保護者は4月5月以降居なくなる。
「宮城せんせー、何処行くんです?」
職員室から出ていこうとする数学担当の女性教師に声を掛ける。少しおっとりした性格で大きな丸眼鏡が特徴的な教師だ。4月の最初の方で授業が崩壊しかけた所を神代が補助教員として助っ人に入ってから何かと話すようになり、今では友達となっている。
最も、周囲は舎弟を手に入れたガキ大将のような物と把握している。
「あ、宇山江先生。
ちょっと飲み物を買いに行こうとかと思いまして」
「おー、行こう行こう」
神代は財布を片手に立ち上がると宮城の横に並ぶ。宮城は身長が160センチほどで神代よりも30センチほど低い。
2人は廊下を歩きながら序に構内に残っている生徒達を見て回る。時々、用もない生徒が居残っている場合があり、そう言う生徒が悪戯やら何やらする場合もあるのでそれを阻止するのが役目である。
「宮城せんせーはそろそろ授業1人で出来そうですか?」
神代は猫背気味に歩きながら隣の宮城を見る。宮城の歩幅に合わせて実にゆっくりと歩くのは、彼女がただ単に宮城に合わせていれば行きも帰りも遅くなるのでサボれるからである。
「はい、最近では皆さんちゃんと話を聞いてくれますから」
「んじゃ、明日から頭から居なくてもいいっすかね?」
「ええ、そうですね。
流石に宇山江先生に参加して貰うのも大変ですし」
宮城はそう告げるが、宇山江は別段問題無い。授業がない時間も廊下を歩いて廊下から授業をサボっとる生徒が居ないかとかを見ているのでいる場所が教室か廊下かの違いに成るだけだ。
「じゃ、一応、廊下歩いてるんで、ヤバそうなら入りますわ」
「はい、お願いします」
宮城は律儀に頭を下げる。宇山江は任されと笑い、男子トイレに平然と入っていく。トイレの中では喫煙をする者やセックスをする生徒が居るからだ。
また、トイレの備品も壊されていたり、足りているかを確認する。よくあるのがトイレットペーパーを便器に放り込んであることだ。
「男子トイレOK」
個室と掃除道具入れを確認した神代は外に出る。女子トイレには宮城がいるが、女子トイレからは宮城の声が聞こえた。
「誰か入ってますか?」
どうやら、個室の1つに鍵が掛かっているようだ。神代も女子トイレに入る。一番奥の個室で、換気扇がフル回転している。微かにだがタバコの臭いがした。神代はそのまま一番奥の個室奥の前に立っている宮城の隣に。中には入ってまーすと女子生徒の声がしたが、神代は構わず扉の上に上がって中を覗き込む。
案の定、女子生徒が2人座っており、何やらスプレーと小さな携帯ファンを回転させている。
「はい、アウトー」
神代はそう告げるとそのまま扉を超えて中に入り、女子生徒の片方を取り押さえる。そして、もう片方の手で扉を開けて女子生徒2人を外に出した。
「う、宇山江先生!?」
「喫煙者ゲッツーです、宮城せんせー」
神代は2人の化粧ポーチを漁り、手鏡に偽装されたシガレットケースとリップ風のライターをアッと言う間に見付け出した。
「宮城せんせーは騙せても私は無理だ」
神代はそう笑うと押収した2つを自分のポケットに入れてしまう。
女子生徒2人はしおらしく俯いていた。
「ま、今回は初犯っつー事で見逃してやるけど、次やったらマジで停学だから。
もうやるなよ?」
神代は2人にゲンコツを落とすと帰って良しと告げる。中々に良いゲンコツだ。2人は思わず涙目に成った。
「えぇ!?
う、宇山江先生!?」
神代の言葉に女子生徒は勿論、宮城も驚いた顔をした。
生徒指導の教師がタバコを吸っていた生徒を指導せずに良いのか?と言う事である。
「まーまー
正直ね、私は未成年だろうが何だろうが、タバコ吸いたきゃ吸えば良いし、酒飲みたきゃ飲めば良いと思うよ。
それで他人に迷惑にならなきゃ良いのよ。高校生でタバコ吸い始めるのは大抵「興味本位」何だから。それでハマる奴は遅かれ早かれズッと吸い続けるし、ハマらにゃそれっきりよ。そもそも、何で態々学校で吸うか知ってる?」
神代の言葉に宮城と2人はさぁ?と首を傾げた。
「1つは学校という日常的かつ学生が出逢う数少ない社会的場面における未成年の喫煙という非日常的な刺激を楽しむため。
もう1つは本当は自分がやってる事を止める為の予防線。この2つがあるからよ。本当にタバコ吸いたい奴は学校では吸わないもの。自宅や学校とは一切関係のない場所で吸うわ」
神代はヴィクトリーサインを作って告げる。
「と、言う訳で別にタバコを吸うのは止はしない。
ただし、校内でやるな。吸うなら見つからない場所で吸え。見付かったらお前等が大変に成るだけだ。その時、私はお前等を助けることも出来ないし、処罰する側に回るだけだ。
今回お前等を見逃すのは、お前等の感じている理不尽さを知っているからだ。つー訳で、とっとと帰れ」
2人の女子生徒は神代に深々と頭を下げてからさようならと帰っていった。宮城は神代を見上げて、やっぱり宇山江先生は凄いですと感心したように目を輝かせていた。この後、2人は15分ほど掛けて自販機で飲み物を買い職員室に戻った。




