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第二十二話

第二十二話


 健太郎と真はあれから随分と心身を疲弊させつつ真の“力”の制御に骨を折った。5分程なら変身したままでも制御出来るようになったのが先ず最初の成果である。

 日帰りを予定していたが、真の疲労が凄まじく、まともに帰れる状態ではなかったので急遽宿をとった。近くのホテル。観光シーズンを外れていたために幸いホテルは直ぐにとれた。予約のない客に対してはお断りをするホテルや前金を多く要求するホテルもあるが、今にも死にそうな顔をしている真に、直ぐに部屋を貸してくれたのだ。

 部屋に入り、中居さんが直ぐに布団を敷いてくれた。風邪と誤認したのか、市販の風邪薬も持ってきて貰って、何か有れば呼んで欲しいと言われた。


「御免……」

「気にしないで下さい、先輩。

 元はといえば、僕が提案した事なので」


 健太郎は濡れタオルを真に載せる。熱は無いが、頭痛が酷いのだそうだ。


「私、キメラなのかな?」


 真がそう呟いた。健太郎は直ぐには否定できなかった。少なくとも魔法少女ではない。健太郎はこの事を担当官である柳葉に報告しようかどうか迷った。しかし、それは出来なかった。少なくとも、真がキメラとは違い、全力でその力を制御しようとしているのだ。

 そんな人間がキメラなわけがない。


「……少なくとも、魔法少女ではないです」


 健太郎が迷った末に告げると、真は弱々しく笑う。

 何時も、真が浮かべる困ったときの笑みだった。


「……広江君は、なんで私の事誰にも言わなかったの?」


 真の質問に健太郎は少し悩み、それから口を開く。


「先輩がキメラとして殺されるのは僕には耐えられません。

 それに、深見先輩からも先輩がキメラだったのか、何て思われたら俺は耐えられません。先輩は深見先輩の事が好きなんでしょ?」


 昇はキメラの事を恨んでいる様な言動を時々する。昇は魔法少女にも興味が無いらしいが、キメラに関しては少し感情を露わにすることがある。健太郎が入学し、入部したその週の週末。健太郎の歓迎会と言う事で、宇山江が生徒指導をした元ヤンの卒業生が営業しているレストランに押しかけた時だ。

 宇山江が無理やり飲ませたウーロンハイのせいで酔いが回った昇が、ちょうど付いていた魔法少女排斥派のニュースを見て、キメラが如何に悪で、人間社会に必要のない存在であるかを滾々と宇山江に説教し始めたのだ。

 最初は誰も彼が酔っているとは気が付かず、話題の一つとして話し始めたのだと思った。しかし、ニュースが終わってもそれから10分ほどズッと話を続けていた。そこで漸く、宇山江が酔っていると気が付き、話を逸そうと四苦八苦していた。慶太郎と真は絡まれると面倒臭いと瞬時に判断し、昇の世話を元凶に押し付けて自分達はジュースを飲み、出された料理に集中していた。


「好きな人から嫌われるって、とっても辛いことじゃないですか」


 慶太郎がそう告げると、真はまた目にいっぱいの涙を浮かべ、額のタオルを目元におろして泣き始めてしまった。

 またもや慶太郎は狼狽した。何か不味いことを言ったのだろうか?そう考え、もしかして真は自分が昇を好きだなんて一切バレていないつもりだったのかもしれない等と見当違いな事を考えてしまう。


「と、兎に角、今は何も気にせず休んで下さい!

 先輩は家に連絡しておいて下さい。俺も家に友達の家に泊るって言っておくんで」

「……うん、ごめん」


慶太郎が部屋を出ると、ちょうど中居さんと出くわした。


「彼女さんのご加減はどうでしょうか?」

「え?

 あ、ああ、はい。今は落ち着いて寝ています」


 咄嗟に嘘を吐いてしまった。彼女ではない、と否定するのは簡単だ。タクシーの運転手に言ったように説明すれば良いのだから。だが、しかし慶太郎はそうはしなかった。彼女、と言われて嫌な感じはしなかったのだ。

 少なくとも真は美人な方にはいる。性格と行動からそういう目で見る人間は少ないが、少なくとも、慶太郎は内面をよく知っているが故に、知らず知らずの内に好きに成っていたのだ。昇が件の女子大生との件で鬼のように連絡をしていたのに便乗したのも、ファミレスでやけ食いしていたのにも付き合ったのは単に真に惚れていたからであろう。

 勿論、自覚はしていない。真は昇が好きである。この気持ちを知っていたからだ。


 慶太郎は愈々、恐ろしい事を考え始めた。真の秘密を知っているのは慶太郎だけである。そして、慶太郎の秘密を知っているのも真だけである。真は人の良い人間だ。慶太郎の秘密を絶対に他人に漏らそうとはしない。

 慶太郎との間に秘密の関係が出来てしまった訳だ。最近、昇は真と会話すらしていない様子だ。仁とよく一緒にいるのを学校内でよく見る。廊下を歩き、自販機が並んでいる休憩スペースの様な場所に腰掛けた。

 そして、思考はより具体的に真をどう自分の物にするか、考え始めていた。両膝に肘を乗せ、指先を合わせて三角形を作ると、其処に顔を奥。肘を付いて鼻をかむような、俗に言うゲンドウのポーズをとっていた。暫く考えていると、携帯が震える。

 ディスプレイを見ると、宇山江と表示されている。


「はい、もしもし?」

「おう、私だ。

 お前、今から集合」


 慶太郎はそのまま電源を切って、再び思考の海に戻る。宇山江の今から集合は基本的に暇だから遊びに付き合えと言う物である。アレに捕まると下手をすると一晩中付き合わされるので、昇や真からはブッチしろとキツく言われているのだ。

 慶太郎は携帯を握り締めて、立ち上がる。取り敢えず、部屋に戻ろう。そう思ったからだ。

 慶太郎が部屋に戻ると、部屋の中央に誰かがいる。髪の長い、女である。


「誰だ!」


 慶太郎がそう叫ぶと、女は振り返った。黒いジャージに「I am God」と描かれたTシャツだ。不敵な笑みを讃えている。慶太郎はこの女を知っている。


「う、宇山江、先生……」

「そうですよ、宇山江先生ですよぉ~

 お前、何電話ブッチしてるんだこの野郎?」


 宇山江はそう笑うと同時に、右手に握った何かを慶太郎に向ける。慶太郎はそれが一瞬何か分からなかった。銃である。慶太郎は機種名までは知らないが、それは紛れも無く銃であった。正確に言えば、シグザウエル社が製造しているP220である。しかし、上部スライドには桜のマークとWが彫り込まれているし、スライド側面には「9mm拳銃」の文字が彫ってある。

 口径は9mmである。


「ま、良いや」


 宇山江はそう笑うと、隣の和室を見る。和室には見知らぬ男達が2人居り、真の前に立っていた。真は寝ているのか胸は上下に動いているだけで、一切こちらに感知しない。薬で眠らせてある、宇山江はそう告げた。

 男達は観光で居るオッサンと言う個性も特徴的な点もない外見をしている。しかし、その目は紛れも無く“本物”の目である。ジェーン・ザ・リッパー、クアトロ・セブン、ベルサイユ。彼女達が持つ、キメラを、否、人を殺したことがる人間の目である。

 殺る、と決めたら何が何でも殺るという決意がある。慶太郎は下唇を噛み締め、宇山江を睨み付けた。


「そう、睨むなよ。怖いなぁ~?

 私は宇山江だ。宇山江神代。勿論、偽名だし、高校の教師なんて肩書も嘘っぱちだ。ホントは陸上自衛隊の中央即応集団隷下の特別情報収集部隊二課課長だ」


 宇山江の言葉に脇に居た男がニサ、と言う。ニサ、二佐と書くのが正しい。正式には二等陸佐であり、自衛隊独自の階級である。外国の軍隊で言うところの中佐に相当する階級だ。

 宇山江は手を上げて部下を制する。分かっている、そういう感じだ。


「さて、君はこれから2つの選択肢を迫られる。

 1つ目は、死。我々に殺される。銃殺か刺殺か撲殺か、絞殺かは知らない。ただし、事故に見せかけて死んで貰う。そう言うのは得意だ。葬式にも出てやる。ちゃんと仏前で泣いてやるよ?とても素直で優しい生徒でしたって」


 宇山江は無く真似をしてみせる。胡散臭い真似だ。


「2つ目~

 我々の仲間になる。こっち選ぶと、実験体ハ777番、つまり山口真の側に要られるし、今までの生活も遅れる。因みに、実験体ハ777は既にこっち側の存在だ。まぁ、コイツ自身それを確りと把握してるかどうかは知らん。多分、知らんだろうね。

 書類サインした時もよく読まずに名前書いてたし」


 宇山江は喉の奥で笑う。どうする?宇山江がそう尋ねた時、慶太郎は迷わず2つ目を選んだ。理由は単純にして明快。好きな女のそばに居てやれる。そして、決定的にもはや、真に取っての味方は慶太郎しか居ないのだ。

 宇山江はそんな慶太郎の心中を見通したかのようなバカにしたような、蔑むような目を向けていた。しかし、慶太郎はそんな宇山江の目は気にならなかった。


「俺はね、先生。

 人間は多かれ少なかれ、エゴイストなんだと思うんですよ。聖人君子。そんな存在は居ない。ガンジーは非暴力不服従で独立を勝ち取った。暴力を振るわず、されど従わない。そんな身勝手を突き通したからこそ世界中から尊敬されている。

 マザーテレサだって、自分が良いと思った事を率先してやっただけだ。言い換えれば、自分がそれをやるのが良いんだ、そう決め付けて行った結果が、世界の賞賛を浴び、ノーベル賞まで取った。

 だから、俺は、2つ目の、アンタ等の仲間に成る。そうすれば、俺は先輩を、真を俺のものに出来るんだ。

 アンタが何と言おうが関係無い。俺は真を手に入れるためだけに、アンタ等の仲間になってやる」


 慶太郎の言葉に、宇山江は少々驚いた顔をし、それからその顔を獰猛に歪めた。何かの漫画で言っていた。笑顔とは本来、牙を剥く行為から派生した現象だ、と。宇山江のそれはまさにそれだった。拳銃を持っていない方、つまり左手をパチンと鳴らすと、真の側に居た男の一人が、慶太郎の元にやってきて腕をつかむ。右手には皮下注射器が握られていた。

 慶太郎は警戒する様子を見せる。


「安心しろ。ちょっとばかし、お前にはフラフラになってもらう。10分もすればすぐに治る。お前と真は実はインフルエンザに掛かっていた。そして、真が発病し、お前も発病したようだ。私と其処の男は真の両親、そっちの男はお前の父親だ。

 取り敢えず、お前は黙ってろ。良いな?」


 宇山江はそう告げると、真の側に居た男に合図を送る。男は頷いて真を背負う。一切の動揺も、躊躇いもない。脱力した人間を背負うのはかなり難しいが、重さで足を取られることもなければ、そもそも人を背負っていると感じさせないほどの安定感を見せる。

 宇山江はそのまま外に出た。慶太郎に注射をした男は意識が朦朧とし、ふらついている慶太郎に肩を貸しながらその後に続く。宇山江はフロントまで向かい、ウチの娘がすいませんでした。お薬とお部屋ありがとうございます。日頃の宇山江とは打って変わって、本当に真の母親の様にフロントマンにお礼と金を払う。代金は一泊分だ。

 支配人はその半値で良いと言うが、宇山江はそうは行きませんと告げ、あれこれと話しをしていた。慶太郎に肩を貸してる男も、ウチの息子にも感染ったみたいで、もしたら、インフルエンザかもしれない。もし、インフルエンザだったら申し訳無い。そう告げて、一泊分の料金を差し出した。

 インフルエンザ、その単語を聞いた支配人は一瞬固まりかけて、宇山江はそういうことなので、そう告げて一泊分の金を置いてホテルを後にした。

 二人揃って頭を下げる。ホテルの前には8人乗りのワゴンがやって来た。真と昇は一番後ろに二人だけで座らせられ、真ん中に宇山江、運転席と助手席に男達が座った。


「行け」


 宇山江の言葉にワゴンは極めて静かかつ、素早く走り出す。慶太郎は自分に寄り掛かる真に脇にあった毛布かけてやる。ついでに、自分もこの歪む視界に少しばかり疲れたので寝てしまおうと思った。その際、真の胸元が少し見えたのに、思わずドキリする。

 そして、毛布の下、こっそりと真に手を握りしめたのだった。是位は許されるだろう。そう思って。


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