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第十四話

第十四話


「ど、ども……

 い、井上、め、仁です。きょ、今日からよろしく、お願いします。フフ」


 真のクラスに突然の転校生がやって来た。酷く猫背で肌は真っ白。ザ・運動不足な引き篭もりオタクの女子版がまさにこんな感じである。何が面白いのかニタニタ笑ってなにかブツブツと呟いている。歳は真立ち寄りも少し年上に見える。が、実際何歳かわからない。

 最も、全員がそんな事を気にしていないので真も気にしていない。いや、それ以上に彼女のそのインパクトに圧倒されている。冷静に彼女の年齢について考察する人間はこの場に居ないのだ。担任も何処かそわそわしているのだが、やはりそれを指摘出来る者は居ない。

 担任は努めて冷静で何時もどおりの口調で仲良くするように告げてホームルームを始めた。仁はそのままフラフラと歩いて真の隣、開いている席に座る。恥ずかしいことながら真はこの時点で漸く、自分の隣に新しい席が運び込まれていたのを気が付いた。

 仁はどーもと真に挨拶をし、ゴソゴソとかばんを開けて中からパソコンを取り出した。


「……あの、何でパソコンを?」

「えぇ?

 だ、だって、じゅぎょーの内容とか、い、一々手で紙にシャーペン使って書くとか……ブフッ。

 ば、板書をパソコンに打つ方がら、楽でしょ。よ、よく書いて覚えるとか言うけどさ、こ、効率悪すぎっしょ」


 仁は不気味にフフフと笑うとノートパソコンをカチャカチャやり始めた。ワードで教師が言う言葉をカチャカチャとやり始めた。授業中、全部の授業をこのカチャカチャで済ませ、文句を言う人間に対して理論詰めで会話をし、相手を逆ギレさせて居らわせるというネットの住人特有の論法で戦う。

 やれソースを出せ、やれさっきの話と矛盾している。揚げ足取りと重箱の隅をほじくるような会話の仕方を展開していく。そして、最終的に完全に本論から外すというディペードと詭弁を上手く使い分けた。

 お陰でこの日の授業はすべて仁とのやり取りで潰れてしまったので、一部の馬鹿な生徒は喜び、一部の優等生は迷惑甚だしいと嘆いていた。

 そして、やっとやって来た放課後。真は何故か仁と一緒に格技場二階の剣道部女子部室に居た。


「あの、えっと、こう言うのは何なのですが……

 井上さんって、剣道……いえ、運動って出来るんですか?」


 真の言葉に仁はフフフと相変わらず不気味な笑みをした。

 控えめに言って仁の外見は運動音痴そうだ。歩く時もフラフラとしており、多分、防具どころか竹刀をまともに振るのも難しいのではないかと言う外見だ。勿論、真としては遣りたいという人間をダメだというのは気が引けるが、仁がこのままやると怪我をするのは確実だろう。


「ふ、ふふ……

 や、山口氏は、そ、某の飛天御剣流をひ、披露してご覧に入れよう」


 仁はフッフッフと笑い、脇においてあった模造刀を手に取り、引き抜こうとした。すると、廊下から話し声が聞こえてくる。昇と慶太郎である。仁はそれを聞くと同時に凄まじい速さで部室から飛び出る。真が後を追って外に出ると、仁は昇に向かって抜刀しながら斬りかかっていた。

 昇はその抜き放たれる前に反応し、仁の右手を押さえつけつつ押し倒す。そのまま右手を捻り上げ、模造刀を取り上げた。


「アンタに聞きたいことが2つ有る。2つあるが、敢えてそれは此処では聞かない」

「お、お久し振り、昇」


 腕を捻り上げられながら仁は昇に告げる。昇はいつもの様に無表情、無感動だ。暫く腕を捻り上げていたが、模造刀を没収すると直ぐに開放した。そして、模造刀の下げ緒を刀の鍔に巻き付けて抜刀出来ないようにすると、真に投げて寄越した。

 真はそれを慌ててキャッチしてから、二人は知り合いなのか?という疑問を口にする。


「知り合いといえば知り合いだよ。

 遠い親戚って感じの」


 昇の言葉に仁は頷いていた。どうやらそういう事らしい。

 それから、昇は来たばかりだと言うに、仁の腕を引いて今日は早退すると告げて去って行ってしまった。仁は真にばいばーいと手を振り去って行く。抵抗すらしなかった。その場に残された慶太郎は二人の消えた階段と理解が追いつかずに模造刀片手に固まっている真を交互に見た後、この時ばかりは何時もの様に無責任な顧問の登場を願うと同時に、自分もああも無責任になれたならと恨めしく思う。

 結局、この日の部活は真が一言も喋らずに帰ってしまったことと顧問が真が帰るまでに来なかったので中止と成った。



◇◆◇



 深見家には猫がいる。1匹の子猫だ。白い毛をした子猫で、昇が東京に行ってしまった翌日に、昇に頼まれて祖母と祖父が桜を連れて近くのペットショップに買いに行ったのだ。病院からの許可は出ているし、政府からもペットショップと動物病院を紹介された。

 祖父母は桜が近くの動物園併設の遊園地から帰ってきてから、ズッと猫の話をしている桜を知っている。理由も昇から聞いていた。だから、猫の購入に関しては別に何も文句はないし、可愛い孫が楽しそうに話しているのを実に可愛く、そして愛おしく思う。

 桜がこうなる前は、よくいる都会の子と言う感じだった。祖父母の家の立地はハッキリ言って、地方都市特有の“何でもあるが、何もない”と言う立地だった。普段の生活をするには一切困らない。しかし、若者が欲しがるようなブランド品や遊ぶ場所と言った物はない。

 そういうのを手にするには私鉄に乗って1時間ほど掛けて“市街”に行かなくてはいけない。故に、桜は年に何度かこの家に遊びに来ることがあっても常にむっつりした表情で携帯を弄っていたのだ。今のようにコロコロと笑う事は先ず無い。


 また、祖母の作る料理に関しても彼女は料理が得意、という訳でもなければ下手でもない。人並みに食事が作れる。それだけであり、豪華な料理を振る舞えない。たまに来る孫のためにせめてもの手心を加えた料理を出してみるも、結果は残飯として流しの隅に捨てると言う事が多々あった。

 せめてもの救いは昇がおばあちゃんっ子であった事だろう。昇は祖母が作った料理を残す桜を咎め、桜はそれに反発し、喧嘩になる。昇の気持ちは痛いほど有りがたかったが、自分の料理のせいで喧嘩になるのが辛かった。昇は常にニコニコ笑って祖母に話しかけていた。

 学校で何があったとか、テストで良い点がとれたとか。事ある毎に電話を掛けてくれる。祖父も元警官と言う事であれやこれやと質問してきた。

 小さい頃は爺ちゃんと一緒の警察官に成ると言って憚らなかったし、今も手元にある幼稚園や小学校の卒業文集や絵画などには警察官の格好をした祖父や将来は警察官になると書いてある。


 そんな二人が逆転したのが中学2年の頃である。

 二人が昇と桜がキメラに襲われ、両親が死亡した事を聞いたのは事件が起こってから3日後の事であった。事件自体はその日の晩にはニュースで流れ、二人して恐ろしいと話していたのだ。被害者はまだ身元が確認出来ておらず、公表されなかった事もあり、二人はニュースが終わると直ぐにその事を記憶から消し去っていた。

 そんな二人を悪夢に叩き落としたのが3日後の早朝だ。午前7時を少し過ぎた辺だろう。突然、自宅の電話がなったのだ。


 起きて朝食の準備をしていた祖母が先ず電話に出た。電話の相手先は硬質な声を持った男だった。

 朝早くに申し訳無いと言う断りが先に来てから、身分を明かす。三重県の松阪警察署の刑事だと言うのだ。祖母はその時、孫達が三重の伊勢神宮に行くと言うのを思い出し、何か事件に巻き込まれたのか?と直ぐに勘ぐった。

 事故だろうか?祖母はそう心配になった次の瞬間だった。大変言い難いことでは有りますが、と前置きをされ、孫とその両親、つまりは息子夫婦が死亡及び重傷を負ったと聞かされたのは。


 思わず、受話器落とし、その場に崩れ落ちた祖母を誰が責められようか?

 慌てて駆け寄る祖父が電話の向こうでどうしました?と慌てた様子で告げる刑事に取り次ぐ。その後は早かった。朝食も食べず、二人は身支度を整え、直ぐに言われた教えられた病院に向かった。三重県内にある大きな大学病院だ。集中治療室のベッドに桜は寝かされ、大量の管が付いており、傍らには心電図が一定のリズムで、桜の鼓動を表示していた。

 集中治療室の内部が覗けるようガラス張りになっており、其処には一人の女性が立ち竦んでいた。病院と言う場所には余りに不釣り合いなその女。

 祖父母でも知っている。メイドとか呼ばれる存在だ。そんなメイドが頭には軍隊のヘルメットを被り、手には機関銃を握っている。


 メイドの側にいるのは一人の無精髭の生えた男だった。男は祖父母に気が付くと、メイドに声を掛けた。曰く「お婆さんとお爺さんが来たぞ」と。メイドは今までズッと集中治療室に向けていた顔を二人に向ける。まるで死人のような無表情、無感動だった。しかし、メイドの奥底には只ならぬ気魄を感じられる。まるで手負いの母狼が子狼を守らんとするかのような凄まじい殺気にも、執念にも似た雰囲気である。

 思わず祖母は後ろに後退り、祖父は祖母を守らんとして前に出る。

 しかし、二人がそんな行動を完了する前にメイドはその場で崩れ落ちてしまう。気を失ったのだ。男は慌てて自分と同等の背格好であるメイドを抱きとめ、リノリウムの廊下にはメイドが握っていた機関銃がガシャンと凄まじい音を立てて倒れた。

 後でメイドが昇であり、魔法少女になったこと、桜は心臓を深く刺されており、生死を彷徨っていること、二人の両親は孫達の前で殺された事、そして、両親を殺したキメラは昇によって殺された事が報告された。

 二人に連絡が遅れた理由として、両親二人の携帯にはパスワードが掛けられており、連絡先を特定するまで時間がかかったこと。財布等はキメラが二人を殺す際に運悪く切れてしまったことがあげられたのだ。そして、午前7時に漸くパスワードを解除出来、携帯の電話番号から祖父母たる二人に連絡が行ったのだそうだ。


 あの日から、昇は笑わなくなり、桜は笑うようになった。

 桜が最初意識を取り戻した時は自分一人で何かをするのもままならず、寝たきりの痴呆老人にも似た様子だった。それを此処まで会話が出来、行動出来るようにしたのが昇である。

 昇は自分が魔法少女と成ってからは、まるでそれが当然と言わんが如く学生と魔法少女の二面生活に打込んだ。両親が唐突に死亡し、残された二人を誰が引き取るか?と親戚一同で話し合いに成った際に昇は、自分達で生活すると宣言したのを今でも忘れない。


 両親の遺産目当てにやってくる親戚を見抜いていたのだ。その時の表情は凄まじい物で、大の大人が顔を背けてしまうほどの気魄だった。

 故に、いや、だからこそ二人が、少なくとも昇が一番懐いていた祖父母が家が引き取ると申し出たのである。昇は最初二人に迷惑はかけないと言ったが、祖父が「爺ちゃんはもう警官は辞めちまったが、それでも孫の二人ぐらいなら守れる。お前が魔法少女で人様の平和を守るなら、爺ちゃんはその間、桜とお前の家を守ってやる」そう言って二人を引き取ったのである。


 二人は、昇の手助けすら出来ていない。だからこそ、昇のために桜のために、出来る事を精一杯やっているのだ。

 この猫を買いに行く事もそうだった。桜と一緒にペットショップまで行き、2時間掛けて猫を選び、桜が気に入った猫と猫のための用具を一式揃え、帰りに猫の育て方の本まで買った。名前はどうするのか?と桜に聞くと、桜は子猫に「かーとろ」と名付けた。かーとろ、クアトロ・セブンと発音できない桜がよく言う言葉である。

 専ら「にーちゃんめーど」と呼んでいるので桜がクアトロ・セブンと呼ぶ日はマダマダ来ないだろう。その日から白い子猫はかーとろと呼ばれるようになった。猫の世話は概ね祖父母が担当しており、子猫は桜に懐いている。


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