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第十話




第十話


 山口真は魔法少女が嫌いだった。

 真自身、彼女達に何かをされたわけではない。しかし、彼女が初めて生で見た魔法少女は、キメラを倒すのに嬉々として甚振るように殺していたのだ。昨日の夕方に全テレビ局が生放送で特番を組んだ、乙種魔法少女7777、通称“クアトロ・セブン”による警察及び自衛隊、新人魔法少女の為の外的身体変形及び反社会性人格障害との戦い方講座、でもクアトロ・セブンは警察や自衛隊の人の為に両手足をもいだあと、2時間近くも生きながらえさせ、実験めいた事をやっていが、真自身は別段それを責めることはしない。

 彼女が初めて見た魔法少女、甲種魔法少女第1530、通称ジェーン・ザ・リッパーである。得物は甲種魔法少女らしく刀であり、衣装は当世具足をドレス風に仕立てた物だ。顔は面頬と呼ばれる髭面の仮面をしており目元しか見えない。頭部は烏帽子風の兜を被り、黒い髪が兜の下から流れ出ていた。

 一言で言って綺麗、そんな魔法少女だ。


 しかし、そんな魔法少女、綽名の指す通り、ジェーン・ザ・リッパー、切り裂きジャックよろしくキメラを細切れにしていく。加虐趣味ここに極まりと言うレベルに切り刻んでいくのだ。真が見た時はキメラの鎌を3cmづつ切ったあと、逃げるキメラの足首から下を切って行き、その後、生きたまま3cmづつ足から輪切りにしていった。

 恐ろしいのが行為中、一切の言葉もなく、現場にはキメラの叫び声とキメラを切っていく音が響いていた。現場は繁華街のど真ん中。丁度、真がクラスの女子と一緒にファストフード店に入って食事をしていた時だ。入口前が現場になり、脱出することも出来る篭っていたのだが、そんな虐殺めいた現場を見て嘔吐せずにはいられなかった。


 故に、山口真は魔法少女が嫌いであった。


「ねぇ、昨日のテレビ見た?」


 授業後、剣道場でいつもの様に部室で着替えて準備運動を行っている最中に隣で柔軟をする後輩の広江慶太郎と深見昇に尋ねた。顧問である宇山江はまだ来ていない。

 この剣道部は非常に緩い。数年前までは非常に厳しかったらしいが、今ではこの全国大会まで行ったというのが信じられない程であるが、格技場の入り口には剣道部と柔道部の嘗ての栄光がショーケースに入って飾られている。


「ええ、見ましたよ。

 魔法少女の警察と自衛官に行われた公開講座。クラスでもその話が持ち切りでしたよ」


 慶太郎が少し興奮した様子で話に乗ってくる。昇は何時も通り、無口無表情で跳躍をしていた。


「先輩は見ましたか?」


 慶太郎はそんな昇に話を振る。


「見たよ。

 バカな左翼団体が人権の侵害だとか訳の分からんことを叫んでいた」

「そういえば、あれって昇の家の近くよね?」

「駅で幾つか行った先を近所といえば近所だ。マスコミや警察のヘリが上空を飛んで実に迷惑だったな」


 昇の言葉に慶太郎は苦笑し、真もまぁねと笑う。

 そして、昇は珍しく饒舌に話を続ける。


「しかし、魔法少女がああして公開講座なんてやるんだ。日本の警察はキメラ対策に後手後手に回るしか無いのか?

 僕等は税金を払ってるんだ。そう言う、命に関わることはもっと真剣にやって貰いたいね。魔法少女だって万能じゃないんだ」


 昇の言葉に、慶太郎は確かにと笑い真は少し複雑な気持ちになった。真は昇の両親がキメラに殺されたというのを何となくだが話に聞いている。昇から直接口には聞かないが、キメラや魔法少女の話になると若干何時もよりも険が増す。

 会ったことはないが、土日は妹に構いきりらしく土日の練習には来ない。本人曰く、知能障害があるとのことだった。


「まぁ、キメラに襲われる、なんて事宝くじに当たるよりは無いんですし。

 キメラの影に隠れがちですけど、人間による犯罪の方が圧倒的に多いんですから、警察も大変ですよね」


 慶太郎の言葉に昇も真も賛同する。準備運動が終わったら素振りだ。

 素振りとは防具を付けずに竹刀を振る動作である。部活は5日間毎日あり、内2日は筋トレに当てられる。今日は屋内で素振りと腕立て腹筋、階段ダッシュだ。

 その為、普段着ている道着ではなく、ジャージを着ている。ジャージ姿で竹刀を振るのも些か格好悪いと思うが、道着袴で階段ダッシュは転けて危ない為に行っていない。


「正面素振りを30」


 真がそう号令をかけ、3人で正面に30回素振りを行う。道場や地域によって素振りの名称も変わってくるが、この部では正面素振りと言うと、その場から動かず、竹刀を降る動作を指す。30回の素振りを3人で数えていき、30に達すると一旦止める。


「左右面素振りを30」


 左右面素振りとは面の中央ではなく、左右45度ぐらいの角度に撃ちこむ物を指す。試合でも勿論有効打突に入る。正面素振り同様にその場から動かずに素振りを行う。何方も右足を前、左足を後ろに開いた格好で素振る。

 剣道では止まって打つということはないが、準備運動の一環で行われる素振りに近いので問題はない。


「前後正面素振りを30」


 今度は面を打つと同時に前と後ろに動く物だ。

 竹刀は基本的に左手で振る。右手を竹刀の握りに添わせる形で握り、左手で振るのだ。いってしまえば、左手がエンジンで、右手がハンドルなのだ。左手で竹刀を振り、右手で振り下ろす先を決めるのである。また、竹刀を握るにしても、左手の小指に確りと力を入れて握るのである。


「正面振りぬきを30」


 振りぬき、とはおおきく振りかぶってから切っ先を床まで振り下ろ素振りである。肩の可動範囲を確認すると同時に、柔らかくし、筋肉を鍛えるのが目的である。

 振りぬきは正面をした後に、左右と言う体を捻って素振りをする2種類がある。


「悪い、遅れちった」


 其処に罪悪感が一切ない表情と声色の宇山江が現れる。相変わらずのジャージ姿で、やる気無しと言っても過言ではない程に腑抜けた声である。表情である。

 何故、彼女が剣道部の顧問なんかやっているのか?と言えば、ただ単に人が居らず、彼女が剣道四段の段位を持っているからである。


「先生、もうちょっと確りして下さい!

 こんなんじゃ、落ちぶれちゃうよ!」

「山口。盛者必衰の理をあらわすって言うだろ?

 ピークは過ぎた。後は滅びるだけだ」

「給料泥棒が偉そうに何を言ってるんですか」


 昇が呆れて物も言えんと言う表情で告げると、真と慶太郎が否定出来ないという顔で素振りを続ける。それから、宇山江は道場の脇にストレッチ用のマットを敷いてから、座布団を持ってくると寝転がって涅槃像よろしく居眠りをし始めた。

 昇達は顔を見合わせ、もう何も言わんと言う顔で部活を再開する。



◇◆◇



「先輩方、何か食べて行きませんか?」


 部活が終わり、 慶太郎が二人にそう提案する。格技場の一階と二階にはそれぞれ小さなシャワールームが併設されており部活後の汗を其処で流せる様になっている。3人は其処で汗を流した。

 道場では未だに宇山江が寝ているが、真達はそれを起こすことはしない。


「コンビニ位ならいいわよ」

「帰り道のローソンなら」


 真と昇は慶太郎の提案に賛同すると格技場を後にする。

 電気と鍵閉めは警備員とタイマーに寄って行われるので付けっぱなし、開けっ放しでも問題ない。学校自体にも警備システムが働いている事もあって、今まで泥棒は入ったことがない。校門を出て薄暗い通学路を歩いて行く。


「そういえば、先輩方って恋人とか居るんですか?」


 慶太郎の質問に真は思わず変な声を出してしまった。昇はそんな真を何て声を出しているんだと言う表情で見詰め、慶太郎は何かを感づいた様子で意味深な笑みを浮かべた。


「深見先輩は居るんですか?」

「居ない」

「好きな人は?」

「居ない」

「えぇ!?

 先輩モテそうなのに。じゃあ、山口先輩はどうなんです?」


 慶太郎は真を見る。真も両方居ないわよと誤魔化してみるも慶太郎は全て分かっているんだぞと言う顔で告げる。


「またまた~

 先輩の反応からして恋人は居ないけど、好きな人は居るって感じですよ」

「な、何言ってるのよ!」


 真が慶太郎を追い掛けると、慶太郎は慌てて昇の影に隠れる。昇は鬱陶しいと言う顔でボクの周りで暴れるなと告げた。その時、昇の携帯が震える。携帯を取り出して、着信を確認する。ディスプレイには《柳葉担当官》と書かれていた。

 昇の顔に険が増す。


「少し、静かにしてくれ」


 昇は二人にそう告げると、二人から離れるようにして電話に出た。

 電話の向こう、柳葉の気怠そうな声が聞こえてくる。


「俺だ。

 お偉方の呼び出しだ。お前の相棒が迎えに行ったから、それに乗って来てくれ。多分、泊まり込みに成ると思う。2,3日帰れないと思う。学校はこちらから連絡をしておくし、家にも連絡を回した。

 妹さんはお前が直接電話かけてくれ」

「呪いますよ?」


 昇がそう告げて電話を切る。二人は昇の何時も以上に、少なくとも二人が驚くぐらいに険のある表情を浮かべている昇にどうしたのか?と声を掛ける。

 昇は何でもないと告げると、1台の車が脇に停まる。ピンク色に初心者マークが貼ってあるコンパクトカーだ。運転席には女子大生位の女性が乗っており、昇を見ると運転席から降りてきた。


「昇君、迎えに来ました」

「「えぇ!?」」


 真と慶太郎は思わず顔を見合わせた。真が知る限り、昇が控えめに言って可愛らしい系の年上女性との関係を持っている情報はなかったからだ。昇自身、女性の登場に少し嫌そうな顔をしている。昇はボクは急用が出来たからこれで失礼すつと告げ、助手席に乗り込んだ。

 女性は真達に頭を下げると運転席に乗り込み、少し危なっかしい発進で去っていく。その場には信じられないものを見たという顔の慶太郎とこの世の終わりという顔の真が立っている。


「深見先輩は年上の彼女が居たんですね!」

「違うわよ!」


 慶太郎の言葉に、真が思わず否定をする。

 余りに真に迫る迫力に慶太郎は思わず、違いますねと賛同してしまった。実際には違うのだが、それは二人が知る由もないこと。真の否定は完全なる願望でしか無い。

 真の想い人は何を隠そう、昇なのだから。


「……ファミレス行くわよ」

「え?」

「アンタは付いてくれば良いの!!」


 真はそう慶太郎を怒鳴ると、慶太郎の腕を曳き近くのファミレスに突撃していった。

 その日、真はお小遣いを全て使い果たすまでやけ食いをしたそうだ。そして、それに付き合わされた慶太郎も同様に小遣いが無くなった。また、翌日から3日間、真意を知っている昇は登校して来ず、担任や顧問の宇山江も風邪で休むとしか聞いていないと告げあの女性が誰だったのか、真は知ることが出来なかった。

 そして、そのイライラは慶太郎に向かって発散され、稽古中の地稽古で遺憾なく発揮された。

 地稽古とは、言ってしまえば柔道の乱取りのようなもので、お互いが対等の立場に立って打ち込みをするのである。試合に近い状況で行われるのでより実践的な稽古が可能である。

 そんな真を見て宇山江は青春だねぇ~と全くもって他人事に笑い、口煩い昇が居ないのをいいことに完全にサボっていた。


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