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ギルド。
元は商人達の情報交換場所だったが、ぼったくりなど悪質な商人を排除するために生まれ組織化した。
やがて、旅の護衛を集める場所ができ、その者に素材を依頼する場が生まれ、これが冒険者ギルドの元になった。
商人の中には自己生産していた者も多い為、商人ギルドを習って組織化したのは当たり前のことになる。
ギルド職員は第一線で働くものと違い安定した収入の為希望者が多く、それぞれのシンボルを身に着けられる職員は家を借りるのも結婚するのも優良物件と言われている。
今では一番活気のあるのは冒険者ギルドだが、影響のあるのは商人ギルドに間違いはない。
ちなみに商業ギルドではなく商人ギルドなのは、買い占め・ぼったくりをしたのが大手で、対抗したのが商人達の集まり。人との繋がりが大切で商人を名乗っている。今でも演劇になるそうだ。
なんてことを説明しているのは、シンがやっちゃったからである。
雑貨屋にて銅鍋を注文し、ついでに服を眺めていて「もっと黒い服の方がかっこいい」と店員に注文したからである。
濃い染料はいまだ少なく、シンが現物を見たことがあると感じた店員は店主に伝わり、翌日被服ギルド招待されることになった。
「鍋の取り置きお願いしたのに、顧客情報ガバガバやん」
「大変申し訳ございません。雑貨屋の店主が黒の染料について問い合わせがあり、こちらがどうしてもと……」
「なら、店主を通して俺に教えていいか聞くべきでしょう。まぁ、特に秘密にして欲しいとは思ってなかったからいいけど、気を付けてくださいね?」
「お怒りはごもっともです。肝に銘じておきます」
この聖域都市フィリアの被服ギルドのギルド長カートが頭を下げた。自己紹介が終わった後、先触れでは詳しく解っていない為に改めて経緯を説明されたのである。
金持ちや貴族相手に頭を下げる事はあるかもしれないが、一般人のシンに頭を下げたのは、シンの忠告が的を得ていたのと、ギルド長が出張るほどの情報だったのかもしれない。
「そっちから話を進めるのは気まずいでしょうから、こっちから要件聞きますけど、黒の染料の事であってますね?」
「お気遣い頂きありがとうございます」
「正直言うと今のところ申し訳ないがカートさんを信用する材料がありません。情報を出し報酬を約束してあったとしても、知っていたと言われたら泣き寝入りです。
だからと言って報酬だけ貰い、知っている情報を教えてしまったら、詐欺行為で捕まる。または、詐欺をでっち上げられる。な~んてことを考えちゃうくらい捻くれてるのですが、どう思います?」
「……。なるほど、確かに今の状況ですと、私を信用する事は出来ないでしょうね。第三者を挟ませてもらいます」
「ご理解いただきありがとうございます。それと、黒・黒に近い布の見本を見せてもらえませんか? 似たような色の布が無かったら、改めて説明しますので、染めていない糸もお願いします」
カートが職員に手配させている間、ほんの僅かな時間だったが、心臓に悪い時間が過ぎていった。シンは飄々とカートの顔を見て笑っている分居た堪れない。
黒の染料を餌に身分証の交渉をするはずだったのに、何ケンカ腰なんだよ。
「商人ギルドのバラン。面白い話があると聞いてきた」
「お忙しい中ありがとうございます。シンといいます。退屈にならない時間にならないよう努力しますが、何分若いのでお見逃しを」
数分後部屋に入ってきたのは、予想通り商人ギルド。カートもバランも落ち着いた感じの初老の男だが、バランの方が野性味があり、楽しそうな笑い方をする男である。
シンは俺と大して変わらないのに、不快に思う手前のギリギリ砕けた態度で挨拶している。こいつのクソ度胸はどっから来るんだよ。
「護衛のジルです。よろしくお願いします」
門番で誤魔化したいいところの坊ちゃんだったら、護衛で何も話さなくても問題なさそうだな。
「珍しい染料を発見したらしいが、それの立ち合いだったな」
「そうです。それで集めてもらったのですが、幸運にも私の知っているのは無いですね」
「シン様は先ほど染めてない糸を準備するよう言いましたが、材料が特殊ではなく染色方法が特殊なのですか?」
「ええ。と言っても伝え聞いた技術です。教えてくれた方も本職ではないらしく、ここで売り出されているか調べていたらカールさんの目に留まった。と言う事になりますね」
シンの作り話におかしいところは……。無いな。
「一応聞いておきますが、ここにあるのだけで全てですよね? 後から実は……。って言われても報酬は要求しますよ」
「あることにはあります。バランさん。黒の染料でここに出ていないのはいくつありますか?」
「黒だと2個だな。両方とも貴族専用で、原料は屋敷の中の花だな。あれは特殊過ぎる。
それで、報酬ってのは?」
商人ギルドでも服の事に詳しい人を呼んだみたいだ。
材料を調達し、糸を紡ぎ織る。そこから服を縫い、端生地は当て布にする。人手がかかる分高価になり一般市民は革のズボンやスカート、目の粗いシャツで暮らしていける。
目の前の二人はそういう高価なものを取り扱っている二人だ。
「先ほど教えてくれた人の身分証と当座の資金。炉を作りたいのでその人への繋ぎ。これが最低限です」
バランは「ふむ」と考えているようだが、明らかにシンを見ている。
村長どころか門番の手続きで作れる身分証なんかの資格くらいは簡単だろうし、紹介すればいいだけなんだから簡単だろうに……。
シンの言う事が本当だったら、シンの考えが理解できないだろう。
「カートギルド長が支払うには安すぎる。相手は犯罪者か?」
「いいえ、一般人ですよ。一番欲しいのは『多少無茶を言っても話を聞いてくれる相手』ですから、それの証明なんです。被服ギルドの長に商人ギルド、十分ですね」
「なるほど。この先も無茶を言うかもしれんと言う事か。確かにそれなら良い取引だな。天秤に誓いにより見届けよう」
「では、私は針と糸に誓います」
2人はそれぞれギルドのシンボルにかけて約束を守る事を誓った。
ヤバい。カッコイイ。
ギルド職員はギルドに所属していても、現場で働く人より技術や技能が低い事が多い。それでも頼りにされてるのは、不正は許さずというギルドの発祥のあるべき姿を守り、そのプライドは各シンボルに誓っているからだ。
「では、材料の手配をお願いします。皮をなめすときに使う渋いなめし液と、鉄を打つ鍛冶場の土。この二つです」
「は? あっ! すみません」
「いやいや、そこの護衛君の言うとおりだ。駆け引きに動揺は見せないが大人の信条なんだが、今の段階ではまさに『はぁ?』だなぁ。カートンギルド長は知っていましたか?」
「いえ。いくつか花の染料に他の物を混ぜると色が変わるのを知っていますが、これは聞いたことが無いですね」
とっさに口から出てしまって邪魔をして頭を下げたら、会話の参加者達から許してもらえた。
「そうです。銀製品をほっとくと黒ずみますよね? あれと同じようなことが、鉄とタンニン……なめし液とか、お茶で再現できるんです。
ただ、染めの回数とか、布の状態で染めると上手くいかないかも知れないですから、手間がかかりそうですけどね」
とにかくやってみようという事で、ギルド職員が被服ギルドのなめし液と鍛冶ギルドから土を貰ってきてくれた。土を貰ってきて来いと言われた職員は困惑した顔だったが……。
「今回は黒くなるかどうかなので、染める回数は少ないですし、温めて乾かしますからかなり手抜きになりますよ」
赤土のような色のなまし液。灰が混ざった鍛冶ギルドの土。本当に黒になるのか?
シンはなまし液で糸を揉みこみ、絞って揺らしたときに魔法で乾かす事を繰り返している。魔法の使い方が本当に器用な奴だ。十数回そんな事を繰り返すと、かなり鉄さびみたいな色になった。
「そんなに繰り返すのですか?」
「50回~100回って聞いていますが、違ったのかな? 本職の方が詳しそうなので、これくらいでいいでしょう」
錆のような赤い糸を灰の入った泥水で揉みこみ、絞ると黒く染まった。
「ほー」
聞いてはいたが、本当に黒くなった。
「あれ? 思ったより黒くない。あっ! これを洗って、なまし染めをやるのを全部で50以上だったっけ?」
「カートギルド長?」
「いえ。の染物はせいぜい10回です。原料は安価ですが、手間がかかりますね……」
染物って50回も掛るのか?と思ったら、やっぱり違ったようだ。
そんな事は関係ないらしく、シンは思ったような反応が出てご機嫌らしく、染めながら話し始めた。
「これって、元々は丈夫にするために朱茶色に染めてたらしいんですけど、税から逃れる為に泥の中に隠したらしいんです……。
で、その地方は鉄分が豊富……まぁ、鉄鉱石が良く取れるような土地だったと思ってください。とにかくそういう土地で偶然発見されたみたいなんですとね~」
少ない量だからか水で洗う事3回目。乾いた後でもハッキリと黒い糸になっている。
「確かに黒だな。カートギルド長、報酬の用意を」
「あっ、はい! いやはや、見事な色なので見惚れていました。手間はかかりますが、実に美しく面白い作品ができそうです」
わかる。漆黒のマントはカッコイイ。
それに、鉄を使ってるなら、硬質化関係のエンチャントも効果的だろう。
余裕ができたら発注してみるか?
大島紬:染物を隠すとき田んぼに入れて隠したら黒く染まった事から発生したといわれる染物
シンにとってもジルにとっても泥染めは面白いけど熱中するほどのモノでないので、サラッと情報流して関知しません。参考資料渡して終わりという感じです。