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息が喉で絡みつく。山刀で切り払っても邪魔をする草木と夜を呼ぶ小さな虫が精神力を削り取っていく。
「もう少し歩けば、開拓地へたどり着くから。可能性は少ないが、そこなら生きてく可能性があるはずだなんだ」
「……」
返事はない。
当たり前だ。身に覚えのない罪で親を亡くし、ようやく独り立ちするような年齢の少女がここまで歩いてきただけで十分過ぎる。
「空気が変わってきたろ? 捨てられたって言っても神様が作ってくれた場所なんだ、森より安全だよ」
住んでいた都市から馬車で帰ってこられないよう移動させられ、そこから歩いて3日。子供に罪はないと言っていたが自分の手を汚さないで処分するには開拓とは良い口実だろうな! クソッタレめ!
空気が変わってからしばらく歩くと森から抜け出し、ところどころある木は植樹された様で、枝を大きく広げている。
今まで邪魔だった下草も、膝に届くくらいのまでしかなく、かつて開拓されていた形跡がうかがえる。
森から離れるために少し奥へ行き、屋根は無いだろうが壁さえあればいいと思っていたが、耕された畑を見て警戒を強める。
「ティル。ゆっくり行くよ。驚かしたらいけないからね」
こんなところに住み続けられるなんて、まともな経歴じゃない。
粗野な住人だったらまだマシだろうが、畑も区画が整備されているのを見ると、こんなところに生きるような人間じゃない。
川から少し離れた踏み固められた土地に、木と土壁で出来た小さな小屋から生活音が漏れている。
後をついてくるティルを見ると、疲労でふらついていた。自分はともかく、ティルは限界が近い。
本当に神がいるなら、住んでるやつがまともである事を祈りつつ、木でできたドアらしきものをノックした。
「予想より早かったよなー。もう少し時間があれば開拓の偽装が出来たのに。チャコにエル、打合せ通りにな」
ノックの前に、人が二人テリトリーに入った段階で、当初の計画が破綻していた。
この土地に来て1年目は魔力の利用方法をエルに教わっていた。
2年目で人の真似事をはじめ、住む場所を整えた。
3年目で村を作り、シミュレートして、4年目で火災を起こし、焼け跡を人に譲る。
2年目で人が来るとは思わなかった。焼けちゃえば元が開拓、その後人型の魔物が拠点にしていた場所として使われるだろうと思っていた。
チャコに警戒させて、引き戸を開けると暗闇にオオカミのような尖った耳を持つ青年とやつれてはいるが育ちの良さそうな少女が立っていた。
「夜分遅く済まない。休ませてはもらえないだろうか?」
「ん。あぁ、かまわないが、そんなに広くないぞ」
「夜風を防げるだけでもありがたい。ティル…… 妹だけでも先に休ませていいだろうか?」
兄妹? 似てる似てないどころか人種が違うのだが??
「碌なところじゃないが奥で休める。エル、案内して上げて」
隠れていたエルは元が大気の精霊らしく風を使って、ここまでの様子でわかっていたが、追い詰められた人間がどんなことをするか解ったもんじゃない。
「俺はシン。なんていうか……。怪我をしたき目を悪くしてな。この距離なら見えるが、その先はぼやける。碌に戦えんし、蓄えもない。
家族にすがって居候の冷や飯食らいはちょっとな……。生きるつもりだが迷惑はかけられない。
エルは一緒についてきて、チャコはこの聖域の守護者らしい」
神が戦ってどうする。
戦えなくはないが、普通の攻撃で滅ぶことは無い。
ここの魔力に神の能力を混ぜて仮初の肉体を持ってるだけにすぎない。
怪我だって補修すれば治るが、そもそも怪我なのか消費なのかも判らないから戦えない。
なら、本人にしか解らない目の事にすればいい。
「ジルだ。アンタの……、貴方なら、町でも平気なのでは?」
「無理にかしこまらないでいいぞ。
怪我したのは納得してるんだが、原因になった奴がずっと自分を責めてな……。近寄れば見えるし、形もある程度わかる。それなのにずっと後ろを歩いてんだぞ、流石にうっとうしい。
で、ジルはなんでこんなところに?」
開拓地イコール流刑地。そんな未開の地だが、ふらふらでやってきた罪もない人間を計画と違うからって殺せない。
罪がない人でも殺らなくちゃいけないって場合もあるが、それは禁忌を犯したときで、計画段階なら殺らないように心掛けている。
三和土の床に囲炉裏。座る場所はチャコが狩ってくれた毛皮を敷いただけの家。
鉋とかあれば床も張るかもしれなかったが、廃棄した後に姿を見せない守護者になる予定だったので、魔物が利用してそうな物しか家にない。
「まあ座ってくれ。それで、なんでこんなところに兄妹で?」
手製の土鍋に紐をつけ、吊るせるようにしたヤツに水と芋を入れて自在鉤に吊るす。
人が来るなら鍛冶場を作っとけばよかった。
大体、開拓跡地にするのだって、環境で必要施設がわからないからシミュレートの為なのに……。どこに作るべきか? 思ったより抜けが多い。そもそも人型魔物は道具使っても、作る事するのか?
「ティルの親父さん……。ああ、俺のお袋とティルの親父さんが再婚したんだが、いつの間にか罪人になっていた。
後は都市のお約束みたいなもんだよ。『計画犯罪を犯した同じ家に住んでいる家族なら共犯の恐れがあるが、ここから出ていくのなら罪を問わない』ってね。
身に覚えがないんだから共犯なんかできやしねえよ」
「なるほどねー。ジルの話しか聞いてないんだから話半分で聞いておくよ。
それで、この先どうするの?」
会ったばかりなんだから信用してない。はっきりそう言ったときにムッとしていたが、先の事でかなり悩んでいるようだ。正直、どちらでも構わない。
「予定がないならしばらくここに留まって答えを出せば? その間は手伝ってもらうけどね」
「力仕事なら任せろ。これでも星4の冒険者だ」
「すまん。星4ってどれくらいだ?」
異世界モノの基本だが、後回しにして調べてない。それ以上に面白いモノが腐るほどある。
「知らんのか? 普通のゴブリンなら囲まれなければ2・30は戦える。オーガだと1対1だとキツイな」
「野盗なんかの対人戦専門で魔物は片手間だったからな、冒険者の星とか興味がなかったんだ」
「人は読み合い・魔物は技量。強さの質が違うからか? 戦士と剣士くらいの差しかないぞ。興味ない事には全く興味を示せないタイプか?」
間違ってはいない。いないが、他人に指摘されるのは好きではない。
「ところでジルって、妹さんを大切にしていたけど、妹倒錯偏愛者なのか?」
否定も肯定もしないまま、気まずくなった二人は茹で上がった芋を串に刺し、囲炉裏で炙って塩を振り口に運んだ。
日本と違って肉体を維持してから料理を心おきなく食べられるのも、ここに繋がりを結んだかいがあった。