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「く~ん」
「散歩も餌もボクがやるからここに置いていいでしょ~ って言ってる」
「とにかく放せ」
「く~わん」
「迷惑かけないから~ って言ってる」
「もうすでに迷惑かかってるだろ」
「わんわん」
「最後まで面倒見るから~ だそうだ」
「……ワザとか? ティルも子犬を拾ってきてはオヤジさんに頼んでたのを見たけどさ……。ってか、チャコは放してあげなさい」
ガキの頃、ティルと俺は門兵の親父に連れられて、ティルのオヤジさん家に訪れる事が多かった。
ティルは子犬を見ると確保して、なぜか一人で育てようとする。街の中だと一人じゃないって事で、子犬を持ったまま外へ出るたび親父に捕まり、俺は嫌がるティルをなだめる羽目になった。
何故そんな事を思い出したかというと、チャコが伏せの状態で両前足の下に妖精族っぽいのを押さえつけているからである。その姿はティルがいつまでも子犬を放さなかった頃にダブって見えた。
「エルさん、チャコっていつからこうでした?」
「気が付いたときには、足以外を口の中に……。その後、逃げようとするたびに捕まっています」
「えーと。何故助けないんですか?」
「私の言う事をチャコが聞くと思いますか?」
「え!」
「食事は私達がが作るから、同じ時間に……。部屋は私達が掃除をするから入る前に足拭きマットで足を拭いてます。誰かが居ないと出来ない事のみ、その人に合わせているんです」
「流石ウチの賢いチャコでも料理は無理だよな」
「わん」
「協力はするし、手伝いはするけど、命令はイヤだよね~?」
と言いながら、両手の人差し指でチャコのひげをピンピン弾いている。指が弾くたびにチャコが頭を動かすので、前足で押さえつけられた妖精族が潰されて酷い事になっている。
「もういいから! もういいから!! 俺は反対しないから放してあげて」
「世話を掛けたわね。貴方のおかげで助かったわ」
シスのウキ(船型台車)を試作した翌朝。チャコに咥えられて椅子に置かれた黒い妖精が頭を下げてきた。
身長は掌位で、長く艶のある黒髪に半透明の黒い水晶のような羽をもつ女性の妖精族で、名はステラと名乗った。フェイも妖精族の血を引くが羽を持つのは少なく、また人種の大きさを持たない為、生活圏が被る場所が少なく情報も少ない。
「お、おう。なんか大変そうだな」
「もう色々諦めたところなの」
「なー、何であの半分ボートに妙な力が入ってるの?」
「言っちゃ悪いがアレよりこの人の方が重要だろ」
昨日作った船モドキとそれを乗せるフェイが作った専用台車を暢気にいじくりやがって……。この妖精の後ろで自慢げに座っているチャコは、俺じゃ止められねえんだよ。
「こう言ったら申し訳ないが、なんでチャコに捕まっていたの? 付き合いは短いけど、むやみやたらに噛みつかないし、お腹がすいたら食べるけどアンタは生きている。それどころか気に入られているってのが不思議なんだが?」
「ええ。そこのところをきちんと話さないといけないわね」
ステラの話では詳しい事は言ってはならない決まりがあるが、ダンジョンマスター―――つまり、神の資格を得たものの、どこに・どんなダンジョンを創るか迷っていた。
ダンジョン同士は関わり合ってもよいが、運営にまで口を出すのは神々であっても禁忌に当たり、ステラはいくつかのダンジョンを見て回った。その結果、余計自分の創るダンジョンの方向性が迷走して待ったらしい。
そんな中、ステラと同じ幼い神の気配を感じて向かった先で、チャコに捕獲されてしまったのだ。
「おぉ……。聞くも涙、語るも涙の物語」
「混ぜっ返すなバカ」
「まぁ、チャコは俺にとっての唯一無二! まさに神!! って言いたいとこだけど、神の力の手に入れ方知らないから何とも言えないよな。
魔法が発達してなかった頃は、匂いとか音とか目に見えないモノに魔除けとかそういった効果があるものだ。って聞いたけど、それで感知できる犬は神聖味があるから神の御使い説があるらしいけど、どうなの?」
人に崇められると神力が上がり、神の格が上がる。とは聞くが……?
「そうね。間違ってはいないわ。ただ、地域性によるものだけどね。それに強いから守り、神力をつけていくのか、守るから神力が上がっていくのか意見が分かれているわ。
とにもかくにも、私より神力が強く、ダンジョンが忙しくない若い神にアドバイスを貰おうとしたのだけれど……」
「チャコはダンジョンよりも防衛だけしてたってとこか……。なぁ、シン? チャコはダンジョン創らな…そうだな」
「犬やオオカミはリーダーを中心とした家族を守るからなぁ。俺にとってはチャコは相棒だけど、俺の家族を守るのがチャコの役目だと思ってるんじゃないの? ダンジョンを創るとしたら、俺から別れた後じゃない?」
なんか途中からシンのやる気が無くなっていった。そして、本当に興味が消えうせたのか、シンは竈の方に向かう。チャコは台所の手前で待ての姿勢を見ると、確かにシンとチャコが別れて暮らすイメージがわかない。常に一緒。というわけではないが、お互い居場所は把握して、何かあったら駆けつけ合うのがこのコンビらしい生き方だと思う。
「……あんな感じだな。チャコは頭はいいから、ダンジョンってかテリトリーを整えたらどんどん発展しそうだけど、あの調子でその道に進むことは無いと思う」
「どうやらそのようね。お邪魔したわ」
「あー。メシぐらい食って行けば? どうせ用意されてると思うし、聞ける範囲で神々の事知りたいんだが?」
「あら、勝手に決めていいのかしら? でも、もし用意されていたら頂くわ。それにそうね……、神々は食事をあまり必要としていない。というような事ぐらいは話してもいいわね」
知りたがりのシンが調理しているので『ダンジョンをクリアすると〇〇が与えられる』とか『実は神々と国が~~』とかの陰謀説はホントなのか?等、主にゴシップな質問をして時間を潰した。
「ほいよ~。とりあえずメシにしようね~」
大きな土鍋にスライスされた肉がいっぱい……ではなく、癖の少ないたっぷりの野菜に肉を乗せて、酒と塩を軽く振りかけ蓋をして蒸す。その後は香味野菜と塩に熱めの油を掛けたタレだったり、酒と柑橘系の果汁を煮詰めたタレやクズ肉を炒め赤ワインにハーブ類を少量加えたタレで食べる。ティルは魚のスープにエルさんはフライパンでチャパティというパンの一種を仕込んでいたようだ。
肉と野菜をタレに付けて食べてもいいし、チャパティに包んでもいい。偶に肉の代わりに魚になったりするが、タレを変えたり熱々の油を掛けたり色々変えられるので、飽きる前に変化がありリクエストもしやすく野菜も食べられる。冒険者やってた頃の方が豪華だったが、やっぱり今の方がいいもの食ってないか?
シンは「もはや何料理か分かんねぇ」と言ってるが蒸し料理だろう。蒸された柔らかい野菜と、タレに使う生野菜の歯ごたえ、たまに木の実や小エビを揚げたのを入れると実に旨い。ただ、もう少し穀物が欲しいところだが、シン達は元々小食なので小麦はほとんど育てていなかったそうだ。
「ソースがいいわね」
「なんちゃってオレンジソースにグレイビーソースもどき、偽ネギ塩だれ。手持ちにある物で作ってるから、味の安定はしてないけどね。こまけー事はいいんだよって感じだけどね」
チャパティを練った器に水を足してクレープにした物で、野菜を巻きタレをつけてパクパク食べている。
チャコには野菜の蒸す時間が少し短い物を先に取り分け、後から肉に火が通ったのを追加して食べさせている。偶に「シャクッ」という音で目を向けると、その僅かな動きに反応したのかこちらに目を向けながら口を横に開き奥歯で噛んでいる。予想以上に犬歯が立派で恐ろしいと思うのだが、そんな食事中の獣の背を平気で撫でるシンはおかしい。偶に構い過ぎてチャコに移動されると、残っている肉を餌に近くに寄らせだけで満足気な顔をするのだから、ほおっておけよと思う。
「なぁ、ジル。あの作ったヤツって魔道具?」
「お前は話題を考えろよ。どう見たっても、ステラ様のことだろ」
「ステラ様? うわ……。ジルが様付けしてる……」
「神に至る方だぞ。そこは礼儀だろ」
「他の神々は分からないけど、私は意地悪な扱いされなければ構わないわ」
「じゃ、俺は畏まった場所以外は呼び捨てにさせてもらう。凄いんだろうけど、実績も無いし、見た目がお人形さんにしか見えないし……。何よりチャコに咥えられてたときのイメージがな」
「……あれは忘れて」
自然界にないモノを生み出すダンジョン。シンみたいに何でも自分で作ろうとする研究者にとっては、歯がゆい存在だと忌避されていると聞く。そりゃ、神具の足掛かりすらも判明していないのだから……。
「それで、あの魔道具はどんな効果があるんだ? 外見から見えない位置にあるから調べられん」
「分解していいって言ったらお前は―――」「やる!」「―――だろうな」
フェイに言われて作り直しが終わった後にシス達の様子を見に行ったら、入り江の入り口――外海へと続く狭い場所――から入り江の奥へと大人でも少しばかり歩き難そうな岩場を足を運ぶ二人を見つけた。
当人たちは外海の方が岩に張り付いた貝やカニなどの甲殻類を取りに行った帰りらしいが、ディズの持つ桶が大きくて足元がおぼつかない。だからと言って、外海と入り江を泳ぐのは、万が一出会った海の魔物から逃げる事を考えると止めた方がいいらしい。同じように、外海を泳いで上陸しやすい場所まで行くには波が強く岩に多い。その為に6歳児でも辛うじて歩ける岩場を渡っている。
こうなると、俺とフェイが作ったのでは役者不足になる。たぶんシスは使わない。ディズと同じ年齢か体格になるまで、ここを荷物を持って歩かない。だけど、作った俺達は負けた気になる。必要ないからやらなかったのと、やっていても使う機会がないの差ははるかに大きい。
フェイと俺は、一緒に来たティルの手をつかみ、挨拶もそこそこにそのまま材料置き場に戻った。
シンとティルには話したが、動物だけでなく魔物の肉の流通が少ないのは、人の手の入っていない場所から獲物を持ったまま食肉に加工する安全な場所へ移動するのが困難な為でもあった。比較的食肉に適している獲物が多い森の中ですらも、あちこちに木の根が張り出しているせいで馬車などが入りにくいのもある。シンに話すと何とかしろと言われそうで誤魔化していた。
何もないところから新しいのを作るのは難しいが、今ある物を改良するのは意外と簡単だった。
岩などで本体をぶつけて壊さないようにと、補強することが決まり、それならソリのように交換出来るようした方が良いと改良を加えた。
一度使う場所を見ていたので、岩など水があって滑るような場所ならば、少し前に話に在った『冷やす』の魔法文字を書き込み、接地面を氷で覆うようにした。
実際には思うようにいかないかも知れないが、シスはすぐにでも使いたいだろうから、この先も改良をし続けていく事にして今回はこれで完成という事にした。
「―――とまあ、魔法でソリを作ったって感じだ」
一部愚痴みたいで言いたくない事は言わなかったが、大体の流れを軽く話したらシンは頭を抱えた。
「チクショウ。そっちの方が冒険者にとって役立つじゃん」
「おう……。ちなみに何作ったんだ?」
シンは「持ってくる」と肩を落として二階に上がり、木製の小さな箱をテーブルに置いた。
「これか?」
「そう。ほら、鳥系の肉ってパサつくのがあるじゃん。家なら何とでもなるけど、一口二口ならともかく、焚火だとパサついた肉で腹を満たすのキツイじゃん。
箱のまま一度蒸して一気に冷やすと、肉汁とか脂分がそんなに出なくて食べれる。それに、一応火を通してるからそんなにかからないし、痛む前に魔道具として冷やせば1日くらいならもつ。と思う。
他にも! 現地調達だと、獲物探してー解体してー調理って手間―――」
「わかったわかった。確かに便利だ。でもな。ただの移動ならともかく、警戒しながらの移動だと料理なんかしてる暇ないからな。干し肉で十分なんだよ」
俺の指摘に本人も自覚があるのか頭を抱えて突っ伏した。シンとの移動はフィリアくらいだが、獲物を狙うような移動はしていないし、警戒だってチャコの方が優秀だから頭から抜けていたようだ。
それに、最初が肉を冷やす為の魔道具有効性を認めさせる。ってのが頭にあった為に、食に思考が引っ張られたらしい。
「あ゛ー。負けた!!」
「勝負してねーよ。それに楽しかったからいいんじゃね?」
「まーね。でも悔しい」
頭はいいのにバカな事に夢中になる。シンみたいな奴がいるから新しいモノが生まれるのだろう。
「私の存在価値はこんなにも低いものだったのか?」
「お兄ちゃん達がバカなのです」
「……お茶が入りました」