16
「という訳なんだが、シスが使えるのでいいの無いか?」
「どうしよう。お兄ちゃんの言っていることが解らないです」
「何が『という訳』なんだよ。その前を話せってば!」
「シンさんがよくやる手。ですね」
「あっ、あれはー。うんっ。結局やる事になるんだからいいじゃん」
「そうですね。そして今回はシンさんがやる事に変わりはないんですから、ジルさんの行動も理にかなってます」
シンは朝飯をしっかり取る。冒険者は起きて運動して、体を起こしてから食べる。ティルは朝は少なめ。チャコはがっつき、エルさんは出されたものを残さず口にする。因みにフェイの所はウチより遅く、アンヌが温め直して食事になる。
そんな朝飯の時間を利用して情報交換の場にしている。と言うより、シンはやりたい事やるからフェイに依頼がかぶらないようにする場だ。
「んー。正直ここの防衛考えてると楽しくってさ……。どっちにしろ今やるとしたら、適当になるけどいい?」
シスの気持ちはどうあれ、ディズの手伝いがしたい。ってのと、勝手にやった訳ではないし、周りを巻き込み大人が知っておく証として道具を渡しておきたい事を話した。
道具を俺が渡せば、ディズは何かあったら俺に相談してくるだろうし、フェイが道具を作るのなら、フェイにも相談してくるだろう。その為に道具を渡したい事を話した。
「そこはほら、お前だって不自由なら自分で変えろってよく言ってるじゃん。一から十まで用意しないからいいんじゃねぇ?」
「そんじゃ、手鉤だな。魚絞めるのにも使えるし、岩に張り付いた貝とかも取れる。結構便利だよ」
どんなもんだ?と聞いてみると、長い柄に人差し指ぐらいの金属の爪が付いているだけのようだ。必要ない時はカバーをかけておけば安全のようだし、造りも簡単。これならフェイに頼まなくても作れそうだ。
「私とティルさんは、引き続き魔法の練習と整地作業。ジルさんは?」
「俺はシスのに付き合ったら、空いた時間で森で採取かな? 足らない物ならいくらでもあるし、何が取れるかもわからない。確認してくる」
「はい。お願いします。それと目印になるような木は伐らないでください。それで……、シンさんは?」
「防衛とできれば魔道具。あっ! ジルは小さい実集めてきてね。何かに使えるかもしれないから」
余裕があったらやるが、シンの事だろうから何か良い事があるんだろうなと思うくらいは信用している。
「あっ! 整地作業で急ぎが無かったら、海の方行ってくれないか? 歩くだけならまだしも、手伝いだと荷物持つだろ? 流石にシスの年齢だとちょっとな」
「確かにそうですね。では今までやっていた場所が一段落しましたら始めます」
この後、特に問題になる事もなく分かれて行動する事になった。
「よっ! やっと来たな。ディズは話を聞いているな?」
梁に使っていた木材とフォレストリザードの爪を使って手鉤を作り待っていると、チャコがフェイの家に入り、入れ替わるように困惑気味のディズとやる気に満ちたシスが出てきた。ちなみにチャコの最近の仕事はユンヌと遊ぶ事みたいだ。
「あ、はい。でもいいんですか?」
「本人がやりたいって言ってんだからいいんだよ。まぁ、危険は教えないとな」
「はい。では、荷物を取ってきます」
海にも魔物がいるが、漁師でもない限り直接的な脅威は隣国より低い。
そりゃそうだ。陸で暮らす人族が海の上に生活場所を移動する必要もない。また、海の魔物も偶に来るだけの人族を食料として見る訳もない。小さな湾内では海洋魔物も少ないがいる。その為に装備は必要になる。
「用意してる間にこれがシスの道具だ」
「よっしゃ! これ、オレのだよね? オレだけのだよね?」
全身を使って……ではなく、目をランランにさせ興奮していた。
あれだな。兵士も持っていた槍に模した棒っきれだけでも自分のってだけでうれしかったなぁ。
「手鉤って言うらしい。なんでも港で魚の仲買人が使うって聞いたが知ってるか?」
「魚は知らないけど、かじゅえん?で高いとこ引っ張ったり、皮めくって虫見つけてたりした」
皮? 樹皮の事か。
「なら使い方大体わかるだろ?」
夢中なのか素直に「ウン」と頷いて剣のように振るっていると、結構な荷物を持ったディズが現れた。
「すごいな。近くで見るとでっかい桶に銛。桶は確かに必要だと思うが、そこまででっかくなくてもいいんじゃないか?」
「いえ。僕は泳げるのですが、巣に持ち帰る根魚がいまして……。足を引っ張ってくるので体と桶を紐で結んでおかないと危ないんです」
「へー。なにもこんなでっかい桶じゃなくてもって思ってたけど、そんな理由があったのかー。まいったな。シスの分用意してない」
「仕掛けがあるところは、ほとんど居ないんです。いたとしても小さいんで問題ないですし、今日は深いとこ行きませんから」
「行きたい」
「行かないよ。シスは僕みたいに泳げないでしょ? もしセトちゃんにバレたら僕が怒られるよ」
セトちゃんことセットはシスの一つ上の女の子で、シスの姉代わり。セットの名が出た瞬間に、シスの顔が曇ったのはセットが何か言っていたのだろう。それが容易に想像できるほどシスに対して過保護だ。
「なんだよ」
「いや、心配なのか、小言なのかどっちだと思ってな」
喉の奥で笑っていると、自分の扱いに不満なのか、シスはむくれている。それがティルにあまりにも似ていた為、よけい笑ってしまった。シスはセットの事で機嫌が悪かったのがよけいかたくなになってしまったようだ。
5分ほど歩くと潮の引いた入り江に到着。ディズは桶に紐を括り、シスに革のベルトをつけさせる。まだ紐は繋いでいない。
本人は嫌がっていたが、浅瀬と言えどもシスにとっては十分深い。何度も何度も命を賭ける必要が無い仕事だと言って、ディズは絶対に一切譲らなかった。その話の途中で出てきたのがおそらくスラムで亡くなった子供たちの名前だろう。
「魔物の巣を破壊に行って、猟師の罠にかかる……ってヤツか? 偶にあるんだよな~対処してれば命を落とすことも無かったのにな~。まさに無駄死どころか、罠を壊され保障問題になったよ」
アレは迷惑だったとワザとらしく言ったら、恥かしいのか怒ったのか顔を赤くしてうつむいた。その冒険者は死んではいなかったが、借金と治療費に後遺症で辞める事になった。多少盛っても問題ないだろう。
「ところで俺達はその紐やらなくていいのか?」
「はい。今日はここだけで、深くても腰のあたりまでにします。その後に貝集めと、入り江内に魚の住処用の石集めです。時間が余ったら、外海で使う波消し用?の岩を見つけてジンさんに報告ですね」
この他に、畑仕事に家の補修、フェイの手伝いなどやっている姿を見ている。思ったより仕事が多いのかもしれない。
「あぁ、これでも楽なものですよ。スラムに居た時は場所代払わないと安心して眠れないですからね。何が辛かったって、相手が危険の原因なのに守ってもらうのに払わなくちゃいけないですからね。
シス君。海に入る前に焚火で温まってからです」
「えー」
「こいつお前らといると途端に知能指数落ちるな。で、他に注意するところは?」
「んー。噛み付いてくる凶暴な蛇みたいな魚はいるんですけど、出来れば生け捕りにしてください。ぬるぬるしてますが、傷口に塗ると治りがが早いんです」
「ロックワームの唾液みたいなもんか」
ロックワームは火山活動や自身の多い地域に生息して、岩にかぶりつく魔物とされている。噂では火山付近の特殊な魔力を取り込んでいるとされているが、岩を砕き土に変えているとの事で、よほどのことが無い限りは討伐対象にならない魔物。
硬い岩に噛み付くのに人が思うよりも口の中は傷が少なく、それはワーム特有の生命力だと思われていたが、傷跡がきれいだった為に奇特な学者が口の中を調べたところ分泌液が化膿止めの役割をしていたことを突き止めた。薬草が少ない秋の終わりから冬の間は村々で2~3匹捕獲して怪我人に備える地方もある。
「すいません。知らないです」
「あー、うん。俺も海のヤツは知らないからな」
こうして情報交換とシスの手鉤の調整をながら体を温め、海に入った。
「こうやって二段階にすることで、深い方を食べる魚。稚魚は浅い段へ逃がすことができるんです。シス、浅い方はいじったらだめだからね」
「ほーい」
「んで、どうやって捕まえるんだ?」
「深い方の石垣を一ヵ所崩して、網とか魚籠を置いて後は中の魚を追い立てるだけですよ」
世の中には「言われてみれば」ってのが結構あるが、まさにこれだ。自分も川遊びで似たような事やっていたのに何でやらなかったのだろうか?
実際ジルはかなり近いことをやっていたが、川遊びで年長者の少年に止められていた。それをやると、魚も少なくなるだけではなく、逃げた魚は住処を離れる事になてしまうので、次の世代へと語り継ぐのが少年たちの掟だった。
「へー。もしかして意外と早く終わるのか?」
「これだけなら時間帯を間違わなければ……ですね。ちょっと深いところで蛸壺や塩も作ってます」
「蛸は旨いんだけど、あの動きがちょっとな……。それに塩かぁ。そう言や使ってはいたけど作ってるのは見たことないな」
「海水を煮詰めればできますしね。実際は薪代浮かしたり、苦みが出ないようにしたりしますけど、ほとんど放置です。シンさんから聞いていないんですか?」
「ここに来た時からある程度はあったからな」
塩はギルドで管理されているが、ここのように個人で開拓している場所では目こぼしされている。と言っても、他所への販売は禁止されているし、街が援助する開拓村はギルドを通さないといけない。それくらい個人で開拓しているのは稀になる。
そして、ジルもそうだが、塩と海水くらいはすぐ結びつくが、水分を飛ばすための薪の量やにがりへの扱いなど、実際に作らないと気が付かない事や考えていない事の方がほとんどである。
「今日は時間的に漁が先だったから魚を絞めてアンヌ姉ちゃんところ持って行くよ。
魚は大体エラと背骨の下……腹側に血管。背骨の背中側に神経が通っているから、そこと尾びれの手前を切って持って行けば美味しく食べられるから、シスもやってみな」
シスは指示された通り手鉤を魚に刺し、グイッと手持ち部分を動かして血管を傷つける。シスはもちろん魚はかなり暴れて見ている俺もびっくりした。ディズが言うには背骨まで一緒に絶てばここまで暴れないそうだ。
手鉤の先の方を少し刃をつけた方が良いようだ。とは言っても、シンの基準の刃ではなく、冒険者基準の刃。どうもシンは刃物は鋭くて価値があると思っているようだが、野外では力ずくで断ち切ったり穿り出す方が多いのだから、切れ味よりも丈夫さを求めた方が使い勝手が良い。シンもそれは理解しているようだが、それでも刃の鋭さに拘っているのだから仕方がない。
今回取れたのは手を広げたサイズの魚が15匹。シスが勉強のために9匹絞めて残りを二人で担当する。ジルは横で見ていた分思い切りはいいが、ディズと比べると頭の方に魚肉が多いのが悔しい。
「ディズ兄ちゃん。魚がいなかったときどうすんの?」
「その時はすっぱり諦める。ああ、次の干潮の時に漁をしないのなら、石を崩して海に逃げられるようにしといてね。流石に可哀そうだから」
「りょ~か~い」
なんでこのシスは身内には素直なんだ? 相談してきたときも目が挑戦的だったし、ジルとディズの絞めた魚を見た後で得意げな顔をした。本人の技量ならともかく兄を利用しているのだから、その鼻っ柱を折っておきたい。いや、折りたい。
ジルはちょっと物騒な思考に陥りながらも、魚が入った重い桶をそれぞれ持たせて家に向かった。
海水をそのまま塩になるまで煮詰めるとかなりコストがかかります。
1リットルの海水をやってみましたが、大さじ1杯と1杯より少ないくらい。(約20g)
計算上だと塩分濃度3%らしいので、大さじ2杯なのですが、ゴミを漉したりしたらそこまで行きませんでした。
卓上塩が100gですから、海水5リットルと考えれば多いような気もしますが、薪でやったらどんだけ必要になるのか……
ええ、料理漫画の影響です。