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「お兄ちゃんは何やっているのです?」
間違っても魔道具とは呼べない樹皮に煤で『冷やす』を表した文字。シンはこれにどんな価値を見出すのか?
「あのなぁ、いくら言っても無駄だろうけど、もう少しその格好どうにかできんのか? シンだって二階にいるんだから」
「えーと、なんでです?」
ここに来てからよく風呂に行くようになったティル。もう少し時間を置いたら風呂場も空いてくるころだろう。
俺もよく行くようになったから、癖になるのは何故だろう?とシンに聞いてみたら「水袋で人の形を保とうとしたらどれくらい大変だと思う? 無意識でも筋肉がそれだけの労働しているんだ。風呂に入っている間は筋肉が休められるんだから気持ちいいのは当然だろ」と夢のない答え。
俺達二人にとってシンは魔法の師匠とも言える。妙な知識と微妙な説得力で翻弄するし、たまに的外れな事を言い始めるが、基本糧に事ばかり。
「親父さんの店の住み込みを想像してたんだが、こうまで干渉されないと……な?」
「弟子になったのなら仕方が無いと思ってたけど、予想外です……」
「問題はアイツが弟子を取ったって思っていない事だよな」
「……」
冒険者みたいに、その場その場で必要な技術を学ぶときは、お金を払ったり報酬の割合を変えたりと色々な方法があるが、剣術や魔法のような流派に近いモノだと住み込みで考え方を叩きこまれる。武術などは普段の歩き方から教え込まれるのと一緒だ。
「まっ、弟子云々よりも、はしたないから上着を着なさい。話はそれからだ」
細長い袋を被って、頭と手の部分を切り取ったような貫頭衣の寝間着姿。肩を出しているだけでかなり涼しいだろうが、ちっこい頃はよく風邪をひいてたんだから我慢しなさい。
仕方なしにケープは羽織ったが「帯も締めろ」と言ったら「過保護すぎです」と……。腹壊しても知らんぞ。
「外だとしっかりしてるのに……」
「シンさんは台所以外の共同部分にすら入って来ないのです」
嬉しそうに言うな! あれは俺達にも絶対に上に上がるなって事だぞ。
巨木を半分に割ったテーブルの上にさっきの樹皮を放り投げて、冒険者以外の意見を聞くことにした。
「よく解らないのです」
「ティルみたいな純粋な魔法使いなら必要ないだろうな」
魔力の活性化と基本をエルさんから習っている途中で、まだまだ魔法文字までは行っていない。しかもティルは、肉体強化よりも魔法を外部に出しやすいらしいので、魔道具を使う必要が少ないらしい。
世間一般の評価だと、冒険者の獣人族は馬鹿で野蛮なイメージだし、一部合ってはいる。だが、ほとんどは兵士に就職した知り合いの獣人よりか頭を使っていると断言してやる!
獣人族は身体強化以外の魔法をほとんど使えない。また、獣人の冒険者は身体強化以外に絶対必要となる仕事には基本近づかない。それでも事故にあるような確率で遭遇するから対策は取ってある。兵士はそれを専門の人間が用意してくれるんだから後で知ったときはズルいと思ったよ。しかも、準備されていること以上の事故があったのなら、情報を持ち帰ることを優先にしていいらしい。
とにかく、活性化が出来る獣人は魔道具の基礎と言える魔法文字をいくつか覚えているのが一般的だ。尤も、この『冷やす』は見たことがあったが、使う場面もなくフェイに教わったものだ。
「なんでも呪具でモノを冷やすのがあって、それをアイテムブックに保存したときにこの文字が出たらしい。何千文字もあった中で働きを現すのを探すのは根性のもんだろ
まぁこれは、煤で書いたから大した効果も期待できないし、一回どころか発動しなくなる可能性が高いけどな」
「なるほどです。でも、それがどうかしたのです?」
詳しい説明をしていなかったようだ。家を建てている途中でどう間違ったか記憶のかなたに吹き飛んだが、改めて所々穴の開いた説明した。
「あります……。何がきっかけで脱線したのか……。
それにしても、お兄ちゃんもシンさんも似合わない事やっているのです」
「ひどい言い方だな、オイ」
「でも、お兄ちゃんって在る物で何とかするタイプで、シンさんは起きた事を考えるタイプでしょ? お兄ちゃんはその場で考える方がいいのです」
考えるだけ無駄と言われてイラッとするが、汗臭いからお風呂に入ってきてと追い打ちをかけられる。匂いは個人じゃどうしようもないから言わない約束だろ……。
結局使われなかった樹皮は、種火を焚きつける用として竈側に片づけて裏口から風呂のある川辺に向かう。それはともかく、いつの間にやら台所が充実している。フェイの家を手伝う代わりにいろんな物を作らせたようだ。本当にシンは無駄に凝り性なんだ。
「そういや、親父さんとこ居たより野菜食ってるな……」
シンは料理が上手い。世界には食肉に適している魔物も多いが、持ちきれない為、街での値段はそれなりにする。それでも冒険者だから一般人より肉を口にする機会は圧倒的に多いが、シンの料理は肉を美味しく食べるより、肉を使った料理を美味しく食べられる。何を言ってるのかわからねーと思うが、とにかくそう言うものだ。
「ヤバいな。シンの口調がうつった。それにしても、アイツは今までどんな生活してきたんだ? 何でもできるくせに俺達兄妹が来るまでなんもない場所で……」
「何ぶつぶつ言ってんだよ」
「なんだ、シスか……」
今この地に住む人の中で一番の問題児で、俺と好き嫌いが同じで性質が違う赤毛のガキ。俺もコイツも固めの肉が好きだが、俺は自分の分を確保して、コイツは他から貰おうとする。もっとも、スラムの影響を受けたガキだ。
「シスは何してんだ?」
「……やることない」
「あー、モノには順番があってだな―――」
「―――やりたい!!」
スラムのガキはなんで逞しいんだろうね。シスもセットもまだ十代になってないのにしっかりと意思を持っている。
「んな事言ったって、小さいんだから出来るのは少ないぞ」
「やる」
「んー、あー。シスは風呂入ったか? そこで何ができるか聞きたいんだが?」
シスに構ってばっかりだと風呂の時間が少なくなるし、ティルに小言をくらう。子供なんだから何もしなくて良いってのに、それを良しとしない男のプライドを見捨てる事はしたくないが、それと同時に自分の時間がもったいないのも事実だ。
幸いシスは元スラム組と一緒に先に入っており、溺れないように世話をする必要も無かった。……つまり、それくらい働くのが絶望的な幼さなのだ。
一応屋根と壁で囲ってあるが、立ち上がれば外が見える東屋造り。顔を見て話そうとしたが、服を着たままこの気温に耐えられるはずもなくすぐに外に出た。
「あ゛~~~。悪いな。風呂に入るとどうしてもこの声が出る。
まぁ、シスが思ってるのは大体想像つくよ。俺もそうだった。けどな、自分の子供じゃなかったら付き合わねえだろうな」
「え?」
「シスが今までやってきたのは、スラムだからだよ。その年なら焚火の燃料集めか? ゴミあさりか、端材集めが出来たろ? 俺はもうちょっと上等だったけど、此処みたいに街じゃない場所と一緒にするなよ。俺だって冒険者になってから苦労しまくったんだからな」
拾えば燃料になる街と、使えるものを選ぶ森は別である事。子供の力では、見つけたとしても持ってくるのに苦労する事。何より魔物がいて、予想外の危険がある事。子供4・5人ならまだしも、大人を含めるとなるとシス一人では賄えない。
「一番簡単な薪拾いでさえコレだぞ。スラムなら分担できた事も、ここじゃ協力しなきゃ無理だ」
「協力はしてるよ」
「でもアレだろ? 手伝ったんじゃなくて、一人でやった。って自信が欲しいんだろ? 気持ちは分かるが、お前らスラムの奴らは独り立ちするのが早すぎだろ。状況が違うかもしれんが、もう少し甘えろよ」
と言っても、どうせ甘えられないんだ。どうすっか? シンに相談? 無理だな。アイツは子供は学び・遊べって言っていた。遊びで負けるから、学ぶ事に繋がるって言っていた。確かにそうだが、それは貴族の考え方だ。プライド捨てたら終わりなんだよ。
「ディズが湾内で魚取りしてたろ。あれなら出来るんじゃねえ?」
「ディズの仕事取っちゃうし、水……こわい」
「でも、ディズは取るんじゃなくて釣りがしたかったようだぞ。お前が頑張れば、アイツは湾外で釣りがしたそうな目でたまに見てるからな。フェイの所にも出入りしてるし、釣りがしたいんだか釣り道具を作りたいのかハッキリしないけどな」
ディズは満潮時に湾内に街を守る壁のように石壁を作り、干潮時に逃げられなくなった魚を手づかみしていた。はじめの頃は楽しそうだったが、フェイに余裕が出てきて一度話に出ていた糸巻き機に手を出し始めてからよく顔を出し始めている、
「どうだ? シスは体を動かす訓練にもなるし、仕事にもなる。ディズはやりたい事が出来る時間が増える。どうだ?」
「くん…れん?」
「剣もそうだが、ナイフだって自分の指を切るヤツもいるだろ? 道具を持つって事に慣れてないんだよ。それに、浅瀬なら足腰の訓練にいい。どうだ、やるか?」
「試してみる」
「んじゃ明日はディズに付いて行け。お前の道具くらいは作っとく。って言っても、素人の手作りだからな。あんま期待するなよ」
面倒が終わったら「おやすみ~」と手を振って帰ってもらった。少々強引な気がするが、集団生活だからか、妙に人気が無い時間が大切に思う。一人で考える時間っていい物だよな。
一応シンにガキの事話しておくか……。なんだかんだ言って詳しいし……。
海で石で囲う漁はすけ漁とか垣漁とか石ひび(石干見)漁とか色々な呼び名があるそうです。
私は川でしかやったことないです。
かなり間が空きました。
私は寝不足だと起きている間、ストレスで歯が痛くなります。
噛みしめたり冷たいものを口に含んでいると緩和される不思議な体質で、虫歯ではないです。
今回は下の歯全てを毟り取りたい痛みでした。奥歯なら我慢できますが、前歯は辛いです。
寝苦しい夜が終わってほしいです。