12
「たっだいま~。ちょっとやる事あるから後お願いね~」
「おかえりなさいませ」
「ただいま、ティル」
「おかえりなさい。お兄ちゃん。えっと、色々聞きたい事があるのです?」
ティルとエルさんの居残り組に挨拶をすると、シンは自分の荷物だけ持ってさっさと家に入っていった。
今回ティルが同行しなかったのは、戦力にならないのと、本人が魔法の勉強をしたがっていたからだ。
魔法にはたくさんの種類がある。一番よく使われているのは強化魔法で、活性化した魔力を全体に巡らせ肉体を強化する。
残念ながらティルにこの才能は無かったが、放出系の魔法に才能があった。
いや、才能を開花させる下地があった。
強化魔法は活性化する核を中心にやる為、心臓付近に近い方が取得しやすく、ファイヤーボールなどは活性化した魔力を移動させ外に出さないといけない。こればっかりは感覚がモノをいう為、放出系の戦力になる魔法使いは少ないと言われている。
ティルは活性化の核となる場所が眉間だった。胴体に核となるのが無いというだけで強化魔法がかなり苦手になってしまったようだ。
ただ、目の近くだったために、目視できる場所なら的を外す事なく当てられるアドバンテージを得ていた。
「すまんがティル。先に紹介だけさせて貰うぞ」
「あっ、はい。私も気になってたのです」
「鍛冶師って呼ぶより道具製作者? そんな感じのフェイ」
「よろ~」
シンの欲しがっていた製作のプロであり、今回の騒動の原因。
小人族で、夜に隠れて手助けする家精霊の血を引くため黒目黒髪の軽い性格の女性。
「フェイの上に乗ってるのが1歳児のユンヌ」
「だー」
明るい孤児……なのだが、初めて会った時も、慣れてきた今も、いつも元気。
ただのおバカなのか? 髪も目も尻尾も今は明るい茶色だが成長で変わることが多い。
「シス」
「ここなんもないなー」
斜に構えてるが偶に肩がびくついている。要は強がりなんだろうけど、スラム出身者じゃこんなの可愛いものだろう。
隣の姉と同じ赤い髪だがこちらの方が濃い赤だ。
「セット」
「えっと、あの、その……。よろしくお願いします」
シスの姉……。姉と言っても、同じ赤い髪だから姉弟分なだけで、赤狐族の少女。
赤狐族は熱を操ると言われていて、強力だがヤバい種族……なのだが、どこにでも例外がいるらしい。
「ディズにアンヌ」
「ども」
「よろしくお願いします」
疲れ切った少年少女。まだシンが色々とやらかしたせいでディズの方が表情に希望が出て来たようだ。
5人はスラムの1グループだったが、リーダー格が行方不明になりお荷物扱い。ディズとアンヌは税を払わないと街に入れず、面倒を見ていた下の子たちも2人についていった形だ。
ティルも最近保護されたばかりと自己紹介して、
「シンさんはどうしちゃったのです?」
「こいつらが野営の料理が美味しいって言うから、おだてられて……。本当の料理という物をご馳走してやるって」
火力が足りなくなり竈を作ろうとしやがった。
昼行性の獣が焚火でねぐらを散らしているのに、暗くなったら匂いで寄ってくる。昼行性が散れば、夜行性も警戒してくるので、竈などで光を漏らさないようにするのは、ここ一帯の生態系では危険視されている。
「焚火と竈。二つ分の燃料を計算してなかったからな……。本人も言ってたが、『知ってはいたけど、経験してないと知識として活かそうとすら気が付かない』って事多いらしいぞ」
「なるほどです。細かいことはお兄ちゃんに任せるって言って通り過ぎたのです。個人で好きに動くのが好きなようです」
「アイツたまにガキっぽくなるんだよな。男が拗ねても可愛くないだろうに……」
「むしろあんだけ知ってるから、子供っぽいと思うよ~」
「ん?」
「だってそうじゃない? フェイも同じなんだけど、興味があるから知りたい。確かめたい。やってみたいと思うよ~。
シンって変だよね~。フェイは道具だけで一杯一杯なのに、目に付いた気になる物全部手を出してるみたい。興味対象が女の子だったら危険だね~」
「シンさんはエルさん見ても、造形美としてしか見てないように思えるのです」
「フェイも変態さんからいやらしい目で見られる事もあるけど、美人さん系のエルさんがお世話係見たいな事しているんでしょ? ちょっとした仕草で欲情に駆られてもおかしくないのにねー」
男として不審がられているが、ジルは知っている。
シンみたいなのは童貞を拗らせて、諦めの境地に入った者にありがちな対応に似ている。
拗らせているのも人の話を聞かなくて厄介だが、悟りを開いたような男を好きになった女がいると言っても、「気のせい」だとか「もっといい出会いがある」とか言って逃げていた。
それでも良いと言っていた女の為に、気持ちに蹴りをつける為に一度くらい付き合ってもらったら、今では長寿族とか気にしないで夫婦をしているのだから呆れるというか……。
とにかく、そいつと同じ匂いがする。きっとハマったら泥沼になる。
「自己紹介って言っても、仲良くなるか悪くなるかは時間がかかるだろ。シンは何か言っていたか?」
シンの指示は条件だけ付ける事が多い。
初めは治水の一か所だけだったが、これは付きっきりで魔力制御と同時進行で行った。その後の住居整地は、隣に建てるなら日が当たるような建物の距離だとか、離れるのなら無計画に立てずに道幅を決める根拠を持ってきてからだとか……。
おそらくシンは作業を覚えたら丸投げするだろう。短いながら一緒に旅をしたジルには判る。面倒見はいいが飽きっぽい性格だ。
「いいえ、お兄ちゃんたちが出かけた時と同じ状態なのです。整地して地面を固める。これだけなのです」
少しばかり残念な感が口調に出ている。
ジルとしてはシンは何かやらかすと思っていたから意外だ。単純作業をやっている時こそふざける。
長時間歩くと子供たちと石蹴りをしたり、倒した魔物の皮をどこまで薄く剥ぎ取れるかを一晩掛けてやっていたりと、他にもう少し気を配る必要があるだろ。と言いたくなることの方が多かった。しかも、そんな事やっていても歩く速さは変わらず、翌日の警戒もしっかりやって魔物から守っているのだから注意くらいしかできない。
とにもかくにも生活の拠点だった川縁では、氾濫が怖い為に細い水路とこれまた魔法訓練で土地を固めた家の予定地に案内してもらった。
4・5棟あった廃屋が取り払われ、おそらく土台に使われていたであろう大きな石で囲われた地面はしっかりと踏み固められた。
広く石で区切られた一画の側を上流から分けられた水路が通っている。ここまで見せられれば、固められた土地には家々が建つ区画だというのが解る。
「……なにこれ?」
「練習後……。だったんだけど、シンさんは何を考えて作ったんだろう?」
「へー。あそこだけ別物だと思ったら、やっぱりかー。いいねいいねー。やっぱりついてきて正解だったわー」
「お前がついてきた分、ガキ共が不安に巻き込まれているんだが?」
約一名現状を解っていないバカがいるが、アレはおそらくたった今創り出したもののはずだ。
「竈を現世に安定させながら、火を使っている。で、あってるんだよな?」
「はいです。昨日までは無かったはずです」
飲み水を魔法で作りだし体内に入れれば、ほぼ無意識に水として留めておくことができるが、外部に出すと維持するのが難しい。伝説に残る魔法使いなんかは十数年狩れる心配のない巨大湖を作り、三日の時を掛けて世界に馴染ませ荒野を緑に変えたと言われている。最も今は、湖のどこかに慈悲深き神の造ったダンジョンがあり、その影響だと言われている。
とにかく魔法を使えるようになった者が誰でも通る「強力な魔法は発動させられたとして、干渉する前に魔力が霧散する」という事をシンは感じていない。
「ティルならできるか?」
「いつ消えてもおかしくない竈で料理はしないです……。やっぱり固定化までしないと安心できませんです」
魔法使い特有の言い回しだが、魔力を消費し続けるのを安定・安定化。消費しなくなるまで世界に干渉させることを固定・固定化と呼ばれる。周りに似たような物質があるほど固定化が容易であり、貴金属製の武器などは形を作るだけでも困難だそうだ。が……、ほとんどの人は気にしない。最後まで使えればなんだっていい。つまり、シンのように設備に魔法を使う奴はほとんどいない。
難しい話はともかく、まともな「魔法使い」らしく勉強しているティルと道具製作者のフェイは、呆れと興味の色が濃い驚きの表情。対して子供たちは肉の焼ける匂いに目が興奮している。
「早く来いって! やっぱリ焚火料理だとストレスになるわ。最低でも竈! 肉焼くのに最低でも1時間とかないわ~。焚火で薄い肉食っても食べた気しないし、あれは興醒めだったね」
早く食べたいと言って小さく切った肉を串に刺して、炙って食べた時に「これじゃない」と言って不満たらたら言っていたのはお前だけだ。
「炙るって効率悪いわりに旨いんだよな。腹減ってたから正確な時間なんか計ってないけど、蓋してないフライパンの方が3倍、蓋をしたら5・6倍早く中まで火が入るんじゃない? でも、端っこのカリカリってのは炙らないと味わえないんだよな」
「お前は食べ物と道具だけには、よくしゃべるよな」
「うーん、正直一人で自然のの中での生き残るだったら、あの子たちに負けるだろうね。気配なんて何かいるかもしれない?ってのが限界。魔法使えば勝てるけど、使わなかったら近づくまで気が付かない。だから、いろんな事話してあの子らに周りを固めてもらうしかないだろ?」
なるほど。だから俺に色々話しているのか。
串に刺した肉を炙りながら、甘い匂いのあるソースに浸けてもう一度火にかけてるところに「そのうち話すことが無くなるだろ?」と嫌味を言うと、
「言葉にして、よくて8割。相手が実感するのがその半分も伝わったらめっけもんだよ。だから口八丁で引きずりだせる。本当に覚えてほしい事はやってもらった方がいいな」
「あー、魔力の活性化か……」
フェイは聞き流しているが、年長組は僅かに反応している。シンじゃないが、上手く囲めば戦力になりそうだ。
「潰した芋に肉巻いてフライパンで焼いたやつ。この少し焦げたところと脂を山葡萄を潰して、こそげ落して、煮詰めたソースがまた旨い! ただ、芋だと食感が柔らか過ぎるのがな。米が欲しい。
あと、端肉は串に刺してソース付けて炙った。ワインの方がコクが出たんだろうけど、荷物減らしたのが失敗だったな。
おーい、あったかいうちに食えよー。ただし、手を洗ってからなー」
ユンヌ用にチーズを入れた芋も用意してあるところが偉いんだが、ユンヌは獣人の血が濃いから肉の塊でも食うぞ。
シンの野外料理は油分を表面に塗り、普通より焼いた時間が長いが焦げもなくて子供たちも手伝おうとしている。
だが、シンは言わない限り一切教える気がないらしく、寄っただけで遊び道具を渡し、一番になった人に多めに食事を渡すことをしていた。
「やっぱ焼くのはフライパンはいいよ。熱いのに押し付けるってのと、熱風を当てるってのは焼ける時間が違うよな。不便だなーって思っていたけど、無くしてもう一度使うとありがたみが分かるよ」
便利だけど、そこまで考える必要ないだろうが!
「不満そうだな。道の幅は決まったのか?」
「なんで話が飛ぶんだよ」
「大通りなら牛車だろうが馬車だろうが、一番大きいの同士が行き違いになれないとダメだろ? もしかしたら、馬車屋がこれ以上大きくならないようにって決めてるのかもしれないけど」
「2頭引きで2メートルちょっとだよー」
「んじゃ、3.5・3.5にプラス1メートルで8メートルは欲しいな。大通りならプラス4メートルで12、余裕見て13メートルは欲しいな」
「どっからその数字が出たんだよ」
馬車の幅が最大で2.5だとして、両側に大体の腕の長さ0.5ずつプラスしたのが3.5メートル。下手でなければこの幅があれば通行できるはず。
すれ違う時はかなり速度を落とすだろうから、倍の8メートルあれば十分。大通りなら、両側に馬車がいても緊急で行かないといけない場合があるかもしれないから、12。走る事を考えると13は欲しい。
「おー。王都があったとこなんかは10メートルくらいあったよー。無駄に広いと思っていたけど納得だわー」
「緊急以外止まれば10メートルで十分かもね。馬車だって一家に一台なんてことはないんだろうし。馬車の通る必要のない下町ならともかく、普通の道なら最低8メートルは欲しいよね。
というわけで、フェイは住む場所の候補考えてね」
「え?」
整地したのは、エルとティル。それぞれシンとエル、ジンとティルが住む。フェイ達は自分たちで住む場所を探さなくてはならない。
「手伝いはするけど、フェイが動かないと俺はやらないよ。そもそもエルとティルが整地した分働かなくちゃいけないんだから。
付いて行きたいって言ったのはフェイだし、フェイが安全に出ていける条件が子供たちの面倒を見る事でしょ? やる事やってりゃ、多少の無茶は聞くけど、何々すべき。って話なら全部拒否するぞ」
「ぷっ」
噴き出したことに視線を集めたが、難癖付けて手柄を渡せや、報酬を受け取る資格がないなど、責任者が複数いる稀な依頼ではよくある事で「~~すべき」ってのが語尾に使うの奴らが多い。シンもそういう奴らにうんざりしているのかと思うとなんだか吹き出してしまった。
「とにかく、俺とエルが今まで使っていたところは寝床として使ってもいいけど、起きてる間は雨が降らない限り使用禁止。魔物が来ないと思うが絶対ではないだろうから、生活の基盤を整える事! いいね?」
「あー、シン? 獣人族は魔法が使いにくい分、建設に頼ることになるけどいいか?」
「もちろん。ただ、材料はジル持ちな? それと、先に建ててくれ。ここら辺の気候、あんまり知らないんだ」
一から建てないといけないと呆然としているフェイに手伝わせる為のヒントを上げたのだが……。
「最近になってこの地方に来たのか?」
「うん。1年前だからね。去年が暖冬だったかどうかも知らない。そんなに変わらないと思うけど、やっぱり設計やら何やらやるとなると、10年くらい住んでないと土地の癖ってのが知りようがないからね。山一つ越えただけで7雪の量が変わるって場所もあるらしいし」
夏は暑くて、冬は雪が積もるくらい。正直気にしすぎだろう。
間がかなり空きました。次回はシン視点になります。