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裏の顔を表で使う仕事……。
どんな仕事か知らないが、裏の仕事だったら盗賊や暗殺者が有名で、少なくてもいいイメージは無い。
いくら何でも失礼だろ。怒っていないか顔をチラ見しても、雑用係の老人はニコニコ顔だが、屋台の男は目を大きく開入れ驚いてた。
あぁ、シンの言う通りだったのか……。そう理解してしまった。
「確かに、ここら辺のシマを仕切っていたのはワシのじゃったんじゃが、お前さんは見たことないのう。だとしたら何故そう思ったんじゃ?」
「もしかしたら…… って思ってたけど、大体同じ事やってたからね。ギルド自体も口入屋とほとんど同じだし、紹介するとなると表でも裏側の情報でも使って逃げられないようにしないといけないし……」
シンの住んでいた場所では、混乱期に公的機関が少なく清廉潔白が求められていた為、問題が起きたら公的機関のトップが出て名士の顔を立て、裏はその筋の人が顔役になって表と同じように事を収める。
裏の人間も生まれや環境で裏側になった人も多く、雑用係や用務員と名を変えて明るい道に憧れを求める人も多かったらしい。
ただ、中途半端な人を入れると裏家業を広める事になるので、裏を悪だと知っている裏側の人にしか任せられないそうだ。
「屋台なんて店舗と違って何かあったら逃げられるじゃん。そういう人たちに仕事の場所を提供できる人なんて、責任逃れを許さない人でその伝手がある人じゃないと出来ないでしょ?
そういう裏も表も行き来できる人の紹介なら、下手な仕事は絶対しない。ですから、紹介してください」
なんで、こう変な知識と埋もれるべき秘密は知ってるのに、世間の話題は知らないんだ? 最後の頭の下げ方なんか普段と違い誠意が―――
「すいません。本当に紹介してほしいのは俺です。そのトンファーは俺の武器なんです。
シンが頭を下げた後に言い出す都合の良い男だと思われますが、本当に必要なのは俺なんです。紹介してください。よろしくお願いします」
「まぁ、変わった物を頼みやすいのは確かじゃろうな。休憩を貰ってくるから待っとれ。
それと、おぬしの犬が食べた分の生地はしっかり払うんじゃぞ」
小麦粉を薄く焼いた生地に、焼いた筋肉とざく切りにした野菜を包む屋台。その中でペラペラの生地を口の周りに張り付かせ、自棄を起こしたように頭を振りながらチャコは食べていた。
一枚食べたら満足そうに前足で顔を洗って、匂いを嗅いでいる。お前だけは平和だな。
「フェイ、客だ」
おやっさんが何かの符丁のようにリズムよく扉をたたき、個人工房らしき家に入ると沢山の種類の道具が壁にかかっていた。
「いらっしゃ~い。フェイのお店へようこそ~。屋台の鉄板から工芸品まで何でも作りますよ~」
子供……。ではなく、小人族。体の小さい種族は器用な人が多く、街の加工業に携わっている事が多い。尤も、冒険者になったハーフリングは「人間が大きくて、巨人族はさらにデカい。細かいのに向いてないだけ」と言っていた。
なんだかんだ言っても、小人族や巨人族、俺も含まれる獣人族は、どんなに変わっていても人種である。人の定義は第三者から見て、会話が成立できるのが条件だ。(竜族や精霊族、ダンジョンにいる神族は人と会話できる数少ない別種と言われている。)
悪魔族とは険悪でも会話が通じるが、悪魔とは言葉は通じるが会話として成立しないので人の定義に入らない。とにかく、挨拶の時に「○○族」と名乗れば最低でも人扱いされる。
一部に「純血種最上主義者」がいるらしいが、そこら辺はまとまって生活しているようなので、会ったことは無い。
「どうも、シンです。お店を持ってる人に言うのも何ですが、試作品を作ってもらいたくて紹介してもらったのですがよろしいですか?」
「オイこら、お前は俺の保護者か? さっきもだけど、俺にだって口はあるぞ。
フェイ?でいいんだよな? 俺も初めて使うから、これだ!っていう形にはまだなってない。コロコロ意見が変わるかもしれんが付き合ってもらえるか?」
「あははは。いいよいいよ~、どんどんもってきて~。フェイはそういうのが好きなの~」
フェイは家妖精の血も入っているらしく、人が好きでその人にあった物を作るのが好きなようだ。大まかな形と簡単な使い方を教えたら木製の椅子を分解して長い部分を切り飛ばし、布を巻いて太さや重さを調節して……。
こんなにやってもらっていいんだろうか?
「いいのいいの~。フェイは興味ある事しかしないの~。そんな事よりこれ持って~」
「この金属は?」
「こっちはジャイアントが使う岩を割るタガネ~。ものすごく硬いけど、突くにはちょうどいい~。
こっちは同じくジャイアントが使う斧の柄。タガネよりちょっと柔らかいけど、丈夫~。
重さに問題なかったら、この二つで作るから持ってみて~」
フェイ本人はタガネ用を推しているようだ。
柄の方が粘りがあるよう加工して、折れたり・欠けたりしないだろうが、そもそもそんな衝撃がトンファーに伝わったら使っている人の腕が壊れている。ハンドル用の穴をあけるのは手間だが、用途を考えるとこちらがいいらしい。
「すいませーん。この手のひらにトゲがある暗器借りていいですかー? チャコのブラシにちょうど良さそう」
「あー、ダメダメ。そういう事に使わないなら売っていい。って言われてるの~。魔物使いさんはきちんとした店で買った方が良いよ~」
「了解でーす。ついでだからちょっと作ってもらいたいのあるんですけど、シンの方が終わったらいいですか?」
奥にいるシンに手を振って了承したことを告げ、俺の強化魔法の限界を見つける為に次々と金属棒だけでなく巨大な剣なども持たされた。
今まで魔力の活性化の核となる場所を正確に知らなかっただけに、どこを意識して使えばいいのかを知った今、ジャイアントが持つ剣も強化魔法を使えば持てるようになった。
「こんだけの力でコンパクトな近距離の武器使いなんだから、冗談みたいな人だよ~。おやっさん面白い客紹介してくれてありがとうね~」
ここまで案内したギルドの雑用係は「そっちじゃないんじゃがな……」と……。
シンの居た集落跡にも、ここまで来る途中でも強化魔法の訓練はやっていたが、計った事は無かった。もしかして、この方法って他人に教えたらヤバいヤツなんじゃ……。
「フェイさーん。そろそろ、いい?」
「はいは~い。今日は気分がいいからね。赤字にならなければきくよ~」
「なぁ。ギルドの雑用係は全員がそうなのか?」
「……。程度の差はあれ大体はそうじゃな」
「ならさ、知り合いを殺した奴の子供に自分の技を教えるってのは、割り切れるもんか?」
母親から聞いた話だし、死んだ知り合いはたいてい美化されるのもよく知っている。それでも、俺の父は兵士。それも初めの頃は門兵だったのが活躍して百人長まで出世した。
シンの故郷の話じゃないが、門兵なら法を守りつつも人間関係を構築すれば周囲が協力してくれるが、百人長だと法を順守しなければ他人から叩かれる。人を助けたと思ったら犯罪者。怪しい男を確保したら潜入捜査。後から判明しても実力行使した時点で終わりなんてことはよくある事。
スラムに逃げた皆に慕われ善良な犯罪者の為に、血を流し命を散らす捕物の報復でジルの父親は命を失った。
仕事とはいえ恨まれた一家は表立って援助が差し出されることもなく、残された者が這い上がる|チャンスをつかむための方法まで教えれくれたのはシンの言う裏側を知っている人。間違いなく善良な犯罪者を知っていた人だったはずだ。
「なんじゃ? お前さんがソレだとしたら、ワシはこう言うぞ。『それがどうした』とな。
他より厳しい目で見るがそれだけじゃぞ。何にしろ、金がない、親がいないでかっぱらいになる奴は腐るほどいたんじゃ。親の考えを継いだ分、厄介だが生きるためにはそんなもんすぐ捨てるだろうよ」
そう言われることが分かっていても、どうしても愚痴りたくなる。ギルドの雑用係も言いなれた感があるのだろうから程度の差はあれ俺と同じような奴が多いのだろう。
「裏切るなとは言わないが自分の判断に責任を持つことじゃな。それがワシらのような雑用係がギルドに顔を出す奴らに教えられる唯一の事じゃよ」
そっぽを向いて「仕事は慣れて考えて身に付けるもんじゃ。教えられるのはこれだけ」と……。
「おやっさん!おやっさ~ん。フェイ街出る! この人、すっご~いおもしろい」
底抜けに明るい声の後、足元から冷気が這いずってきそうな声で、
「おいテメェ。流石に不義が過ぎるんじゃねえか?」
公的機関の人が名士の顔を立て……。というのは昔何かで読んだことがあるだけですので、実際とは違うと思います。
読んだことがあると言っても、フィクションだったのかすらも覚えていない古い話です。