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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
9/23

狂乱への序曲

 ――最下層 キャンプ地


 一郎とピコが火にあたりながら、のんびりと雑談している。

 主に内容はこの世界についてであったが、二人の相性も悪くないらしく、様々な方向へと話が広がっていた。



「……一つ目巨人(ギガンテス)か」


「冒険者が言うには、一体で国を滅ぼす首領級の魔物として分類されているらしいです」



 それを聞いて、一郎の頭に浮かんだのは特撮などで出てくる怪獣であった。

 あれと似た類であるなら、確かに国を滅ぼしてもおかしくはない。中には幾つもの階層を滅ぼした、災害級と呼ばれる魔物も居るらしい。



「ピコは色んな事を知っているんだな」


「昔、両親が冒険者を良く泊めていまして……その時に、“上”の色んな話を聞き集めて、本として沢山遺してくれたんです」


「そうか」



 一瞬、場に重い空気が流れる。

 その両親はもう、この世にはいない。重い空気を変えるように、ピコが場違いなほどの明るい声をあげた。



「あっ、そうだ! 一郎さん、干し魚があるんですよっ」


「魚……」



 ピコが干し魚を出したが、一郎は暫くの間、それをじっと見ていた。

 手を付けようともしない態度に、ピコが慌てて口を開く。



「す、すいません。一郎さんの口に、こんなのは合わないですよねっ!」


「いや、違うんだ」



 一郎の30代は入退院の繰り返しであり、度重なる治療の経緯で“味覚”を失っていったのだ。味覚だけではなく、食感も。

 最後の三ヶ月に至っては悲惨である。噛む力、飲み込む力も失い、何かを食べるという事すら出来なくなっていたのだ。



(……本当に、食えるんだろうか?)



 恐る恐る干し魚を口に入れ、噛んでみる。

 頑強な歯は易々とそれを千切り、瞬く間に喉の奥へと嚥下された。久しぶりに味わう魚の味に、一郎の胸に熱いものが込み上げてくる。



「こんなものしかなくて、すいませんっ」


「……十分、美味いよ」



 一郎がローブを深く被りなおす。知らず、涙が浮かんできたからだ。

 失ってしまった“味”を感じた事に、噛める事に、飲み込める事に、どうしようもなく感情が揺さぶられ、一郎は暫く無言で干し魚を噛み続けた。


 そんな一郎の姿を見て、ピコは口に合わなかったのだと思い、まるで見当違いの事を口にした。



「この干し魚は本鱒なので脂肪が少なくて……本当は、一郎さんにもっと美味しい紅鱒を食べて貰いたかったのですが、僕達には中々……」


「紅鱒……?」


「は、はいっ! 脂肪が多くて凄く美味しいんです! 焼いた身に、細かく砕いた岩塩をかけて食べると舌が蕩けるようで……っ!」


「……へぇ」



 それは短い返事であったが、籠められた響きは重い。

 今すぐに飛んでいって、腹一杯になるまで食いたいとさえ思った。

 ピコが言うには、紅鱒はオーガ達への献上品であるらしく、滅多に口に出来ないという。


 それを聞いて、一郎ははじめてオーガという種に苛立ちを感じた。

 美味しい食べ物を自分達だけで独占するとは、どういう事だと。点滴だけで暮らしていた日々を思い、一郎の胸に黒い感情が沸いてくる。



「あっ、一郎さんっ! 見て下さい、砂リスの巣穴を見つけました……」


「リス?」



 ピコが立ち上がり、静かにその穴へと近寄っていく。

 そして、腰からナイフを抜いたかと思うと、一気に穴へとそれを突き刺した!



「やりましたっ! 肉です!」


「そ、そうだな……」



 リスと思わしき生き物の額にナイフが突き刺さっており、そこからドクドクと血が流れていた。ピコはそれを宝物のように掲げる。

 一郎も引き攣った笑みを返すしかなかった。



「早速、血抜きの後に皮を剥いで解体しましょうっ!」


「お、おぅ……」



 ピコが手際良く足に切り口を入れ、両手で皮を引っ張る。

 面白いくらいにペリペリと皮が剥げ、剥き出しの肉が現れた。

 一郎は思わず目を逸らしたが、ピコは鼻歌交じりにリスの腹を裂き、内臓部分を捨てては土の中へと埋めていく。



「この砂袋を早めに取らないと、肉が砂みたいにジャリジャリするんです」


「そうなのか……」



 勝手の分からない一郎としては、頷くしかない。ピコはサクサクと肉を小分けにしたかと思うと、次に大きな中華鍋のようなものを取り出す。

 そこへ魚油を投入し、肉片が次々と放り込まれた。

 肉が炒られる香りと、魚油の独特な香りが辺りに広がっていく。



「随分と、手際が良いんだな」


「ここでは、食べられるものは何でも食べないといけませんので」



 言いながら、ピコが小松菜のような野菜を刻み、鍋へと投入する。

 辺りに広がる香りが、より濃厚になった。



「ピコは、ずっと自炊してきたのか」


「えぇ、もう慣れたものです」



 その言葉に一郎は逞しさを感じつつも、同時に悲しくもなる。

 こんな小さな子供が、両親を亡くして一人で生きてきたのかと思うと、やりきれない思いが沸いてきたのだ。



「一郎さん、上手に焼けましたっ!」


「……そうか。じゃあ、遠慮なく頂かせて貰う」



 現代日本では、ありとあらゆる食材が揃っていたが、流石に一郎もリスの肉を食べた経験はない。いや、正確には砂リスと呼ばれる生き物であったが。

 ピコから渡された、木で作られたフォークを使って口の中へと放り込むと、柔らかい食感と、久しぶりに味わう肉の風味が一気に舌の上で広がった。



「うまいな!」


「本当ですか!? お口に合って良かったですっ!」


「それに、小松菜もシャキシャキしてるぞ! シャキシャキだ!」


「はいっ、シャキシャキです!」



 何故か二人がハイタッチを交わし、炒られた肉片や小松菜を次々と口の中へと放り込んでいく。量こそ少なかったが、贅沢な味であった。



「一郎さん、これが本日のデザート……砂リスの目玉ですっ」


「おぉ……! え?」


「ささ、どうぞっ!」


「えっ?」



 掌に乗せられた、それなりに大きな目玉に一郎の顔が引き攣る。対照的にピコはニコニコとしており、その表情を見ていると悪気はなさそうであった。



「どうしたんですか、一郎さん? 砂リスの目玉は栄養に優れているんですよ」


「いや、流石にこれは遠慮し――」


「……やっぱり、口に合わなかったんですね。すいません、こんな貧しい食べ物を出してしまって。きっと、干し魚も気を使って美味しいなんて――」



 ピコの目からハイライトが消え、レイプ目となった。

 心なしか、全身から黒いオーラまで滲み出ている。



「た、食べよう! いやー、今日は目玉が食いたかったんだよな~!」


「やっぱり、そうでしたかっ! ささ、遠慮なくどうぞ!」



 意を決し、一郎が目玉を口に放り込む。

 プチッ、と小さな音が響いたかと思うと、口の中に生温い液体が広がった。



「どうですかっ、一郎さん?」


「け、結構なお手前で……」


「気に入って貰えて嬉しいです! 次は砂蜥蜴の目玉や睾丸も用意しますね!」


(食える訳ねーだろッ!)



 一郎は反射的に突っ込みたくなったが、ピコの無邪気な表情を見て、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。手渡された水筒で口を濯いでいると、頭の中に重い声が響き、一郎は派手に水を吹き出す。



「わぷっ! 一郎さん、何をするんですかっ」


「頭の中に、声がッ! まさか目玉の呪いとか言うんじゃないだろうな!」


「ちょっ、呪いってどういう意味ですかっ! やっぱり、気を使って嫌々食べたんですねっ! そうなんですねっ!? 一郎さんの馬鹿っ!」


「いや、ちょっ、離れろっ! 絡みつくな!」



 ピコと一郎がじゃれあう中、頭に響く声は容赦なく続いた。

 周囲に舞う埃すら鎮めそうな、威圧感のある声である。



《――御方、御報告があります》


《うぁぁぁぁ! やっぱり目玉の、呪っ……》


《御方!? 如何されましたか!?》


《あれ……? デスアダーか……い、いや、何でもない……》



 相変わらず、万人を平伏させそうな重い声である。一郎が慌ててコマンド画面を開くと、未発動となっていた能力の一つが表示されていた。


 そこには機密通信(テレパシー)と記されており、配下の魔神だけではなく、顔を浮かべた相手と離れた場所からでも会話が出来るとある。

 現代人らしく、一郎はこれをスマホのようなものか、と理解した。



《将軍なる蟻を踏み潰し、現在は残った蚤どもを虱潰しにしております》


《そ、そうか……仕事が早いね……》


《この地の人間には、御方の名を永世に渡り称えるよう、撫育して参ります》


(スーパー迷惑なんですけど!?)



 一郎は思わず叫びそうになったが、反対意見でも漏らそうものなら、首を引き千切られるとでも思ったのか、沈黙する。



《畏れながら……御方はこの先、どのように動かれるのかお聞きしても?》


《そう、だね……敵のボスを狙おうと思っている》



 一郎も馬鹿ではない。あれから、様々な事を考えていた。

 どうせ戦わなければならないなら、その回数は少なければ少ないほど良いと。

 体が健康になっても、あの厨二行為が続けば先に精神が焼き切れるであろう。



《――ハートランド戦略、ですな》


《ん……うん……》



 生粋の武人であるデスアダーが、聞き慣れない単語を口にする。

 一郎は反射的に、「ディ○ニーランドとかの親戚か?」と聞きそうになったが、それっぽく頷き、誤魔化す事にした。


 この魔神から失望され、抱いている幻想を壊してしまった日には、何をされるか分からないと思ったのだろう。良くて火炙り、悪くて牛裂き、下手をすれば、あの巨馬に括られ、市中引き回しの刑にあう可能性すらあった。



《これほどに蚤が散らばっている現状を見れば、最も有効な手段ですな》


《ん……》


《流石です、御方。その深き智略に、我が盲まで啓かれた気分であります》


(ヤバイ、何を言ってるのかサッパリ分からん……これ、本当に日本語で会話してるのか……)



 一郎の混乱は続いていたが、脇目も振らず、真っ直ぐに心臓部(ハートランド)を衝く、と言った戦略である。日本の歴史で言えば、有名な「桶狭間の戦い」なども、これに類するものであろう。



《では、御方。引き続き――む。流星号、食べ残しはいかんぞ?》


《ヒッヒィィン! ゴリッ、バキャボリボリッ!》


(ちょっ! 一体、何をお食べになられてるんですかねぇ!?)



 突然、聞こえてきた不気味な咀嚼音に一郎の顔が青褪める。

 どう贔屓目に聞いても、普通の食事では耳にしない類の音であった。



《これは失礼を。流星号は悪食ゆえ、このオーガとやらの骨肉も気に入ったようで。かれこれ、もう200は与えたのですが……む。流星号、歯の間に人差し指が挟まっておる》


《は、ははっ……に、人間は食べないようにね……》



 魔神との機密通信を終え、一郎が疲れ果てたように項垂れる。

 人馬ともに、あまりにも規格外であった。あの巨馬にとっては、オーガなど鶏のようなものでしかないのだろう。



「ピコ。悪いんだけど、干し魚をもう一枚くれ……」


「は、はいっ!」



 先程のえげつない音を忘れるため、一郎が再度、干し魚に齧り付く。あまり味はしなかったが、噛めるというだけでも幸せを感じられるのだ。



 その頃、テントに近付く人影があった――

 ピコの村で話を聞き、おおよその方角を聞いたミリとオネアのタッグである。

 遠くの岩陰から、確かに煙が上がっていた。



「間違いないわね。王子はあそこに居るわっ」


「あんなに堂々と火を……やっぱり、王子しゃまは凄いでしゅ!」



 この階層をうろつく砂狼や、砂蜥蜴などは火を嫌がるが、逆にオーガからすれば火など目印にしかならない。

 よほど腕に自信がなければ、あんな大胆な行動は取れないであろう。



「良い? 打ち合わせの通りに動くのよ?」


「面倒臭いでしゅ……押し倒して既成事実を作……痛いでしゅ!」


「あんたは本当に馬鹿ね! それで失敗したばかりでしょうがっ!」



 ミリが芸術的な角度で頭をはたき、オネアが悲鳴をあげる。

 オネアの見た目は小学生のようにしか見えないのだが、一郎に関しては飢えた狼のようであった。



「やっぱり、王子なんだから貞淑な女性を好むと思うのよね。前回みたいな行動を取るのはアウトよ」


「姉しゃま、本当に大丈夫なんでしゅか……?」


「私の勘が正しければ、何とかなるわ」



 ミリが立てた推測と、作戦はこうだ。

 まず、一郎が何処かの国の王族であるという事。これは間違いない。

 そして、何らかの目的があって下の階層へ降りてきている。その目的が調査であるのか、視察であるのかは分からない。


 そして、もう一つの推測――



「姉しゃま、王子しゃまの御姿が……!」


「そうね。もう一つの可能性も、捨てきれなくなったわ……」


「服装を変えても、私の目は誤魔化されないでしゅ」


「あのスラっとした骨格は、見間違えようもないわよね」



 そこに居たのは絢爛豪華な軍服を纏った王子ではなく、ボロボロのローブを纏った乞食のような姿である。ミリは改めて、もう一つの可能性を思う。


 継承争いなどに巻き込まれ、下層に避難、もしくは潜伏しているのではないか、といったものである。


 そして、潜伏中であるにも関わらず、心優しい王子はオーガに苦しめられている最下層の現状を見て、立ち上がったのだと。

 恐ろしい美化であったが、行動だけ見ているとそれ程に間違ってはいない。



「行くわよ、オネア」


「はいでしゅ!」



 近付いてきた物音に一郎が立ち上がり、ピコもナイフを構える。

 暗闇から現れたのは、見覚えのある二人であった。



「君達は、昼間の……」


「一郎さんのお知り合いですか?」


「「王子にお願いがあります(しゅ)――!」」



 二人の声が重なり、一郎とピコが思わず後ずさる。

 何か、異様な迫力を感じたのだ。

 ミリがオネアに目配せをし、共に声をあげる。



「どうか、三階層に戻る為、王子の助力を願いたいのです!」


「私と結婚してくだしゃい――!」



 ピタリと時間が止まり、場に重い沈黙が流れる。

 二人の口から飛び出した台詞がバラバラすぎて、一郎の思考まで停止した。



「オネア! 抜け駆け禁止って言ったでしょッ!」


「こ、恋は戦争なんでしゅ! 騙されるより騙した方が良いんでしゅっ!」


「ふっざけんな、この小狐がぁぁ!」



 突然の裏切りに、ミリがオネアの首を締め上げる。

 かくも、友情とは脆いものであった。



「け、結婚がダメでも、合体でも構わ、ないでしゅ……!」


「まだ言うかっ!」



 二人が騒ぐ姿を見て、一郎はしみじみ思った。

 一刻も早く、この階層から脱出しようと――





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