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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
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覇者の進軍

 オーガが気味の悪い笑みを浮かべ、子供達を追っていた。

 捕まえようとしているのか、それとも、“オヤツ”にでもしようとしているのか、どちらにしても捕まれば、悲惨な結末が待っているであろう。


 夢中になって子供を追っていたオーガの頭上に、大きな影が差し込む。

 見上げると、そこには蒼き巨馬に跨った一人の男がいた。鋼のような肉体を包む黒き鎧に、全てを飲み込むような漆黒のマントを翻した人物。


 そこから放たれる威圧感と鋭い眼光に、オーガの足が止まる。

 追われていた子供達も、思わず足を止めていた。とてもではないが、その存在が“人”とは思えなかったからだ。



「かような蟻が、御方を煩わせるとは――」



 瞬間、オーガの肉体が粉々に砕け散った。

 デスアダーが上空から舞い降り、そのまま巨馬の蹄で踏み潰したのである。何か、呼吸でもするような動作であり、子供達は腰が抜けたように尻餅をついた。



(わっぱ)ども、将軍と呼ばれる虫ケラは何処にいる――」



 子供達の一人が、震えながら一つの方向を指差す。

 デスアダーが無言で顎をやると、巨馬が凄まじい速度で奔り出した。

 そこには比較的、大きな村があり、将軍と呼ばれる個体が支配する地域である。


 村へと奔る途中、何匹かのオーガがうろついていたが、全て巨馬によって無言で踏み潰されていく。その間、デスアダーは両手を組んだままであり、眼光だけで山をも崩しそうな視線を一点へと向けていた。



(御方は何故、あのような襤褸(ぼろ)を纏っておられたのか……)



 デスアダーの胸中に浮かぶのは、一郎の姿。

 ボロボロのローブを纏い、その下にも拾ってきたような服を着ていたのだ。驚くべき事に、足を見れば靴すら履いておらず、裸足であった。



(よせ、我は一介の武人に過ぎぬ――)



 そこで、デスアダーはピタリと思考を止める。

 至尊にして、救世の王である御方の深き智略を、自分ごときが窺い知る事など、出来る筈もないと。


 実際は深き智略どころか、単なる逆レ○プ防止というギャグのような姿であったのだが、魔神はそうは考えない。デスアダーにとっての一郎は、自分を遥かに凌駕する唯一無二の存在であった。



(あれが“蟻”どもの棲家か――)



 流星号が凄まじい速度で駆け抜け、瞬く間に将軍が支配する村へと辿り着く。

 村の中央の広場には多くの冒険者が集められ、将軍と呼ばれる個体が、それらを遠慮なく嬲っていた。


 オーガは、自分達に歯向かってきた人間を食わない。

 従順な人間の方が肉が柔らかくて美味いというのもある。昔、手酷く暴れた人間を喰らったオーガが喉を詰まらせ、窒息死したのも一つの原因であった。



「クソッ! こんなところで喰人鬼(オーガ)に食われて終わるのかよ!」

「諦めるな! 最後まで魔法……ごがッッ!」

「おい、ウズベラ! 嘘だろ! 誰か――ぎぃぃぃッ!」



 次々と冒険者の頭が砕かれ、胴体が紐のように千切られていく。

 勇猛な戦士がその肉体に剣や斧を叩き込むも、武器の方が折れ、刃毀れする始末であった。それらを見て、将軍と呼ばれる個体が嗤う。



「ニンゲン、脆弱。壊レやスい」



 オーガ達から畏怖を込めて、将軍と呼ばれる個体――鬼を従えし者(オーガロード)である。

 この下には、オーガウォーリアなどの個体も存在しているが、オーガロードの前では子供のような非力さでしかない。


 将軍は広場に置かれた不気味な像に向かい、両手で胸を叩く。

 その動作はゴリラに似ていたが、オーガ種にとって自らの武勇を誇り、周囲へと見せ付ける大切な儀式であった。



「歯向かエ。戦え。それヲ殺しテ、強くナる」



 将軍が更に一歩踏み出した時、村の入り口から凄まじい轟音が響く。

 全員がその方向に目をやると、何本もの巨木を以って作られた門が、粉々に砕け散っていた。舞い上がる土煙の中から、巨馬に跨った偉丈夫が現れる。


 それは、万人に死を与える――最凶の魔神。

 デスアダーが向けた視線一つで、冒険者達は次々と腰砕けとなり尻餅を付いた。オーガ達も何かを感じたのか、怯えたように後退る。



「ショウグン、アレ、ヅヨイ! ニンゲ――ごがッ!」


「うルさい」



 何かを告げる途中で、オーガの頭が無残にも叩き潰される。

 将軍も興奮した様子でデスアダーをまじまじと見た。



「お前、強イ。倒しテ、更に強くナル」



 将軍の右手に力が集まり、その大きさが倍近くになった。同時に、まるで砲丸投げでも行うかのように体を捻じ曲げていく。

 オーガロードが所持する能力、《岩窟砕き》の構えである。それを見て、冒険者達が慌てて広場の端の方へと這いずりながら避難した。


 あの直撃を食らえば、龍種であっても鱗が砕かれ、魔導兵器(ハイテク)の装甲すら罅割れるとまで言われる、破滅的な一撃である。

 当然、人間などが食らえば只では済まない。その肉片すら残らないであろう。


 オーガロードの全身に巡る血が一気に熱くなり、膨張したように体全体が膨れ上がっていく。その口から、遂に燃えるような息が吐き出された。



 一気に。

 踏み出す。

 左足を。

 大地がひび割れ、砕かれた石の破片が舞い上がる。


 将軍の視界の中、それらの破片がまるでスローモーションのように――キラキラと反射した。



「死ネエエエぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!」



 破滅的な力を宿す右手が、魔神の腹部へと叩き付けられる。

 瞬間、辺りに爆発的な暴風が吹き荒れた。冒険者達が木の葉のように転がり、オーガ達もその衝撃に耐えかねるように両手で顔を覆う。


 暴風が過ぎ去った後、そこに居たのは先程の姿勢のまま、小揺るぎもしていない魔神の姿である。その視線は酷く退屈そうであり、オーガロードをまるで、昆虫か何かのように見下ろしていた。



「そんな脆弱な拳では――――蚊一匹、殺す事は出来ぬわッッッ!」



 デスアダーの怒りに呼応するように流星号が派手に嘶きをあげ、踊るようにその足を持ち上げる。

 そして、その巨大な蹄を将軍の胴体へと叩き付けた――!


 巨大なオーガロードが、まるで藁人形か何かのように水平に飛び、全身の肉片を撒き散らしながら後ろの像へと衝突する。

 瞬間、像もろとも――オーガキングの肉体が爆散した。



 一撃。

 たった、一撃。

 それで、全てが終わった。



 鬼達を従え、猛威を振るってきた将軍であったが、その死は恐竜に踏み潰される蟻か何かのようであった。集められた冒険者達も、これが現実なのか夢なのか分からないのか、呆然と尻餅を付いたままである。


 魔神が巨馬から降り、無造作にアゴをやった。

 そして、その口から驚くべき台詞が飛び出す。



「流星号、存分に喰らえぃ」



 その声を聞いた巨馬が猛然とオーガの群れへと走り出し、呆然とする鬼達を踏み砕いたかと思うと、生きたままその肉を喰らいだす。

 喰人鬼が逆に食われる光景に、冒険者達は必死で声を抑え付けた。


 下手に声でも上げようものなら、その光景に胃液でも吐き出そうものなら、次は自分達が食われると思ったのだ。


 そんな冒険者達の必死の思いをよそに、デスアダーは村に設置された一際大きな巨像の前に立ち、無言でその拳を振るう。

 どれだけの労力と時間が、その巨像に費やされたであろうか? そんな巨像が、脆くも粉々に砕け散り、悲惨な音を立てながら倒壊した。



「世に像は一つであり、億兆が崇める対象は御方以外にありえぬ」



 魔神が言い放った台詞に、生き残った冒険者達が震え上がる。

 こんな化物を従え、忠誠を捧げられる“御方”なる存在は何者だ、と。

 広場に戻った魔神は両手を広げ、力強く言い放つ。



「流星を従えし、我らが救世の王――“山田一郎”様の名を称えよッッ!」



 その怒号に、冒険者達が反射的に声を張り上げる。

 力の限り叫ばなければ、絶対に殺されると思ったからだ。全員がその思いを共有していたのか、これまでの人生で一番の大声を喉から搾り出す。



「ヤ・マーダ!」

「……イチ・ロー!」

「イチロー様ァァァァァァッッー!」

「イチロー様ぁぁぁ! バンザーイッッ!」

「ヤマーダイチロー!」



 それらの声に、魔神が重々しく頷く。

 彼らの張り上げる声に、絶叫に、真に迫るものを感じたからだ。無論、命の危険を前にした彼らが、本気で叫んでいたのは言うまでも無い。


 完全にヤクザが一般人を脅し上げている光景でしかなかったが、流星号の食事が終わったのを見て、魔神が再び騎乗して奔り出す。将軍だけではなく、辺り一帯の蟻を踏み潰すつもりなのであろう。


 魔神が遠くに去ったのを見て、冒険者達が力尽きたようにヘナヘナと倒れ込む。同じ空間に居る、というだけで生きた心地がしなかったのだ。



「あれは、何だったんだ……」

「人間、なんだよな……?」

「馬鹿言え、あんなのが人間の筈がねぇだろうが!」

「オーガロードが、死んじまったぞ……こんな事が……」


「それより、ヤマダイチローってのは誰だ。知ってるやつはいるか?」

「ヤマーダ!」

「うるせぇよ! もう叫ばなくていいんだよ!」



 山田一郎という、聞き慣れない単語に全員が首を捻る。

 あの口振りから、人の名である事は辛うじて察する事が出来たが、驚いたのは、その人物の事を“王”と呼んでいた事であった。



「王って、この最下層の……って事か?」

「いや、ここに王が居るなんて聞いた事もない」

「イティローッッッ!!」

「うるせぇぞ!」



 その頃、救世の王とやらはキャンプ地で襲撃を受けていた。

 相手は、女豹と化したミリとオネアのタッグである。








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