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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様

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王子の旅立ち

 その眩い背を、ピコが追う。

 本来、回収中に“階段”を上がる事は死を意味した。だが、今は夢中になってそれを駆け上がっている。


 どう考えても、正気の沙汰ではない。

 ピコの頭に浮かぶのは、ロクに食事も取れず、病に倒れた両親の事。二人はピコを守るため、自らの意思で上へと残り、オーガに回収されていったのだ。



(父さん、母さん……!)



 その時の光景を思い出し、ピコの目から涙がこぼれたが、彼はそれを拭おうともせず、一郎の背を追った。駆け上がった一郎は、すぐさま家を出て表へと向う。

 それだけで、この階層ではありえない行動であった。


 村の中には大勢のオーガが溢れ、病人を回収したり、棍棒を振り上げては家屋を破壊したりしている。やがて、オーガ達の目がこちらへと向けられた。



「ニンゲン。ウゴク、ニンゲン」


「ウル。クウ」


「ハラヘッタ」



 それらの不気味な声に、ピコの全身に震えが走る。だが、目の前に居る一郎はオーガなど全く恐れていないのか、一歩も退く気配がない。

 それどころか、凄まじい台詞を口にした。



 ――醜い豚風情が、人がましく言葉を囀るな。



 一郎の言葉に、オーガ達が怒りを露にする。

 彼らの頭は良くないが、馬鹿にされた事だけは分かるらしい。何体かのオーガが棍棒を振り上げ、叫ぶ。



「ニンゲン、ヨワイ! ハラヲクウ!」


「アシヲグウ!」


「オデ、テヲグウ!」



 走り寄ってきたオーガが、無造作に一郎の体を掴まんとする。

 それだけで、脆弱な人間など骨が砕け散って死ぬであろう。だが、砕け散ったのはオーガの方であった。


 汚い手で触れられるのを嫌がった一郎が、軽く振り払った結果である。

 それだけで、屈強なオーガの体が爆散した。一箇所に集められていた病人達も、その異様な光景に声にもならぬ声を上げる。



「下等な豚が。人間を舐めるなよ――!」



 一郎が凄まじい啖呵をきる。

 この階層でオーガの群れを前にし、こんな台詞を言い放った者は有史以来、存在しないであろう。



「い、一郎……貴方は……」


「言っただろう? 駆逐すると――」


「で、でも! オーガは物凄い数で、その上、ギガンテスまで居るんです! 貴方がどれだけ強くたって無理ですよ!」



 ピコが叫ぶと同時に、複数のオーガが一郎に棍棒を振り下ろす。

 しかし、その棍棒が一郎の体に触れる事はなかった。何処から取り出したのか、眩い輝きを放つ剣がオーガを一瞬で切り裂いてしまったのだ。


 それは、超高速で放たれた横薙ぎの一閃。

 ゆらりとローブが揺れ、オーガの上半身がずり落ちる。

 強靭な肉体を持つオーガが、野菜か何かのようにスライスされ、血飛沫が噴き上がる中、一郎が痺れるような台詞を放つ。



「ほら、思ったより――“簡単”だぜ?」



 何故だろうか。その言葉に、不覚にもピコの心臓が高鳴る。

 その自信にも、佇まいにも、異様なまでの強さにも――まるで、男の憧れが全て詰まったような姿であった。



「希望を捨てるな。諦めたら、そこで試合終了だ――」


「い、一郎さん(・・)……」



 その台詞に、ピコはとうとう両手の指を組んで一郎の背をうっとりと見てしまう。傍目から見れば、何処ぞの英雄か勇者のようであったが、中身は何処にでも居るオッサンでしかない。



「コノニンゲン、チガウ!」

「ヅヨイ!」

「アブナイ! “ショウグン”ニシラゼル!」



 病人を運ぼうとしていたオーガ達が背を見せ、一斉に退却を始める。

 彼らの判断は間違ってはいなかったが、能力を全開で発動させている一郎を前にして、それは只の自殺行為でしかなかった。


 一郎の左手が顔を覆い、その右目がオーガへと向けられる。

 このポーズを取られる事、それは相手の死が約束されると言っても過言ではない。完全に“処刑の合図”であった。


 真っ直ぐに伸ばされた右手の先に、巨大な魔方陣が浮かび上がる。

 それは、幾つもの元素が混合された「雷素」を扱った超高位魔法。この世界において、雷素を扱える者など片手で数えるほどしか存在しない。



「我が約束されし、勝利を謡え――――雷撃の魔弾ライトニング・バレット!」



 魔方陣から無数の光線が走り、オーガの体を貫く。

 次の瞬間、その光線に凄まじい雷撃が流れ込んだ――!


 辺り一面が凄まじい稲光に真っ白に染め上げられ、村人達が次に目を開けた時、そこにオーガの姿はなく、肉の焦げる匂いだけが残っていた。


 一撃。

 時間にすれば、数秒の出来事であろう。気が付けば、あれだけの猛威を振るっていたオーガの群れが、嘘のように消滅していた。



「す、凄い……凄すぎる……」



 ピコの口から辛うじて出たのは、そんな平凡な言葉であった。

 いや、それ以外には何も浮かばなかったと言った方が正しいであろう。ピコは目の前に立つ男が、紛れもない“英雄”である事を知る。


 その英雄は勝利の余韻に浸ろうともせず、病人の群れへと歩き出す。

 彼らは体を動かす事も難しい状態にあったが、全員が頭を下げ、やってきた一郎に平伏した。中には泣いている者や、手を合わせて拝んでいる老婆も居る。



「名も知らぬお方。貴方様のお陰で、ワシのような老……」


「静かに――」



 一郎がそっと老婆の唇に指をあて、言葉を遮る。

 ローブを深く被っているため、その顔を窺い知る事は出来なかったが、聞く人間を落ち着かせる、とても優しい声色であった。



 ――光と聖が降臨する夜アドヴェント・ホーリーナイト



 その輝かしい魔法が唱えられた時、一郎の体から光が溢れ、やがて周囲が暗闇に包まれていく。だが、それは邪悪さを感じる闇ではない。

 泣き叫ぶ赤子でさえも落ち着かせてしまうような、聖なる夜であった。


 暗闇から星を象った光が雪のように舞い降り、病に倒れ、苦しむ村人達の上に静かに降り注ぐ。その雪に触れた村人達の目に、次々と光が灯っていく。


 この世界では“神”が扱うとされる、第九魔法であった。

 効果としてはあらゆる病、状態異常を治癒し、体力と気力をMAXにまで回復させるものであり、魔法と言うよりも“奇跡”と呼んだ方が早い代物である。



「か、体が、動く……ぞ……」

「痛みが……あれだけあった、痛みが!」

「ずっと、曲がったままのワシの足が真っ直ぐになっておる……!」



 その“奇跡”の前には、例え先天性の病であっても問答無用で沈黙させられるであろう。一郎が扱う魔法とは、文字通り“神の領域”なのだから。

 だが、その奇跡を降臨させた神は、何処か落ち着かない素振りでソワソワとしていた。


 鼓動と火花が、「存分に王子を光り輝かせた」と満足したのであろう。

 残されたのは、“只のイチロー”である。

 いきなり、火の中へ放り出されたようなものであった。



「よ、良かった……? ですね、皆さん……で、では、私はこれで……」


「一郎さんっ!」


「おわ!」



 感極まったピコが一郎の背中に抱きつき、涙を流す。

 それらを見て、村人達も同じように泣いた。突如、舞い降りた奇跡の前に、もう言葉も出なかったのだろう。



「わ、私はちょっと用事……いや、使命みたいなものがありまして。そ、そろそろ、お暇させて頂こうかな、と……」


「僕も連れて行って下さい! 一郎さんに恩返しがしたいんですっ!」


「えぇ!? いや、でも……」



 ピコの叫びに、この騒動を見ていた村人達も次々と家から出てきては喝采の声を上げた。其々が感謝を口にしながら、僅かな食料や水を持ち寄っては、ピコへそれを託していく。



「ピコ、頼んだぜ! このお方を、どうか守ってやってくれ!」

「お前は若いのに物識りだしな!」

「村の事は心配するな。今度、あいつらが来てもうまくやり過ごすからよ」

「最後に取っておいた大根だ。道中、腹の足しにしてくれ」



 村人達が大いに盛り上がり、ピコの旅立ちを応援する。

 一郎はその熱狂に口を挟む事すら出来ず、呆然としていた。



(どうしてこうなった……! こんな羞恥プレイを何度もやらされてたまるか!)



 何とかこの状況を脱しようと決意しつつ、逃げるように一郎が村を後にする。

 その背を、大きな鞄と鍋を背負ったピコが追った。



「一郎さんっ。貴方の使命に、僕も命を賭けます!」



 ニコニコと満面の笑顔を浮かべ、ピコが言う。

 当然、その使命とやらはオーガの殲滅であると考えているのだろう。実際、一郎は一匹残らず駆逐する、と華麗に言い放っていたのだから。



「オーガはこの階層に数千体は居ると言われていますが、一郎さんなら、奴らにも絶対に勝てるって信じていますっ!」


(数千体とか、笑えねぇ……!)



 こうして、ボロボロのローブを纏った流星の王子様と、ピコの旅がはじまった。

 一見、それは貧相な二人組でしかないであろう。

 しかし、その片方はどうしようもないほどの化物であり、この世界に存在する、ありとあらゆる魔物を駆逐する事が可能な存在であった。





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