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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
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喰人鬼が支配する世界

 あれからというもの、一郎は何人かの女性と遭遇したのだが、その全てに追い掛け回され、ほうほうの体で逃げ出すのを繰り返していた。



(冗談じゃないぞ……何なんだ、ここは!)



 やがて、一郎も気付く。この顔や、ド派手な服のせいだろうと。

 今では軍服を仕舞い、拾ったボロボロのローブと服を纏って顔を隠しながら移動するようになった。当然、足は裸足である。



(どう見てもホームレスです。本当にありがとうございました)



 だが、結果的にこれは良い判断であった。

 お陰で、誰かとすれ違っても妙な行動を起こされる事が無くなったのだから。

 この世界にきて、一郎ははじめて辺りに目を配る余裕が出来た。



(薄暗くて、だだっ広い洞窟みたいだけど……)



 その高さは尋常ではなく、岩肌のようなものもあれば、遥か上空にはコンクリートで出来た部分や、鉄骨、ケーブルのようなものまで見える。

 壁のあちこちに蛍光灯のようなものや、光る石のようなものが埋め込まれており、それなりに視界も確保されていた。



(何かの映画で見た、“シェルター”みたいだな――)



 映画やゲームでは地上での争いから身を隠すために、ありえない規模のシェルターなどが時に登場するが、それに近いものを一郎は感じた。



(日本、ではないよな……? 俺自身も、どう考えてもおかしいし)



 若返っているだけでなく、魔法か何かのように火の玉まで出したのだから。

 その上、呼吸でもするかのように空も飛んだ。

 オーガのような魔物とも遭遇したりした。



(まさか、これが噂の異世界転移や、勇者召喚とかじゃないだろうな……)



 馬鹿げた事が一郎の頭に浮かぶも、状況的には良く似ていた。

 もしくは、これが来世であるのか、あの世であるのか。

 そんな事を考えながら一郎が暫く歩いていると、ようやく村らしきものが視界に映る。



(とにかく、あそこで情報を集めよう)



 意を決した一郎が村へと入り、あちこちに目をやる。

 往来を歩いている人間は一人も居らず、露天などにも商品が並んでいない。品物がないのか、買う人間が少ないのか、完全にゴーストタウンであった。



(せめて、交番みたいなところはないだろうか……?)



 それらしき建物を探すも、全く見当たらない。

 立てられている木の看板にも、不気味な文字が躍っているだけだ。



 ――逆らうな。

 ――攫われる。

 ――男を隠せ。

 ――女を隠せ。

 ――子供を隠せ。

 ――老人を出せ。



 それらの文字に、一郎は薄ら寒いものを感じた。

 どう考えても、普通ではない。

 率直に気味が悪かったし、出来の悪いホラーゲームのようでもあった。


 カタリと――僅かな音が響く。

 見れば、近くのドアが僅かに開き、一郎を手招いていた。藁にも縋る思いであった一郎は、恐る恐るドアへと近付く。



「早く入って下さいッ!」


「え、えぇ……」



 押し殺したような声に急かされ、一郎が中へと入る。

 そこには、可愛らしい短髪の男の子が居た。淡いクリーム色の髪に、青い瞳。

 一見、女の子のようにも見える容貌をしている。



「えっと、少し聞きたい事がありまして……」


「静かに! こっちへ――」



 男の子が木の床をめくると、そこには階段があった。

 まるで、秘密基地か何かのようであったが、更に急かされた一郎が中へと入ると、男の子は音も立てずに下へ降りていく。


 やがて、テーブルや椅子が置かれた埃っぽい部屋へと出る。

 振り返った男の子は、何故か一郎に怒りの声をぶつけた。



「貴方は一体、何を考えているんですか……! 他の村のスパイですか!?」


「ちょっと待って欲しい。こっちの話を――」


「大体、白昼堂々と男が表を歩くなんて考えられませんよ!」



 興奮する男の子を見て、一郎はまず、言わせるだけ言わせようと決めた。

 こういった相手に、何かをぶつけてもまともな答えは返ってこない。全てを吐き出させ、落ち着かせるのが先決であった。


 相手の言葉を聞きながら、一郎は冷静に状況を纏めていく。

 近隣の村とは仲が良さそうではなく、男が堂々と表をうろつくのは危険であるらしいこと、一人の勝手な行動で全体に迷惑がかかる、などという内容であった。



「――で、落ち着いたか?」


「え、えぇ」



 一郎の口調が、ガラリと変わる。

 取り繕っている場合ではない、と思ったのだろう。



「君に聞きたい。ここは日本か? それとも、地球の何処かか?」


「は?」



 一郎は並べられるだけの国名を並べてみたが、男の子は訝しげに眉を顰めるだけであり、段々と狂人を見るような目付きへと変わっていく。

 しかし、一郎からすればようやくまともに会話を出来るチャンスでもあり、相手の反応を気にせずに次々と質問を重ねていった。



(言葉は問題なく通じるらしい。看板の文字も日本語だったよな……?)



 この世界が元々そうなのか、何かのフィルターでもかかっているのか、その辺りはまだ分からない。一郎からすれば、当面の問題は他にある。



「貴方は……上からきた人間ですか?」


「違う。むしろ、“下”から来たと言った方が正しいな」


「下? ここより下なんて、墓地ぐらいしかありませんよ」



 男の子が呆れたように首を振り、そっと目を閉じる。

 付き合いきれない、と思ったのだろう。一郎が懐から大小様々な通貨を出した事により、その想いはより強くなった。



「これを見て欲しい。ここで使えるか?」


「……馬鹿馬鹿しい。上では使えるのか知りませんが、ここでは無価値ですよ」


「そうか。ところで、私は一郎と言うんだが、君の名は?」


「……ピコですけど」


「ピコ太郎か。よろしくな」


「誰が太郎かッ!」



 男の子――いや、ピコが叫ぶ。

 実際、この最下層には上から人がやってくる事もある。大昔には、聖職者などがパンや酒、毛布などを持ってきた事もあるとピコは両親から聞いていた。


 が、今はそれも絶えて久しい。


 今では冒険者と呼ばれる職種の人間が、上から追い立てられるようにして逃げて来るのみである。彼らは決まって、賎貨や銅貨などと呼ばれるものを出しては、何かを買おうとし、ここの住人から失笑されるのがいつもの流れであった。



「ここでは物々交換が全てですよ。通貨なんて出されても、腹は膨れない」


「なるほど」



 一郎はその言葉から、多くの事を察する。

 この男とて伊達に歳を食っている訳ではなく、様々な社会経験を積んできたのだ。長い闘病生活の中で、学んだ事もある。



「あの緑色の化け物は何人居る? あいつらは、何だ?」


「……喰人鬼(オーガ)の事ですか? 彼らの事も知らずに、ここへ?」



 その言葉に、ピコの可愛い顔が歪む。

 上から逃げてくる冒険者は、この階層のルールには無知であったが、オーガの事を知らない者など流石に一人も居ない。



「……まぁ、良いでしょう。問題を起こされても困りますからね」



 嫌々ながらも、ピコがオーガについて説明をはじめる。彼らの肉体は強靭であり、普通の人間ではとても太刀打ちできない事。

 彼らは人間を攫い、様々な労働力として使っていること。商品として、上に売り飛ばしていること、空腹時には食料として喰らうこと。



(何だ、そりゃ……!?)



 それらを聞いている一郎は、決して平穏な気持ちではいられなかった。ここでは人間が奴隷であり、商品でもあり、食料でもあると言うのだから。



「商品とは、誰に売っているんだ?」


「上のゴブリンにですけど? 奴らは、人間の女も苗床にしますから」


「……最悪だな」



 一郎の心が絶望に塗り潰されていく。

 何の因果で、こんな世界で目覚めてしまったのかサッパリ分からない。



「ここに来るまでに、何人かの女性と会ったんだが……何故、彼女たちは堂々と外を歩いていられるんだ?」


「西の村ですね。あそこは、男を労働力として無抵抗で出していますから……」


「なるほど。お目こぼし、という訳か……」



 抵抗しても無駄なら、大人しく従った方がマシだという考えなのだろう。実際、勝てない相手に喧嘩を売るのは勇気ではなく、無謀と呼ばれる類である。



(何故か病気は治ったみたいだけど……喜んで良いのかどうか……)



 思わず一郎が顔を覆ったが、それを見ていたピコはほんの少し、期待を抱いてしまう。ここまで何も知らない人間など見た事なかったからだ。


 嘆く一郎の姿を見て、もしかすると、上の聖職者の誰かが下の視察を命じたのではないかと思ってしまったのだ。

 その予想が正しければ、近い内に大規模な救助隊などが来る可能性もある。



「一郎と言いましたね。貴方は上の――」



 ピコが何かを言いかけた時、大地が揺れた。

 同時に、凄まじい数の足音が響く。ピコはこれまでの経験から、それがオーガによる“定期的な回収”である事を悟る。



「オーガの回収です。ここは何とかやりすごしましょう……。一郎、音を立てないで下さい」


「回収、ね……」



 訳が分からなかったが、一郎は好き好んでトラブルに首を突っ込むような性格はしていないし、巻き込まれたくもなかった。



「上には、病人が居ます。少しは時間を稼げるでしょう」


「病人?」


「ここでは動けなくなった者を上に置き、オーガの気を逸らすんですよ。奴らは頭が悪いから、健康な者と病人の区別が付かないんです」


「……何ともまぁ、割り切った思考だな」



 一郎はその言葉にげんなりしたが、ピコの顔を見ると苦痛に歪み、悔しそうに顔を伏せていた。彼も、この状況を決して良しとはしていないのだろう。

 やがて、搾り出すようにピコが呟く。



「僕の両親も病気になった時、自らの意思で上へと残りました……」


「そうか」


「ここでは、そうやって命を次へと繋いでいくんです……」


「大変な世界だな」



 言いながら、散歩にでも行くような風情で一郎が歩き出す。病人などと聞いては、流石に放っておけないと思ったのだろう。

 病の苦しさを、この男は誰よりも知っている。



「ちょっ、一郎。何処に行くんです!」


「迷惑はかけんさ」



 階段へ向かいながら、一郎は考える。

 あのヘンテコな力を使えば、何とかなるかも知れないと。案の定、待っていたと言わんばかりに目の奥から激しい火花が散った。



 ――ピコ、お前に一つだけ伝えておこう。



 瞬間、一郎の気配が変わる。同時に、ピコの全身に震えが走った。

 そこに居たのはもう、無知で平凡な男ではない。その背中から、圧倒的な強者を思わせる、凄まじい威圧が暴風のように吹き荒れていたのだ。



「この私が来たからには、連中は駆逐される運命にある。一匹残らず、だ――」



 痺れるような台詞を残し、一郎が階段を駆け上がっていく。

 ピコは生まれてはじめて、胸から湧き上がってくる熱いものを感じ、気付けば、その背中を追うように走っていた。







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