流星現る
その日、ミリは最悪の朝を迎えた。
反逆者の死体を墓地に捨てるよう、命令されたのだ。この最下層を支配しているのは人間ではなく、巨大な腕力を持つ喰人鬼であった。
オーガの頭は良くないが、その強靭な肉体は生半可な刃など寄せ付けず、時には人を攫って“商品”にしたり、労働力として使う。
オーガだけならまだしも対抗出来たかも知れないが、この階層には彼らを束ねる、ギガンテスまで存在していた。
この“階層”は、人間にとって地獄そのものである。
生存権を握っているのは、人ではなくオーガたちなのだから。
「……ハヤグ、ハゴベ」
「分かってるわよ!」
長い金髪の髪を揺らし、ミリが懸命に死体を引き摺る。
その容貌は本来、美人と呼ばれる類であるのだが、髪は煤け、着ている皮鎧も所々が破れてしまっており、その美しさも凛々しさも台無しとなっていた。
「ね、姉様、またあそこに行くんでしゅか……」
「……しょうがないでしょ」
隣を歩く、小柄な魔法使いの少女が小さく呟く。
彼女の名はオネア。二人合わせると、奇しくもミリオネアというパワーワードになるタッグであった。
ミリは腕の立つ剣士であり、この少女も才能ある魔法使いであるのだが、オーガの大群の前を前にしてはどうしようもない。
まして、ギガンテスに至っては、人がどうこう出来るような存在ではなかった。
「あ、あそこは臭いし、怖いから行きたくないでしゅ……」
「ぶつくさ言ってないで、あんたも運ぶ。あと、噛んでるからね」
オーガは何でも喰らうため、時には人も食料とするのだが、何故か自分達に歯向かってきた者は喰らおうとはせず、墓地に捨てる習性を持っていた。もしかすると、フグかヘビのように“毒”でも持っていると考えているのかも知れない。
二人がどうにか死体を引き摺り、“墓地”へと辿り着く。
入り口には四人のオーガが立っており、警備でもしている様子であった。
「くしゃいですっ!」
「何度きても、嫌なところね……」
相変わらず、陰鬱な空気と悪臭が漂う空間である。
二人は以前にも、ここに死体を運ばされた事があったのだ。
「ズデロ!」
オーガが叫び、二人が男の死体を墓地へと投げる。
ミリはそれを何とも言えない表情で見送った。放り投げた男は、何処かでオーガに歯向かった勇敢な人物だったのであろうと。
(このままじゃ、どんどん気骨ある奴が減っていくじゃない……!)
落ちていく死体を見ながら、ミリが歯噛みする。
彼女はこの地獄のような階層をどうにかして抜けようとしているのだが、故郷である階層に戻るのは、今の戦力では絶望的であった。
二人がさっさと戻ろうとした時、捨てろと命令したオーガが無言で両手を広げ、道を遮る。咄嗟にミリは身構えた。
「オデ、ハラヘッタ……オマエ、クウ」
「ふっっざけんな!」
「わ、私なんて食べるお肉がないでしゅからぁぁぁ!」
オーガが二人に近寄ろうとした刹那、大気を切り裂くような飛翔音が響き、墓地から一人の男が飛び出してきた。
「えっ、なに、何なの……?」
「ま、眩しいでしゅ!」
閃光の中、男の姿が徐々に浮かび上がる。
まるで、神話から飛び出してきたような、妖しさすら漂う美しい容貌。
軍帽から覗く、濡れたような漆黒の髪。
こちらに向けられたエキゾチックな黒い瞳に、二人は魂ごと吸い込まれそうになった。馬鹿馬鹿しい事に、その背景には七色に輝く流星まで見えたのだ。
魅了、などというレベルではない。
次元が違う。違いすぎた。
その男に命も、魂も、目も、意識も、心臓も、何かもかも――二人は一瞬で全てを奪われてしまう。二人の頭に真っ先に浮かんだもの――それは、“王子”という単語以外にありえない。
――助けが必要かな。お嬢さん?
その口から華麗な言葉が紡れた時、二人の熱狂は頂点に達した。
二人の熱狂をよそに、一郎の頭は混乱しっぱなしであった。
目の前に、RPGゲームで良く見るような魔物が居るのだから、訳が分からない。
二人の女の子も、どう見ても外人であった。
おまけに、普段の自分であれば絶対に言わないであろう、キザな台詞まで飛び出す始末である。だが、オーガは一郎の混乱が収まるのを待ってくれるほど、暢気で優しい魔物ではなかった。
「オマエ、キラキラ。オデ、オマエ、クウ! オデ、ヒカル!」
(何言ってんだ、このグリーンピース野郎は!)
ドクン、と――
心臓が強い鼓動を打つ。
それは、恐怖であったのか、何であったのか。
いきなりの食人宣言に一郎が慌てふためくも、その体がフワリと地上に降下し、恐るべき仕草を取った。
――銀河の鼓動Ⅴ 発動!
何と一郎の体が流れるように相手に半身を向け、左手で顔を覆い、右目だけを相手に向けたのだ。厨二病で検索したら真っ先に出てくるであろうポーズ。
キング・オブ・厨二あるあるポーズであった。
(何だこれ……何だこれぇぇぇ!)
おもむろに口が開き、勝手な言葉を紡ぎ出す。
次の瞬間、右手が派手にマントを翻した。
「永劫の緋に抱かれろ――火球!」
(何だこの台詞はぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉ!)
心の絶叫と共に火球が放たれ、オーガの全身が炎に包まれた。
その威力はまさに、“永劫の緋”と称しても過言ではなかったであろう。
何せ、一郎は全魔術回路を付与され、その能力値はALL777である。
一流や超一流と呼ばれる存在のステータスが精々、“二桁”である事を考えると、それは人間というよりも、神と呼んだ方が早い。
放たれた火球はオーガを一瞬で炭化させ、分子レベルで溶解していく。
後に残ったのは、僅かな液体のみ。
豪炎と呼ぶに相応しい火球は、巻き込み事故のように入り口に立っていた四人のオーガまで灰にし、プスプスと黒煙を上げさせていた。
これだけでも大惨事であったのだが、付与された能力はまだ暴れ足りないのか、更なる台詞を口にしようとする。
一郎が必死に歯を食い縛って耐えようとするも、「これを言わなければ、お話にならない」と言わんばかりに、スラリと言葉が出た。
――――燃えたろ?
静寂が、世界を包む。
一郎の頭に浮かぶのは、とある格闘ゲームの主人公。
本来であれば、それはノスタルジックな思い出に浸れるものであったが、とてもではないが、それどころの話ではない。
おそるおそる振り返ると、そこには目を輝かせる二人の女の子がいた。
一郎からすれば、それは恐怖を伴う視線である。
その口から「厨二病乙!ww」「拡散しますwwww」などと言われた日には、二度と立ち直る事は出来ない。
「……ち、違うんです。説明したい。今のは、その、私の本意ではなく」
「か……」
「か、拡散だけは……出来れば……」
「「格好良いっっっ!」」
「……ぇ?」
気が付けば、一郎の体は二人からタックルを食らい、押し倒されていた。
右足には凛々しくも美しい女戦士。
左足には、可愛らしい小柄な魔法使いの少女が張り付いていた。
「ちょっ、君達……何を……!」
「やっと、やっと会えた……私の白馬の王子様っ!」
「違いましゅ! 王子は私を助けに来てくれたんでしゅ!」
「いや、王子とかじゃなくて、私は……!」
必死に一郎が叫ぶも、二人は太腿に顔をスリスリと擦り付け、その手は死んでも離さないと言わんばかりに足へ蛇のように巻き付いていた。
「ちょ、ちょっと、私は聞きたい事があって……!」
「オーガに食べられる前に、私が王子を食べましゅ! 股間の聖剣をペロペロするんでしゅ!」
「何を言ってんだ、このロリっ娘は……!」
目覚めてすぐ、児ポ法に引っかかる事を恐れた一郎が懸命に足を振り払う。
瞬間、「ボールは友達」と言わんばかりにオネアが吹き飛ばされ、ドライブ気味にその体は遠くへと消えていった。
「オネアは死んだようね! 王子は私が貰うわっ!」
「誰が王子やねん!」
王子どころか、その中身は何処にでもいるサラリーマンであった。
一郎がミリの顔をアイアンクローで掴み上げ、無理やり足から引き剥がす。
「……ィ、イイ。私、自分の事はずっとSだと思ってたけど、王子に対してはMになるみたい。もっとキツく絞め――」
「怖ッッッ!」
反射的に一郎がミリを放り投げる。
シュート気味に回転しながら、その体も遠くへと消えていった。ある意味では、オーガよりも危険な二人の性獣を退け、一郎は息を荒げさせながら叫ぶ。
「こんな危険な場所に居られるか! 俺は帰らせて貰う!」
一郎は知らない。地球など滅んで久しい事を。
そして、この悲惨な階層世界においては、危険など日常茶飯事である事を。彼の場合――特に、女難という危険まである。
「とにかく、まともな人間を探そう……まともなのを!」
一郎は知らない。
自分こそが一番、まともではない人間になっている事を。
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【能力】 ―― 星の王子様Ⅴ
自分のバックに様々な流星を出現させる。
カンストであるⅤになると、空に流星群を出現させる事も可能。
見る人を驚かせ、強烈に惹きつける事だろう。
【能力】 ―― 銀河の鼓動Ⅴ
あらゆる行動・動作に対し、格好良い仕草やポーズを決めてくれる。
シリウスの火花と連携するため、快適な厨二ライフをお約束。
無論、一郎にとっては迷惑以外のなにものでもない(二回目)
発動時、心臓が大きく鼓動を鳴らし、体の奥から踊るようなリズムが溢れ出す。