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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
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流星の王子様

 一郎とティナが箱に辿り着くと、そこは黒山の人だかりとなっていた。

 誰もが興奮したように何かを叫んでおり、お互いの装備をチェックしあったりと実に騒がしい。何やら、荒っぽい祭りに出かける前の群集のようである。



「ティナ、鬼沸きとは何だ?」


「……一つの階層に、魔物が大量に現れることさ」


「なるほど」



 一郎の頭に浮かんだのは、一時期ネットゲームでよく見かけたMMOである。

 あれらも時に、フィールドに大量のモンスターがPOPすることがあった。

 魔物の大群に巻き込まれて死ぬこともあれば、大量の経験値や、ゴールドを手にすることもある。



「しかし、この様子じゃ、いつ乗れ――」


「……大丈夫さ」


「お、おい……」



 ティナが無造作に歩き出し、人混みの中へと突入していく。

 途端、群れが真っ二つに割けた。誰もがギョッとした表情を浮かべており、口にこそ出さないが、その顔には名状し難い感情が浮かんでいる。


 ――それは、忌避感や恐怖といったもの。


 先程までの騒ぎが嘘のように静まり返る中、一郎もティナの後についていく。

 折角の騒ぎに水を差したようで居心地が悪くもあったし、同時に腹立たしい空気でもあった。



「……イチロー、行こう」


「あぁ」



 二人が難なく箱へと乗り込む。

 ティナの姿が消えた途端、周囲に集まっていた冒険者たちはホッと一息ついたように両肩から力を抜いた。



「クソッ、寿命が縮んだぜ……」

「あのガキ、まだ生きてやがったのか」

「ったくよぉ! こっちまで刻まれたらどうしてくれんだ!」

「いっそ、殺した方がいいんじゃねぇのか?」

「馬鹿言え。それで怒りをかったら、今度はこっちの番だぞ」



 其々が好き勝手なことを口にしていたが、後ろから続々と集まってくる仲間たちに背を押されるようにして、再び興奮に包まれていった。

 鬼沸きは非常に危険ではあるが、同時にチャンスでもあるのだ。


 多くの素材を入手したり、数で押して経験値を稼ぐ絶好の機会でもある。

 力のない運び人(ポーター)ですら、戦場跡から“おこぼれ”を拾うべく目に炎を宿していた。



「下には誰が入ってんだ?」

「もう《暁の牙》と、《鉄の誓い》が固めてる」

「なら、安心だな」



 箱の周囲を固め、人員が降りてくるまで防衛ラインを堅守するのは、一番大事な仕事である。魔物は普段、箱の中に入り込むようなことはしないのだが、鬼沸きの時は興奮しているのか、平然と中へ乗り込んでくる。


 伝承では階層が魔物で埋め尽くされると、巨大な魔方陣が浮かび上がり、魔物が一斉に上へと“転移”してくると記されていることもあって、緊急時には全員が出動して、死力を尽くすというルールが出来上がったのだ。



「つか、さっきのヤマダって野郎……あのガキと一緒にいたぞ」

「なら、あいつもか?」

「それなら、壁が知らせるだろうよ」

「じゃあ、何であいつは頭や顔を隠してんだよ」

「余程のブサイクなんだろ」


「「だっはっはっは!」」



 集まった冒険者たちが大笑いする。能力もオール1で、顔までブサイクときては救いようがないと思ったのだろう。

 実際、今の一郎の風体は乞食以外の何者でもない。


 周囲が大騒ぎする中、箱の中は静かなものである。

 二人とも下への“降下”を、無言で過ごしていた。やがて、一郎は明日の天気でも口にするかのように言う。



「その刻印とやらのせいか?」


「……何がだい?」


「人や、魔物にまで避けられてるのは」



 その問いに、ティナは長い沈黙で応える。

 口にせずとも、それが答えなのだろう。一郎からすれば、まるで中世の魔女狩りでも見ているようであり、良い気分ではなかった。



「長く一緒に居ると、君にも災いが降りかかる。……かも知れない」


「決まった訳じゃないだろ」


「……刻印に近付くと、その人まで目を付けられるなんて噂もあるんだ」


「それがどうした」



 一郎は何故、こんなムキになっているのか自分でも不思議であったが、森の中でたった一人で暮らしている少女に、何か思うところがあったのだろう。


 そう、例えば――

 病室で一人、朽ち果てていく自分の姿と向き合っていた時間などを。この少女も森の中でたった一人、朽ちようとしている。



「……君は馬鹿だな」


「そうでもない」


「……馬鹿さ」


「お前、二回言ったな?」



 無慈悲な二回攻撃に思わず一郎が突っ込んだが、横を見るとティナは俯いたまま泣いていた。か細い肩まで震えている。

 一郎はこの少女がたった一人で、どれだけの苦痛と、孤独に耐えてきたのかと思うと、胸が塞がる思いであった。



「まぁ、その、何とかなるだろ……い、いや、しないとな」


「……五階層」


「ん?」


「私が10歳の頃。そこに住む亡霊に、刻まれたのさ」



 ポツポツと、これまでの経緯をティナが語りだす。

 その亡霊は度々、ハイランドの住人に刻印と呼ばれる冠を与え、その人間の魂を吸い取るらしい。


 近寄れば災いが降りかかると、それらは下の階層に集められ隔離されてしまう。

 その隔離場所が、あのブルーハウスであった。



「……ブルーハウスに居た人達は、全員死んでしまったよ。一人、また一人とね」


「その……聞いて良いのかは分からんが、お前の両親はどうしてるんだ?」


「……心労からか、二人とも倒れてしまってね。今じゃ、天涯孤独の身さ」



 聞くば聞くほど、悲惨な話であった。

 その上――似ていた。

 知らず、握った拳が固くなる。



「なら、そいつをぶっ飛ばせば解決するんじゃないのか?」


「……冗談はやめてくれ。あれは古から存在する、超常の存在なんだ」


「そうかい。まぁ、何とかなるだろ」



 一郎は自分がその亡霊とやらに勝てるとは思わなかったが、配下として与えられたあの魔神なら、容赦なくブチ殺してくれるだろうと確信していた。

 亡霊どころか、閻魔大王ですら撲殺しそうであった。



「……イチローは、どうして」


「ん?」


「……ううん、何でもないよ」



 箱が軽快な音を立て、ようやく七階層「眠らずの森」に辿り着く。

 扉が開くと、名称とは裏腹にそこは戦場であった。数え切れない程の魔物が押し寄せ、それを立派な装備に身を包んだ冒険者たちが防いでいる。


 その多くが巨大な熊であったり、赤い目と口が刻まれた木であったりと、異様な光景であった。中には見慣れたゴブリンや、剣を握る骸骨、二本足で歩くライオンのようなものまで混じっている。



「やっと来たか! 早く戦線に加わってくれ!」

「脇にポーションや医薬品を並べろ!」

「何をボケッと……え?」



 降りてきた二人の姿を見て、冒険者たちが一瞬、固まる。

 そこに居たのは刻印の生き残りと、みすぼらしい乞食であったからだ。一刻を争うこの時に、無駄に“箱”を使われたことに何人かが怒りを露にする。



「お前ら、ふざけんなよ!」

「緊急事態だって分かってんのか!」

「早く箱を上にやれぇぇ!」



 必死に叫ぶ集団を、一郎は醒めた目付きで眺めていた。

 緊急事態なのは、ティナも同じなのだ。



「行くぞ、ティナ」


「……うん」



 二人がブルーハウスに向かって走り出す。

 ティナも鍛えられているのか、相当な速さで走ることが出来たのだが、その襟首を掴み、一郎は無言で小脇に抱えた。



「なっ、何をしてるんだ、君は!」


「この方が早い」



 一郎が地を蹴り、全速力で駆ける。景色が後方へと一瞬で流れ、そこだけ早送りでもしているような姿となった。

 ブルーハウスまでそれなりの距離があったのだが、気付けば目の前に無傷の家が佇んでいた。



「……よ、良かった。無事だったよ」


「そうみたいだな」



 扉を開けて中を確認するも、出発時と変わらぬ光景がそこにはあった。

 森の中に隔離されたこの空間が、一郎の目に改めて寂しく映る。気分を変えるかのように、一郎は早速ヒモ行為をはじめた。



「ティナ、お茶でも淹れてくれ。後、この前の木の実も頼む」


「……イチロー、君は魔法でも使えるのかい?」


「先にお茶を頼む。走って喉が乾いた」


「……帰って早々、人使いが荒いな、君は」



 外の喧騒をよそに、パチパチと薪から火が(おこ)る。

 ぶつぶつ言いながらもお茶の支度をしている辺り、ティナはダメ男製造機の素質があるのかも知れない。


 やがて湯が沸き、茶葉へとそれが注がれる。

 途端、殺風景な小屋の中に独特な茶の香りが広がった。



「うん、これこれ。渋いけど美味いよな」


「……お褒めに預かり、光栄だよ」



 一郎は木の実を齧りながら、ダラリと椅子に腰掛ける。

 外からは剣戟や様々な絶叫、魔物があげる咆哮などが響き渡り、ティナは落ち着かない様子であったが、一郎は何処吹く風といった様子で茶を啜っていた。



「その刻印とやらのお陰で、こんな時でも茶を楽しめるな」


「……これを、そんな風に言ったのは君が初めてだよ」



 ティナが被っていた帽子を脱ぎ、青い冠が露になる。

 青い光帯のようなもので編まれた、見る者を震わせるようなおぞましいデザインのものだ。



「どうせ下に降りようと思っていたんだ。ついでに、その五階層とやらにも行ってみよう」


「……この、鬼沸きの中をかい?」


「善は急げと言うからな。病魔が存在するなら、その根本から絶つべきだ」



 一郎は何気なく口にしたが、鬼沸きの中を歩いていくなど自殺行為でしかない。

 しかし、この男には自信があった。先程見た魔物は、最下層で戦ったギガンテスより遥かに弱く、脆弱であると。


 実際、この階層の魔物などギガンテスが一睨みしただけで震え上がるであろう。

 それ程に、首領級の魔物とは別格なのだ。茶を飲み終えたのか、一郎がおもむろに立ち上がり、すぐさま出発しようとする。



 ――コマンド――



 一郎は画面を呼び出し、改めて所持品の欄をチェックする。

 そこには見慣れた剣と軍服などが並んでいたが、今回はそれが本命ではない。



(ここに道具を収納出来るのか、試してみよう)



 壁にかけられていた弓を画面に放り込むと、「森の弓」と表示され、見事に収納することが出来た。画面に手を突っ込むと、逆に弓を取り出すこともできた。

 一瞬で物を消したり、取り出したりする姿にティナは目を瞠る。



「……何だい、今のは?」


「まぁ、手品の一種だとでも思ってくれ」



 言いながら、一郎は次々と役立ちそうなものを所持品の欄へと放り込んでいく。

 ティナはおぼろげに何かの魔法か、魔道具であると察したが、本気で鬼沸きの中を出発しようとしてることに衝撃を受けた。



「……イチロー、正気かい? それに、私が居ないと家が壊されてしまう」


「壊してしまえ、こんな場所は。いっそ、燃やすべきだ」


「……滅茶苦茶なことを言うね、君は」


「こんな寂しい場所に、一人で住んでる方が滅茶苦茶だろ」



 その言葉にティナが俯き、両拳を強く握った。

 彼女も、この場所に愛着がある訳でもなんでもない。むしろ、辛い記憶しかない場所であった。


 一人になってしまった時は、家に火を点けて死のうとしたこともある。

 逝ってしまった多くの人の無念を抱えながら、辛うじてここで生きてきたのだ。



「……図書館は、良いのかい?」


「そんなもんは後回しだ。本は逃げないしな」



 食器や薬缶(ヤカン)などに留まらず、テーブルや椅子、果てにはベッドまで何処かへ放り込んでいく姿に、ティナがとうとう笑い出す。

 手品どころか、性質の悪い山賊か夜盗のようであった。



「……イチロー、私の下着まで消すつもりかい?」


「それはお前が持ってろ!」



 慌てたように叫ぶ姿に、ティナの笑いが大きくなる。

 やがて奥の部屋へと入り、身支度を整えたティナが出てきた。その手には、一本の松明が握られている。


 一郎はそれを見ても何も言わず、扉を開けて外へと出た。

 ティナは一度だけ振り返り、目を閉じる。これまでの日々を振り返っているのか、先に逝った者達に別れを告げていたのか。


 外へ出た二人は、無言でブルーハウスを見上げた。

 深い森の中で、青く塗られた家は病的な何かを感じさせる姿である。在りし日は、ここで大勢の人間が暮らしていたかと思うと、何とも言えないものがあった。



「……肩を寄せ合って、生きてきたんだ」


「そうか」


「……時にはヤケになったり、暴れたりする人も居たけれど」


「だろうな」


「……最後は、ここでも一人ぼっちさ」



 松明を持って、ティナがブルーハウスに近寄っていく。

 一郎も横に並び、共に松明を握った。



「……一緒に燃やしてくれるのかい?」


「あぁ、消し炭にしちまおう」


「……これで、私は家なき子になってしまうね」


「乞食が二人になるだけだ。気にすんな」



 その言葉にティナがくすくすと笑い、何かの踏ん切りがついたのか、松明の火がいよいよ青く塗られた丸太に火を点けた。

 乾燥した木は次々と燃え広がり、瞬く間に黒煙が立ち昇る。



「……燃えてるね」


「燃えてるな」



 赤い炎が、青い家を燃やしていく――

 それは幻想的な光景でもあり、何かの始まりを告げているかのようでもあった。



「……さよなら、皆。さよなら、私の5年間」



 最後に松明を放り込み、ティナが精一杯の笑顔を浮かべる。

 一郎はその頭にポンと手を乗せ、一度だけ撫でてやった。しかし、そんな優しい時間はすぐに終わりを告げた。


 黒煙に引き寄せられたのか、無数の魔物が周囲を取り囲んできたのだ。

 あちこちから絶叫や悲鳴、魔物の雄叫びなどが響き渡り、階層そのものが燃え上がっているかのような、地獄の有様であった。


 ティナにはとても、この中を突破していけるような自信はない。鬼沸きの際には魔物の凶暴性が増し、刻印を刻まれた者であっても決して安全とは言えないのだ。



「……怖くない」



 ティナはむしろ、ここで死んでも悔いはないと考える。

 最後の瞬間を、一人ではなく、共に誰かと迎えられるなら望外であると。



「……イチロー。君と一緒なら、死ぬのだって怖くない」


「誰が死ぬなんて言った」



 ティナが振り返ると、一郎の体は目も眩むような光に包まれていた。魔物の群れでさえ、その輝きに気圧されるように後退っていく。



「――死ぬってのはな、俺が一番嫌いな言葉だ」



 眩い光が収束した後、そこに居たのはみすぼらしい格好をした男ではない。

 そこには純白の輝くような軍服を身を纏った――“王子”が居た。

 軍帽から覗くその容貌は、息を飲む程に美しい。



「イチロー、君は……ちょっ!」



 ティナを小脇に抱え、一郎は極色の光を放つ星剣を手に走りだす。立ち塞がった魔物は、目にも止まらぬ速度で一瞬にして切り裂かれていく。

 どれだけ強靭な魔物であっても、この剣の前では豆腐同然である。



「ティナ、どっちに行けば下に降りれるんだ?」


「む、向こうだよ……!」



 雲霞のように押し寄せる魔物の群れを、一陣の流星が切り裂いていく。

 それは大海を真っ二つにした、モーゼの奇跡のような光景であった。



「……イチロー、本気で五階層へ!?」


「あぁ、その亡霊とやらをぶっ飛ばしちまおう」


「私は……私は、本当に、生きていても良いのかい?」



 ティナの両目から、涙が溢れだす。何処に行っても迷惑だと言われ、人から避けられ、遂には一人になってしまったのだ。

 生きていて良いのか、何度反芻したことだろう。だが、それに対する一郎の返答は力強いものであった。




「当たり前だろ! そいつをぶっ飛ばして終わりにしてやる――!」






 何百、何千と溢れる魔物の中を二人が駆け抜けていく。


 冒険者として登録したばかりのルーキーが。


 乞食のような風体をしていた男が。


 やがて、「流星の王子様」として奇跡を起こしていくことになるのだが……



 ――――それはもう少し、先の御話。







これにて、一章の完結となります。

不定期な更新にも関わらず、ここまで読んで頂いた皆さんに感謝を。

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