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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
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真実の口

 薄暗い路地裏をティナが淀みなく進んでいく。

 彼女にとっては、慣れた道なのだろう。一郎も辺りに目を配りながら、退廃した空気の中を歩いていく。



「ティナ、登録ってのには何か必要なものとかあるのか?」


「……身一つで大丈夫さ。犯罪歴さえ無ければね」



 随分とアバウトだな、と一郎は思ったが、今回に限ってはありがたい話であった。根掘り葉掘り聞かれたり、調べられては厄介である。



「……年齢や性別も一切不問の、死して屍拾う者なしの世界さ」


「なるほどな」


「……社会的な補償も、何もないよ」



 聞けば聞くほど、まるで使い捨ての駒扱いであった。

 逆に行商人の登録は別物で、商品を取り扱うこともあってか、身元のしっかりとした保証人などが必要になるらしい。



「ちなみに、犯罪歴なんてどうやって調べるんだ? 警察でも居るのか?」


「君は本当に何も知らないんだね……“壁”が調べるのさ」



 一郎はその言葉にクエスチョンマークが浮かべたが、ティナは現物を見せた方が早いと判断しているのか、詳しく説明することはなかった。

 やがて、箱に近くにある二階建ての大きな建物の前で足を止め、一郎の方へと振り返る。



「ここがギルドさ。私は外で待っているよ」


「……分かった」



 街の反応を見てきた限り、一緒に入れば妙な騒ぎになりかねないと判断した一郎は黙って頷く。扉を開けると、中には大勢の男女が詰めており、依頼書のようなものを手に大声で何事を話し合っている光景が見られた。


 下は酒場にでもなっているのか、階段の下からは酩酊した声や、歌のようなものまで聞こえくる。中に居た数人は一郎へ鋭い視線を送ったが、その風体を見て興味をなくしたのか、仲間との話し合いへと戻っていった。



(とりあえず、受付にいってみるか……)



 カウンターへと向かい、そこにいた女性へ用件を告げると、露骨に顔を歪められたが、一郎は気にせずに話を進めていく。これまでの日々を思えば、冷たくあしらわれることなど、どうでも良いと考えているのだろう。



「念の為に聞いておきますが……貴方は、ハイランドの住人ですか?」


「いや、違う」


「……そうですか」



 受付嬢は元々、眼鏡をかけた怜悧な風貌をしていたが、一郎を見る目付きが段々と鋭くなっていく。カウンターにいるより、刑務所などで犯罪者を締め上げている方が余程似合うと思える女性であった。



「では、どの階層から?」


「最下層の、更にその下だ」



 一郎の返答に、近くにいた冒険者が噴き出す。

 気の利いたジョークだと思ったのだろう。受付嬢も、相手がまともに答える気がないと判断したのか、事務的な対応を進めていく。



「……まぁ、いいでしょう。登録をお望みなら、貴方は“壁”にかけられ、全てを明らかにされますが、宜しいですか?」


「壁とは何だ?」


「冗談もいい加減に……貴方のステータスや、犯罪歴を調べるんですよ」



 受付嬢が立ち上がり、一郎もやむなくその後ろをついていく。

 周りにいた冒険者からは面白がられているのか、野次とも応援ともとれるような雑多な声が飛んだ。



「おい、最下層から来たあんちゃん。食い千切られんなよ!」

「ギルドに裸足で来た奴なんざ、初めて見たぜ」

「大方、スラムで食い詰めた乞食だろうよ」



 冒険者たちが半笑いを浮かべる中、二人が“壁”へ向かう。

 一郎は知る由もなかったが、新人が壁にかけられるのは、一種のイベントであり、息抜きのイベントでもあった。


 当然、使えそうな新人なら、能力次第ですぐに他パーティーからスカウトの声がかかることもある。歩きながら一郎は内心、ビクビクしていた。

 自身のステータスが異常であることを、既に察していたからだ。



「少し、聞いてもいいかな?」


「……何でしょう?」


「普通のステータスというのは、どのぐらいなんだ?」


「大体のルーキーは、3~5といった数値が標準です。レアなケースでは、レベルアップで化ける方も居ますが」



 それを聞いて、一郎の顔が青褪めていく。

 この男のステータスは全分野が「777」という馬鹿げた数値なのだ。そんなものが表沙汰になった日には、国が引っくり返るであろう。



「い、一番強い奴のステータスを聞いても……?」


「当ギルドには、Bランクのパーティーが存在します。その方たちであれば、その数値は50や60にも達することでしょう」


「な、なるほどね……」



 かつて、ピコから聞いた「災害級」と呼ばれる魔物のことが頭をよぎる。

 この男こそ、完全に災害としか思えない存在であった。巻き起こるであろう、様々なトラブル予見し、一郎はさり気なくこの場を去ろうと決意する。



「あ、ぁー、何だかお腹が痛くなってきたな~。ぽんぽんペインだわー。よーし、お兄さん別の日に挑戦しちゃうぞ~」


「逃がしませんよ」



 ガシッ、と音が出そうな勢いで受付嬢が一郎の腕を掴む。

 調べれば、犯罪歴が出ると踏んでいるのだろう。その目は受付嬢というよりは、憲兵に近いものがあった。



「さぁ、ここに手を入れて下さい」


「ちょっ……」



 そこにあったのは、観光地などでたまに見かける「真実の口」であった。

 壁に人の顔が刻まれており、その口の中に手を入れるものである。ここの壁にはどういう訳か、見る者をムカつかせるようなオッサンの顔が描かれてあった。



「もうご存知でしょうが、犯罪歴のある者は手が抜けなくなります」


(ご存知じゃねーよ!)



 一郎はそう叫びたかったが、周囲の冒険者たちも逃さないように身構え、何が起きても対処出来るよう、万全の体勢をとった。

 往生際悪く、ここで暴れる者が多かったのだろう。



「さぁ、手を入れなさい。犯罪者」


「誰が犯罪者やねん!」



 折角、人間の街に辿り着いたというのに、このまま逃げてしまえば犯罪者として追われることになってしまうだろう。

 一緒に居たティナにまで迷惑がかかりそうであった。



(くっそ……こうなったら、ぶっ壊すしか!)



 一郎は身勝手にも、オッサンの顔ごと粉微塵にせんと決意を固める。

 自身が助かるためなら、公共物であっても平然と破壊してしまえるのが山田一郎という男であった。対象がムカつくオッサンの顔であったことが、その決意を力強く後押しする。


 音速でパンチを繰り出そうとする一郎であったが、その手がピタリと止まってしまう。それどころか、秘められた能力の一つ発動した。



 ――王族の身分偽装 発動!



 それは「流星の王子様」からの派生スキル。

 古今東西、王子が身分を偽装するのは当たり前であり、自身が特別な存在であると露見してしまわないよう、覆い隠してしまう能力であった。


 未発動とされていた能力の一つが記されたことにより、一郎は内心で歓喜の声を上げる。これまでとは違い、この能力は非常に役立ちそうであった。



(グッジョブ! やっとまともな能力がきたな!)



 オッサンの口に手を入れるのはかなりの抵抗感があったが、一郎は思い切って手を突き出す。途端、右手に緑色のレーザーのようなものが走っていく。

 まるで、病院などで受ける検査のようであった。


 ピピッと軽快な電子音が鳴り、受付嬢が手を抜くように指示する。

 一郎が黙って従うと、オッサンの口から一枚のカードと長い紙が吐き出された。

 受付嬢はレシートのような紙に目を通し、眼鏡を曇らせる。



「おかしいですね。犯罪歴がないなんて……」


(お前、どんだけ俺を犯罪者にしたいんだよ!)


「しかし、ステータスの方は……プッ」


「……笑った? 今、明らかに笑ったよな?」


「いいえ、笑ってなどいません」



 受付嬢の顔が澄まし顔に戻り、紙を手渡してくる。

 それに目を通すと、全ての項目に「1」という数字が記されていた。周囲に居た冒険者たちも紙を覗き込み、大声で笑いだす。



「あんちゃん、全部1かよ!」

「最下層から来ただけはあらぁな。ステータスも底辺ってか!」

「こりゃ、ポーターとしても使えねぇわ」

「まっ、元気だせや。いつか芽が出るといいな」



 大声で笑う者、馬鹿にする者、同情する者、反応は様々であったが、一郎は自身のステータスを隠蔽出来たことにホッと一息つく。

 笑われるより、本当の数値が露になる方が面倒なことになるであろう。



「こちらは貴方のカードとなります。ステータスや、何らかの能力を得た場合にも自動で更新されますので」


「……便利なものだな」


「身分証ともなりますので、失くさぬようにお願いします……ヤマダさん」


(あのオッサン、名前まで分かんのかよ)



 科学なのか魔法なのか、原理はサッパリ分からなかったが、一郎はようやくこの世界における、身分証らしきものを手に入れることが出来た。



(これで図書館にも入れるし、下にも降りれるな……)



 一郎は外に出る前に、冒険者がどんな仕事をしているのか、依頼が張り出されているボードの前へ立ち寄ってみる。

 そこには無数の木札がかけられており、雑多な依頼が並んでいた。



灰色熊(グリズリー)の皮に、肝。大角鹿(エルク)の角と肉、ゴブリンの掃討、麦狩りの手伝い、警備、清掃業務、樹人(トレント)の樹液、薬草採取……)



 どれも、一郎には馴染みのないものばかりである。

 精々、分かるのは清掃業務ぐらいであろう。



「にしても、ここにもゴブリンが居るのかよ……」



 下の階層で見た、嫌な連中である。

 木札には、耳を持ってくれば大銅貨一枚と記されていたが、他と違っているのは、常時募集との文字が書かれてあることだ。


 熱心にゴブリンの木札を見ていると判断したのか、先程の受付嬢が気遣うように話しかけてくる。



「お止めなさい。貴方では、死ぬのが目に見えています」


「まぁ、そうかもな」


「そこには掲載していませんが、九階層では常に鉱夫の募集をしています。そこで働くのがいいでしょう。魔物を相手にするよりは、危険も少ないですから」


「洞窟やら、暗いところはもう腹一杯だ」



 そう言って、一郎が出て行こうとする。

 しかし、入り口の扉が勢い良く開き、事態は急変した。



 ――下で鬼沸きだ。全員、出動しろ。



 そこに立っていたのは、何人かの屈強な男と、小柄な女の子である。

 声を聞かなければ、性別すら分からなかったであろう。

 何せ、その女の子は紅蓮を思わせるようなマントで全身を覆っており、その顔には不気味な白いマスクまでつけているのだ。



(おいおい、あれってチェーンソーじゃねぇのか!?)



 その上、手にはチェーンソーまで握られている。

 誰がどう見ても、ホラー映画でお馴染みのジェイソンの姿であった。

 少女の声に建物内が俄かに活気づき、冒険者たちが次々と喚声を上げながら外へ走っていく。


 地下の酒場にいた連中まで、大声を上げながら駆け上がってくる。

 何が起きているのか分からず、一郎は呆然と突っ立ったままでいたが、その姿を見て、マスクをつけた少女が冷たい声を飛ばす。



「全員出動だ。聞こえなかったのか?」


「すまないが、用事がある」


「緊急時には全員出動がルールだ。見ない姿だが、説明を受けていないのか?」



 白いマスクから、鋭い視線が受付嬢へと飛ぶ。

 それを受けて、恐縮したように受付嬢は目を伏せた。一郎のステータスを見て、使い物にならないと説明を省いたのであろう。



「こ、この方は先程登録されたばかりで……その、ステータスも……」


「ギルドの職員自らがルールを破ってどうする」


「も、申し訳ありません……!」



 余程の力を持っているのか、少女の立場の方が上であるらしい。

 一郎は妙なルールとやらに巻き込まれる前に退散しようとしたが、そこにティナまで飛び込んでくる。



「イチロー! 皆が出て行ったけど一体――」


「お前は、刻印の……」



 一郎が答える前に、白いマスクがギロリとした視線をティナへと向ける。

 周りの男たちはティナを恐れるようにして距離を取ったが、少女は微動だにせず、その声色も変わらなかった。



「ぁー、良く分からないんだが、鬼沸きとか何とかで……」


「大変だ、家が壊されてしまう……!」



 いつになく焦った様子のティナを見て、一郎もとりあえず下へ戻ろうと決意する。慌てて出て行こうとする一郎の背に、白いマスクから冷たい声が飛んだ。



「お前も、その女の“お仲間”か?」


「間借りはさせて貰ってるが、ヒモではないとだけ言っておく!」



 それだけ言い残し、一郎が走り去る。

 残された白いマスクは何が可笑しいのか、くぐもった笑い声をあげた。



「こいつは驚いた。あのガキと、一緒に住んでいるだと……?」



 白いマスクが受付嬢の方へと向き、無言で顎をやる。

 詳細を聞かせろ、といったところだろう。受付嬢も心得ているのか、知る限りのことを話していく。



「贄でもないのに、一緒に居るのか。余程の馬鹿なのか、それとも……」



 その呟きは、周囲には聞こえないほどの小さいもの。

 やがて、紅蓮のマントを翻し、少女もギルドを後にした。





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