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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様

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人間の国 ―― ハイランド

 ――八階層 ハイランド


 軽快な到着音と共に扉が開く。

 扉の先には、石で舗装された綺麗な道が広がっていた。ようやく、“ティナ”と名乗った少女と、一郎が八階層へと踏み出す。



「……ここがハイランドさ」


「人間の国、か」



 しみじみと呟き、一郎は辺りに広がる景色へと目をやる。

 思えば、この世界にきて以来、ロクな階層を見たことがなかった。

 最初に目覚めた場所はゴミ捨て場であり、次は人が喰われている巨大な洞窟に、トドメに小鬼が支配する迷宮である。



(やっと、まともな場所に辿り着いたな……)



 二人の姿を見て、衛兵らしき男が二人近寄ってくる。

 鎧兜を身に纏っており、手には槍を持って武装していたが、見た目はまだ若く、20代の前半といったところだろう。もう一人は中年の風貌をしている。



「お疲れさん、無事に戻れたようだな。獲物は皮か?」


「ん? お前は……」


「どうしました、先輩?」


「このガキ、刻印の……!」



 慌てた素振りで中年男が飛び下がり、若い衛兵は何が起きているのか分からず、あたふたしてしまう。中年の衛兵も槍こそ向けていないが、その目は魔物でも見ているかのような姿であった。



「あ、あんた……何の用だ?」


「……商品を売りにきただけ。迷惑はかけない」


「横の男は? そいつも“お仲間”か?」


「……違う。彼は普通の人間」



 中年の衛兵が恐る恐る、といった感じでティナに応対する。近寄れば、何か悪い病気にでも伝染するのか? とでも思ってしまうような態度だ。

 一郎からすれば、見ていてあまり気持ちの良いものではない。



「とにかく……用事が済めば、すぐに出て行ってくれ」


「分かってる」



 俯きながら、ティナが衛兵の横を通り過ぎていく。

 色々と思うところはあったが、一郎も無言でそれに従った。

 見上げた空には、下の森で見たような作り物の空が浮かんでいたが、相変わらずそこには雲一つ浮かんでいない。



(ハイランド、ね……)



 前方へ目をやると、そこには中世の街並みが広がっていた。

 行き交う人の群れも雑多で、ターバンを巻いてラクダを連れている者も居れば、大振りの剣を背負っている者も居る。


 通りには多くの露天が並び、野菜を並べているところや、焼きソバのようなものを焼いている女性まで居た。

 並んでいる果物には、一郎が見たことがないものも多い。



(これは、何というか……)



 昔、漫画やゲームなどで良く見たファンタジー世界そのものであった。

 久しぶりに文明らしきものを感じ、ようやく一郎の心が軽くなる。

 下層は巨大な洞窟だったり、迷宮だったり、人間がゴミのような扱いであったりと散々だったが、ここでは人が“主役”であるらしい。



「……イチロー。先に私の用事を済ませるけど、良いかい?」


「あぁ、それで構わない」



 ティナが街中へ踏み出すと、人々はギョッとした顔付きで道を空けていく。

 そればかりか、ヒソヒソと何かを耳打ちしだす始末であった。その口から漏れ聞こえるのは「刻印」や「印」といったものばかりである。



(分からないな……あの冠のことだとは思うが、あれに何の意味がある?)



 一郎はティナが抱える“何か”が気になっていたが、本人が口にするまで待とうと考えていた。誰にでも一つや二つ、聞かれたくないものや、知られたくない話があるだろうと思ってのことだ。


 やがて、ティナは表の大通りを避け、薄暗い路地裏を選んで進んでいく。

 華やかな通りとは違い、路地裏には異臭が漂っていた。掃除もされていないのか、あちこちにゴミが散らばっている。



「まるで、スラム街だな」


「ハイランドは、二つの区画に分かれているんだ」


「金持ちと貧乏人か?」


「……そうなる」



 よく見れば、路上に寝転んでいる者や、座り込んでいる者も多い。

 片足を失い、松葉杖をついている男も居た。



「彼らはね、冒険者となって、手足や指を失ったんだ」


「……そうか」


「君も、その冒険者になろうとしてる」



 ティナが振り返り、じっと一郎を見る。

 キラキラとした水色の瞳に、不覚にも一郎が目を逸らす。こんな小さな少女に、心配されるのが気恥ずかしかったのか、何なのか。



「危険があるのは分かるが、行ってみたいんだよ。色んな場所を見て、色んな世界を見て、色んなものを触って、嗅いで――」



 一郎は病室で過ごした長い日々を思い、しみじみと呟く。

 今では体に何の痛みもなく、普通に歩くことも出来る。

 五体満足であるのに、一箇所でじっとしていたくない、というのが一郎の本音であった。可能なら、世界の全てを見てみたい――と思う程に。



「……君も、私を」


「ん?」


「……いや、何でもないよ」



 何かを言いかけたティナであったが、再び歩き出す。

 やがて、一軒の店の前で足を止めた。その佇まいは店というより、バラック小屋のようにしか見えない。


 立てられた看板には、無愛想な字で「皮」とだけ記されてある。

 店の中に入ると、皮が放つ独特な臭気が鼻をついた。薄暗い店内であったが、奥からは僅かな光源が漏れており、男が何かの作業をしているようであった。



「……親父さん、居るかい?」


「お前さんか」



 逞しい肉体を持った中年男が立ち上がり、無愛想な面でティナを出迎えた。

 その頭部は、潔いまでのスキンヘッドである。一郎から見たその男は、ヤクザとしか思えないものがあったが、彼もまた、一郎を見て僅かに目を細めた。



「後ろのも、そうか?」


「違う。彼は普通の人間さ」


「……ふん。なら、物好きなこった」



 そのやり取りを聞きながら、一郎は店内をぐるりと見回す。

 壁には皮だけではなく、様々な角や牙のようなものまで並んである。現代の日本ではあまり見ることのない風景であり、店でもあった。



「今回は随分と早かったな」


「彼を案内しようと思って。図書館に用があるらしい」


「ハッ、そんな乞食みてぇな格好で本ってか?」



 ティナが持ってきた皮をチェックしながら、男が鼻で笑う。

 やがて品定めを終えたのか、男は3枚の銀貨を置いた。一郎にはその価値が分からなかったが、銀色に輝く硬貨は見た目からして美しい。



「ありがとう。これで必要な物を買って帰れるよ」


「十分の一の値段で買い叩かれてるってのに、何がありがとうだ」


「……別に、親父さんの所為じゃない」



 男は憮然とした表情を浮かべながら、やがて奥へと消えていった。

 ティナも一郎を連れ、再び裏通りへと戻る。無言で歩く少女の背に、一郎は思ったことをそのままぶつけた。



「買い叩かれてると言ってたが、構わないのか?」


「……買ってくれるのは、あの店だけでね。助かっているよ」


「事情はよく分からんが、安く買えて助かってるのは向こうだろ」


「親父さんには娘が一人居たけど、私と同じように刻印を刻まれたんだ」


「だから、その刻印ってのは――」



 立ち止まったティナの肩は、僅かに震えていた。

 彼女にとってはあまり、好ましい話題ではないのだろう。刻印の話を飛ばし、皮の話へと戻してしまう。



「親父さんは訳アリの品として、私が持ってきたものを市場で売ってくれるんだ。労ばかりあって、儲けなんてないよ」


「……見た目はヤクザだけど、悪い奴ではないってことか」



 ティナは「ヤクザ」という単語に可愛く首を捻ったが、話題を変えても、一郎が何も言わなかったことに感謝する。



「ティナ、次は図書館か?」


「その前に、ギルドで登録が必要だね。身分証がないと、中に入れないんだ」



 聞くと、昔は誰でも入れたらしいが、本が盗まれる事件が幾つか発生して以来、身分証の提示が必須になったとのことであった。



「……それにしても、イチローの格好は酷いね」


「別にこれで構わんさ」



 王子より、まだ乞食の方がマシだとでも思っているのだろう。

 今では顔をすっかり覆い隠せる、この服が手放せなくなっていた。



「高いものは無理だけど、今より少しはマシな服を買ってあげるよ」


「勝手に人をヒモ扱いすんな」


「……家でも食っちゃ寝してたじゃないか。君はヒモさ」


「ぐぬぬ……」



 乞食であり、ヒモでもある――史上最低のクソ王子であった。

 汚名をそそぐべく、一郎は高らかに宣言する。



「冒険者とやらになって稼いでやるさ。あの青色の家を、城にするぐらい稼げばいいんだろう! 稼げば!」


「……城に、か。楽しみにしているよ。ヒモロー?」


「誰がヒモローやねん!」





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