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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様

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選定の箱

 ――七階層 眠らずの森


 あれからブルーハウスでは、上層へと向かうために様々な準備を整え、瞬く間に数日が経過していた。

 主に、狩った動物の皮などを持っていくためである。


 白髪の少女は皮から肉をこそげ落としたり、なめしたりと慌しく動いていたが、そんな作業をしたことがない一郎は、木の実などを齧りながらニート生活を満喫していた。



「……よし、これで完成だよ。今日は遅いし、もう休むとしよう」


「そうか」



 作業道具を片付け、少女がするするとベッドに入る。この階層は常に真昼のような明るさが保たれているため、昼夜の区別が付き難い。

 一郎が意識して“画面”を開くと、そこには21:00と時刻が記されていた。



「毎日正確な時間に寝てるが、体内時計でも持ってるのか?」


「……時計なんて高価なもの、王侯貴族でもなければ持てないよ」


「そういうもんか」



 一日中寝ていた一郎であったが、やむなく隣のベッドで横になる。

 眠気はなかったのだが、少女の睡眠を妨害したくないと思ったのだろう。他にもベッドは3つ並んでいたが、持ち主はもう居ない。



「……上では、君に嫌な思いをさせてしまうだろうね」


「別に構わんさ」



 寝転がりながら、一郎が木の実を齧る。かなりアクが強いのだが、噛んでいると独特の風味があって、癖になる味であった。



「大勢の人間から、嫌な目で見られることになるよ」


「喰われるよりマシだ」



 どんな目で見られようと、何を言われようと、物理的に喰われることに比べればまさしく些事であった。

 最下層の人間は、常に捕食される恐怖と共にあったのだから。



「……君は、本当に豪胆だね」


「単に無知なだけだ。こんな場所に、一人で住んでるお前の方が勇者だろ」



 あれから少女と共に何度か外に出たのだが、周囲には熊のような魔物や、木の形をした化け物がうろついており、安全とは程遠い場所であった。

 とてもではないが、こんな小さな少女が一人で暮らすようなところではない。



「聞いて良いのか分からんが、他の連中は何処にいった? 何で一人で居る?」


「……どうしたの? 私に興味があるの?」


「ねーよ」


「……相変わらず、イチローは嘘つきだね」



 少女がくすくすと笑い、一郎はしかめっ面で木の実を噛み砕いた。

 良い大人が、子供にからかわれているような図である。



「君こそ、チキュウという階層から来たのかい? そんなボロボロの格好で」


「着たくて着てる訳じゃないけどな」


「上で、君が探しているものが見つかると、いいね……」


「あぁ、期待し……って、もう寝たのかよ」



 気付けば少女は静かな寝息を立てており、一郎も黙って目を閉じる。

 上で、妙な騒ぎが起こりませんようにと祈りながら。



 翌日――出発の朝がきた。



 身支度を整えた二人は、辺りを警戒しながら外へと出る。

 何故か、この少女は魔物に襲われることが少なく、見つかっても相手が逃げ出す時すらあるのだ。理由を聞いても、少女が答えることはなかったが。



「熊よけスプレーか、蚊取り線香でも持ってるのか?」


「かとり?」


「キン○ョーの夏、日本の夏」


「……ニホン?」


「すまん、気にしないでくれ」



 一郎は辺りを見回しながら進んでいくも、少女は後ろで小さく呟きながら、首を捻っていた。二人とも、互いを謎の人物として見ているため、言葉の端々にすら興味が出てしまうのであろう。


 歩き始めて暫く経つと、白い円形のものが目に飛び込んでくる。

 筒状に上へと伸びているそれは、かつてデパートなどで良く見たエレベーターそのものであった。



「おいおい……あれは何だ?」


「……選定の箱さ」


「選定?」



 その箱とやらの周囲には数多くの魔物が徘徊していたが、少女の姿を見た途端、慌てたように逃げ散っていく。

 一郎はそれを不思議なものとして見ていたが、思えばここに来るまで一度たりとも魔物に襲われたことがない。



「これはね、人を、人数を、選定する無慈悲な箱だと言われているよ」


(それ、単に重量オーバーってだけじゃないのか?)



 思わず突っ込みたくなる一郎であったが、余計なことは言わないでおこうと口を紡ぐ。恐る恐る近寄ると、矢印で「上」と書かれたボタンが目に入った。



(どう見てもエレベーターです。本当にありがとうございました)



 何故、こんな世界にエレベーターがあるのか一郎にはサッパリ分からなかったが、今はそれを追及している時ではない。

 階段を登らずに上へといけるなら、それに越したことはないのだから。



「……私たちは二人だから、問題ないはずさ」


「そりゃ、一安心だ」


「……中に入ると、暫くは狭い場所で二人きりだよ。嬉しいかい?」


「いや、全く」



 一郎が素っ気無く応えながら、ボタンを押す。実のところ、この少女の声を聞いているだけで妙に落ち着くので、悪い気はしてないない。

 しかし、それを認めるのは癪だったのか、表面上の態度はご覧の有様であった。



(結構な時間がかかりそうだな……)



 待っている間、ふとそんなことが頭に浮かぶ。

 どれだけの高低差があるのかは分からないが、一つの世界を移動するともなれば、それなりに時間がかかるであろう。



「冒険者は皆、選定の箱に乗るときは気を配るんだ」


「どうして?」


「拒絶されると、パーティーが分断される。下に降りた途端、戦闘に巻き込まれるパターンも多いからね」


「……なるほど」



 一度降りてしまえば、戻ってくるのに相当な時間がかかりそうであった。

 その間、割れた人数で戦うとなれば大変そうである。下手をすれば、仲間が降りてくるまでに全滅しかねない。



「だからこそ、彼らは常にコンパクトな装備、人数を心掛けるのさ。これから君が冒険者になるなら、覚えておいた方が良いと思ってね」


「そうか……勉強になる」



 実際、そういった悲劇が何度も繰り返されてきたのだろう。

 少女の忠告を、一郎はありがたく受け取った。しかし、肝心のエレベーターが全く降りてこない。



「にしても、暇だな」


「……本当なら、この待機時間も危ないんだけれどね」



 獲物などを持ち帰るとなれば、降りるときよりも重量が増す。

 そうなれば、帰るときもまた“選定”である。下手をすれば、ここでも分断されてしまい、残された方は箱が降りてくるまで持ち応えなくてはならない。



「行くも地獄、帰るも地獄だな」


「……それでも人は、未知の階層に旅立つのさ」


「なーにを、大人ぶったことを」


「ぅわっ、こら、やめないか……!」



 一郎が少女の頭を引き寄せ、ゲンコツでぐりぐりする。困ったように声をあげる少女であったが、心なしかその顔は嬉しそうであった。

 何の気兼ねもせず、無造作に接してくる一郎という男に、何か思うところがあるのかも知れない。


 二人が無意識にイチャイチャ(?)する中、ようやく箱が下りてくる。

 扉が開くと、そこには屈強な男が3人立っていた。其々が斧や剣を手にし、背中にはかなり大きな皮袋を背負っている。



「なっ、このガキ、は……!」



 男たちは少女の姿を見た途端、露骨に顔を歪めて箱から離れた。

 まるで、近寄れば何かの病気にでも伝染するとでも言わんばかりの態度である。



「おい、ガキ。上に何の用だ?」

「てめぇらが来たら迷惑なんだよ。それぐらい察しろや」

「それに、横の……こいつぁ、誰だ?」



 3人が口を揃えて罵倒や疑問をぶつけてきたが、少女は無視するように箱へ乗り込む。一郎も妙なトラブルはごめんだと、無言で中へと入った。

 そんな二人の背に、容赦ない罵倒が飛ぶ。



「おい、今度はそいつが選ばれたのか?」

「汚ぇナリしやがって……冗談じゃねぇぞ」

「つーか、こんな連中、上にやるべきじゃねぇだろ。降ろしちまおうぜ」



 排除しようとでもしているのか、男たちの一人が箱に乗り込もうとしたが、一郎は素早く「閉」ボタンを連打する。



「おい、降りろ。てめぇらに上を――ぉぷッ!」



 閉じようとした扉が見事に男の顔面を挟み込む。現代のエレベーターであれば、すぐさま障害物を察知して開くであろうが、この扉はそのままであった。

 マヌケなサンドイッチ面に一郎が遠慮なく大笑いする。



「うっはっはっ! ダッサ! お前、めっさブサイクなのな」


「いづづ……ッ! あけ、開けろッ!」


「汚ぇナリはどっちだっつーの。そだ、何か書くものはあるか?」


「……緑岩石を磨り潰した絵の具ならあるよ」


「よし」



 一郎は緑色の液体に指を浸し、男の額に厳かな表情で「肉」と記す。

 傍目から見れば、何か神聖な儀式でもやっているように見えなくもない。



「おい、てめぇ! 何を書い……」


「これでよし、と」


「うぉわぁぁ!」



 一仕事終えた、と言わんばかりに一郎は男の髪を掴んで外へと放り出す。

 同時に扉が動き出し、ピタリと閉じた。

 動き出した箱の中、少女は暫く黙っていたが、不思議なものでも見るようにして一郎へと視線を飛ばす。



「……君は、無茶なことをするね」


「何処の世界でも、駆け込み乗車は迷惑だからな」



 一郎が何気なく返すも、挟まった人間に落書きするのは駆け込み乗車以上の迷惑行為であろう。上にいけば余計なトラブルに巻き込んでしまうと考えたのか、少女は俯きながら一郎に言う。



「……街の入り口までは案内するけど、そこからは一人で行動した方が良い」


「知ってるやつと歩く方が良いさ」


「君まで、巻き込んでしまうことになるよ」


「気にしないでくれ。騒動にはもう、慣れっこだ」



 二人が無言になる中、箱はかなりの速度で上昇していく。

 まるで、SF映画で見た軌道エレベーターのようである。完全に高度な文明の産物であり、一郎はこの世界が何なのか混乱するばかりであった。



「……だよ」


「ん?」



 少女が何かを呟き、一郎が聞きなおす。



「……ティナ」


「何だ、それは。街に入る合言葉とかか?」


「……私の名前さ。一郎が知りたくて仕方がないって顔をしてたから」


「してねーよ」


「……嘘だ。イチローは私のこと、知りたがってる」



 くすくすと笑う少女に、一郎は仏頂面で頬を掻く。

 確かに、この子のことが気になっている自分が居たからだ。



「……私も、イチローのことが気になってる」


「只の乞食Aだよ」


「……もっと気になって欲しいかい?」


「言ってろ」



 一郎が素っ気無く答える中、エレベーターはグングンとスピードを上げ、遂に上の階層へと辿り着く。

 箱の中に飾り気のない到着音が響き、いよいよ人間が住む国への扉が開いた。







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