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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
18/23

王子の幻影

 ――三階層 ローランド


 突然、一郎が居なくなったことに大混乱する一行であったが、囚われていた人間が多かったため、まずは其々の家へと戻ることとなった。彼女らこそが行方不明者だったのだから、まずは家族に安否を知らせなくてはならない。


 ミリオネアとピコはひとまず、ミレーユの父が経営しているという宿屋へと向かうこととなった。行方不明になっていた者が一斉に帰ってきたのだから、城下町は少なからぬ騒ぎになるであろう。


 目指す宿の前ではミレーユの父が憔悴しきった表情で玄関を掃除していたが、娘の姿を見て全身を震わせた。



「ミレーユ、なのか……?」


「……ただいま、お父さん」


「本当なのか、夢じゃないんだよな……?」


「心配かけて、ごめんね。でも、もう大丈夫だから」



 親子が感動の再会を果たし、ミリオネアとピコも大歓迎で迎えられた。

 其々に一室が与えられ、ミレーユの父は興奮気味に無料で幾らでも泊めると宣言する始末である。



「さ、流石にずっと無料は悪いわよ……」


「何を仰るのか! 貴方がたは娘の恩人ではありませんか!」



 もう会えないと思っていた娘が帰って来た喜びに、宿では朝から酒や豪勢な食事の大盤振る舞いとなった。疲れていたこともあってか、一口飲んだだけで体にアルコールが染み渡り、全員の顔がすぐさま赤くなっていく。



「くぅー! もう一度、冷えたエールを飲めるなんて!」


「ほら、太郎。お前も飲むでしゅ」


「ピコだって言ってるでしょっ!」



 食卓での話題は多岐に及んだが、その中心は当然、一郎のことばかりである。

 本来なら、ここで主役として迎えられている筈であった。

 ミレーユの父親も、その人物に俄然興味を示す。



「王子、ですと……?」


「えぇ、とんでもない大魔法使いなんだからっ!」



 ミリが自信満々に言い放ち、ミレーユも同調するように深々と頷く。

 生真面目な娘のことを良く知る父は、ミレーユがこんな突拍子もない嘘をつく筈がないと、その胡散臭い話を信じようと努力した。



「その方の素性は分かりませんが、私の方でも毎日のようにギルドへと足を運び、依頼を出し続けたのですが、どのパーティーからも受けて貰えず……」



 ミレーユの父だけではなく、他の家族も捜索依頼を出していたし、貧しい家では金を出し合って共同で依頼を出すケースもあった。

 しかし、こんな危険極まりない依頼内容に誰が手を挙げるだろうか。


 少数のゴブリンを蹴散らすことは出来ても、そこから複数の一般人を連れ出して小鬼の群れに追われながら迷宮の中を彷徨うなど、自殺行為でしかない。

 もし、そんなことが出来る実力を持っているなら、もう少しマシな依頼を受けるであろう。



「その、国は……何もしてくれなかったのですか?」



 ピコが遠慮がちに言うも、全員が白けた顔をするのみであった。既に、何人かの貴族によって政治は専横されており、王とは名ばかりの存在である。

 名もない民草が何人居なくなろうとも、片眉も動かさないであろう。



「でも、今回ばかりは無視出来ないわっ! 私たちにもギルドから出頭命令が下る筈よ」


「ケッ、全部が終わってからしゃしゃり出てくるとか、とんだ腰抜けどもでしゅ。そんな連中は放っておいて、オネアは王子を探しましゅ」


「僕は下に戻って、デスアダーさんに心当たりがないか聞いてみようと思います」



 ミリはギルドへ、オネアは城下の捜索、ピコは下層に戻って魔神と連絡を取るという方向で話が纏まっていく。

 宿の親子も協力は惜しまないと約束し、この日は無事に一日が終わった。



 翌日――



 オネアは街に出て、一郎の捜索を始めた。

 その姿を見た冒険者が次々と声をかけてきたが、オネアはロクに返事もせずに人ごみを掻き分けていく。



(今更、親しく声をかけてくるなんて冗談じゃないでしゅ……)



 幾ら親しく接してきても、無事を祝ってくれても。

 彼らは――救ってくれなかったのだ。その言い分は酷く勝手なものであったが、人としての“生の感情”であろう。


 オネアとしては、笑顔を向けてくる知人など、今となってはどうでも良い存在であった。そんな“あやふやな存在”より、心の中に確かな存在がある。

 見たこともない華麗な大魔法を駆使し、窮地から救ってくれた王子が。



(早く王子を見つけて、このロンリーハートを慰めて貰うでしゅ)



 オネアがぶつぶつと言いながら、街中をギラついた目付きで歩いていく。

 見上げた空には機械的な青色が浮かんでおり、そこに太陽はない。三階層の空は夕方になればオレジン色に染まり、夜には暗くなる。


 三種類の色を、無機質に繰り返す――いつまでも、いつまでも。

 オネアが慣れ親しんだ空を見上げていた頃、ミリもギルドからの出頭命令に応じ、組合長と向かい合っていた。



「やぁ、ミリ君。まずは無事に生還したことを祝わせて貰うよ」



 組合長――メルセデスが優しい笑みを浮かべながら言う。

 普段は温和だが、貴族相手にも粘り強い交渉をすることで知られる男だ。かつては冒険者として、上層にも足を伸ばしていた経歴を持っている。



「えぇ、お陰様(・・・)で無事に戻ってこれました」



 対するミリの反応は辛辣なものであった。

 失踪者が相次いでいるのに、何の対策も打たず、捜索隊を出してくれることもなかったのだから、無理もない反応である。



「我々も力を尽くしたが、お偉方の意識はもっぱら“上”へと向いている。君も、その辺りの事情をどうか汲んで欲しい」


「……えぇ、十分に理解しているわ」



 ミリの「どうでも良い」と言わんばかりの態度に組合長は内心で首を捻る。

 下層から多くの失踪者を連れて帰還したのだから、今回の出頭は事情聴取の意味合いもあるが、“晴れの舞台”でもあるのだ。



「幾つか事情を聞かせて貰ったあとになるが、君は現在のEランクからDランクへの昇格を果たすことになるだろう。勿論、相棒さんも一緒にね」



 そう、今回の救出による大きな功績を讃えられ――昇格、という話も当然含まれている。しかし、ミリの表情はまるで動かなかった。

 本来、一つ上のランクに昇格するには大変な努力と、年月を要するため、こんな仏頂面で迎えるような話ではない。



「君がギルドに不信を抱くのも分かるが、今回は――」


「私や、オネアの昇格なんて要らないわ。全部、王子がやったことだもの」


「…………王子?」


「えぇ、遠い国からやってきた王子様よっ!」



 組合長は何度か目を瞬き、脳内で今の言葉を繰り返す。

 下層でゴブリンに追われ続け、気でも触れたのかと思ったのだ。



「えっと、つまり……それはあだ名や、異名のようなものと考えても?」


「違うわよっ! 本物の、本当の王子よ!」



 話にならない、と組合長は密かに溜息をつく。

 こんな益体もない問答をするために彼女を呼んだのではないのだから。これまで、癖の多い冒険者を相手にしてきたメルセデスは、柔軟に思考を切り替える。



「うむ、遠国から来た王子か……その話も大変興味深いが、他の話も聞きたくてね。例えば、現在の下層の様子などさ」


「下層にはもう、ゴブリンは居ないわ。平和そのものよ」


「ほ、ほぅ……」



 その言葉に組合長は暫し俯き、熟考する。ミリの話す内容がサッパリ頭に入ってこないし、理解し難いものばかりであった。



「……君たちや、その王子が、ゴブリンを退治したと?」


「私じゃなくて、王子がね。ちなみに、最下層のオーガも消えたから」


「な、なるほど……それは、素晴らしい話……だね……」



 メルセデスの目付きが、徐々に変わっていく。

 完全に、病んでしまった者を見る目付きである。

 ゴブリンのようなしぶとい魔物や、人を喰らうオーガのような強靭な魔物が突然消えるなど、ありうることではない。



「まぁ、その、ギルドの方でも下層の方に調査隊を出そうとは考えている。今後の対策も含めて、ね」


「止めておいた方がいいわ」


「……理由を聞いても?」


「下には、恐ろしい魔神が居るの。王子の配下みたいだけど、他の人間の言うことを聞くようには見えなかったわ」



 お次は魔神ときたか、とメルセデスは盛大に溜息をつく。

 ここまで必死に取り繕ってきたのだが、もう態度を隠せそうもない。

 何をどう聞いても、完全に錯乱者そのものであった。



「……良く分かった。君の意見は、必ず参考にさせて貰うよ」


「呆れる気持ちも分かるけど、これ、全部ほんとの話だから。不用意に降りれば、火傷じゃ済まないわよ」


「一つだけ良いかな? 最下層には首領級の魔物、ギガンテスが存在する。君は、それを魔神と呼んでいるのかね?」



 それならば、まだ納得出来るという態度である。

 あのクラスの魔物ともなれば、国が総力を挙げて討伐隊を組まなければならない存在であった。


 ミリはまだ、駆け出しともいえるルーキーを脱したばかりの冒険者であり、あれを魔神などと呼んでも不思議ではないのと考えたのだ。

 しかし、返ってきた返答は予想外のもの。



「それも死んだわ。王子の魔法でね――」



 それだけ言うと、ミリは手を振って立ち上がる。もうこれ以上、話すことは何もないといった態度であった。

 ミリとしては、一郎の存在を告げられただけで満足なのである。後はローランド側が判断する話であって自分の領分ではない、といったところだろう。



「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」



 制止の声に振り向きもせず、ミリが扉を閉めて出ていく。

 部屋に残されたメルセデスは一人、頭を抱えた。折角の大ニュースが、美談が、完全に台無しの形である。


 低ランクの冒険者が失踪者を救出し、下層から帰還してくるなど、ギルドとしては大いにこの件を喧伝に使おうと考えていたのだ。

 しかし、当の本人があの様子では宣伝にすらなりそうもない。



(ともあれ、二階層の様子を一度探らせねば……)



 大勢の女が奪われたことにより、ゴブリンが大規模な襲撃を仕掛けてくる可能性を考え、メルセデスは腕利きに調査させることを決意する。

 後日、彼は実際に調査隊を組んで二階層へ送り込むこととなるが、そこでミリが言っていた内容が真実である事を知ることとなった。



 一方、噂の二階層では――

 ピコがこれまでの経緯を魔神へ細かく報告していた。



「御方が消えた……だと?」


「は、はいっ! 三階層に登る直前に、何も言わずに……」



 二階層で一郎がゴブリンを纏めて巨大な蜘蛛に喰わせたという話を聞き、痛快な表情を浮かべていた魔神であったが、最後の言葉には顔色を変えた。



(わっぱ)、どういうことだッッッ!」


「ひぃっ! わ、わかりません……! ぼ、僕にも理由が……!」


「御方が消え……ん?」



 大気を震わせんばかりの怒りをみせた魔神であったが、何かに思い至ったのか、突然考え込むような表情となった。



「そうか、我としたことが……」


「な、何か分かったのですかっ!?」


「簡単なことよ。御方は「後のことは任せる」と仰られていたのでな」



 確かに、一郎はデスアダーにそう言い残している。

 早くまともな場所で休みたいがために、面倒なことを丸投げしただけであったのだが、魔神の受け取り方は違った。



「かような狭き場所での些事、御方の手を煩わせるまでもない。同時に、この地の人間の強さを試しておられるのであろう」


「強さを、試す……?」


「焦土より立ち上がる強さなくして、御方の民となること(あた)わず――」



 魔神の言葉に、ピコがごくりと唾を飲み込む。

 彼にも少し、思い当たる節があったのだ。まるで心を読んだかのように、魔神が“それ”を口にした。



「御方が傍に居られる時、うぬも感じていたであろう。絶対の幸福と安心を――」


「……はい」



 確かに一郎が傍に居る時、ピコはどんな危険を前にしても奇妙なほどの安心感に包まれていた。本来ならゴブリンの大群に囲まれたり、ギガンテスに遭遇するなど、百回死んでもおかしくない場面ばかりである。


 しかし、一郎が傍に居れば「何とかしてくれる」と無意識に思っていたのだ。

 これでは危機感など麻痺してしまい、全ての事柄に対して一郎に頼りっぱなしになってしまうであろう。完全に――“ぶら下がり”の状態である。



「そのような怠惰な民、御方は不要と考えておられるのだ。故に、この地の民から距離を置かれたのであろう」


「言われてみれば、その通りですね……」



 ピコが俯き、歯噛みする。

 もし、この会話を一郎が聞いていれば「あるあ……ねーよ!」と叫んだであろうが、幸いなことにここには居ない。



「一郎さんは、そこまで考えて……」


「うむ。御方の(まなこ)は常に全銀河の民を見据えておられる――」



 ここに一郎が居れば「そんなもん、見据えた覚えはねーよ!」と絶叫したであろうが、魔神は即座に一郎の意を汲んで動きだす。



「童、まずは下層の人間をここに移す」


「えっ……に、二階層にですか?」


「この地の方が住居に向いておる。下は“作業場”でよい――」



 デスアダーの見たところ、この階層の方が明るさも確保されており、迷宮の壁に使われている煉瓦を使えば、たちまち住居を作ることが出来ると考えたのだ。

 下層は魚や塩、木や飲料水などを確保する仕事場にするという方針である。



「そ、そうですね……ゴブリンが使っていた部屋や、溜め込まれた財宝もあるでしょうし、何とかなるかも知れませんっ!」


「どれだけの難事であっても、立ち向かい、不可能をも可能にせよ――! それを成した時、はじめてこの地の民は御方に認められるであろう」


「は、はいっ!」



 こうして、最下層と二階層に大きな異変が起きつつあったが、遥か上層でも一郎がハイランドが向けて出発しようとしていた。

 いずれ、上下の階層で大騒動が起こることは避けられそうもない――








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