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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様

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後始末

 小鬼の長(ゴブリンリーダー)を先頭に立たせ、一行が二階層の奥へと進んでいく。

 道中に仕掛けられた罠を見ると、あちこちに血がこびり付いており、ここへきた冒険者が何人も犠牲になったことを無言で証明していた。


 陰鬱な空気に一向は顔を顰めていたが、大勢の仲間が突然消えた長も動揺を隠せない。混乱したまま、長が口を開く。



「お前は、何者だ……冒険者とは思えない……」



 一郎は何も答えず、無言で進んでいく。最下層と同じく、陰鬱な空気が漂うこの空間で、暢気にゴブリンと世間話をする気など起きなかったのだろう。

 一郎からすれば、この連中は人攫いであり、レイプ魔でしかない。



「覚えておけ、人間。我々は執念深い……必ず、同胞が復讐の刃を研ぐ。いずれ、女という女を全て攫ってやるぞ」


「心配するな。お前の同胞とやらは今日、纏めて消える」


「ど、どういう意味だっ!」


「珍しく、今回は俺も“同意”していてね。病魔というのは、根こそぎ絶つべきだ。甘く見て油断すれば、禍根を残す」



 一郎は何気なく語っていたが、そこには自身の経験もあり、少なくとも最下層の人間に対して一種の責任を果たそうと思っているのだろう。

 せめて、人間が住んでいる階層と繋げてあげるべきだと。後は人間同士、何とか協力し合えば良いんじゃないか? という平凡な思考でもある。



「人間め……図に乗るなよ! 我々の王が、必ず貴様を殺す!」



 長の言葉に、一郎ではなくミリとオネアが反応する。

 この連中に追い掛け回され、遂には最下層にまで逃げなくてはならなかったこともあって、ゴブリンに対して彼女らはかなり手厳しい。



「馬鹿ね、あんたは。王子はギガンテスまで倒した大魔法使いなのよっ!」


「そうでしゅ! キラキラのコナゴナでしゅ!」


「ギガンデスを? 寝言もそこまでにしろ!」



 二人と一匹が騒ぐ中、ピコも興味深そうに一郎を見ていた。

 数々の大魔法を見て、そろそろ気になってきたのだろう。



「一郎さんは、その、どなたから魔法を習ったのですか?」


「……習ってなどいない」



 一郎はぶっきらぼうに答えたが、まんま真実である。

 現代人である彼に魔法などが使える訳もなく、周囲にも魔法が使える人間などはいなかった。そんなものが使えたなら、病気で苦しむこともなかっただろう。



「生まれ持った素質、能力なんですねっ!」


「馬鹿を言え。こんなものは」



 ただの借り物に過ぎない――と答えようとしたところで前方から騒ぎが伝わってきた。箱の周囲を見張っていた、他のゴブリンに見つかったのだろう。

 長はその中の一匹にすぐさま叫ぶ。



「王に連絡しろ! 得体の知れない侵入者が現れた!」



 ゴブリンが走り出し、ミリがそれを追おうとしたが一郎はそれを止める。

 箱とやらに囚われている人達を救う方が先決だと思ったのだ。

 それに箱の前には広々とした空間が広がっており、好都合でもある。ここなら、ゴブリンたちを一網打尽に出来そうであった。



「王子、あいつを行かせたら、ここに大群が来るわ!」


「探す手間が省けていい。こんな迷路の中を探し回るなんてゴメンだ」



 一郎はもう、この頃には「流星の王子様」とやらの能力には一種の信頼を置いてはいる。厨二じみた言動や、格好を付けたがるのはともかくとしても、化物じみた強さを持っているのは確信することが出来た。


 様々な世界を見ながら上を目指すのであれば、巧く折り合いを付けながら、利用していかなくてはならないだろう。

 見張りの一匹が走り去り、残りの二匹が一行へと目を向ける。



「長、こいつらは何です? 殺せばいいので?」


「王が来るまで待て! こいつらは妙な魔法で俺の部下を消した!」


「しかし、人間――ぶべッ!」



 ミリが無言でゴブリンの頭を真っ二つに斬る。

 返す刀で、もう一匹の首を跳ね飛ばす。あまりの早業に、長は血の滴る剣を見ながら呆然としてしまう。



「勘違いしないでよね。あんたらなんて集団にならなきゃ、全然弱いんだから」


「姉しゃま、久しぶりに格好いいでしゅ!」


「貴様……ッ!」



 一郎はそれらを横目に見ながら、箱と呼ばれていた部屋の扉を強引に開ける。中には10人ばかりの女性が弱々しく座っており、一斉に怯えた目を向けてきた。

 中に囚われていたミレーユも、突然現れた乞食めいた男の姿に驚く。



「随分と衰弱しているようだな」



 全員がゲッソリとしており、ロクに眠れず食事も与えられなかったのだろう。

 何をされるか分からないまま、こんな部屋に閉じ込められていたら、発狂してもおかしくない。



「ピコ、何か食べ物はあるか?」


「はいっ、でも全員に行き届くようにすると食材が尽きちゃいますね」


「構わんさ。ここの連中が盗んだ物を奪い返せばいい」



 一郎の口から、山賊めいた発言が飛び出す。

 最下層のオーガは人間を食料としていたため、どうしようもない魔物であったが、ゴブリンも女を攫い、物を奪う。


 一郎はあれから何度かゴブリンという魔物について考えていたのだが、人間とはどう見ても相容れない存在であった。



「じゃあ、さっき拾ったゴブ菜や迷宮茸も使ってみますっ」



 背負っていた大きな中華鍋のようなものを降ろし、ピコはその下に敷いた薪の中に黒い石を放り込む。やがて火が点き、勢い良く薪が燃え始めた。それを見ていた女性たちがざわめき、次々と声を上げる。



「そ、そんなことをしている場合じゃ!」

「貴方たちは、いったい何処からきたの!?」

「それより、早く逃げないと奴らがきます!」



 彼女たちはゴブリンがいつ大挙して戻ってくるか、気が気ではないのだろう。

 ミレーユも、この乞食のような男が随分と落ち着いている様にヤキモキしていた。折角の逃げ出すチャンスが潰されようとしているのだから無理もない。



「心配しなくてもいい。もう、連中に煩わされる事もなくなるさ」



 一郎の言葉に、ミレーユは胡散臭げな目を向けた。

 どこからそんな自信が沸いてくるのかは分からないが、見た目はどう見ても乞食同然のうらぶれた男である。



「ピコ、何を作るつもりなんだ?」


「紅鱒を蒸し焼きにして、ゴブ菜と茸を和えようと思っています!」


「魚に葉物に、茸か……そう聞くと美味そうだな」


「その言い方、何か疑っていたんですねっ……そうなんですね!」


「お前がいつも、目玉目玉言ってるからだろッ!」



 ゴブリンが大挙して押し寄せてくるというのに、彼らは全く恐れを見せず、暢気に飯の話で言い合う始末である。ミレーユは何がなんだか分からず、頭が混乱している内に、遠くから足音が響いてきた。



(奴らがきた……! もうダメ……お父さん、ごめんなさい……!)



 彼女はローランドの城下町で、宿屋を経営している家に生まれた。

 母親を早くに亡くし、幼い頃から従業員として働く日々を送っていたのだが、ここに拉致されてからは一人で働いているであろう父親を想い、毎日涙にくれてきたのだ。


 仲間の足音を聞いて、小鬼の長も俄然、勢いづく。

 彼らは種族として、大勢での“人間狩り”が好きであったし、集団戦でこそ優れた能力を発揮する。



「ハハッ、乞食男……王が来たぞ! もう貴様らは逃げられん!」


「あっそ」



 一郎は全員にここで待っているように伝え、無造作に歩き出す。

 さっさと終わらせようとしているのだろう。人間の国にさえ行けば、こんなヘンテコな連中と戦わずに済むと思っているに違いない。


 その頃、小鬼の王(ゴブリンキング)も堂々とした足取りで広間へと向かっていた。

 箱から女を連れ出されると厄介だと判断したのか、全ての部下を引き連れ、広間を埋め尽くさん勢いで軍勢を押し出す。


 ゴブリンたちは個体として見れば非力だ。故に数の力で敵を驚かし、追い詰めていく。一度でも舐められたら、大挙して人間が押し寄せてくるということもあって、数で圧倒するのは重要な行為であった。



「侵入者は4人と言っていたな」


「は、はい! 長は不思議な魔法で部下を消された、と……」



 それを聞いて、王が露骨に舌打ちする。

 上層から力のある冒険者が降りてきたのか、と。

 ここに降りてくる大部分の冒険者はルーキーと呼ばれる力のない存在であったが、時には強い“個体”も現れる。



「二度と降りてこぬよう、ここで仕留めるぞ」


「了解でさぁ!」



 広間に入ると、そこには襤褸を纏った一人の男が立っていた。

 まさか、“これ”ではあるまいと王は周囲を見回す。この男を囮として、魔法を放とうとしていると。



「気をつけろ! どこかに魔法使いが隠れているぞ!」



 王の声に、ゴブリンたちが即座に弓を引き絞る。

 だが、どこからも魔法などは飛んでこず、魔力も感じない。それどころか、襤褸を纏った男は朝の挨拶でもするように暢気に口を開いた。



「お前が王か。他の女たちはどこに居るんだ?」


「……聞いたところで無駄だ。お前はここで死ぬ」


「なるほど。まぁ、最初から交渉が通じる相手ではないか……」


「教えておいてやろう。お前たちはこれからも、我々に奪われ続ける。物も女も、何もかもを。人間は我々を富ませる肥料でしかない」


「何言ってんだ、こいつ」



 思わず一郎が素で返すも、王は周囲への警戒を強めるばかりである。

 冒険者の中には特殊な能力で周囲に溶け込んだり、装備で姿を見え難くする者も居るため、油断は禁物であった。


 しかし、どれだけ王が警戒していても、それは突然、足元からやってきた――

 目の前の男の気配が変わり、王の背筋に冷たいものが走る。



「そんな寝言をほざいてるから、足元を掬われる――」


「……なに?」



 不可解な発言に足元を見ると、王の足首に白い糸が巻き付いている。

 王だけではなく、部下の足にも糸が巻き付いており、気付けば広間全体に蜘蛛の巣のようなものが浮かび上がっていた。



「人間が肥料なら、お前たちはさしずめ――“餌”といったところか」



 その言葉と同時に、ゴブリンたちの体が地中に引き摺りこまれていく。糸の先には巨大な蜘蛛が目を光らせており、あちこちから悲鳴が上がる。



「や、やめっ……!」

「なんだ、あれ……蜘蛛、蜘蛛がッ!」

「ま、待て、人間! 話し合おう! きっと解決出来る!」


「――“解決”とは、お前たちが消えることだ」



 数秒後、王もろとも全てのゴブリンが地中へと飲み込まれていった。

 後に残ったものは、耳に痛いくらいの静寂である。


 箱に囚われていた女性たちは、凶悪なゴブリンが一瞬で消え去った光景に呆然としていたが、何度目をこらしてもゴブリンの姿は見当たらない。

 とても、現実のものとは思えぬ光景であった。呆然とする彼女たちに、ミリは肩を叩きながら笑顔で言う。



「良かったわね、あんたたち。家に帰れるわよ」


「嘘、本当に……?」



 その言葉にミレーユは大粒の涙を流し、嗚咽が波のように伝播していく。夢としか思えない光景であったが、もう目の前にゴブリンの姿は居ない。

 一郎は後ろの騒ぎから逃げるようにして、魔神へ《機密通信》を飛ばした。



《デスアダー、二階層は綺麗にしておいたから》


《流石は御方。電光石火の如き鎮圧ですな》


《あ、あぁ……それで悪いんだけど、後のことは任せても良いかな?》


《万事、お任せを。全ては御方のために――》


(怖ぇーよ!)



 魔神の大仰な言葉に慄きながらも、全てを丸投げした一郎は爽やかに笑う。

 目が覚めてからずっと、一連の騒ぎの渦中にいたのだから気の休まる暇もなかったのだろう。



(上にいったら、せめてベッドのある部屋で休もう……寝よう……)



 こうして、二階層からゴブリンの姿が消え、三階層へと続く道が確保されたが、その先に待ち受けていたのは更なる事件であった――





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