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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様

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12/23

上下の世界

 ――三階層 ローランド


 冒険者組合、通称:ギルドの一室で二人の男が向かい合っていた。

 組合長のメルセデスと、都市開発を担う大臣、ベンツの二人である。両人の顔は暗く、何事かに悩んでいるようであった。



「メルセデス君、もう少し上に人を回せんのかね」


「お言葉ですが、大臣。これ以上、下層に対する警戒を疎かにすると、ゴブリンが都市部にまで侵入してきかねません」


「そうならない為に騎士団がある。そうであろう?」



 その言葉に、組合長は顔を曇らせる。

 大臣は決して人は悪くないものの、現場に立った事がないため、どうしても頭が平和ボケしているのだ。



(騎士団など、今では貴族どもの私兵ではないか……)



 何らかの大事が起こっても、民の命を守るどころか、其々が心を寄せている貴族の館に集結し、これみよがしに尻尾を振るだけであろうと組合長は考えている。

 現在、ゴブリンの脅威から国を守っているのは騎士団ではなく、皮肉な事に日銭を稼ごうとしている冒険者である、というのが現実であった。



「上からの財宝が、資材が、もっともっと必要なのだ。我々は更に、西へと版図を広げねばならんのだからな」


「足元を留守にするのは危険です」


「そうは言うが、冒険者も上に行く事を希望していると聞いているぞ?」



 これに関しては大臣の言が正しい。

 下層での依頼は常にゴブリンが絡むため、危険が多いのだ。一匹一匹は弱いが、集団になると手に負えない魔物がゴブリンである。


 迷宮のあちこちに罠を仕掛け、人間並みの集団戦を仕掛けてくるため、あの強靭なオーガですら遂には下層に追いやられてしまった程だ。

 ゴブリンは幾つかの秘密の通路を作り、時には三階層に現れては物を盗み、時には人を浚う。この国にとっては、目に見える身近な脅威である。



「メルセデス君。王宮ではむしろ、ゴブリンの数を減らしすぎれば、下の喰人鬼が押し寄せてくる事になりかねん、との懸念もあがっている」


「オーガ、ですか……」



 あのオーガの集団が三階層に上がってくるような事があれば、記録的な大災害となるであろう。飾りと化した騎士団などが対応出来る相手ではない。


 最下層から命からがら逃げ延びた者の報告では、オーガロードやギガンテスなどの姿まで確認されているという。

 そんな魔物が現れた日には、国家が滅亡するであろう。



「嘘かまことか、下には首領級の魔物まで居ると聞く。ゴブリンに対しては階層の入り口を固め、程ほどに対応しておけばよい」


「……貴重なご意見として、検討させて頂きます」



 大臣が部屋を出て行った後、組合長は長い溜息をついた。

 最下層の話より、年々被害が増しつつあるゴブリンへの対処が先であろうと。

 しかし、一面ではゴブリンの集団がオーガ達を食い止める“堤防”となっているのも事実であった。



「減らしすぎても、増えすぎても、ダメか……」



 答えの出ない難問に、今日も組合長は頭を悩ませる。

 冒険者の数は増えつつあるが、新入りを送り込んでもゴブリンの餌食になるだけであろう。



「腕利きに一度、最下層の様子を探らせるか……」



 その日、ギルドの酒場に一枚の依頼が張り出された。

 内容は最下層の様子を探り、物資や情報を持ち帰る事である。それを見た面子が次々と呆れたようにせせら笑う。



「最下層だってよ」

「馬っ鹿じゃねぇの? 誰が行くんだよ、あんなとこに」

「面倒なゴブリンの巣を突破して、お次はオーガときたもんだ」

「命が何個あっても足りねぇっつーの」



 其々が木で出来たジョッキをぶつけ、喉にエールを流し込む。テーブルの上には味のないナッツと、揚げた芋があるだけだ。



「だが、最下層に行きゃ“魚”と“岩塩”があるぜ?」

「昔はそれを持ち帰って、大儲けしたのもいるらしいが……」

「無事に降りれても、帰る途中でゴブリンに奪われるのがオチだろ」



 三階層には塩と魚が無かった。

 上から持ち帰るか、交易商が来るのを待つしかない。幾ら金が欲しいと言っても、最下層にそれを取りに行くのはリスクが高すぎた。



「ミリとオネアも、行ったっきり帰ってこねぇみてぇだな」

「良い女を亡くした」

「上に行くにせよ、下に降りるにせよ、どっちにしろリスクは付きもんさ」



 だが、中にはその“リスク”を好む者もいる。

 ギルドの安酒場だけではなく、高級酒場にもその依頼は張り出されていたが、ここには駆けだしのルーキなどは居らず、しっかりとランクを持った者が多い。


 テーブルの上にもワインが置かれ、新鮮な果実や暖かいシチューなどが並べられており、先の酒場とは雲泥の差があった。



「金貨20枚だってよ」

「ルーキーなら、半年は遊んで暮らせる額だな」

「上の方がまだ安全に稼げるさ」

「しかし、最下層から戻った奴なんざ、ここ数十年居ねぇ筈だが」

「まっ、リスキーな依頼が好きなやつも居るさ」



 その頃、リスキーな最下層では――



 この階層を支配してきたギガンテスが消えた事により、人々は戸惑いながらも、今はいつも通り、魚の水揚げをおこなっていた。

 鬼が居ようが居まいが、まずは食わなければならない。



《御方、これで残りの蛾も全て消えたようであります》


《そうか、助かったよ》



 あれからも魔神は精力的に動き続け、残った鬼も残らず消去したらしい。

 一郎はと言うと、串に刺した紅鱒が焼き上がるのをじっと待っていた。ピコから話を聞いてからというもの、これを食いたくて仕方がなかったのだ。



《デスアダー、俺はこのまま上に向かおうと思っている》


《全銀河掌握への一歩ですな》


(どんなスケールだよ!)



 冗談としか思えない言葉であったが、魔神は至って本気であろう。

 一郎はその言葉をスルーし、会話を進めていく。



《ここの人達を、どうすれば良いと思う?》


《そうですな……まず、食っていく分には問題ありますまい》



 デスアダーが言うには、ここには良い土が多いらしく、村では野菜が細々と栽培されているとの事であった。川もあり、飲み水や魚にも困らない。

 中央にも大きな森があるとの事であった。


 西に行けば墓地の他に“廃材置き場”もあり、最下層の住人はそこから様々な道具や資材を調達している。オーガさえ消えてしまえば、裕福な生活とは言えないまでも死ぬ事はないであろう。



《御方、我は暫しこの地へと残り、民への撫育を行おうと考えております》


《そう、だな……何もかも、放り出していく訳にもいかないしな》



 幾ら鬼が消えたと言っても、いきなり全てが巧くいく訳ではない。

 頭を押さえつけていた者が消えた後、訪れるのは平和ではなく、往々にして混乱である。


 いきなり現れて、いきなり鬼を踏み潰して、後はお好きにどうぞ、と言えるほど一郎は剛毅な性格はしていない。その点に限って言えば、この魔神がいれば秩序が乱れる事はないであろう。



《そこで、もう一柱の魔神を召喚して頂きたいのです》


《魔神を?》


《我が不在の間、御方に万が一の事があれば全銀河の損失となりましょう》


(ならねーよ)



 魔神の大袈裟な言葉に心中で突っ込みを入れつつ、一郎は「考えておく」とお茶を濁す事にした。誰を呼んでも、大変な事になる予感しかしない。



「一郎さん、上手に焼けましたっ!」


「おぉ!」



 焼けた紅鱒に早速、一郎が齧り付く。

 脂肪たっぷりの身がホロホロと口の中で崩れ、荒い岩塩が舌の上で溶ける。久しぶりの焼魚に、一郎が思わず叫ぶ。



「美味いっ。ピコ、もう一匹くれ!」


「はーいっ! どんどん焼いちゃいましょうね~♪」


「美味いっ。おかわり!」


「目玉も残さずに食べて下さいねっ」


「えっ」



 二人が楽しく食事をする中、集落のあちこちでも煙が上がる。鬼が居なくなり、久しぶりにゆっくりとした食事が取れる、と言ったところであろう。

 住人達はチラチラと一郎の方を見ていたが、声をかけるのは畏れ多いと思っているらしく、微妙な距離があった。



(色々と聞きたい事があったんだけど……)



 住人達の戸惑いや遠慮も、ある意味では当然であろう。

 目の前で、あのギガンテスを子供扱いしながら粉々にしてしまったのだから。

 とても人間とは思えない、規格外の存在であった。ミリとオネアが「王子」と呼んでいる事も、事態をややこしくさせている原因の一つである。



「一郎さん、救急食も要りますか?」


「いや、あれは遠慮するよ……」



 一郎は最下層の各地に設置されている蛇口から出る「救急食」と呼ばれるものも口にしてみたのだが、あまりの不味さに絶句するレベルであった。



(見た目はオートミールみたいだったけど、味は鼻水だったな……)



 色んな食事に飢えている一郎ではあったが、あれは生理的に受け付けないものがあり、食べるのを断念した。

 救急食の味を消そうと、一郎が焼き魚に齧り付いていると、ミリとオネアの二人が集落の村長を連れて戻ってくる。



「王子、村長を連れてきました!」


「王子しゃま!」


(王子、王子って連呼すんな!)



 二人の口にガムテープでも張りたくなる一郎であったが、本人の口も王子と名乗っているのだからどうしようもない。

 戦闘中だけではなく、戦闘後も羞恥プレイはまだまだ続行中である。

 一郎がそんな事を考えていると、おずおずと村長が進み、挨拶をしてきた。

 


「この度は、何と御礼を申せばよいのか……聞けば、遥か上層の国々を支配する、王子であられるとか」


「い、いや、私は只の一般人でして……」


「高貴なお生まれ故、名乗れぬ事情がおありなのでしょうな……お察し致します」


(ド庶民のサラリーマンだよ!)



 だが、一郎がどれだけ否定しても誰も信じはしないであろう。

 ギガンテスを片手間で滅ぼし、失った手を復活させる魔法を駆使するなど、王家にだけ伝わる秘術などの類としか思えない。


 ギガンテスの腕を斬り落とした輝くばかりの宝剣といい、見た目は乞食のような襤褸を纏って顔を隠している事といい、並べていくと、「事情があって身分を隠している王族」という図が違和感なく出来上がってしまうのだ。



「え、えっと、村長さん、この最下層の事をお聞きしても?」


「勿論ですとも! 私に答えられるものであれば何でも」



 一郎は思いつくままに質問を重ねていったが、気付けばオネアが隣に座り、何故か手を握ってくる。反対側にはミリが座り、気付けば両手が塞がれていた。

 ピコも何故か「あ~ん♪」と魚を食べさせてくる。


 傍目から見れば絵に描いたようなクズ男の姿であったが、村長はその姿を見て、「流石は王族である」と益々、斜め上の解釈をしていく。



「では、鬼が居なくなればここで暮らしていく事は出来ると?」


「喰われない、というだけでも十分にありがたい話ですとも! 奴らときたら、我々を家畜か何かのように扱ってきましたからな……」



 一郎としては、こんな土と岩で出来たシェルターのような場所で人間らしい生活が出来るとはとても思えなかったが、人間を捕食する天敵が居なくなっただけでも、ここの住人にとってはありがたい話なのだろう。



(デスアダーが居れば、治安的には問題はないだろうけど……)



 そんな事を考えていると、横からミリが口を挟んできた。

 しかも、その内容は中々に興味深いものである。



「上のコブリンが居なくなれば、ここの魚や塩をローランドに持っていけば良いのよ。必ず高く売れるわっ」


「ゴブリンを、ですか……?」


「今までは交易商に散々ぼったくり価格で売られてたんだし、ここのを持っていけば皆、喜んで買うわよ」



 今までであれば、ゴブリンが居なくなる事態など想像も出来ないものであったが、一郎の力を目の当たりにしてしまっては、夢物語とは思えなくなってしまう。

 自然、全員の視線が一郎へと集まる。



「……すまないが、実際に上を見てから考えたい」


「えぇ、我々としてはオーガが居なくなっただけで、安心して眠れるというものです……」



 そうこうしている内に、集落の奥からデスアダーが戻ってくる。

 流星号の鞍には、まだ血の滴るオーガの首が幾つかぶら下がっていた。別に首を獲る趣味がある訳ではなく、流星号のオヤツにしようとしているのであろう。



「はわわ! 王子しゃま、また化け物が出てきましゅた!」


「うっっそでしょ、何あれ!」



 ミリオネアが叫び、周囲の住人達も腰を抜かしたように次々と尻餅を付いていく。この魔神を前にしては、とても立っていられたものではない。

 中には失禁する者も居たが、当然の反応であった。


 この魔神は――災害級などと呼ばれる魔物より遥かに強いのだから。


 そんな恐ろしい魔神ではあったが、自らの仕える主君の前では忠実な僕そのものである。周囲の反応などまるで目に入っていないのか、目に入れるつもりもないのか、彼の瞳には一郎しか映っていない。



「か、彼はデスアダーと言ってね。頼りになる部下だよ。村長さん、暫くの間、彼の指示に従って貰えるかな?」


「し、しょ、承知致しました……!」



 一郎が紅鱒を片手に立ち上がり、魔神へと歩み寄っていく。

 それを見たデスアダーは慌てて下馬した。



「お疲れ様。暫く、ここを頼むよ」


「勿体無き御言葉。万事、遺漏無く事を進めます」


「あっ、これ美味しいから食べてよ」


「――ありがたき幸せッ!」



 これだけ働いた魔神に対し、褒美が焼き魚という貧相極まりないものであったが、当の本人は身を震わせて喜びを露にしていた。

 主従揃って妙な姿である。



「じゃあ、今日は準備して明朝から上へ出発しよう」



 こうして、最下層での騒ぎが終わり、一向は二階層へと向かう事となった。

 そこは奸智に長けたゴブリンが支配する世界であり、人間の支配が及ばない地域である。



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