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流星の山田君 ―PRINCE OF SHOOTING STAR―  作者: 神埼 黒音
一章 流星の王子様
10/23

接近

 ――最下層 巨大集落



 最下層の中でも、最も人口密度が高い集落で一つ目巨人(ギガンテス)は目覚めた。

 彼はその巨体を維持するために多くの食物を必要としており、その眠りも非常に長い。三日三晩寝続ける事など、ザラだ。


 起きてすぐ、ギガンテスが異変(・・)に気付く。

 味方のマーカーが、激減しているのだ。



「何が、起きている……」



 ギガンテスが起き上がり、高い天井を見上げた。

 深い緑色の肌に、強靭な肉体。その身長はオーガの三倍はあるであろう。全身には魔狼の毛皮を繋ぎ合せた服を着ており、存在そのものが凶器であった。



「また、減っている……一体、どうなって……」



 ギガンテスはその目に、特殊な能力を宿している。

 味方の位置・数などを映し出し、瞬時に全体を把握出来る力だ。

 この世界ではかつて、何度か“大戦”が行われたが、ギガンテスの種族は指揮官の傍らに立ち、作戦のサポートを行うのが常であった。


 その巨大な目の中で、次々と味方のマーカーが減っていく。

 それも10や20ではない。300、400と時間が経つにつれ、加速度的にその数を減らしつつあった。



「疫病か……!?」



 ギガンテスが巨大な洞窟から這い出て、集落へと向う。

 そこには大きな川が流れており、今日も多くの人間達が強制的に駆り集められ、労働に従事させられていた。


 人間達はここで、鬼達が食う魚を取らされているのだ。

 どれだけ働こうと何も与えられず、“蛇口”から出る粥のようなものを与えられるのみであった。


 これでは健康を維持出来る筈もなく、脆弱な人間は病気となって倒れ、オーガ達は定期的に“回収”を行っては人数を確保している。

 無論、オーガとて無敵という訳ではなく、時に疫病などが流行ればそれに斃れてしまう事もあった。


 何十年、何百年かに一度、墓地から得体の知れない蟲が這い出てくる事もあり、それらはオーガにとっても脅威となる存在であった。

 集落に出たギガンデスは、すぐさまもう一体の将軍――オーガロードを呼ぶ。



「西の方で異変が起きている。様子を見てこい」


「向こうニは、弟が居まスが……」


「死んだ。消えている」


「ソ、ぞンなッッッ!」


「墓地からも見張りが消えた。何か這い出てきたのかも知れん」


「確認じてキまス!」



 それを聞いたオーガロードは、配下の鬼を連れて慌てて走り出す。その間も魚の水揚げは続き、強制的に回収された人間達が幽鬼のような姿で作業を行っていた。

 その目は死んだ魚のようであり、どちらが生きてるのか死んでいるのか分からないような光景である。



「コ、コイヅ、ウゴカナイ……クウ」


「コッチモ、ウゴギガニブイ。ウエニウル」



 今日も多くの人間が斃れ、喰われ、上のゴブリンへと売られていく。

 この最下層において、それは普遍的な光景であり、不変の光景でもあった。



 その頃、一郎は――



 何とか落ち着かせたミリオネアのタッグから、上の世界や冒険者と呼ばれる人間について質問を重ねていた。



「お、王子……その格好は?」


「少し、事情があってね」



 まさか、「お前らへの備えだ」とも言えず、一郎は言葉を濁す。そこから、矢のような質問タイムがはじまった。


 当初は嬉しそうに答えていたミリであったが、段々とその顔が訝しげになっていく。最初は「下々の事なんて、王子は知らなくても当然よね」と思っていたのだが、あまりにも一郎が知らなさすぎるのだ。



「冒険者は何故、二階層に降りるんだ? そこにはゴブリンが居るんだろう?」


「その、奴らは色んな物を持っているので……」


「ゴブリンから略奪しているのか?」


「や、奴らも私達から色んな物を奪ったり盗んだりしてるんです!」



 ゴブリンは多くの食料や、人間から奪った武器や道具を持っているらしく、それらを目当てにして冒険者は下に降りるらしい。

 個体としては強くないが、群れになると相当に手強いらしく、それらに追い詰められた者が、命からがら逃げて来るのが最下層であった。



「ま、命があっただけ良かったじゃないか」



 一郎は軽く答えたが、そこには重い実感が籠められている。

 死んでしまえば、全て終わりなのだから。どんなに無様でも、不恰好でも、最後まで諦めなければ何とかなる、と言うのがこの男の信条だ。



「そうですけど……逃げた先が、こんな“地獄”だなんて」



 ミリの言に、ピコが片眉をあげる。その地獄の住人であるピコからすれば、聞いていて気持ちの良い話ではない。



「フン。地獄で悪かったですね、冒険者サン?」


「べ、別にあんたの事をどうこう言った訳じゃないわよっ!」


「僕の方は、貴方がたに言いたい事が沢山ありますけどね」



 最下層に住む人間からすれば、冒険者とは勝手に上から逃げてきて、秩序を乱す存在でもある。冒険者が無謀にもオーガに歯向かい、それによって巻き添え被害を食らった住人が過去にどれだけ居たか分かったものではない。



「王子しゃま……早くローブの下のお顔を見たいでしゅ……」



 周囲が真面目に話をしている中、オネアは熱い視線を一郎へと注いでいた。その視線は時に胸板に飛び、時に顔へ飛び、時に股間へと飛ぶ。

 見た目は可愛らしい魔法少女であったが、その眼光は女豹のそれであった。


 そんな視線を知ってか知らずか、一郎の質問は止まらない。

 その問いは多岐に渡り、まるで園児が母親に世の中の事を何でもかんでも聞いているような姿であった。



「大体、ここは何だ? 誰が作った? 何階層まであるんだ? 地上はどうなっている? どうしてこんな地下に川が流れて、魚が泳いだりしてるんだ?」


「……えぇっ!?」


「王子しゃまの質問は、哲学的でしゅ……」



 一郎の質問には、誰も答える事が出来ない。

 そんな事を、考えた事もなかったであろう。ミリは頭を振り絞りながら、何とかその問いに順番に答えていく。


 目の前に居る“襤褸を纏った王子”をその気にさせなければ、故郷には戻れないと確信しているからだ。彼女にとって、ここは正念場である。



「この世界は、その、大昔に大賢者様が作ったと語られていま、す……?」


「疑問系かよ」


「しょうがないじゃないっ! ぁっ、ごめんなさい……後、何階層まであるのかは分からないです。私達も駆け出しなので、あまり情報が……」


「使えねぇな」


「うっさいわねっ! ぁっ、ごめんなさい……」



 一郎はふざけた応対をしながら、ミリの言葉を反芻していた。

 大賢者が作ったなどと言われても、簡単には頷けない。目覚めた時、周囲のゴミには明らかに“近代的な文明の形跡”があったからだ。


 あれらを見てしまった一郎からすれば、ここが単純にファンタジーな世界であるとは思えず、頭を悩ませていた。



(情報を纏めれば、ここは階層と言う名が付けられた“世界の最底辺”と言ったところなんだろうな。そして、何処まで上に続いているのか、誰にも分からないときたもんだ)



 一郎は思った――上を、見てみたいと。

 自由に動けなくなった日々を、トイレに行くだけでも重労働となっていた日々を振り返り、好きに動き回れる今の環境を無駄にしたくないと素直なまでの気持ちでそう思ったのだ。



「分かった。まずは、その三階層とやらを目指そう」


「本当ですか!? ありがとうございます、王子!」


「王子しゃま、上にいったら教会で合体――むぐぐっ」


「あんたは暫く黙ってて!」



 一郎の言葉に喜ぶ二人であったが、懸念もある。この階層にはギガンテスを補佐する、鬼を従えし者が二体も存在しているのだ。

 本来であれば、騎士団でも出動させなければならない規模の個体である。



「只、ここには将軍と呼ばれるオーガロードが二体も居て、東西を分けて支配しているんです。何とか、それを避けながら上にいかなくてはなりません」


「あのガチムチには流石に勝てないでしゅ……」



 西を弟が、東を兄が。

 その両者を従えるのがギガンテスである。


 将軍という単語を聞いて、一郎が先程飛んできたテレパシーを思い出す。

 瞬間、目の奥から火花が散り、その気配が変わった。



「将軍なる蟻は、既に踏み潰された――」


「えっ……王子が倒されたのですかっ!?」


「そんな輩は私が手を下すまでもない。ピコ、ここを片付けて出発するぞ――巨人狩りだ」


「は、はいっ!」



 慌ててテントを仕舞うピコであったが、一郎から漂ってくる気配に胸をドキドキさせていた。そこにあるのは、圧倒的な強者のオーラ。

 オーガを一匹残らず駆逐する、と宣言した時と同じ気配であった。



 ――集団鳥飛行(マスフライト)



 一郎が唱えた魔法に、全員の体が浮き上がる。

 それは本来、術者を飛行させるものであったが、集団ごと飛行させるなどあまりにも規格外の魔力であった。



「う、浮いてる……僕の体が……!」


「嘘でしょ、何よこれっ!」


「はわわわ!」


「で、その巨人とやらは何処に居る――?」



 ミリが震えながら指した方向に全員が矢のように飛翔していく。

 その速度は、とても目を開けていられない程だ。



「い、一郎さん……本当に大丈夫なんですか!?」


「古来、化物は王子に退治されると相場が決まっている――」


(こいつ、いま自分で王子って言ったよ! 言っちゃったよ!?)



 一郎の叫びをよそに、凄まじい速度で一行が巨大集落へと向かう。

 その頃、魔神は西一帯を暴風のように襲っていた。600は居たであろう鬼達であったが、既にその数は100にも満たない。


 朝を待たずして、全滅するであろう。

 その度に方々の村から「ヤッマーダイティロー!」という叫び声が上がっていたが、本人が見れば腰を抜かす光景であったに違いない。





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