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勇者殺し  作者: おちょぼ
4/4

勇者殺し4

 

 それから一月ほど経った。

 もうそのころになると俺は潜伏魔法すら使わず勇者の隣を歩くようになっていた。


「おい魔族、この犬と蛇の間の子みたいな魔物は食べられるのか?」


 まあ食えないわけじゃないが……


「ふむ、では一口」


 あ


「おお、なかなか悪くない味だ。これなら酒のツマミに合……辛ァッッッ!!」


 あーあ。

 人の話を最後まで聞かないからだ。


 その魔物の肉は唾液に反応して超刺激的な物質に変化するんだ


「……つ!!!!!」


 おいやめろ無言で叩くな。

 ほれ水。


「んく、んく……ぷはぁ!……ダメだ。水飲んでもまだ辛い!というか痛い!」


 我慢しろ。

 自業自得だし。


「くぅっ」




 とまあこんな風にちょっと抜けた面も見せてくれる程度には打ち解けてしまった。

 正直俺自身もなんでこんなに勇者と仲良くなれたのかはわからない。


 魔王になんか言われたらがんばッた結果だということで敢闘賞でも貰おう。





 それからしばらくして……。


「ふぅ。やっと口の中が落ち着いてきたな。お、見ろ。街が見えてきたぞ」


 勇者の指さす方を見ると確かに大きめの街が見えた。

 あれは確か魔界有数の交易都市カンバルだな。

 魔界中の品物が集まる都市だ。

 カンバルに行けば見つからない物は無いとまで言われる所だ。


「……それは酒についてもか?」


 さあ?

 まあ行けば分かることだ。


「そうだな。では早く行くとしようか」


 勇者はそう言うときもち早歩きになった。

 どうやらまだ見ぬ酒が相当楽しみなようだ。






「……なんだ、これは」


 カンバルに入ってすぐ、俺達は異変に気づいた。

 街の至る所にとある張り紙がされ、街の連中はそれを見て色めき立っている。


 その張り紙の内容はこうだ。


 『魔王VS勇者!

 世界の命運を賭けた闘い!

 勝つのは魔族か!?人族か!?

 (約)一ヶ月後、魔王立闘技場にて開催

 君はその日、歴史の目撃者となる……!


 ※詳細は追って公表いたします』


「ば、ばれてるじゃないか……」


 ばれてるな。

 一月後と書いてあるということは勇者の居場所もばれてると見て間違いないな。

 こんなお粗末な変装じゃばれるのも当たり前か。


「ううむ。まあ居場所が割れていようと私のやることは変わらん。魔王のところに赴き打ち倒すのみだ」


 そうだな。


 だがこうなると疑問なのは魔王の意図だ。

 勇者の居場所がわかっていながらどうして何もしてこないのか。

 魔王なら勇者の移動中に超長距離広域破壊魔法を撃ち込むことだってできるだろうに。

 あまつさえこんな見世物にするなんて……。


 いやあの派手好きな魔王のことだ。

 案外目立ちたかったなんて理由なのかもしれない。


「なるほど。しかし、なんで魔族達はこんなに楽しそうなんだ?自分達の王が決闘をするんだぞ?もっと不安そうな顔をするべきではないのか?」


 今の魔王は歴代の魔王の中でも五本の指に入るほどの強さを持っているからな。

 皆魔王の勝利を疑ってないんだよ。

 あと、単純に魔族は決闘が好きだしな。


「ふむ、だが、まあ、なんだ。こんなに注目されるとなると少しやりづらそうだな」


 安心しろ。

 魔族はバカだからな。

 一月も経てば皆忘れてるさ。


「そうか、そうだよな」




 二週間後。


「悪化してるじゃないか!」


 魔王と勇者の決闘のニュースはより熱を増していた。

 魔王はどうやら広報戦略も心得ているようだ。

 情報を小出しにし、魔界の大手人形屋と契約して魔王や勇者をデフォルメしたぬいぐるみを販売したり、魔王立闘技場に行く人に補助金を出したりと余念がない。

 おかげでこの二週間、行く街行く街全てがお祭り騒ぎだ。


 今も、街の入口でパンフレットを無料で配っていた。

 金かけてんなぁ……。

 国民の税金をこんなことに使っていいのか?


「というかその街の入口で配っていたその冊子、貰ってきたのだな」


 まあな。

 俺は貰えるものはなんでも貰っておく主義なもんで。

 俺はパンフレットをパラパラとめくって見る。

 内容は魔王立闘技場の案内図や勇者が何者なのかという説明、魔王の決闘にかける意気込みなどだった。


 けっこうしっかりした作りだな。

 俺はその中の魔王の決闘にかける意気込みのページを開いた。

 どうやら記者とのインタビュー形式で進めるようだ。



 ふーん。

 見開き二ページに渡って書かれてるだけあってなかなか内容も多い。

 曰く、『勇者と生死を賭けた戦いをするのが夢だった』とか『闘技場に来れない人のために決闘の様子を全世界の魔族や人族に届ける魔法を構築中』だの『この戦いが終わったら魔王を引退する。老後は大道芸人になりたい』など……。


 ってマジか。

 魔王引退すんのかよ。

 そんで大道芸人って……。

 いや派手好きな魔王にはお似合いかもしれんが。


 ていうかこれパンフレットのインタビューの中で発表する内容じゃねぇよな。

 もっと号外新聞とかで大々的に発表するべきだろ。


「ほぅ、魔王は辞めるつもりなのか」


 いつの間にか後ろからパンフレットを覗き込んでいた勇者が言った。

 まあ魔王は勇者と戦うわけで。

 死ぬかもしれないし、死ななくても魔王を続けられなくなるほどの怪我を負うかもしれない。

 そうなった時に魔界が混乱しないようにあらかじめ後任とかを決めておきたいんだろ。


「なるほど、な」


 ふぅむ。

 それにしても魔王は凄いな。

 『全世界の魔族と人族に決闘の様子を伝える魔法』か。

 魔法を新たに生み出すのはものすごい労力がかかると聞く。

 しかも聞くだけでもとんでもない大魔法だ。

 魔王以外の奴だったら数十年がかりでやってもできないだろう。


 ……

 …………

 ………………


 あ。


 そのとき、俺の脳裏に一筋の閃光のような閃きが走った。

 俺はその閃きを整理し、脳内で検証し、可能であると結論づけた。

 問題は勇者にその意志があるかだ。

 さて、どう切り出すか。



 ……。

 ……なあ勇者、お前もしかして魔王が羨ましかったりするか?


「どうしてそう思う?」


 魔王はこの戦いが終われば魔王を辞めて自分のやりたいことができるようになる。

 でも勇者、お前は勇者を辞められない。

 この戦いが終わってもな。


「そんなことはない。……と言いたいところだが、お前とも長いつき合いだ。正直に言おう。私はこの戦いを最後に、勇者を辞めたい」


 だよな。


 じゃあ一つ提案だ。

 俺にお前を勇者という縛りから解放させられる良い案があるんだ……のるか?


「ほう、どんな案だ?」


 それは言えない。


「それは確実なのか?」


 わからない。

 俺も思いついたのはたった今、このパンフレットを読んだときだ。

 なにか穴があるかもしれないし、不慮の事故で失敗するかもしれない。

 でも成功すればほぼ確実にお前は勇者でなくなる。


「おもしろい。のったぞ、その計画。それで私は何をすればいい?」


 何も。

 ただお前は勇者として魔王を倒してくればいい。


 ただそうだな……。

 これから俺は本気で暗殺者になる。

 初めて出会ったときと同じ、いやそれ以上にお前を殺しにかかる。


「……」


 だからお前も俺を見つけたら本気で殺しにかかれ。


「……それは必要なことなのか?」


 ああ。


「私はやるとなったら全力でやるぞ」


 そうでなきゃ意味がない。


「お前、死ぬかもしれないんだぞ……」


 もともとそういう関係じゃないか俺達は。

 今がおかしいんだ。

 それが元に戻るだけだ。


「いや、だよ」


 おい……


「だって初めてだったのに。人とこんなに仲良くなれたの。私の力を見たら他の人は皆私のこと怖がって、遠ざけて、仲良かった街のみんなも離れてった。勇者なんて、なりたくてなったわけじゃないのに!」


 泣くなよ。

 別に今生の別れって決まったわけでもあるまいに。


「なるかもしれないじゃん!」


 はあ。

 じゃあ一つ聞くが、俺が一度でもお前の攻撃をくらったことがあったか?

 あ、初めの頃に一回組み伏せられたことがあったな。あれはナシで。


「そ、それは」


 無いだろ?

 要するに俺の方が勇者より強いんだよ。

 だから変な心配すんな。


「……わかった。でも一つ聞かせてくれ。どうしてお前は私にそこまでしてくれるんだ?」


 別に。

 ただ思いついた作戦をやってみたいだけだ。


 ……でもそうだな。

 強いて挙げるなら。

 友達には幸せになって欲しいってだけた。


「……っ」


 じゃ、俺は行くから。

 お前が勇者として生きる最後の二週間だ。

 ちゃんと最後までやり切れよ。


 俺は涙を滲ませる勇者を見ながら。

 すり抜けを使って階下に降りると一目散にその場を離れた。


 さあ大変なのはこっからだ。

 勇者が魔王の元にたどり着く二週間までの間にやらなければならないこと、仕込まなきゃならないことはたくさんある。

 なんとしてでも間に合わせなければならん。


 俺の暗殺者としての最初で最後の大仕事だ。

 せいぜい派手に決めなきゃな。




 それからはあっという間の二週間だった。

 存在を忘れかけていた教科書を引っ張り出して魔法を覚え、その傍らで勇者に暗殺を仕掛けては追い回される、そんな毎日。

 気がつけば勇者は魔王都に着いていた。


「ここが魔王都か。思ったよりも、何ていうか……明るい街だな」


 まあ勇者の言いたいこともわかる。

 魔王都は派手好きな魔王のせいで至る所に証明がつけられキラキラと輝いている。

 正直言ってケバい。


「まあいい。ともかく宿は……こっちか」


 この二週間の間に勇者の元に魔王からの使いが来て、決闘の日取りと魔王都の最高級宿屋の招待状を渡していった。

 魔王としては万全の状態の勇者と戦いたいのだろう。

 勇者と全力の決闘をするのが夢だったとかというぐらいだし。

 普通なら罠を警戒するところだが悪意を見抜ける勇者相手に罠は通用しないので問題はない。



 俺も何とか必要な準備は整った。

 あとはその時が来るのを待つだけだ。


 その日の夜。

 明日に魔王との決闘を控えたこの日でも勇者は日課の月見酒をやめなかった。

 まあ前日だからと特別なことをするよりも、いつも通りである方がよっぽどいい。

 そう思いながら勇者を眺めていると何故か勇者はコップを二つ取り出し、両方に酒をつぎはじめた。


 何やってんだアイツ。


「なあ魔族。聞いているのかわからんが、私はここまで来たぞ」


 勇者は片方のコップを持つともう片方にコツンとぶつけた。


「私は何としても魔王を倒すと誓う。だから、願わくばお前に……いや、止めておこう」


 勇者はそう言うと静かに酒を飲み干し寝床にはいった。

 すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。


 ……俺の分の酒、出しっぱなしじゃねぇか。



 この二週間こんなことはしなかったのに。

 勇者といえど少し感傷的になったのかもしれない。


 しょうがねぇな。

 俺は俺の分の酒を飲み干すと勇者の枕元にコップを置いた。





 翌日、俺は闘技場の中に入りこみ身を隠していた。

 闘技場は既に多くの魔族によって賑わっている。

 もうすぐ勇者が現れる時間だから当たり前か。


 わっと歓声が一層強くなった。

 勇者が来たのだろうか。

 確認したいが俺がいることは万が一にもバレてはいけないため物陰から出られない。


 この闘技場には魔王がいるのだ。

 暗殺者嫌いの魔王が俺を見つけたら何をしてくるかわかったもんじゃない。

 それにこの闘技場に観戦に来ている魔族は皆、魔王や勇者の流れ弾に当たっても死なないであろう吸血鬼(ヴァンパイア)龍人(ドラゴニュート)上位悪魔(アークデーモン)などの強者ばかりだ。

 気を抜くことはできない。


 しかし魔王の言う『全世界に魔王と勇者の決闘を伝える魔法』ってのはどんな魔法なんだ?

 それによって俺の計画が成功するか失敗するか決まるんだが。


 しばらくやきもきしていると俺の視界の端に窓のようなものが現れた。

 なんだこれ。

 意識して見ると窓は大きくしたり小さくしたりできることがわかった。


 窓の中には闘技場のような場所が広がり、その中では勇者と魔王が対峙している。。

 なるほど。

 これが魔王の言っていた『全世界の魔族と人族に決闘の様子を伝える魔法』か。

 他人の視界を乗っ取るとは恐ろしい魔法だ。

 しかもこれが世界規模でおきているというのだから笑える。

 魔王が本気出したら人族なんて簡単に征服できそうだ。


 しかしこれ音は聞こえないのか?

 と思ったらどうやら字幕がでるらしい。

 勇者の言葉には魔族後で、魔王の言葉には人族語で字幕がでるという親切設計だ。

 魔王はこの翻訳魔法をもっと世界に広めるべきだろ。




 勇者がかっこよく名乗りをあげ、魔王が悪役の如くそれに返す。

 そうして世界の命運を賭けた決闘が始まった。


 戦いは壮絶を極めた。

 魔王の放つ魔法を勇者が避け、勇者が剣で切りかかると魔王が魔法で反撃する。

 一進一退の攻防が続いた。


 両者譲らぬ戦い。

 永遠に続くかと思われた攻防、だが終わりは唐突に訪れた。

 魔王の放った無駄に派手な魔法。

 それにより視界が遮られたその瞬間、魔法の中を強引に突破した勇者の斬撃が魔王の首を切り落とした。


 シン……と静まり返る闘技場。


 勇者は魔王の首を持ち上げると、魔王の魔法ごしにこの戦いを観戦しているであろう人間達に見せつけるように掲げた。

 俺からは見えないのに人間達が喜びに沸き立つのが見えるようだった。

 勇者もそれに応えるために高らかに宣言する。


「私の戦いを見守っていた人々よ!私は成し遂げた!これで世界に平和が……」


 ゾぶり

 その勇者の腹を毒々しい色をした短剣が貫いた。


「……え」


 しんと静まり返った闘技場にその声は痛いほど響いた。

 有り得ない物を見るような目で勇者は腹を貫く短剣を見下ろした。


「な、にが……」


 なにって?

 決まってるだろ。

 勇者殺しさ。


 俺は惚ける勇者の背中を蹴りつけるとそのまま短剣を抜く。

 ぶしゃりと尋常ではない量の血が勇者の腹から溢れた。


「き……さま!!」


 正気にもどった勇者が振り返りざまに剣を振るう。

 だがその剣に先ほど魔王と戦っていた時のような鋭さはない。 


 俺はそれを軽く避けると勇者の額を切りつけた。

 勇者の額から血が吹き出し崩れ落ちる。

 勇者はそれきり動かなくなった。



 さて、一つ目の関門は越えたな。

 じゃあ次だ。


 俺は自分の視界に映る魔王の魔法による窓――それに映る自分を見ながら位置を調整した。




 あー。

 聞こえているかな人間界の諸君。

 俺は魔界の頂点たる魔王を倒した勇者ですら殺すことのできる世界最強の暗殺者だ。

 えーと、そうだな。

 そのうち人間界のお偉いさんも殺すつもりなんでヨロシク。

 まあ今は勇者を暗殺できた達成感?的なのに浸ってるからやんないけど。

 でも人間同士で戦争したり魔界に攻め入ったりとか隙を見せたらサクッと殺っちゃうんで気をつけてね。

 じゃ、さよなら。


 俺はそう言うと動かない勇者を担いで闘技場から退散した。

 後には切り離された魔王の体と呆然とする魔族達が残された。





「うっ……ここは」


 目覚めたか。

 元勇者さんよ。


「っ貴様って……っう」


 おいまだ動くな。手当てはしてあるけど万全じゃないんだ。

 傷が開くぞ。


 ほれ、薬湯だ。


「あ、ありがとう」


 ……落ち着いたか?


「ああ、すまん。少し取り乱した」


 ならいい。

 さて、まず何から話したもんかな。


「結局お前の作戦とは何だったんだ?そしてそれは成功したのか?」


 俺の作戦は単純に魔王に勇者が勝利した歴史的な瞬間に劇的に勇者を暗殺するってだけだ。

 都合のいいことに魔王が人類にまで決闘の様子を見せる魔法を使ってくれたお陰だな。

 これでほとんどの人族は勇者は死んだと思うし、生きていたとわかってもかつてのようなカリスマは持てない。

 これで酒屋を開けるぞ。


「なるほど。勇者を勇者への信頼ごと殺したというわけか」


 そういうことだ。


「だがこれでは不十分だ。私が生きているのが人族に広まれば、すぐまた勇者にされる。一度負けたとはいえ、勇者としての隔絶した力を持っているのだからな」


 勇者としての力、ね。

 よし元勇者。

 俺のこと一回全力で殴ってみろ。


「なっ!だめだ!そんなことしたら消し飛ぶぞ!色々と」


 別に消し飛んだりしないって。

 ほら、早く。


「うぅ、わ、わかった。いくぞ。……ハッ!」


 ドスンと俺の腹に拳が叩き込まれる。

 ……いてぇ。


 普通に痛いが……別に腹が消し飛んだりはしていない。


「……え?」


 不思議そうな顔をした勇者が首を捻りもう一発俺の腹に痛てぇっ!

 ちょっ待て。

 何発も殴んな普通に痛いから。


「な、なんだこれは。一体なにが」


 勇者は自分の体に起きた変化が信じられないのか手を握ったり開いたりしている。

 だがこれで俺もわかった。

 作戦は成功している。



 俺が勇者を切ったあの短剣は魔法でできた短剣なんだ。

 教科書にのってた『切りつけた相手の能力を身体能力と魔法適正も含め永続的に低下させる短剣を作り出す』魔法でな。


「そ、それじゃあ……!」


 ああ。

 今のお前は一般人よりもちょっと強い程度の力しかもたない――ただの人間だ。


「……ありがとう」


 その瞬間、感極まったのか抱きついてきた。

 おい落ち着け。

 傷が開くぞ。


「私は……私はやっと……ただの人に戻れるんだな」


 まあそういうことだ。


 人族のお偉いさんにも軽く釘を刺しといたし、まあしばらくは戦争も起きないだろ。

 よかったな、元勇者。

 これでお前は晴れてお役御免だ。


「……ありがとう……ありがとう……」


 しばらくの間、元勇者の嗚咽と涙交じりの感謝が続いた。

 俺はその小さな背中をあやす様に撫で続けた。




「ありがとう。もう、大丈夫だ」


 そうか。


「そういえば一つ気になったんだが、私はお前に刺される瞬間まで、いいや、刺された後もお前から一切の敵意や悪意を感じとることができなかった。あれはどうやったんだ?」


 簡単な話だよ。

 これはお前を助けるためにやった、100%善意でできた暗殺だ。

 そこに一欠片でも悪意が入りこむ隙はなかったってだけだ。


「そ、そうか。なんだ、面と向かって言われると、嬉しいような気恥しいような……。その、何から何まで……ありがとう」


 気にすんな。

 お前が恥ずかしがってるとこっちまで恥ずかしくなるだろ。



 それより、この後どうするんだ?


「そうだな、しばらくはどこかの酒屋に弟子入りしてやり方を学びつつ独立のための資金を集めるか。しかし……不安だな」


 何がだ?


「魔族に暗殺されて元勇者と成り下がった女を雇ってくれる酒屋なんてあるのかと思ってな。あまりいい顔はされないだろうな」


 うーん。

 それなら一つだけいい案があるぞ。

 俺の変化の術は最大で一日しかもたないんだが……



 ――〇――●――〇――●――〇――


「おーい、ご飯できたぞー」


 階下から聞こえる女の声に俺は返事をしながらペンを置くと、大きく伸びをした。

 コキコキと凝り固まっていた筋肉が解されるのが気持ちいい。


 ようやく自伝も完成に近づいてきた。

 酒屋の仕事をする傍らで少しずつ書き進めてきたが、酒屋の仕事もなかなか忙しく書く時間がなかなか取れなかった。

 だがそれももうすぐ完成だと思うと感慨深いものがあるな。


 とと、あんまりアイツを待たせるのも悪いか。

 早く行かないと飯が冷めるし、何よりアイツが拗ねるからな。





 階段を降りる直前、視界にとある賞金首の張り紙が見えた。

 張り紙には黒い肌と白い髪、金色の目にしなやかな尾をもった魔族が描かれている。

 後世に名を残した暗殺者は三流、か。

 その点で言えば俺は三流の中の三流だ。


 でも何も問題はない。

 今の俺は暗殺者なんかではなく。

 酒屋のお手伝い兼、ただの小説家の一般人なんだからな。




 

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