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勇者殺し  作者: おちょぼ
2/4

勇者殺し2

 

 洞窟の前で眠っていたドラゴンが近づく勇者に反応して目を覚ました。

 三つ首をもたげ、小さな勇者を睥睨(へいげい)する。

 赤い瞳は敵意に燃え、口から紅蓮の吐息を漏らす。

 ドラゴンは二本の足で立ち上がるとその翼と二対の腕を広げて威嚇した。


「『強化解除』」


 あ。


 その瞬間、巨大なドラゴンの姿が消え、精一杯腕を広げて威嚇する俺の姿が白日の下に晒される。


 恥ずかしい。


「ふ、また会ったな。魔族よ」


 勇者が剣を構えた。

 と思った次の瞬間にはもう目の前にいて剣を振り上げている。


 ちょ、ちょっと待て!

 話しをしよう!


「なんだ?遺言でもあるのか?」


 ピタリと勇者の剣が俺に当たる直前で止まる。

 怖ぇ。


 勇者に頼みがある。

 俺のことはどうなってもいい。

 その代わりにこの洞窟の中にいるドラゴンのことは見逃してほしいんだ。


「ほう、殊勝な心がけだな。しかし何故だ?理由を言ってみろ」


 それは実際にドラゴンを見せた方が早い。

 ついてきてくれ。


 俺はそう言うと洞窟の中を歩き出した。

 勇者もその数歩後ろを歩いている。

 しかしその手は常に剣にかかっており、俺が怪しい動きを見せたら即座に切り捨てるつもりなのは明白だった。


 おかげで俺の心臓が爆発しそうなぐらい緊張している。

 勘弁してほしい。

 ダメもとで言ってみるか。



 なあ、ドラゴンを刺激するとまずいからできれば剣から手を離してほしいんだが。


「そうは言ってもな。キサマは物をすり抜けるから拘束の仕様がないのが悪い。だからこうやって常に警戒し続けるしかないのだ」


 ……心臓に悪い。

 これだからこの作戦はとりたくなかったんだよ。


 まあそんなこと言ってるうちにもうすぐ最深部だ。

 ほら、見てみろ勇者。

 これがこの山に住むドラゴンだ。


「む?ほう、これは美しい」


 勇者が感嘆の声を漏らす。


 そこには極彩色のドラゴンが眠っていた。

 ドラゴンながら各部に見られる鳥のような羽毛が特徴的なドラゴンだ。

 煌びやかでありながら、ケバケバしくない。

 そんなある種、調和を持った美しさだった。


 だが今最も人の目を引くのは下半身を包む虹色の炎だ。

 まだドラゴンまでは距離があるのにも関わらず、かなりの熱さを感じる。

 しかしそれに身を包まれる当のドラゴンの寝顔は穏やかなものだった。


「なんだアレは。いったい何が起きていると言うんだ?というかこの山に住み着いたドラゴンは白色では無かったのか?」


 あれは転生龍フェニルドラ。

 普段は極彩色のドラゴンなんだが時間が経つにつれてだんだんと色が抜けて体が白くなっていくんだ。

 そして数百年に一度、完全に白くなったらああやって自分の体を虹色の炎で焼いて色を取り戻す。

 まるで不死鳥(フェニックス)の転生みたいにな。


「なるほど。あのドラゴンが何なのかはわかった。それでキサマがあのドラゴンを庇う理由はなんだ?」


 フェニルドラはな、その美しい極彩色の鱗と羽毛を目当てに狩られまくって絶滅したと思われてたんだ。


「っ!」


 俺も実物見るのは初めてだ。

 魔界でもフェニルドラの素材は綺麗で人気があったし、ドラゴンの中でも穏やかで比較的弱い部類だったからな。

 フェニルドラはあっという間に姿を消したんだ。

 おそらくコイツがこの世界の最後の一匹なんだ。


「そうだったのか……」


 ……そして俺も、夜王族の唯一の生き残り。

 そう考えると、なんかコイツの境遇に共感が湧いてさ。


「わかった。しかし……いくら希少な生物だからと言って村の人々にとって危険になるようなドラゴンを野放しにしておくというのは……」


 言ったろ?フェニルドラはドラゴンの中でも穏やかなんだ。

 転生を終えたらすぐに魔界に帰るさ。

 それに……分かってるんだろ?領主の言っていたことが嘘ってことくらい。


「やはり聞かれていたか……。まあそうだな、街の人や麓の村の人に聞いても生贄という話は聞かなかった。そもそも箝口令(かんこうれい)でも敷いているのかドラゴンの話すら知らなかったよ。おおかたドラゴンの素材を欲した領主が適当な話しをでっち上げたんだろうさ」


 勇者は一つため息をつくとするりと剣を抜いた。


「お前の願いは確かに聞き届けた。このドラゴンには手出ししないことを誓おう。それでは、安らかに眠れ」


 そう言うと剣を俺の首にあてがった。


 いや、ちょっと待ってほしい。


「なんだ?まさか今更になって命が惜しくなったのか?」


 そういうわけじゃない。

 だけど、俺は勇者を完全に信用できるほど勇者のこと知らないしな。

 せめてフェニルドラがしっかりと魔界に帰っていくところまで見届けさせてほしい。


「信用されてないというのは心外だが……。まあ一理ある話だ」


 勇者は納得してその場に腰を下ろした。


 ああ、でもその位置はまずい。


 おい勇者、その位置だとフェニルドラの通行の邪魔になる恐れがある。

 こっちにしよう。


 俺はそう言うと手頃な位置を見つけ腰をおろした。

 勇者も素直についてきて俺の隣りに腰を下ろす。


 そのまま何を話すともなく、フェニルドラの美しい虹色の煌めきを眺めていた。






 数時間ほど経って……。

 フェニルドラの体を包む虹色の炎は残すところ尻尾だけとなった。

 それもすぐに消えるだろう。


「もうすぐか」


 勇者もそれに気づいたようだ。



 フェニルドラの炎が消えていく。

 そして尻尾のさきにロウソクのように虹色の火が灯るだけとなった。


 パチリとフェニルドラの目が開く。

 キョロキョロと辺りを伺うように見回し……様子を伺う俺たちと目が合った。

 と思った瞬間問答無用でその口からは炎のブレスが放たれた。


「っ!『排火(アンチファイア)』!」


 咄嗟に勇者が炎耐性を上げる魔法を使う。

 流石は勇者の魔法。

 鉄をも溶かすドラゴンのブレスを受けながらも髪の毛一本焦げていない。


 だが単純にブレスの風圧により身動きができず、視界も真っ赤な炎に塗りつぶされている。

 しかし受けきった。


 ブレスが止むとフェニルドラは獲物が燃えていないことに不思議そうな顔をした。

 だがそんなことはどうでもいいとばかりに鋭い爪で勇者に襲いかかる。

 勇者も剣を抜き、爪の一撃を受け流す。


「おい魔族!話が違うぞ!このドラゴンは温厚なのではなかったのか!?」


 怒鳴る。

 だがそれに答える声はない。


 勇者は鋭い爪や強靭な尻尾の一撃を受け流しながらも周囲を見回し……俺の姿が無いことに気づいた。

 騙された……。

 そのことを悟った勇者の顔が怒りで真っ赤に染まる。


「野郎!ぶっ殺してやるっ!!!!!」





 そんな勇者の怒声を尻目に、俺は事前にドラゴンの巣穴の中に『穴掘り』を使って掘っておいた脱出口の中を全力で進んでいた。


 やった。

 やったぞ!

 上手くいった!!

 あの勇者を完璧に嵌めることができた!!!


 勇者のバカめ。

 あの転生龍フェニルドラが温厚なわけないだろ!

 フェニルドラは魔界でも屈指の強さと凶暴性を持つ危険なドラゴンだ。

 とりわけ転生直後のフェニルドラは腹を空かせているため一段と凶暴になり、周囲のものを根こそぎ食べ尽くす。

 魔界でもフェニルドラの転生が確認されたら周囲の住民には避難命令が出るほどだ。


 そもそも本当に絶滅しかかってたらこんなに詳しく生態がわかるわけないだろ。



 だがこの作戦は本当に賭けによるものが多かった。

 そもそもこれは勇者がフェニルドラのことを知らないのが条件だし、知らなくとも俺の願いなど聞き入れずに問答無用で切りかかられていたら終わりだ。

 さらに俺の位置を抜け道の真上に誘導しなくてはならないし、誘導できても抜け道の存在を知られてはダメだ。


 こういう様々な条件の元に成り立つ危うい賭けだった。

 だが俺は賭けに勝った。

 あとはフェニルドラの攻撃を勇者が防いでいる間にすり抜けで抜け道に入り、ドサクサに紛れて逃げるだけだ。



 まあフェニルドラがいくら強いとはいえ流石に勇者に勝てる程じゃないだろう。

 せいぜい俺が逃げるまでの時間を稼ぐ程度だ。

 とっとと逃げてしばらくは休憩しよう。


 と、抜け道を抜け、山の中腹に出た。

 外は既に夜になっている。

 満月から降り注ぐ涼し気な光が心地よい。


 俺は満月を見ながら修羅場を脱出した開放感からぐっと伸びをした。


 フッと突然満月が消えた。


 えっ、と思った瞬間目の前にズンと何か巨大な物が落ちてくる。

 落石かと思ったが色が違う。

 それは夜空の中でも一際目立つ極彩色で……。


 トン、とその何かの上に今度は小さな影が降り立った。


「……コロス」


 あ、やべ。





 ――〇――●――〇――●――〇――




 その後も勇者には嫌がらせじみた暗殺を続けた。

 その(ことごと)くは勇者に軽く退けられ、時に見つかっては死の鬼ごっこが始まることもしばしばだった。

 そんな生活も一月、二月と過ぎ、特に何の成果もあげられないまま勇者はだいぶ魔界に近づいている。


 もういっそのことこのまま勇者に魔王を倒してもらうのが一番楽なのかもしれない。

 そうすりゃ俺のこと咎める奴も居なくなるし。

 まあとりあえず仕事してますアピールでベット下にトラバサミでも置いとくか。


 勇者が目覚める。

 ベットから降りようとし……足下に落ちていたトラバサミを拾い上げた。


「おい魔族、最近罠の掛け方が雑になったんじゃないか?」


 うるせぇ。

 てか普通に話しかけんの止めろよ。


「まあいい。私は朝食を頂いてくるからこれ片づけておけよ」


 勇者はそう言って解除したトラバサミを机の上に置くと着替えて階下に降りていった。


 最近、勇者はこうやって普通に俺に話しでもするかのように喋るようになった。

 流石に他に人がいるところではやらないが。

 俺がいるからいいが、いなかったら独り言の多いタダの痛い人だ。


 勇者も俺と過ごす日々に慣れてしまったようだな。

 いや一番の理由は俺が勇者を殺すことが無理だと悟ってしまったからかもしれない。

 勇者は相手の敵意や悪意なんかを察知する能力を持っているらしいし、俺の暗殺がもはや魔王から怒られないようにするためだけの見せかけに成り下がったことに気づいたのだろう。


 ふぅやれやれ。

 世界最強の暗殺種族と言われた夜王族ってのはなんだったのか。

 まあしょせん種族で個人の性質までは測れないってことか。


 ……いや待てよ。

 逆に考えれば、今の勇者は最も油断している?


 チャンスだ。


 今日の俺は一味違う。

 そうと決まればすぐに行動だ!


 俺は計画を練ると勇者のベットの下から抜け出して窓から飛び降りた。





 この二月、勇者を観察してわかったが勇者は本当に酒好きだ。

 滞在した街や村では必ず地域名産の酒を買って夜に空を見ながら飲んでいる。

 勇者はこの時間がたいぶお気に入りのようで、水を差すとすごい剣幕で怒る。

 前に一度酒に毒を入れてみたことがあったがあの時はホントに死ぬかと思った。


 まあ過去のトラウマは置いといてだ。


「ふむ、ここがこの街限定生産の太陽酒を出す料理店か。楽しみだな」


 勇者がこの手の店に来ないはずがない。

 太陽酒とはこの街でのみ生産されている酒だ。

 なんと太陽の魔力――つまり日光を当て続けないとすぐに劣化してしまう特殊な酒らしい。

 太陽の下では生きられない夜王族と対極にあるような酒だ。


 勇者もこの二ヶ月で俺が日光に弱いということを理解している。

 だからこその今!

 俺は敢えて苦手な昼に勇者に挑む。


 俺は今ウェイトレスに扮している。

 本物のウェイトレスには後遺症のない睡眠薬で眠ってもらい、枕元に謝罪の手紙と気持ちばかりの金品を置いてきたので抜かりはない。

 下手に他の人間を傷つけると勇者が怒るのでそこら辺は慎重にね。


 ともかく注文を聞きにいかなくては。

 問題は日光と声だ。


 太陽酒を出す店というだけあって厨房以外はほとんど日光を遮るものがない。

 夜王族は日光が苦手だというのに。

 まあそれは俺がまたしばらく回復薬のお世話になれば済む話だ。


 それより問題なのは声だ。

 『変化の術上級編』は色も形も誤魔化せるが声は変えられない。

 このままでは女のウェイトレスから俺のイケメンバリトンヴォイスが出るという不可思議な状況になってしまう。

 流石にそうなれば油断している勇者も気づくだろう。


 本当は教科書にあった『変声の術』なるものも覚える予定だったんだが毒の調合やウェイトレスへの工作をしていたら時間が無くなってしまった。

 仕方ない。

 極力声を出さない方向で行こう。


 勇者に近づく。

 相当太陽酒が楽しみなのかやたらソワソワしている勇者もスグにこちらに気がついた。


「っ!……おや?随分可愛らしいウェイトレスだね」


 ?

 なんだか珍しいな、勇者が見た目のことに言及するなんて。

 まあいいか。

 確かにこのウェイトレスは可愛かったもんな。

 ともかくサッサと注文をとって日陰に行きたい。

 俺は軽く微笑んで会釈をすると注文票を取り出した。


「太陽酒のランチセットを頼む」


 俺は注文を書き込むと一礼してその場を後にした。


 やった。

 うまくいった。

 声を出さずに注文をとることができた。

 後は適当な品に毒を仕込むだけだ。

 それでこの日差しからはおさらばだ。


 注文の品ができた。

 実は余計な面倒を増やさないためにもこの店には『人払い』の魔法をかけてある。

 そのせいで昼時だというのに五六個あるテーブルは勇者以外誰もいない。

 そのお陰で料理ができるのは早いが店主のおっちゃんには少し申し訳ない。

 この人にも後で少し金品をあげることにしよう。 


 ともかく今は料理を運ばねば。

 メニューはパン、スープ、何かの肉、そして太陽酒だ。

 太陽酒に毒を入れるのはさすがに怖いので、今回はスープと肉に入れる。

 入れるのは教科書イチオシの猛毒。

 一滴でドラゴンも殺すとかいう劇薬だ。

 欠点は解毒薬がないことで、そのせいで世間ではあまり使われないらしい。

 俺もそんな薬使うのは怖いが相手はドラゴンより強い勇者だしな。

 今回は思い切ってそれを適量の十倍使う。

 これを喰らえばかの勇者といえどひとたまりもあるまい。

 ……なんか臭い嗅いだだけで死にそうだから息止めて運ぶか。


 俺は間違ってもスープが跳ねて手についたりしないよう、料理を慎重にテーブルに置く。

 後はそのまま去ればミッションコンプリート。


「ちょっと待ってくれウェイトレスの少女よ」


 と思ったのに勇者が呼び止めやがる。

 いったいなんだと言うんだ。


「一人で食べるのも味気無いしな。せっかくだから話し相手になってくれないか?」


 ふざけんな。

 他のお客様の迷惑になるだろうが。

 と思ったら俺が人払いしたせいで勇者の他に客はいないんだった。


 ……どうしよう。断る理由が無いな。


 いや逆に考えれば誘いに乗る理由も無い。

 このまま無視して立ち去ろう。

 と思ったのに勇者の奴、突然手首をつかんできた。


「な?いいだろ?君みたいな可愛い人と食事ができれば今日のランチは一層華やかなものになると思うんだ」


 コイツ……気づいてる?

 いや気づいてるならすぐに剣をふればいい話だしな。

 ていうか勇者、お前さっきから可愛い可愛いって言ってるけどレズだったの? 

 ともかくココは無視だ無視。

 強く拒絶すれば勇者もそれ以上強く出れまい。


「ああ、そうだ。そういえば今日、面白い物を手に入れたんだ。君にとても似合うと思うんだけどよかったら受け取ってくれないか?」


 なんだよ。

 勇者必死すぎだろ。

 これ以上俺を炎天に晒さないでくれ。

 まあタダでくれるっていうならもらっとくけど。


「えーと、あった、これだ。はいどうぞ」


 渡されたのは金属製の輪のようなものだ。

 思ったよりも大きく、いっぱいに広げれば俺の顔より大きいだろう。

 造りはかなりしっかりしていてちょっとやそっとでは壊れそうもない。


「同居人の忘れ物の……トラバサミだ!」


 俺は逃げ出した。





 しばらく逃げてから勇者が追いかけて来ていないことに気づいた。


 おかしいな。

 普段なら見失うまで追いかけてくるのに。

 ちょっと戻って様子を見てくるか。


 戻ってみると、勇者は何やらやたらイケメンに囲まれて困った顔をしていた。

 なんだありゃ。

 ナンパか?

 命知らずな奴らだなあ。

 俺が言えたことじゃないが。


 しばらく観察しているとイケメンの装備に描かれている紋章に見覚えがあることに気づいた。

 あれは……確か勇者の所属している国の紋章だな。

 とするとアイツらは国所属の騎士達か。


 あっ、わかったかもしれん。

 勇者には国から何名か側仕えの騎士を与えられていると聞いていた。

 でも勇者がそれらしき人を連れてないのを疑問に思ってたんだ。


 ボッチな勇者のことだ。

 きっとイケメン騎士達とのコミュニケーションを恐れてどこかの街に置き去りにしたのだろう。

 それがココに来て追いついてしまったのだ。


 さすがボッチ勇者。


 と、そんなことを考えていたら勇者と目があった。

 反射的に体が逃げようとしたが、勇者の体は動いていない。

 ただなにやら目配せしてくる。


 え、なに?もしかして俺にその騎士達を殺れって?

 いやさすがにそれは違うか。

 たぶん……行動不能にしろってことかなあ。


 本当ならやる義理もないんだが、まあ勇者にこれ以上仲間が増えられても迷惑だしな。

 ちょうど即効性の麻痺毒の持ち合わせもある事だしやってやるか。


 俺の鋭い爪を折って先端に麻痺毒をぬる。

 そして投擲。全弾命中。さすが俺。

 騎士達は残らず麻痺にかかり動けなくなった。


「あ!あんな所に魔族がいるぞ!おのれ魔族め!覚悟しろ!」


 勇者は荷物を持ってこちらに駆け出そうとする。

 その前に毒入りの料理を処理して太陽酒を飲み干すことも忘れない。

 そして厨房に料理代と処分した食器代、さらに迷惑料など諸々こめたお金を置いていく点でも抜かりはない。


 勇者はお金を払うと俺ではなく宿の方へと向かって走っていった。

 うーんこの茶番劇。




 勇者はそのまま流れるように宿をチェックアウトすると適当な酒を一瓶買って街を出た。

 さすがに次の街にはつかず、今日は野宿だ。


 そんな時にも日課の月見酒を忘れない勇者は酒飲みの鑑。


「ふぅ。まったく、皮肉なものだな。人を守るために戦っているのに人から逃げるとは」


 勇者は月を眺め、酒をちびちびと飲みながら一人愚痴る。

 言っているのは昼のことだろう。

 コミュ障ボッチ勇者がイケメン騎士達から逃げた話だ。


「言っておくが私が騎士達から逃げたのは別に私が人付き合いが苦手だというのが理由ではないぞ」


 ギロリとこちらを睨みながら勇者が言う。

 怖ぇぇ。

 ていうか潜伏魔法使ってるのになんで場所わかるんだよ。

 あれか、勇者得意の悪意を感知する能力か。


「あの騎士達はな、私の監視役なんだ。ついでに言うと、間違いなく救世の英雄になる私への玉の輿狙いの男達だ。貴族の息のかかった、な」


 ふーむ。

 まあわからない話でもない。

 勇者は人間の中で明らかに頭抜けた強さを持っている。

 というか恐らく勇者が本気を出せば国なんて簡単に滅ぶんじゃないかってぐらいだ。

 そんな戦力を人間が監視役もつけずに放り出すはずもない。


 それにそんだけ強ければ自分の権力に取り込みたいと考える貴族も大勢いるだろう。

 勇者も勇者である前に一人の女だ。

 イケメンで籠絡(ろうらく)すれば容易いとでも思ったのだろうか。

 意図がバレてちゃ世話ないが。


「初めのうちはそれでも我慢して連れていたさ。確かに彼らは人間としては強い部類に入るかもしれないが、私からしたら足でまといでしかない。私が全力で戦えばその余波で死ぬだろう。そんな人間が何人いたところで魔王と戦うのには邪魔にしかならない」


 ……うん。まあ確かにね。

 暗殺の初めの頃はうっかり人里離れたところで見つかったり勇者の地雷を踏み抜いたりして全力で殺されかかっていた。

 正直その時の事は思い出したくないくらいだ。


 最近は勇者の地雷は踏まないように気をつけてるし、なぜかこうして人里離れたところで見つかっても問答無用で襲われることは無くなったので少しほっとしている。

 でも気まぐれに「今日は久しぶりに本気出すとしようか」とか言って襲いかかってくるのは止めてほしい。


「しかもそれだけならまだ良いのだが、元が貴族なせいか民や貧民を見下すような発言が多いし、私に良いところでも見せたいのか戦いに割り込んでくるし、酒に酔わせて無理矢理に肉体関係を持とうとしてくるしで……」


 うーん。救いがないな。

 迷惑しかかけてないじゃん。


「せめてあの者達もお前くらい強ければよかったのにな」


 ……

 ……え?俺?

 いや別に俺そんなに強くないぞ。

 確かに俺は逃げるのは得意だけども。

 たぶん魔王と勇者との戦いに割り込んだら簡単に死ぬぞ、


 俺がそんな風に困惑しているのが伝わったのか、勇者はくすりと笑うと


「私が全力を出せる相手はそれだけ貴重という話だよ」


 そう言って残りの酒をグイッと飲み干した。


「さて、私はもう寝るよ。お前も(たま)にはゆっくり休めよ」


 そう言って剣を抱えながら寝始めた。


 勇者は寝付きがいいから寝ると言った三秒後には本当に寝ている。

 だがそれでも警戒は解いていないのか敵意や悪意をもって近づくと即座に戦闘態勢に入って切りかかってくる。

 ……だが逆に言うと敵意や悪意が無ければ起きることはない。


 俺は勇者に近づきその寝顔を覗き込んだ。

 その表情は穏やかで吐息のリズムも一定だ。

 だがその両手はいつでも剣を抜き放てるように固く剣を握っている。

 それはこの睡眠が安らぎなどとは程遠いことを物語っていた。


 結局のところ変わらないんだ、俺も勇者も。

 偉い人の意思にコロコロ転がされて苦しんでる。


 いっそのこと全部投げ捨てちゃえばいいのにな。

 弱い俺と違ってこの勇者には権力も何もかも斬り捨てられるだけの力があるだろうに。

 それともそれができない理由でもあるのか?


 わかんないな。

 まあボッチ勇者の考えてることなんて俺が分かるはずもないか。


「……殺されたいのか?」


 やべっ。

 俺はその場をそそくさと逃げ出した。

 

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