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勇者殺し  作者: おちょぼ
1/4

 

 本日、日課の小説の練習をしていたら突然魔王様に勇者を暗殺してこいと言われた。

 ふざけんな。

 お前が行け。


 ……などと言うこともできず、下賎な身分の俺は粛々と頷くほかない。


 なんでも俺は伝説の暗殺種族と言われた夜王族の唯一の生き残りなんだと。

 だからなに?ってかんじだが。

 俺はただの一般小説家志望魔族だ。

 今まで暗殺の練習とかしたことないし、そもそも肉体労働嫌いだし。

 種族がどうとかで個人を判断するなってんだ。


 噂では夜王族はまだ幼かった派手好きの魔王が『なんかアイツらジメジメウジウジしてキモイ』とかいう理由で滅ぼしたらしい。

 そんなことをしているもんだから幼いころこそ評判が悪かったが成長した今ではそのような横暴も鳴りを潜め立派な為政者となっている……などと街の連中は持て囃してるが魔石灯に(まみ)れたあの魔王城を見るに、魔王は幼いころと何も変わっちゃいない。

 ただやり方がうまくなっただけだ。


 今回だって勇者暗殺にかこつけて殺しそびれた夜王族の生き残りの俺を処分してもらうつもりに決まってる。

 魔王お得意の魔石灯の光で連中の目を眩ませる作戦だ。

 為政者としちゃいいのかもしれないが、やられる方としてはたまったもんじゃない。


 そもそも勇者が来たのだって魔王が人間界に意味なく派手な超長距離広域破壊魔法ぶちこんでるのが原因だろ。

 しかも動機が『派手な魔法を使いたかったけど魔界で使うと魔界が荒れるから』って……。

 そりゃ人間も怒るわ。


 まぁ愚痴を言っててもしょうがない。

 武力・権力・財力、何をとっても名実ともに魔界のナンバーワンたる魔王に逆らえるはずもないしな。


 まず暗殺のやり方を知らないと話にならないので魔王城の書庫から関係ありそうな本をパク……もとい借りてくる。

 まあ勇者暗殺なんて言う一大事業を引き受けるんだからこんくらい必要経費だろ。


 司書の目を盗んで持ち出し色々見てみるが大したことはのっていない。

 そりゃそうだ。

 暗殺を最も警戒する為政者がそんな本書庫に残しとくはずもない。

 せいぜいが有名な暗殺者の伝記や暗殺の歴史程度だ。

 ていうか後世に名前が残っちゃってる暗殺者って暗殺者的にどうなの?

 暗殺者として三流なんじゃないの?

 まあこれはあれだよな。

 暗殺者を美化して後世の統治に正当性を持たせる的な。

 平たく言えばプロパガンダ。


 そんな政治の闇は置いといて今は暗殺の方法だ。

 欲しい情報が見つからなかった腹いせにこの本焼いてやろうかと思ったが、流石に可哀想なのでやめておいた。

 どうも書庫は魔王のセンス的に気に入らないらしく魔王城でも何かと不遇な扱いなのだ。

 少しでも魔王の機嫌をとろうと眩しいくらいに魔石灯を設置してある。

 そのせいで書庫内は本を読むのに適さないというね。

 俺が持ち出し厳禁な本をわざわざ持ち出したのはこれご理由だ。

 司書の魔女さんも胃痛薬が手放せないようだしこれ以上俺が気苦労を増やしたら魔女さんの胃に本当に穴が開きそうだ。


 というわけで面倒だが本を返しに行く。

 既に書庫は閉まっている時間だがバレなきゃ問題ないだろ。


 書庫は当然ながら閉まっているが問題ない。

 夜王族の特性で俺はある程度の薄さの壁ならすり抜けることができる。

 まあ確かにこんな能力あれば夜王族が最強の暗殺種族と言われるのも頷ける話だ。

 どんなに戸締まりしても意味無いんだからな。

 持ってるものまですり抜けられるし泥棒もし放題だ。


 一応忍び足で書庫に侵入する。

 すると魔女さんが何やら怪しい動きをしている。

 気になったので様子を伺っていると突然何もない壁に扉が出た。

 魔法で隠していたんだろうか。


 せっかくだからコソコソ入っていく魔女さんの後をつけて俺も入る。

 中は魔王城とは思えないほど暗い。

 ま、夜王族は夜目が効くので何の問題もないが。

 中には先ほどの書庫以上に大量の本があった。

 隠された秘密の書庫……禁書庫っていったところか。


 ラッキー。

 ここになら暗殺の指南書的なのもあるかもしれん。


 てか有ったわ。

 『ゴブリンでもなれる!暗殺者の教え――今日から君も暗殺者だ――』だってよ。

 題名はすごい馬鹿みたいだが案外内容はしっかりしている。

 毒の調合の仕方から様々な生物の急所とその有効な突き方、事故死に見せかけた殺害方法など様々だ。

 他にも遠距離から相手を狙撃する魔法や、当たれば相手の能力を身体能力や魔法適正も含め永続的に下げる短剣を作り出す魔法など暗殺に役立つ魔法の習得方法も抑えている。

 しかも初心者に優しいようにイラスト多めで小難しい専門用語も極力排除してある親切設計。


 素晴らしい。

 やはり先人の知識は偉大だな。


 魔女さんに見つからないようにさっさと『ゴブリンなんとか』を持って金書庫を出る。

 しばらくはこの『なんとか』に書かれてる内容をマスターできるまで修行の日々が始まる。



 ……と思っていたら魔王のクソ野郎にサッサと行けとばかりに人間界に転移させられてしまった。

 勇者の前にお前から殺してやろうか。


 と大声で叫んだところで既に魔王は遥か彼方の魔王城。

 声が届くはずもないので腹いせに七回ぐらい言ってやった。


 今持っているのは『 』――今度からは教科書と呼ぼう――と布の服上下。

 どうすんのこれ。

 こんな装備で勇者暗殺しに行っても絶対返り討ちにされるわ。


 噂では勇者は魔王と肩を並べるほどの戦闘能力を持つらしい。

 そんな奴にこんな装備でどうしろと。

 教科書で後頭部をぶん殴れってか。

 ざっけんな。


 とりあえず日陰に入らないとまずい。

 夜王族は日光に弱いのだ。

 今もジリジリと皮膚が焼けていくのを感じる。


 てか魔王の野郎、よりによって隠れるところの無い草原に飛ばしやがった。

 やっぱアイツ俺のこと殺しにかかってるわ。


 俺が地味に焦っていると遠くの方に商隊らしきものが見えた。

 しめた。

 うまいこと言いくるめて乗せてもらおう。


 と思ったが無理だ。

 夜王族は皮膚の色が黒く、金色の眼、白髪が特徴だ。

 あとしなやかな尻尾が生えている。


 尻尾は服の中に入れて誤魔化すとしても他は誤魔化しようがない。

 何とかならんかなーと教科書を見ているとお(あつら)え向きの魔法を見つけた。

 見た目をかえる『変化の術 』だ。

 一日しかもたないらしいがそれだけもてば十分だ。

 早速使ってみる。


 するとボンと湧いた白煙に包まれ視界が閉ざされた。

 煙が晴れると……おお!

 肌の色は人間と同じような色に変わり髪は白から黒になっている。

 目は……鏡がないからわからないが、こんだけ変わってれば上等だ。

 早速行くぜ!



 商隊に手を振りながら近づく。

 商人は金目にならなそうな俺なんて無視するかと思ったら幸運にも止まってくれた。

 中から出てきたのは恰幅の良い商人……ではなく。


 身軽な装備に身を包んだ女剣士だった。


 あ、ヤバイかも。


「どんなに幻術で誤魔化そうとこの勇者の目からは逃れられませんよ。覚悟しなさい、悪しき者よ」


 アカン。

 勇者だってよ。

 それが嘘か真かわからないが俺の正体がバレているのは確かだ。

 まだわりと距離はあるしとっとと逃げよ。


 背中を向ける俺に勇者が剣を振るう。

 すると剣から雷撃が放たれ、俺に向けて一直線に向かってくる。


 嘘だろ。

 こんなの避けられるワケが……


 凄まじい轟音とともに粉塵が巻き上げられる。

 粉塵が晴れるとそこにはクレーターが広がっていた。

 怪しい影は見当たらない。


「ふう、皆さん安心してください。脅威は去りました」


 勇者がそう言って剣を収める。

 すると商隊から割れんばかりの歓声があがった。

 流石勇者様だ、勇者様さえいればなんも怖くねぇ、そんな風に勇者を讃える声ばかりだ。




 俺はその声をクレーターの中で息を潜めながら聞いていた。

 危機一髪だった。

 迫る雷撃にダメもとですり抜けを使ったらすり抜けられてしまった。

 なんせこれまでケンカみたいな血なまぐさいこととは無縁な生活を送ってきたもんだから知らなかったのだ。

 その後はクレーターに身を隠しながら潜伏魔法を使った。

 流石は最強の暗殺種族の夜王族というだけあってか勇者の目から逃れることができたようだ。


 ふぃー。勇者おっかねぇ~。

 一歩間違ってたら死んでたぞオイ。


 だがこれで何で魔王がこんな場所に転移させたかわかった。

 おそらく勇者の近くに転移させたんだ。

 そんなことできんなら尚のこと自分でやれって話だが。


 しかしどうするか。

 アレを暗殺すんのは大分めんどくさそうだ。


 とりあえずこのままクレーターの中に隠れて教科書読みながら夜になるのを待つとするか。



 ――〇――●――〇――●――〇――



 夜になった。

 涼しげな月光が気持ちいぞ。


 さて、俺は今勇者が向かったと思われる街の前にいる。

 さっきはあっさり勇者に変化の術を見破られたが今度はそうはいかない。

 夜になるまでの間、教科書を見ていたら『変化の術上級編 』なるものがあったのだ。

 なんとこの上級編では体色だけでなく体の見た目――つまりは俺の尻尾まで隠すことができるとか。

 しかも見破られにくくなっているときた。


 速攻覚えましたとも。


 今の俺はどこから見ても善良な一般人。

 何も恐れることはない。

 いざ行かん。初の人間の街。




 ふむふむ、建物は石造りのものが多いんだな。

 この街が人間界でどれくらいのレベルのものなのかわからないが、なかなか立派なもんじゃないか。

 魔界とはまた一風変わった感じでおもしろい。

 この暗殺の仕事が終わったら人間界を題材に一つ小説を書いてみるのも面白いかもしれない。


 しかし、人間界は夜になると静かだな。

 流石は昼行性の人族ばかりが住む人間界だ。

 魔界は夜行性の魔族もたくさんいるから昼も夜も騒がしいものだが。

 この街の静けさは逆に新鮮だ。覚えておこう。


 ドン!


 俺が物珍しさにキョロキョロ辺りを見回していると、曲がり角から出てきた人間にぶつかってしまった。

 不覚にも尻もちをつく。


「おっとすまない。ケガはないか?」


 手を差し伸べられる。

 なんだ、優しい奴じゃないか。

 魔界だったら今のは殴り合いになる場面だが、まあ郷に()っては郷に従えって言うしココは俺も素直に詫びとくか。


 ……と、思ったが相手の顔を見て口が固まる。


「?」


 強ばる俺の顔を見て不思議そうに首を傾げる。

 その顔は昼に見た女剣士と同じ――つまり勇者であった。


 や、ヤバイ。

 逃げた方がいいのか?

 いやこの反応はバレてない?


「大丈夫かい?もしかして本当にケガを?」


 ともかくこのままでは逆に怪しまれそうだ。

 俺は首を横に振ると勇者の手を取って立ち上がった。


「本当にすまなかった。実はさっきまで少し飲んでいてね。呑まれるほど飲んだわけでもないんだが、こうしてぶつかってしまったところを見ると、案外酔っていたらしい」


 言われて気づいたが確かに少し酒臭い。

 勇者なんて言うぐらいだから潔癖な奴だと思ってたが酒飲んだりするんだな。

 ちょっと意外。


「それでは君も気をつけて。夜道は何かと危ないからね。それでは」


 勇者はそれだけ言うと手を振って歩き出した。

 俺も手を振り返して歩き出し、はたと立ち止まった。


 待てよ。

 これはチャンスじゃないか?

 勇者に俺の正体はバレていない。

 さらに勇者は今酒に酔っている。

 時間は夜で昼行性の人間には不利で俺には有利。


 これ以上ない絶好のチャンス……!


 そうと決まれば早速実行だ。

 とりあえず潜伏魔法を使って勇者を尾行しながら作戦を練る。


 さっき教科書で見たんだが、人間の急所というのは結構あるらしい。

 その中でも背後から狙いやすいのは……首、心臓、それと腎臓とかか。


 首は流石にわかりやすすぎるか。

 人体の急所っつったらまず首を思い浮かべるだろうし。

 何かしらの対策はされてそうだ。


 心臓は難易度が高い。

 背後から狙うとすると背骨と肋骨に阻まれる。


 腎臓はどうだろうか。

 腎臓は背中の中央、肋骨の少し下にある。

 腎臓は簡単に言えば体液のバランスを保つ臓器だ。

 それを壊されれば体にたまる毒素を排出できずやがて死に至る。

 それに血が集まるから刺せば大量出血する。


 まあ全部教科書の受け売りなんだけど。


 ま、ココは無難に首行っとくか。

 心臓は骨に当たるのが怖いし、腎臓はイマイチどの辺りにあるのかわからない。

 肋骨の下ってどこだよって感じ。

 その点、首はわかりやすい。


 刃物がないじゃん、と思うかもしれないが心配はない。

 夜王族は鋭く硬い爪を持っている。

 しかも自分の意思で長く伸ばせる。

 なんと包丁の代わりになるくらいには切れ味がある優れもんだ。


 普段はペン持つのに邪魔になるから切ってあるんですけどね。


 これで準備万端だ。

 勇者は今から殺されようとしているのも知らず呑気に歩いている。


 気配を消したままこっそり近づく。

 と、勇者が曲がり角を曲がった。

 見失ってはまずいので俺も追いかけ角を曲がる。


「また会ったな」


 あれ?

 なぜか勇者はコチラに振り向き、威圧するように剣を俺に突きつけている。


 もしかして……バレてる?


 思わず一歩後ずさると、それに合わせて勇者も一歩距離を詰める。


「なんともお粗末な暗殺者だな。殺気がダダ漏れだぞ」


 なんだよ殺気て。

 一般小説家志望好青年魔族の俺にそんなのわかるわけないだろ。


「おや?さっきは気づかなかったが微かに幻術の気配がするな。どれ、『強化解除』」


 あ、やば。

 勇者が何やら魔法を唱えると俺にかかっている魔法が解け、俺の真の姿が露わになる。


「ほう、魔族か。そうか、とうとう魔族からも刺客が送り込まれるようになったか……」


 なぜか勇者が沈んだ顔をする。

 魔法から『も』ってなんだよ、勇者は人族からも命狙われてんのか?

 まあそこら辺の事情はどうだっていい。

 今はこの場から逃げないと。


 俺は脱兎の如く逃げ出す。


「っ逃がさん」


 当然勇者も追いかけてくるがそう簡単には捕まらない。

 俺はインドア派だが足だけは昔から速かったんだ。

 何を隠そう、アーカム村の黒疾風とは俺のこと……


 ドン!


 え


「さあ捕まえたぞ。洗いざらい喋って貰おうか」


 気づいたら俺は地面に引き倒されて勇者に組み伏せられていた。

 関節もばっちりキメられて身動きができないって痛い痛い痛い!


「喋らないならこのまま少しづつ痛くしていく。それでも喋らないというのなら……」


 まずい何か腕がメキメキ言ってる。

 折れる折れちゃう!

 ていうか何かこの勇者手慣れてない!?


 えーとこういうときは……すり抜け!


「なに!?」


 これは流石の勇者も想定外だったのか少し動きが止まる。

 そのまま俺はすり抜けを使い適当な家屋に入り潜伏を使う。


「待て!魔族め!」


 ひぃっ!

 コイツ他人ん家なのに勝手に入ってきやがった!

 何て非常識な奴なんだ!


 まあそれは俺もなんだけど。 


「くそっ、気配がしないな。『索敵(サーチ)』…………そこか」


 ひええ!

 勇者やべええええ!

 てか怖ええええええええええ!


 俺はすり抜けを使いまくり、家の中から家の中へと逃げ出した。

 当然のように追いかけてくる勇者。

 そして街を舞台とした命懸けの鬼ごっこが始まった。


 俺には障害物無視という圧倒的なアドバンテージがある。

 それなのに勇者は俺に紙一重で追いついてきやがる。

 マジでバケモンだ。


 結局、勇者を完全に撒くのに夜明け前までかかった。



 ――〇――●――〇――●――〇――


 決めた。

 勇者を直接攻撃して殺すのはもう止める。

 てか無理だ。


 あの身体能力や魔法、鋭敏な感覚を相手に物理で息の根を止めるのはそれこそ魔王とかじゃないと不可能だわ。

 これからは食べ物に毒混ぜたり、上から岩落としたりとか、そういう方向で行こう。


 それと今回逃げきれたのは街だったからというのもデカイ。

 普通の障害物だったら勇者は問答無用で破壊していただろうが、流石に人の住む家を破壊するわけにはいかなかったのだろう、探索は丁寧なものだった。

 今後はなるべく人の多いところで狙うとするか。



 とはいえ今のままでは勇者の情報が少なすぎる。

 今日は勇者を尾行することにしよう。


 本日勇者は朝食の後、市場に出て買い物をしている。

 旅に使う携帯食料や水などを買い足しているのだろう。

 買い物を終えると街の外に出て一人で訓練を始めた。

 走り込みに始まり、筋トレ、素振り、仮想敵との実戦訓練、さらに魔法。

 どれも俺がやったら三分もたなそうなぐらい激しいものだったが、なぜ一人でやっているのだろう。

 もしかして友達いないのだろうか。


「?」


 あ、やばい。

 勇者が何かに気づいたかのようにキョロキョロと辺りを見回している。

 俺はバレないようにその場をそそくさと離れた。


 昼前に帰ってきた勇者は風呂場で水浴びをしている。

 風呂付きの宿とはまた高級な所に泊まっているな。

 俺は汗を流す勇者を、何か弱点はないか、という極めて純粋かつ真剣な眼差しで、穴が開くほど、食い入るように、(つぶさ)に、じっくり観察し……


「む?やはり誰かに見られているような?『 (サー)……


 俺は光の速さで逃げ出した。




 勇者は水浴びの後は何やら少し上等な服を着て出かけた。

 目的地は領主の館だ。

 どうやらそこで領主一家と会食の予定があるらしい。


 あークソ。

 勇者の奴イイもん食いやがって。

 俺なんてさっき露天でくすねた、かったいパンしか食ってねぇってのに。

 厨房から何か盗んでこようかな。


 まあ俺の食料事情はともかく領主の話しは有用だった。

 なんでも街の北にある山に白いドラゴンが住み着き、麓の村人に生贄を要求してきて困っているらしい。

 ぜひ勇者にそれを討伐してほしいとのこと。

 勇者はそれに粛々と頷いた。

 明日か遅くとも明後日には早速出発するようだ。


 これはいいことを聞いた。

 先回りして色々と罠を仕掛ければ……。


 それは置いといて今は先に観察だ。

 勇者の生活サイクルを知らねば何事も始まらない。


 領主との会食から帰った勇者はドラゴン討伐に必要そうな物や他に必要になりそうなものを買いだした後、再び街の外で訓練をした。

 夕暮れ時に街に戻り、酒屋で数本の酒瓶を買って帰ってくる。

 夕食の後は水浴びで体を清め、寝る支度を済ませた後、満点の夜空を見上げながらの月見酒だ。


 てかアイツ酒好きだな。

 毎日酒飲むのは飲んだくれの証って隣りの家のばあちゃんが言ってたぞ。


 今日見てきて思ったのは、勇者の身体能力が凄まじいということと、酒好きだってことと、あと友達がいないってことだ。

 どうも一緒に旅をする仲間もいないみたいだし、仲の良さそうな人と会話している様子もない。

 した会話といえば買い物のときの事務会話か、会食のときの政治的意図の込められたドロドロの会話だ。 

 しかも一人酒って……もしかして勇者ってホントにボッチなんじゃ。


「『索敵(サーチ)』…………見つけたぞ」


 命懸けの鬼ごっこ第二ラウンドが始まった。



 ――〇――●――〇――●――〇――



 今日俺はドラゴンが住むとかいう山に来ている。

 だがなんでわざわざドラゴンはこんな辺鄙なとこに住み着いたんだか。

 ドラゴンからしたら魔界に住んだほうが絶対住み心地いいのにな。


 それはさておき村から山への道中に色々と罠を仕掛けていく。

 夜王族は睡眠をほとんど必要としないので勇者が寝ている間に先回りしておいたのだ。

 まだ勇者が来るのには時間があるはずなので、時間の許す限り教科書を参考に罠を仕掛ける。


 へー、落とし穴を作るための『穴掘り』魔法なんてのがあるのか。

 こっちは何とかの原理を使った大岩を簡単に動かす方法。

 調合すると猛毒になる草の組み合わせなんてのもある。

 落とし穴、落石、毒の粉末の入った袋……一通り準備は終わり夜になったがまだ勇者は来なかった。


 まあ考えてみれば二日連続でほぼ徹夜で俺を追い回していたのだ。

 人間は平均六時間ぐらいの睡眠を必要とすると聞くし、勇者といえど限界がきたのだろう。

 ……睡眠妨害をして勇者を精神的に追い詰める作戦、いけるか?

 いや止めとこ。ブチ切れた勇者に本気で殺されそう。


 ともかく少し暇になったな。

 さらに罠の数を増やしてもいいんだが、せっかくだからこの山の主のドラゴンに挨拶に行くか。

 でも気難しい奴だったら嫌だしとりあえず気配消して近づいて様子みてから行こう。


 山の頂上付近にある巨大な洞窟。

 この中に山の主の白ドラゴンがいるらしい。

 今はお休みのようだが。


 まあ種族だけでも見ておくか。

 寝起きのドラゴンは凄く機嫌が悪くなるのでくれぐれも起こさないように慎重に進む。

 そして最深部に近づいたころ、なにやら奥に虹色の煌めきが見えた。

 なんだろ?


 ってコイツは……。






 翌日の昼頃、やっと勇者が山を登ってきた。

 とりあえず御手並み拝見だ。

 まずは落とし穴。

 葉っぱで完璧にカモフラージュしてあるので見た目からはまったくわからない。

 しかも下には毒を塗った鋭い木の杭が敷き詰めてある。

 さあ堕ちろ!


「なんだ、この山はやけに落ち葉が多いな。『息吹(ブレスウインド)』」


 あ。


 勇者の魔法により起きた風で木の葉が散らされる。

 それにより完璧にカモフラージュした俺の落とし穴が丸裸にされてしまった。


「……とりあえず埋めておくか。『土生成(メイクアース)』」


 しかもキレイに埋められ整地していくという勇者の鑑。

 涙がでそうだよ。


 まあいい。

 こんなのはしょせん数あるうちの一つに過ぎない。

 こんだけたくさん用意したんだから一つぐらいは勇者にだって効くだろ。


 次!落石注意!


「危ないなあ」



 毒爆弾!


「『 氷結(アイシクル)』」



  括り罠(スネア)


「ふんっ」



 ……

 …………

 ………………


 なんなんこの勇者。

 無敵かよ。


 もう仕掛けた罠も残り一つしか無いし。

 絶望しか湧かんわ。


「ん?こんな所に立て看板?なになに?『ドラゴンの住処はコチラ』?怪しい気もするがとりあえず行ってみるか」


 いよおっし!

 勇者がうまいこと誘導に引っかかってくれた。

 後はそのまま進んでくれれば……。


「おお!なんだか随分見晴らしのいい所ってなにぃ!!」


 かかった!

 ズルっと勇者の体が土の中に沈む。

 いや違う。

 正確に言えば落ちたのだ。


 俺は幻術を解く。

 するとそこには切りたった崖が現れた。

 俺はこの切り出した崖に幻術をかけ、実際よりも長く見せていたのだ。

 これにより勇者は自分から崖の下に落ちに行ってくれるというわけだ。


 こっから下までどれ位の高さがあるのかわからないが流石の勇者といえどタダでは済むまい。

 あー良い仕事した。

 メシ食ってかーえろ。

 俺は肩の荷が降りた清々しい気分とともに下山を始めた。


 ドン!……ドン!……


 ん?

 なんだか崖の下から音が聞こえる。

 俺は少しばかり嫌な予感がして物陰に隠れた。

 その瞬間、


 ドン!


 と空気を叩くかのような音と共に勇者が崖下から飛び出してきた。

 そのまま音もなく華麗に着地すると一息ついた。


「ふぅ。空気を蹴って空中移動か。案外できるものだな」


 ……バケモンかよ。


 羽もねえのに空飛んでんじゃねぇよ。

 羽持ち魔族が泣いてるぞ。


 というかまずいまずい。

 このままじゃ勇者がドラゴンの住処にたどり着いてしまう。

 せめて後もう少し時間を稼がないと。


 ……仕方ない。

 アレだけはしたくなかったんだけどな。


 俺はドラゴンの住処に向けて走り出した。











 

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