初仕事はファイリング
その日は世界史の授業が無いにも関わらず、田中先生に職員室に呼び出された時点でとてつもなく嫌な予感はしていた。
無駄な願いだと分かりながらも、課題のことでありますように…と祈ってしまった私は何も悪く無い。
そんな願いもむなしく、部活終わったあと生徒会室ゴー!と謎のテンションで親指立てられ、この人お爺ちゃんキャラはどうしたんだ…と、私は職員室の真ん中で突っ立ってしまったのだった。
入学してまだ、3ヶ月というのにどうして目を付けられてしまったのだろう…
生徒会室の前で考えてみたってその答えが出るはずもなく、私は大人しくその扉に手を掛けた。
しまった、ノックを忘れていたと思ったのは扉を開けてからだった。
「し、失礼します、1年C組坂口柊子です」
昨日と同じ部屋の中、明らかに昨日とは違う所といえば生徒会メンバーが全員集合してる点だろう。
予想はして、なんとなくシミュレーションもして、喜ぶ自分を戒めて来たのにも関わらず、その人達はとてつもないオーラを放って、扉を開けた私を見ている。
や、や、やっぱり無理だ!こんなの!目だって合わせられる気がしない!
雲の上の人だと思っていた人達に見られていること自体、私には容量オーバーだったらしい、反射的に扉を閉めようとするといつの間にそこにいたのか、一条会長が脚でそれを阻止した。
ガンっと音がしてハッと目が覚めたようにその人を見やると、ニコニコ笑顔で悪魔が君臨していた。
「うわ!危ないなー帰ろうとしたでしょ?駄目だよー初日なんだから挨拶しないと」
「あ、はい」
会長は私の腕を強引に掴んで部屋の中へ引っ張り込むとメンバーに見える位置に立ち、私の肩をポンと軽く叩いた。
「みんな紹介するよ、これから僕たちの仕事を手伝ってくれる、1年の坂口柊子さんだ」
「よ、よろしくお願いします」
「とりあえず今日から夏休みが明けるまで、生徒には秘密にして手伝ってもらうから皆んな、そのつもりで」
会長の紹介が終わったあと各方面からはーいと呑気な声が聞こえてくる。
私はそのまま会長に連れられて本棚の方へと向かった。
「今日はとりあえずこの資料のファイリングをお願いしたいんだ。」
「あ、わかりました」
それくらいなら出来そうだ、と思いながらホッと安堵していると私の前の机にドンっと30センチほどの紙の束が置かれた。
「男ばかりだとね、誰もこういう細かい仕事やりたがらないんだよね」
「は、はあ…」
「資料もバラバラで整理しながらになるから、今日はこのくらいでいいよ、じゃあよろしくね」
こんな量を今日中!?愕然としながら束を見るけれど、なんとか暗くなる前に出来るか出来ないかギリギリのラインだ。
でもアレが晒されることになる前に、私はやるしかない。
それから1時間経つと紙の量は半分ほどになった。普通ならば電車に乗っている時間なので、家に連絡を入れさせてもらう。
残りの半分もあと1時間ほどでできるだろう、なんとか暗くなる前に出来そうだと安堵した。
整理してファイリング、整理してファイリングを黙々と続けているとフ、と机に影が出来ていることに気がついた。
「大丈夫?終われそう?」
「あ、はい何とか…」
咄嗟に返事をしながら顔を上げると、そこには金の髪をフワフワと揺らしながらコテンと頭を傾げる人がいた。
わあ、三嶋先輩だ
近くでみるとより美しい…
フランスと日本のハーフである三嶋雪人先輩は、地毛の金髪も彫りの深い顔立ちもあって女神に例えられるような人だ。
私達のSNSでもミューゼというあだ名で呼ばれている。
そんな人が話しかけてくれているという事実が私を夢見心地にさせた。
ずっと頭を使い続けていたせいもあって、ボーと美しいお姿を見てしまうと、その人は困ったような笑顔になった。
「ごめんね、悠里さんもめちゃくちゃだよね、こんな量今日中になんてさ」
「あ、いいえいいえ!多分あと1時間もしない内に終わると思いますので…」
「そうなの?」
「はい、あ、すみません私の処理能力が劣ってるばっかりに時間が掛かってしまって…」
「…それ本気で言ってる?」
「?」
今度は私が首を傾げる番だった。すると三嶋先輩の後ろで一条会長がこちらを睨んでいる様子が目に入った。
『誰かに手を出そうものなら…分かるよね?』
昨日言われた一言を思い出し背すじが震えた。ギギギと三嶋先輩に視線を戻し、ヘラっと笑って私はファイリング作業を再開する。
手、出してないです!
三嶋先輩から話してくださったんです!
私は何もしてません!
無実なんです!!
今までよりもスピードが上がった私に三嶋先輩は、手伝うから言ってね、と何とも優しい言葉を掛けて自分の席へと戻っていった。
こうして、会長のムチと三嶋先輩の飴に翻弄されながら、私の初仕事は終了したのだった。
▪️三嶋 雪人 (みしま ゆきと) 2年
生徒会メンバー 会計を担当
心配性でおせっかい焼き