2人のソファ
部活が終わって、電車組の友人から帰りの誘いを受けたが丁重に断り私は未だかつて訪れたことのない生徒会室の前に来ていた。
お金持ち校と言っても、生徒会室の外観は意外にも普通の空き教室のようだ。ただ、中が見れないようにガラスは白色になっている。
すーはーと軽く深呼吸をして息を整えてみるが、整うはずもなく、アイドルの握手会の前ってこんな感じなのだろうかと客観的に捉えることで、高鳴る胸を抑えた。
もしかしたらメンバーは誰もいなくて生徒会顧問の先生だけ、とか…。
可能性はあるな…。
そうだったら少し寂しいけどそんな想像で緊張感は多少和らいだ。
よし、と自分を鼓舞して生徒会室の扉をノックする。
「はーい、どうぞ」
「…」
…この声は一条会長だ!!
一気にパニックに陥りかけた私はそれでも彼を待たせまいと決死の覚悟で扉を開けた。
「い、1年C組の坂口柊子です。お呼びだと聞いて来たのですが…」
扉を開けると中は空き教室なんかじゃなくて、立派なソファや机などがセンス良く配置されている、どこぞのモデルルームかと言いたくなるような内装だった。
その部屋の一番奥、重役席にその人は座っていて、ニコニコといつもは遠くからしか拝見出来ない姿で私の登場を待っていた。
何回も繰り返しユミちゃんと練習したセリフを、なんとか噛まずに言えた事に安堵した私は再度部屋の中を眺めてみる。
生徒会室には会長だけがいて、他のメンバーはいないようだ。
「よく来てくれたね、さ、入って。そこのソファに座ってね」
「あ、はい…」
一条会長と会話が成立したことによる喜びと感動を噛み締めながら震える足を叱咤して生徒会室の中へ入る。
会長は自分の席から立ち上がると私に勧めたソファに自分も座った。
その立ち上がる所から座る所まで全てが洗練されていて、思わずポーっと見惚れてしまう。
「今日は遅くにごめんね。部活で疲れてるだろうに」
「い、いえ!大丈夫です!」
「そう?なら、早速本題に入らせてもらうね?」
会長はそう言って、おもむろにタブレットを取り出すと何やら操作しだした。
「これ、君のアカウントだよね?」
「え?あ、はいそうです」
会長が見せてきたのは私の、いわゆる本アカと言われるSNSの表向きのアカウントだ。
生徒会メンバーの事を騒いでいるのは一応裏アカという、もうひとつのアカウントの方で、本アカには主に政治家や美術館のアカウントをフォローしている。
なぜ、アカウントを特定されているのかはさておき、なんだかとても嫌な予感がしてきた。
会長はニッコリと笑って、私に見せていたタブレットを再び操作し、私の前にそれを突き出した。
「で、こっちが君の裏アカね。」
「…」
そこには、四宮先輩への愛7割が猛然と書き込まれた正真正銘私のアカウントが表示されていた。
「…はい…すみません」
少しの沈黙のあと、私はそれを肯定した。
どうしてこんなに罪を認めた気分になるのか、その答えは騒いでいる本人が目の前にいるからだ。
恥ずかしさやら申し訳なさやらで目の前がじんわりと滲んで来たが、なんとか抑え込んで会長の反応を待った。
会長は私が答えた後もニコニコと笑顔を絶やすことが無かったが、その一つも変わらない表情にどんどん背を追い詰められている気になってきて背が丸まるのが分かった。
「あ、べつに謝って欲しい訳じゃないんだ。他にもこういう事してる子がいるのは知っているし、君たちのグループは全くと言って良いほど僕たちに害が無いしね。」
「え、じゃあどうして…?」
特にSNSの件で説教される訳では無さそうだ。良かった…本当に良かった…。
でもそれならばどうして私が呼び出されたのだろうか。
会長はタブレットを私の前に突きつけたまま、一層華やかな笑顔でこう言った。
「君に生徒会のお仕事をしてもらおうと思って」