箸が転がるだけじゃ笑えない
あの日の四宮先輩のかっこよさと可愛らしさを、同じCグループの友人に力説して皆んなで萌えを分かち合った日から数日が経った。
あれからあの朝と同じ電車に乗ってみても四宮先輩を見つけることは出来なかった。もしかしたら違う車両にいるのかもしれないが、そこまで踏み込んで探し出すのはやめておいた。
今日は放課後に部活の日だ。美術部に入部したのは単純に昔から絵が好きだったのと、中学の時に入賞した栄光が忘れられないからだ。自分に才能があるとはとても思えないが、この3年で入賞出来れば美大に進みたいと思っている。その代わり入賞出来なかったら潔く慶賛の大学に進もうと決めている。
授業の合間に今度コンクールに出品するテーマをざっとノートに書いてみたが、どれもこれも花に関することばかりで、日頃全く似ていないと言われる母親のDNAを感じた。
授業終了のチャイムが鳴り教室がざわざわとし出した時、それまで授業していたお爺ちゃん先生が私の席まで寄ってきた。
「坂口さん、ちょっと良いかな?」
「?はい何でしょう」
お爺ちゃん先生こと田中先生は自慢のあご髭を触りながらなんて事のないように言った。
「生徒会から坂口さんに用事があるそうでの、放課後部活が終わってからでええから生徒会室まで来て欲しいそうじゃ」
「はい?」
「じゃあ、儂は伝えたからな」
呆然としながら口をあんぐりと開けたままの私を見て、ふぉっふぉっと笑いながら田中先生は教室を出て行った。
「ちょっ!ちょっ!柊子!しゅうちゃん!どどどどういうこと!?」
「はっ!」
田中先生の笑い声が頭の中をぐるぐると回って固まっていた私を、激しく揺さぶって覚醒させたのは前の席のユミちゃんだ。教室の誰にも聞こえていなかっただろう田中先生との会話をたまたまユミちゃんだけは拾ったらしい。
この子は同じCグループで、萌えの共有をしている友人である。なかなかの美女なのに彼らの事を語らせるとニヤニヤ顔が中年のおっさんにしか見えないので、いわゆる残念な美女というやつだ。
「な、な、なんで柊子が生徒会にお呼ばれ?!」
「し、知らないよ…」
「嘘つけ!隠し事よくない!心当たりは!?」
「あったらとっくに皆んなに話してる事ぐらい分かるでしょーが!!」
そ、それもそうね…とようやく納得してくれたユミちゃんに肩を解放されて、一息つく。
それにしても何で私が生徒会へ?とハテナマークをいっぱいにしているとユミちゃんが何かに気づいたようにパンっと手を打った。
「分かった…この間の四宮先輩じゃない?ほら電車で席譲った時の…」
「は?なんであれしきの事で?」
「あれがキッカケで柊子の事気になっちゃってたり?俺と同じタイミングで席を譲ろうとするなんて…運命かな…的な?」
ユミちゃんは何かに期待するように瞳をキラキラさせながら謎の妄想を繰り広げている。
いや、でもさすがにそれは…
「ありえないでしょ…そんなんで恋に落ちるとか四宮先輩チョロすぎだよ…」
「うん、言ってる私も違うと思うわ…何かごめんね…」
少し演技臭かったユミちゃんに少し笑わせてもらって、他の可能性を考えてみるけど一切分からなかった。
放課後、行くしかないか…
幸い田中先生とユミちゃんとの会話は誰にも聞かれて無かったようだ。ユミちゃんには明日私の報告があるまでは誰にも言わないようにと念押しをした。