芽生え
四宮先輩視点です。
「3番線に電車が参ります。黄色い線の内側に……」
けたたましいベルの音と共に電車が駅に滑り込んでくる。気分転換にいつもの送迎とは別の方法を取ってみたが、各方向から刺さる視線に朝から既に辟易としていた。
前に立っているサラリーマンでさえ、チラチラとこちらを振り返っては俺の容姿を上から下まで確認している。
そのあんまりな態度に舌打ちを打つと、そいつは慌てて前を向き直した。
いざ乗車してからも、視線はもちろんコソコソとおそらく自分に関する話し声まで聞こえ、やはり車にしとくべきだったと後悔した。
自分は見られるのは得意ではない、と幼少期から自覚している身としてはこの状況はなかなか辛い。
様々な感情を含んだ視線にはいつまで経っても慣れることが出来なくて、あからさまな態度で絡まれると一切言葉を話さなくなったのはいつからだろうか。
学校では俺以上に目立つ奴らが何人かいるからその分、厄介な物が分散されてるんだな、と改めて確認した。
その内に乗客が段々と減っていき、座席が空きだした。誰も座らない事を確認して座席に座る。
電車の中もいつまでも俺に注目している訳では無いらしい。座ってから間も無くしてザワザワとした空気はやわらいだ。
学校まであと3駅、というところで同じ高校の制服が乗車してくるのが見えた。しかも女子生徒だ。
ただでさえイライラしているのに、ここで絡まれたら最悪だと内心頭を抱えたが、女子生徒は自分に目もくれず数人挟んだ席へと腰を下ろした。
今までに無いその態度に驚きながらも、気づかれたら厄介だとバレないように少し頭を下げて身を隠した。
妊婦の親子が立っていることに気づけなかったのは、そのせいもある。いつの間にそこに立っていたのか、隠れる事に必死すぎて全く気づかなかった。
お腹を重そうにして今にもぐずりそうな息子を宥めるのは相当しんどいだろう。
周りは誰も譲らなかったんだな、と荒んだ心を抑えて、極力怖がらせないように声を掛けると、先ほどの女子生徒も同じタイミングで立ち上がっていた。
あ、と俺に気付いた様子の彼女は、席を譲った俺にならって同じように親子に声を掛けていた。
まずい、バレてしまった。焦りが先行して顔が強張るのが分かった。このあとの展開を想像してげんなりしてくる。早く、早く駅に着いてくれ。
そんな俺の思いとは裏腹に、彼女は席を譲ったあともニコニコと親子に優しく笑いかけるだけで、俺に絡んでくることもなければ、そういった雰囲気を醸し出してくることもなかった。
それまでイライラと荒んでいた心も、その笑顔を見ているだけでサーと凪いていった。
俺を知っているのか?さっきは明らかに驚いた顔をしていただろ?知っていても絡んでくるタイプじゃ無いのか…いや、待てよ…同時に席を譲ろうと立ち上がったら相手が誰であれ、そりゃ驚くはずだ…
自分の自意識過剰具合が途端に恥ずかしくなり、顔に熱が集まるのが分かった。駅に着いてからは逃げるように学校に向かって早足で歩く。彼女は俺の後ろを急いで着いてくる訳もなく、マイペースに歩いている。
それが何故かひどく残念で、でもこの顔を見られる訳にはいかないと学校への道をひたすら歩いた。
学校に着くと一際多くなる声を丸っと無視して歩き続ける。すると、悠里さんが少し前を歩いているのが分かった。彼に追いついて肩を叩く。普段なら声をかける事などしないが今日は少し気分がいい。挨拶くらいはしておこう。
「悠里さん、おはよ」
「お、誠じゃないか。珍しいな挨拶してくれるなんて」
人一倍爽やかな笑顔に、周りはキャーキャーと煩い。このキラキラ笑顔は「うっせえんだよ蝿どもめ」と思っている顔なので少しため息をついて、まあまあという意味を込めて彼の肩を2回たたいた。
俺のその行動に初めて素で驚いた表情になった悠里さんは、怪訝そうにこちらをうかがった。
「なんだ誠、ほんとに今日は珍しく機嫌がいいな」
「いや、まあ、いい事があったんだ」
「いいこと?それは僕が聞いてもいいことかな?」
ますます不思議そうな顔になった会長のすぐ横を、先ほどの女子生徒が通り過ぎた。こちらの存在など無いものとして、風になびいている長い髪を耳にかけて歩いている。
思わずその光景を目で追ってしまい、どくり、と心臓が嫌な音を立てた。
「誠、放課後詳しく教えてもらうからね」
「…」
俺の目線の先を見つけた悠里さんは、今日1番の笑顔を振りまいて先に行ってしまった。