視線の色
テスト期間に突入した。慶賛高校ではどんなに強豪でも全ての部活動を停止する決まりになっている。
そのため期間中の5日間は全生徒が午前中で帰宅する事になる。それは生徒会活動においても適用され、毎日遅くまで残っている俺たちもその期間中だけは午後以降は学校に残る事を許されていない。
久しぶりに他の生徒に混ざって昇降口に向かっていると、周りのざわめきが大きくなってきた。中にはこの期間を待ってましたとばかりに擦り寄ろうとしてくる輩も目に入る。まあ一定以上近づこうとするならばまた別の輩が間に入ってくれるのだからありがたい。もはや慣れてしまったこの環境に今更どう思うこともない。
尊敬と羨望と情が入り混じった視線は嫌というほど見てきた。そういう視線ばかりを集めるように動いているのだから当然のことだ。しかし分かってはいるけれど、少しの恐怖と軽蔑が混じったあの瞳が居心地よく感じるのは珍しさ故か。
そんな事をぼんやり考えていると最後に見た傷ついた表情を思い出し、また心臓に圧がかかる。
ふと1年生の昇降口エリアに目を向ければ、もはや見間違う事も出来ない黒髪がそこにあった。足が自然と止まる。彼女は隣の友人が靴を履き替えるのを待っているようだった。
俺との距離は5メートルほど。何故かもうこのままここから動けないような気がした。ずっとこのままこの位置からその横顔を眺めていられるのならもうどうでもいいとすら。
やがてざわめきが大きくなった事にぴくりと反応した彼女がこちらを見た。俺が視線を向けていた事に驚いたのか少し瞳を大きくして、サッと俺から顔を背けた。あんな事を言ってしまったのだ、当たり前だ。
当たり前なのに顔が歪みそうなほどに不快で、苛立ちと虚しさが押し寄せる。
目を明らかに背けられた事実は俺の内蔵をグルグルと掻き回した。一歩もこの場から動けないとすら思ったにも関わらず彼女が友人の背を押して慌てて昇降口から出ようとしているのを見れば自然と足が前に飛び出した。
俺は一体どうしたんだ。いや、どうしたいんだ。
もう答えは出ていた。
「少し待ってくれないか」
昇降口を出た先で彼女の後ろ姿に声をかけた。俺から視線を背けてから一度もこちらを振り向くことが無かった背中を追いかけて肩に触れる。触れた手が痺れるように感じた。
華奢な肩がビクッと跳ねてゆっくりと振り返る。おそるおそる見上げてきた瞳は、やはり周りから向けられるそれとは違う。「困惑しています」と物語っている奥に少しの恐れが見て取れて、気が抜けて少し笑ってしまった。




