理不尽の先、独白
華奢な後ろ姿が静かに生徒会室を出ていく。
相当怒らせただろうに、生徒会室の扉を音もなくきっちり閉めていく様子に育ちの良さが窺えた。
「くそっ」
頭をぐしゃりと乱して、彼女が出ていった方を見る。
なぜあんな風に要らない一言を付けてしまうのか。自分で自分が分からない。
彼女には何の非もなかった。ただ講師として任された責任をまっとうしようとしただけだ。
その責任感の強さには好感が持てるし、第一これまで短期間だが一緒に仕事をしてきて、彼女に対する不信感なんてものはもはや一切ない。真面目で勤勉、しっかりと区別のできる子だ。
それに、リュウにとっても彼女と接触する事はとても良いことのはずだった。
自分が経験してきた事だからよく分かる。良くも悪くも好意ばかりが向けられ、何をしてもどんな発言でも許されてしまう。自分の正義が分からなくなる。それはひどく恐ろしいことだった。
そんな中で彼女のようにリュウに興味が薄く、悪いことは悪いと言える性格の異性が彼にはとても貴重だ。
実際、最近のリュウは以前に比べて冷静で考えが深くなったように思う。きっと彼女の影響だ。表情までしっかり変わってきているのだからたしいたものだ。
それに彼女だって、前に比べて俺の前で笑う事が多くなった。リュウから俺達の話を聞いて、近しい存在だと少しでも思うようになったのか、緊張がほぐれた表情をよくする。それは良い。こちらとていじめてやりたいと言えど、難しい顔をされるより笑顔の方が数倍良い。
ただ、それがリュウの影響だということ。それがどうしようもなく腹が立つ。
実際に2人が勉強している様子を見たことは無いが、さぞかし穏やかな空気が流れているんだろう。随分と打ち解けているようだ。それは彼女の話す様子や雰囲気でだいたい分かった。
リュウは普段向けられることの無い種類の好意に当てられて無事なんだろうか。あの、水分量が多くて儚い瞳で微笑まれて正気でいられるのか。もしかしたら、キスの1つや2つしているのかもしれない。
彼女の話す様子を見ながらそんな想像が頭を占めて、気付いたらあんな事を口走ったと言えば許してもらえるのか。
俺は許して欲しいのか、彼女に。
自分で自分が分からない。
分からないはずだ。
そう、言い聞かせる。
厚く厚く塗り重ねて本当の気持ちを見えないようにする。
じゃないと、俺は大切なやつを傷つける。
「くそっ」
再びついた悪態は、初めより威勢が悪かった。
最後に見た傷ついた瞳がこびり付いて離れない。




