初めてのクチゴタエ
本日2話目です。
8/20.本文修正しました。
「失礼します」
ノックをしても返事が無いので、もうこのまま帰ろうかと思ったが鬼の表情を思い出して、少しだけ扉を開けた。
無人にも関わらず鍵が開いていた生徒会室の意外な不用心さに驚きつつ扉を完全に開けて部屋全体を見渡してみるが、やはり誰も居ない。
仕方なく客人の席に座り、呼び出したくせに居ない人を待つ事にした。
待つ事数分でこの部屋の主は帰ってきた。既に部屋の中にいる私に驚いたのか目を丸くさせ、次いで何故か眉間に皺が寄った。なんでだ。この人は本当に理解不能だ。
「待たせたみたいだね」
「あ、いえ別に」
眉間のシワを取るように無理やり手でぐにぐに揉みながら話す会長は自分がどういう顔をしているか分かっているらしい。次に手が離れる頃にはすっかり仮面が付けられている事だろう。
「この間は手伝いありがとう。まともに礼も言えなくて申し訳なかったね。」
「気にしないでください。私も皆さんとお仕事できて楽しかったので」
これは本当だ。確かに怒涛の忙しさだったが、憧れの人達と同じ空間にいられただけで毎日幸せだった。それに私は事務仕事が得意だということにも気づかせてもらえた。
「そう、でも本当に助かったんだ。ありがとう。」
そう言ってニコリと笑う会長は本当に人畜無害に見えるから恐ろしい。でも仮面でも何でもこうしてお礼をかかさない所は好ましいし、上に立つ人という感じがする。つい私もへへへと気持ち悪く笑ってしまった。
「電話でも聞いたけど、リュウの方も順調そうだね」
「あ、五井君の勉強の場合は本当に最初の方を教えただけでスラスラ解いていくので、最近は私が勉強になってるくらいです。逆に助かってます」
「ふーん、随分褒めるんだね、リュウのこと」
純粋に驚いたように私を見る会長に、私が五井君の事を苦手に思っていたことがバレていたようだ。
「まあ、毎回軽々しく可愛いだとか好きだとか言ってくる以外は真面目ですし、なんせ理解力が抜群に良いんで教えがいがあります。あと、コミュニケーション能力がバカみたいに高いので、しっかりタイミングを測りつつ話してくれて想像よりも取っつきやすいですね」
「ふーん……そう、じゃあそろそろ君にはリュウの講師役を離れてもらおうかな」
「えっ?」
調子に乗って五井君のことをベラベラと話しすぎたのだろうか、いきなり仮面が剥がれかけ、機嫌の悪くなった会長が予想外な事を言い出した。
「なに?もうリュウはそれなりに上位狙えるぐらいになったんだよね?いつまでも君を彼の近くに置いておくことは賢明じゃないと思うけどな」
もちろん君の為にもね、と笑顔で言い切った会長の言うことは一理ある。確かに、最近少し距離が近くなってきているし、このままでは周りの目がある中で接してしまう可能性もある。でも……
「私は彼を最後の結果が出るまで見守りたいと思います」
「へえ?」
「おそらく五井君は余裕を持って目標を達成できるレベルです。ただ、私……私が、最後まで責任を持ちたいんです」
言い切ってからの会長の表情の変化はほぼ無かった。呆れられただろうか、せっかく解放してやろうとしてるのに、と。
僅かな沈黙のあと、会長は私の目から視線を反らせて大きなため息を吐いた。
「はあー……、まあ良いや。君の好きにしたら?」
やはり呆れているような声色だった。でもなんとか許可をもらえたことにひとまず胸を撫で下ろす。
「つまりは、誠からリュウに乗り換えるってことでしょ?リュウは誠より器用なとこあるからかな?随分簡単に落ちたね」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
発せられている言葉は確実に私に向けられているはずなのに、自分自身のことだとは到底思えず固まってしまう。
「珍しく生徒会メンバーが近くにいてもあからさまな反応が無い子だと思ってたけど、僕の勘違いだったね。君もただの女だったという訳か。残念。第一、君みたいな子がこの場所に入れること自体奇跡だというのに、烏滸がましくも振り向いてもらえると思っているなんて、」
「お言葉ですが」
最後まで聞いていられずに遮ってしまった。
もう頭の中は言い返す言葉で埋め尽くされてしまって我慢ができなかった。
「私は、命じられた仕事に責任を持ちたかっただけです。お気を悪くされたとしたら申し訳ありませんでした。テストが終わったら生徒会には金輪際関わらないと誓います。生徒会室にも足を踏み入れません。それでは、失礼します」
ぶんっ、と頭を勢い良く下げて生徒会室から出る。
鼻の奥がツンと痛くて目頭が熱くなってきた。なんとか会長の前では顔を歪ませる事なく退散できたが、あと少しあの場にいたら危なかった。
信頼、してたのになあ……
腹黒でも二重人格でも、やっぱり生徒会長だけあって周りを良く見てるし自分じゃとてもじゃないけど出来そうにないことを簡単にやってのけるし、何より……メンバーの事を誰よりも信頼していることが伝わってきたし。その信頼の中に入れてもらえていると思っていた自分が恥ずかしい。
「ボケくそ野郎っ」




