放課後ジェットコースター
お久しぶりです。
五井くんに勉強を教えて半月ほど、彼は驚異的な理解力と応用力で次のテスト範囲までを網羅できるまでになっていた。本当に頭の出来は大変よろしかったらしい。この調子で行けば一桁順位だって狙えるのではないだろうか。
そんな私も自分の事をそっちのけで彼の勉強を見ているが、毎日続けているこの時間のおかげでテスト範囲の良い復習になり次回はかなり良い点数が期待できそうだ。
「でっきたー柊ちゃん採点お願い」
「はいお疲れ様」
「今回は大好きな柊ちゃんっぽい解き方をしてみましたー」
「いや、そういうのいらないんで」
「……ほんっとつれないなーこんなイケメンが口説いてんだからさーもうちょっとドキドキしてくれても良くない?」
同じような解き方をしてみたと言われてときめく子っているのだろうか。
確かに彼はイケメンだが残念ながら私のタイプでは無いのでドキドキすることはほぼ無い。そして彼も、こうして軽口を叩くくせにその実まったくその気がないのだから毎日続くこういったやり取りはもはや癖なのではと思えてきた。
懸念材料であった軽薄そうな態度は今のところ、このうように全くと言っていいほど問題ない。異性として見られていないことに若干複雑な気持ちではあるが、この任務を遂行するためには大変ありがたい事でもあった。
「はい、全問正解。だけど問4の解き方は気にくわないのでやり直しで」
「気にくわないって何!?」
「ここの数値の出し方は私ならこんな回りくどいことしない」
「きびしくない!?」
私の真似をしたであろう箇所に大きなばってんをして突き返す。さて他の算出方法でも探すか、と私も彼と同じようにノートに向かった。
今のところ、他の生徒にこの勉強会の事はバレていないようだがあまり親しくするのも良くないだろうと頭では思っている。しかし、なんだかんだ言って彼とのこの時間が楽しいものになり始めてしまっているのが事実だった。
しばらく2人揃って頭を捻らせていたが、10分ほど経過した時五井君がそういえば、と頭を上げた。
「次のテストで俺は何位以内に入っとけばいいの?」
「20位以内だよ」
「学年総合で?」
「……多分そうだと思う。そういやそこらへんの条件をしっかり聞いてなかったかも。あとで聞いておくね」
あの時はお願いという名の命令を簡潔に下されたからしっかり聞けてなかったけど、そこのところはしっかりしとかないと。
おそらくこのまま行けば彼は特に問題なくクリアできるだろうけど。
そう思いながら五井君のノートに逆側からアニメこキャラクターの落書きをした。
久しぶりに掛けた会長への電話は数コールしても繋がらなかった。とっくに私は家に帰ってきているが、もしかすると生徒会は忙しいのかもしれない。電話を切ったあと、メッセージを送っておこうと文面を考えていると手に持っていたスマートフォンが震えた。
「もしもし」
「……電話なんだった?」
電話越しの声はいつもの明るく聞き取りやすい声よりも幾分くぐもった声だった。なんだか少し機嫌が悪い、かも?どうしてかは知る由も無いが、これは早く要件を言った方が良いなと判断して少し早口で話す。
「会長ですか?夜分すみません、五井君の勉強の事なんですけど次のテストで総合順位が20位以内という条件で良かったですか?」
「ああ、そのことか……総合順位でいいよ。どう?調子は」
「調子ですか?順調過ぎて怖いくらいですよ、五井君ってほんとに頭良いんですね。もう教えることもないくらいです」
「まあそうだろうね、あいつも初めから素直に勉強しとけば良いものを」
機嫌が悪かったのは勘違いだったらしい。呆れたようにため息をつく会長とこうして話すのが久しぶりで、あまり現実味が無くてつい笑ってしまった。
「ふふ、生徒会メンバーは昔から仲が良いんですね、羨ましいです」
「……君が羨ましいのは誠と幼馴染ということだけだろう」
「え?まあ、そうですね……はい、否定はしませんけど……」
どうやら勘違いは勘違いだったみたいだ。和やかに話していたつもりだったのだが、何故か探るような声色になったことに怖気付いた。
微笑ましい先輩後輩の会話のどこに地雷があったのかは分からないが、とりあえず嘘を付かないように気をつけて、その場をやり過ごす。
「……明日生徒会室集合ね」
「え!? 突然なんで……」
「なに?聞けない?」
「わ、分かりました……では部活の後に伺います」
その後は何の挨拶も無くプツリと電話は切られてしまい、私は恐怖心を持ちながら首を傾げたのだった。




