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紅葉

作者: oruto
掲載日:2016/06/06

 俺は家に帰るなり、ゲームを起動させる。このゲームは、ネットの評価では、クソゲーと呼ばれている。販売されてから、一日で売る人が続出し、最安値が一円という、前代未聞の事態を引き起こした、ある意味奇跡のゲームだ。しかし、俺はこのゲームを、三度の飯よりも愛している。アクションゲームなのだが、操作すると、時折操作の判定が逆になる、敵キャラのHPが自分のキャラの百倍以上ある、などなど、多くの問題を抱えている。しかし、そこがいい。俺はこのゲームを一日六時間はプレイしている。


 起動して、ロード時間に入る。俺は一息つくために、近くに置いた湯呑に手を伸ばした。


 あっ、と思った時にはもう遅かった。湯呑は俺の手の中を滑っていき、ゲーム機に、中に入っていたお茶をぶっかけていた。


 その後、俺は次の日の朝まで近所中をさまよった。家に帰ったのは、仕事をしたあとで、既に日も暮れていたが、全く気にしなかった。というよりも、気にする気にもならなかった。あのゲームは俺の生き甲斐だった。あのゲームの為に生きていたと言っても過言では無かった。


 俺は真夜中までやっているゲーム屋を回り続けた。しかし、あのクソゲーと呼ばれ続けた伝説のゲームを扱っているゲーム屋は見当たらなかった。


 既に朝になったが、俺の頭の中には、あのゲームのことしか頭に無かった。強いて言えば、朝になったからゲーム屋が開くな、程度のことだった。


 一応、その日は休日だったから、問題は無かったが、もし出勤日だったらクビになっていたかもしれないと思うとぞっとする話だ。


 俺は朝になって開く店を片っ端から見て回った。しかし、全くあのゲームは見当たらなかった。


 前日の夜から、全く何も食べていなかった胃が、空腹を訴え始めて、この店を見たら、取り敢えず飯を食おうと決めて入った店で、俺はそれを見た。


 俺の五つ下ぐらいの高校生ぐらいの少女が、あのゲームを買っているところを。


 俺はその店に入って、すぐにあのゲームを買い求めた。しかし、少女の買ったゲームが最後の一個であったらしい。店の中にも在庫はなく、周辺の店にも在庫のある店は無いようだった。


「これが欲しいんですか?」


 俺が在庫が無いということを聞いて絶望していたところに、その声はやけに鮮明に聞こえた。夏に縁側に吊るされる風鈴のように、その声は軽やかに俺の中に響いた。


「欲しい」


 俺は考えるよりも先に声が出ていた。


「でも、あげません」


 俺はその返事で再び絶望した。


「なんで......」


「早とちりしないでください」


 その一言は、俺を再び絶望の(ふち)から救い上げた。


「あげませんけど、貸すことなら出来ます」


 俺は、ここで少女の顔を見上げた。俯いて話すことが不敬になってはならないと考えたからだ。これからあのゲームを貸して頂くというのに、そんな不敬が許されるわけがない。


 そう思って見上げたが、少女は、少女ではなく美少女だった。顔は否定するところを見つけることが出来ないくらいに整っていて、その頭から腰の辺りまで真っ直ぐと真黒な髪が伸びていた。肌が病的なほどに白く、黒髪の流麗さを際立たせていた。


 俺は、この美少女は神なのか、と思った。崇めたいくらいだった。俺の心は世界で一番と思われるほどの幸福感に見舞われた。


 この時の俺は、とても情けなかったように思う。自分よりも小さな女の子の一言一言に惑わされていたからだ。情けねぇ。


「お願いします。わたくしめにそのゲームをお貸しくださいませ」


 それはさておき、貸して頂くことを絶対に成功させねばならない。そうして生まれたのがこんな言葉遣いであった。


「え~、どうしよっかな~」


 焦らされる俺。俺は焦らしプレイは好きではない。


「じゃあ、私に勝ったら、貸してあげます」


 俺はその提案に一も二もなく頷いた。


 その勝負の会場は、俺の家に決定した。テレビゲームであったため、その辺でやるというわけにはいかなかったからだ。美少女がそんな簡単に知らない人の家に入っていいのかよと思ったが、俺に不都合があるわけではないので、黙っていた。ちなみに、美少女の家ではだめなのかと聞いたのだが、家に人を呼ぶのが恥ずかしいそうで、ダメと言われた。


 今度こそお茶をこぼすこともなく、起動し終えて、戦いの準備は終わった。


「始めますか」


 美少女は俺の方を向いて、そう確認を取った。


「ああ」


 俺の準備もとっくに終わっている。俺は戦いを始めることに躊躇は無かった。


 戦いは静かに始まった。最初はお互いに小手調べから始まり、最後には、大技の応酬になった。


 そして、俺は敗北した。負けじゃない、敗北だ。完膚なきまでに叩きのめされた。ハンデを付けても手も足も出なかった。


 正直、楽勝だろうと思っていた。俺はこのゲームを十年以上プレイしてきた超熟練プレイヤーだったし、美少女は今さっき購入していたから、初心者だろうと高を括っていた。


「私の勝ちなので、貸すという話は無しですね」


「いくらでも出すので貸してください」


 こうなったら恥も外聞も関係ない。とにかく貸してもらわなければ。


「十回やって一度も勝てなかったのに何言ってるんですか」


「どうしてもやりたいんです。お願いします」


「駄目です」


 俺に慈悲は無いのか。美少女は俺に慈悲をおかけにはならないのか。


「でも、どうしてもというならば、今度、もう一度機会をあげましょう」


 おお、美少女は俺に慈悲をお与えになった。


「ありがとうございます」


 俺は美少女に平伏した。


 その後、美少女が帰るというので、俺は送っていくことにした。いつの間にか日が暮れていたからだ。こんな美少女を一人で歩かせるわけにはいかないと俺が言ったからだ。そして、次の時までに少しでも良い印象を与えるためにという、打算的な目的もある。


 ある程度まで送ると、美少女はここまでで良いと言った。周りは住宅街で、街路樹の紅葉から、秋の風物詩である紅色の葉っぱがひらひらと落ちていて、俺が敗北したときに流した血の涙だと思った。


「じゃあ、さようなら」


 美少女は右手にあのゲームを下げながら言った。


「さようなら」


 俺もその返事に答えた。しかし、本当に家に送らなくてもいいのか。もう夜も遅く、危ないのに。


「次の時にはもうちょっと強くなっててくださいね」


「うるせぇ」


 くっ、屈辱だ。次こそは勝ってやりたい。


 そのまま、俺と美少女は別れた。次の対戦は来週の俺の休みの日だそうだ。連絡先と名前を交換したから、もし何かあってもすぐに連絡出来るだろう。


 その後の一週間は、その対戦だけを楽しみにして働いた。次もぼこぼこにされるかもしれないとも思ったが、それでも楽しみだった。当然だ、これまであのゲームを一緒にやってくれるやつ、なんて誰もいなかったんだから。


 そして、一週間後になった。集合場所は、最初に会った所、つまり、ゲーム屋の前だ。


 美少女は、既にそこにいた。時間は午前七時だ。早すぎるだろう。集合時間は八時だ。俺も早いけど、美少女は早すぎるだろう。


「おはようございます」


 先に挨拶されてしまった。俺が先に気が付いていたのに。


「おはよう。はやいね」


「そういうあなたも早いですよ」


「まぁ、それもそうだが」


 軽い世間話をしながら、再び俺の家へ行く。やはり会場は俺の家だ。先日は俺の家だったんだから、次はお前の家に行かせろと言ったんだが、笑いながら拒否された。


 俺の家での再戦。結果は惨敗だった。初日と比べれば善戦したものの、勝率はいまだにゼロだ。何故なんだ。


「まだまだですね」


 なんてお言葉を頂戴してしまった。悔しい、純粋に悔しい。


 その後は初日と同じ展開をたどった。つまり、一週間後に再戦のチャンスがあるということだ。何としても勝つ、そんな気持ちを抱いていた。そして、いつの間にか、勝ったら貸すという約束も、俺の中から消えていた。


 それから、俺は毎週美少女と対戦する日常を送った。あまりにも普通に馴染んだその習慣に、俺は居心地の良さも感じていた。


 そのうち、俺のその日常の目的は、ゲームをするためではなく、美少女と会うために変わっていた。いつの間にか、ゲームが建前に変わっていた。それを自覚したのは、自分の頭の中に、ゲームの話題しか無かったのが、美少女のことしか頭に無かったことに気が付いた時だ。


 その後もずっとゲームを続けて、段々と上達していった。建前には変わっていたが、やっぱり負けるのは悔しかったからだ。


 そうして、再び紅葉が紅く染まり始めた頃、俺は初めて美少女に勝った。その日の中で、一戦だけだが、俺は勝ったのだ。


「強くなったね」


 美少女は、一言で俺を褒めた。それに俺はよくわからないが喜びを感じた。格上に褒められたからだろうか。


 いつの頃からか、美少女は俺に敬語を使わなくなっていた。敬われていないのか。いないのだろうな。


「まぁ、毎週君と勝負していればな」


「じゃあ、これを貸してあげないとね」


 そうだ。忘れていた。貸すとかいう約束をしていたっけ。全く忘れていたな。


「いや、いいさ。代わりに毎週ここに来てくれればな」


「え......」


 そう言うと、美少女は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「毎週って......」


 唖然とした表情でそう言う美少女。家にいる少女に毎週......、あ......。


 よく考えると、凄いことを言っているということに気が付いた。毎週来てって、これまでもそうだったけど、改めて声に出すとすさまじい威力を持ってるな。


「今まで通りって意味だ。変な意味は無いぞ」


 照れ隠しみたいになってしまった。まぁ、事実だからいいか。


「そうよね。うん、そうね」


 美少女も照れ照れしながらそう言った。


「じゃあ、貸さなくていいんだね?」


「ああ。いいぞ」


 その日も、いつもの場所で別れた。いつも通り、来週の予定を決めて。


 これまでも、美少女に会いたいと思っていたが、今週は何かが違うように感じた。これまでは純粋に話したいとか、そんな感じだった。しかし、今週は、純粋にというか、なんだろうか、何かが違ったのだ。話したいのは同じなのだが、楽しみだな、から、待ちきれない、早く会いたいというように、さらに急くようになった。


 会える日になった。彼女の姿を見た瞬間に、何か、心臓がきゅうっと締め付けられるようなものを感じた。


「おはよう」


 彼女の声が、女神の歌声であるかのように感じた。


「おはよう」


 俺はふわふわとした気分になって、終始上の空だった。自分がどんなことを話して、どんなことを考えたのか、全く憶えていないのだ。ゲームにも身が入らなくて、初日よりもひどい勝負だった。


 気が付いたら、彼女が帰る時間になっていた。来週に会う約束だけして、彼女は帰って行った。それを見て俺は、とても物悲しい気持ちになった。


 一週間、俺は考えに考え抜いた。何故、彼女を見ると、心臓がきゅうっと締め付けられるように感じたのか。帰る彼女を見て物悲しい気持ちになったのか。なぜ話したいと思うのか。仕事に身が入らないほどに考え続けた。考え抜いて、俺は答えを付けた。


 再び彼女と会う日がやってきた。彼女はいつもの場所で佇んでいた。


「おはよう」


 近づいて行くと、今日も彼女から声をかけられた。いつも通りだ。


「おはよう」


 俺もいつも通りに返事をした。


「じゃあ、行こう」


 彼女が俺にそう言う。それは、俺の家へ行こうという意味だろう。いつも通りだ。


「いや、今日は別のところに行こう」


 俺は、いつもとは違う返事をした。


「え? どこ?」


 彼女は困惑気味に言った。いつもとは違う反応だ。


「秘密だ。取り敢えず、こっちに来てくれ」


「え? なになに?」


 俺は、彼女にそれを見せた。


「今日は、これに乗って行くぞ」


 俺のマイカーだ。


 俺のマイカーは赤色で、スポーツカーみたいに平べったい形だ。そして、屋根を取り払うことが出来る。オープンカーっぽくなるってことだ。


 そして、今、俺はこれまで使ってこなかったその機能を使っている。屋根を取り払って、風を受けながら走っている。


「気持ちい~!」


 彼女は、風を受けながら叫んでいる。とても可愛らしい。


 俺たちは、近くの海沿いの道を走っていた。潮風が気持ちいい。彼女の叫びもよく分かるというものだった。


「そうだな~!」


 俺も賛成の叫びをあげた。この気持ち良さには叫ぶに限る。


「それで~! どこにいくの~!」


 さっきからずっと聞かれているが、返事は一つだ。


「ひみつ~!」


 着くまでは、秘密だ。


 馬鹿みたいに叫びながら、俺は目的の場所へ近づいて行く。幼い頃にとても好きだった場所だ。今でも、落ち込んだときとかに行く。今日は落ち込んだわけではないが。


「着いた」


 俺は彼女へそう告げる。


「本当?」


 なぜか訝しげな顔をされた。


「本当だ」


 俺は、これからすることへの覚悟をしながら答える。


 その場所は、崖だった。崖だからといって、殺風景な岩肌が続いているわけではない。そこは、緑に包まれていて、多くの、紅色に染まった紅葉によって紅色に彩られていた。


「綺麗だね」


 彼女は、その光景に見入りながら感嘆の息を漏らした。


「もう少し時間が経ったら、もっと良いものを見れるぞ」


 俺は、その景色を見て、いつも落ち込んだ気持ちを立て直していた。


 時間になった。木々の間から見える水平線に、夕日が沈んでいく。空も紅色に染まっていき、海もまた同じ色へと変わっていく。そして、視界全部が紅色に染まりつくした。頭上から降ってくる紅葉が、まるで、空の一部が剥がれて落ちてきているかのように見える。


「綺麗......」


 彼女の目は、その景色にくぎ付けになっている。俺は覚悟をし続けてきた台詞を言う勇気を景色から貰って、その台詞を言葉にした。


「好きになっちまったんだ。付き合ってくれ」


 俺のぶっきらぼうな台詞は、しっかりと彼女に届いただろうか。


「はい」


 消え入りそうな声が、彼女の方から聞こえた。顔を俺の方に向ける。


 自然と、彼女の唇と俺の唇は重なった。触れるような口づけは、酸っぱくて、とても甘かった。


 夕日が沈んで、周囲が暗くなり始めたので、帰ることにした。


 車に乗ってから、彼女を送り届けるまで、お互いに一言も喋らなかった。さっきやったことが気恥ずかしすぎて、お互いの顔を見るだけで顔が紅葉よりもなお真っ赤に染まってしまいそうだった。


 いつも通りの場所まで送った。考えるだけで恥ずかしいが、彼女とは恋人になったのだから、家まで送ると言ったのだが、それだけはダメと言われてしまったので、渋々引き下がった。


「えっと、ありがとう」


 彼女は恥ずかしそうにそう言った。


「どういたしまして」


 俺も恥ずかしそうに言った。


「じゃあ、また来週ね」


「ああ、また来週」


 それだけ言って家路についた。


 それから一週間、俺はずっと浮かれっぱなしだった。上司に、お前、大丈夫かと気を遣われるレベルだった。ラインで時々現状報告をしてくれるのを見ては、にやにやと顔がにやけているのが自分でも分かる程だ。


 そして、いつもの日がやってきた。いつも通りの場所に行くと、いつも通り彼女がいた。いつも通りにいた彼女だが、その服装は、いつもよりもちょっと可愛い感じがした。そんな彼女が自分の恋人だと思うと、不思議な感覚がした。


「おはよう」


 彼女の挨拶は、いつも俺よりも先だ。


「おはよう」


 俺も返事を返す。この瞬間にも、俺は至福を感じている。最高だ。


「今日はどうするの?」


「今日も家じゃないところに行く」


 きちんと予定もたてたしな。


「どこ行くの?」


「遊園地だ」


 我ながらベタすぎると思ったが、他に何も思い浮かばなかったんだからしょうがない。


「定番だね」


「うるせぇ。思い浮かばなかったんだよ」


 良いじゃんか、定番でも。


「別にダメって言ってるわけじゃないよ」


「そうかい」


 今日もマイカーで行く。今回は高速道路を利用するから、屋根を取り払うことは出来ない。


 世間話をしながら遊園地へ向かった。一週間経って落ち着いたのか、お互いに普通に話せた。しかし、途中で言われる甘酸っぱい台詞には、言った方も言われた方も顔を真っ赤にして黙ってしまった。初心か! と思わず自分に突っ込んでしまうほどだったが、まぁ、悪くは無かった。


 遊園地に到着した。その遊園地は、日本で一位、二位を争うような場所で、時間的には早かったのに、既に人でいっぱいになっていた。


「人いっぱいだね」


「......そうだな」


 その景色に、圧倒されてしまったが、自分たちがその中に入っていくのかと思うと、気が重くなってしまった。


「人込みって好き?」


「いや、嫌いだな」


「私も」


 彼女も人込みが嫌なようで、とても嫌そうな顔をしていた。その顔も可愛いと思ってしまった俺は悪くない。


「どうする? やめるか?」


「いや、行く」


 俺たちは、その人込みへと踏み込んでいった。


 人込みに揉まれながら、最初の目的地に辿り着いた。その建物は、赤、青、黄色と鮮やかな色に彩られていて、とてもファンシーな雰囲気に包まれていた。しかし、待ち時間が二時間だった。


「長いね~」


 そう言いながらも、彼女は列に並びに行った。乗りたいのかもしれない。


 適当な世間話をしながら待つこと二時間。やっと自分たちの番が回ってきた。係員に誘導されて、これまたファンシーな乗り物に乗せられる。二人乗りで、ゆっくりと内部を回っていく作りだそうだ。


 乗り込むと、彼女がそわそわとし始めた。俺には分からないが、やっぱり女の子はこういうのが好きなのだろう。右を見て、左を見てと、始まる前なのにキラキラとした表情で見ていた。


「楽しみか?」


「うん!」


 楽しそうだ。この表情が見れるなら、俺は何時間でも人込みに耐えられるな。


「それは良かった」


「うん!」


 そうしていると、係員から、出発の合図を告げられた。前へと乗り物が進んでいく。


「何があるのかなっ?」


 とんでもなく浮かれているな。まぁいいけど。


 黒幕みたいなのを潜り抜けると、中には幻想的な景色が広がっていた。色々な動物が二本足で立っていて、その動物たちが何かを探している、みたいな内容らしい。


 彼女は終始興奮していて、わぁ~、とか、何を探しているんだろう、とか、野菜だ! 、とか色々と叫んでいた。俺か? 俺は彼女をずっと見ていたよ。眼福でした。


「楽しかったね~」


 アトラクションが終わった後も、彼女は興奮冷めやらぬ、といった様子で喋っていた。その興奮は、次のアトラクションに着くまで続いた。


 次のアトラクションに着いた途端に彼女の表情は固まった。その建物は、おどろおどろしい幽霊たちが周囲を囲っていて、とてもおどろおどろしかった。


 それは、お化け屋敷だった。


「ねぇ、本当に行くの?」


「行く」


 彼女は、とても及び腰だった。きっと、お化けとかが怖いんだろう。


「大丈夫だ。俺が守る」


 俺の言いたかった台詞第十六位くらいの台詞だった。彼女は、その言葉に安心とかはしなかったが、一応納得はしてくれたようだ。


 内部に入る。中は自分で歩いていくようで、特に案内とかは無かった。何かをしろとかも言われなかったので、歩いて行くだけなのだろう。


「出るよね? 出るよね?」


 彼女はとても怯えていた。その表情を見て、自然と、守ってやらないと、と思った。


 そんな風に思っていると、目の前に突然人の顔みたいなのが出てきた。半透明で、向こう側が透けて見える。どうなっているんだろうか。


「きゃっ!」


 隣からは可愛い悲鳴が聞こえた。腕に抱きつくような感覚があった。


「大丈夫か?」


「う、うん、大丈夫」


 もちろん彼女だった。強がっている彼女もとても可愛い。


 それにしても、お化け屋敷で彼女が縋り付いてくるというのは、良いな。癖になってしまいそうだ。


 彼女の怖がる声を聞きながら、お化け屋敷を抜けた。正直、怖くもなんともなかった。彼女の声を聞くことにいっぱいになっていた。


「はぁ、やっと終わった」


 彼女は、とても弱弱しくなっていた。目元も赤くなっていた。さすがに涙の跡は無かったが。


「早く次に行こう」


 彼女は、お化け屋敷を早く忘れたいらしい。大丈夫だ、俺はずっと憶えている。


 次のアトラクションに行く前に、食事をとった。これからのことも考えて、軽めにだ。二人で、同じ料理を分けて食べた。


「はい、あ~ん」


 普通に食べていて、彼女が突然あーんをしてきたときには戸惑ったが、やめると言われる前にパクリと頂いた。


「ど、どう?」


 恥ずかしげに聞いてきた彼女にほっこりしながら俺は答えた。


「とてつもなく美味しい」


 普通に食べても美味しかったが、彼女の手ずから頂くことで、何十倍も美味しく感じた。


 もちろん、お返しもきちんとした。どうだったかを聞くと、恥ずかしそうに、美味しかったと言ってくれた。


 次のアトラクションはジェットコースターだ。彼女はまた怖がるかと思ったが、むしろ喜んでいた。お化け屋敷はダメでジェットコースターは大丈夫なのか。よくわからんな。


「楽しみ~」


 彼女はルンルンといった様子で列に並んでいた。という俺も、ジェットコースターは好きなので、俺もちょっと浮かれている。


 そんな浮かれた調子のまま自分たちの順番が回ってきた。運良く最前列に乗ることが出来た。


 俺と彼女は、全く何も声を発さないまま、ジェットコースターは一番高いところまで辿り着いた。


「やっとだね」


 彼女がそう言って、俺が返事をしようと思ったが、その寸前で落ち始めた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」


 乗り込んだ全員と一緒に、俺と彼女も叫んだ。


 終わった後、二人で乗っている途中で撮られた写真を見た。俺と彼女の両方が、凄い表情になっていて、ひとしきり笑った後、二枚写真を買った。周りに可愛らしい絵が描かれたものだった。


 そして、最後のアトラクションに乗る前に夕食にした。夕食は、シックな内装の、遊園地内のレストランで食べた。


 そのシックな雰囲気の中で食べたので、自然とそういう気持ちで食べた。彼女も、いつもよりもお淑やかに食べていた。代わりに、あーんが無かったのが少し残念だった。いや、本当に少しだ。少しだからな。


 食事が終わって、レストランの中で一息ついていると、彼女が何かを飲んだ。そして、水で何かを流し込んだ。


「何飲んでんだ?」


 そう聞くと、彼女は少し慌てて言った。


「何でもないよ。少し持病があってね」


「持病ってどんなの?」


 重い病だったら大変だ。


「いや、そんなに大変なのじゃないよ」


「ふーん」


 それならいいけどな。


 そして、最後は、夜景を見ながらの観覧車だ。これこそ、これこそ俺の一番の目当てだ。雰囲気のある観覧車で恋人と二人きりの状況。これぞ醍醐味。これぞ俺の最も求めたものだ。


「ふ~ん?」


 彼女からは、意味ありげな目を向けられたが、悪い意味での目では無かったので、無視した。


 観覧車に乗った。目的は全く別のものだが、やっぱり夜景は綺麗だった。最初の頃は、その夜景に魅せられて、何も話さずにただ魅入っていた。


「ねぇ」


 半分くらいになったとき、彼女がぽつりと言った。


「なに?」


「先週、付き合ってって言われたことなんだけど」


 彼女は、俺に向き直った。その眼は、とても潤んでいた。


「とっても嬉しかった」


 彼女の顔が少し近づいた。


「誰かにそういうことを言われたことって、全く無かったんだけど、そのとき、とっても嬉しかったんだ」


 さらに近付いて来た。


「だから、ありがとう。私も、あなたのことが、大好きです」


 二回目の口づけになった。あのときは、酸っぱくて甘かったが、今度はただただ甘かった。


「俺からも、ありがとう。俺となんかと付き合ってくれて。あの時は、俺もとても嬉しかった」


 最高のムードのまま、観覧車は降りる時間になってしまった。降りた後、二人の手は自然と結ばれていた。


 マイカーに乗っている間、前と同じように、再びお互いに何も話さなかった。しかし、その沈黙は、恥ずかしいからではなく、何も話さなくても伝わるというかのような、不思議な安心感で作られていた。


 いつもの場所で彼女は降りた。そろそろ家を教えてよと言ったのだが、それは両親に挨拶をするときにと言われてしまった。それを言われてしまったら、何も言えなかった。


「またね」


 またがあることが嬉しいと思った。


「ああ、またな」


 そう言って、彼女は帰ろうとした。しかし、そこで彼女は、電池の切れた人形のように倒れた。


「おい! 大丈夫か!」


 俺は急いで駆け寄った。彼女の意識は無かった。口元に耳を寄せると、かすかに息はあった。そのことにひとまずは安心したが、意識が無いことに変わりは無かった。


 すぐに救急車を呼んだ。救急車が来るまで俺には何も出来なかった。ただただ呼びかけることしか出来なかった。


 救急車に乗っている間、様々なことを聞かれた。しかし、そのほとんどに俺は答えられなかった。そのことに、俺は無力感と、悲しさを同時に感じた。


 病院に着くと、すぐに診察をした。処置室には入らなかった。どうやら、手術をしなければならないということではないらしかった。


 その後、彼女の両親がやってきた。彼らは、まず医者に彼女の様態を聞いた。そして、俺の方に向き直って感謝を述べた。どうやら、俺のことは両親に毎日のように話していたらしい。


 そして、俺は、彼女の持病について初めて聞いた。彼女の両親は、俺が持病のことを知らないことに、驚きと、納得を示した。


 彼女の持病は、名前を聞いたが、よく分からなかった。しかし、一つだけ分かったのは、彼女が、あとほんの少ししか生きられない事だった。


 これまでも、ずっと病院で暮らしていて、毎週一日だけ外出を許されていたらしい。それは、俺と彼女が会っていた日だった。


 今から思えば、そういう予感はあった。例えば、毎週必ず同じ曜日に俺の家に遊びに来ることとか、年頃の女の子なのに、学校の話題が全く無かったこととか、会っていたのが学校も休日になる日なのに、他に遊ぶ友達がいないのかと思われるほど俺の家に入り浸っていることとか、今まで一度も家に行かせてくれなかったりとか、思い当たる節がとても多すぎた。なのに、俺は心地の良さにあぐらをかいて、全く彼女のことに考えを割いていなかった。会えることだけを意識していて、彼女の事情を全く考えていなかった。


 次の日、有給を取って、病室にいる彼女に会いに行った。


 彼女は、既に意識を取り戻していた。そして、俺を見ると、とても綺麗な笑顔を見せた。


「おはよう」


 彼女は、いつもと同じように、俺に挨拶をした。それを見て、俺は泣き出してしまった。


「ごめん、ごめんな。俺、お前の事、何も知らなかった。何も知ろうとしてなかったんだ。ごめん、ごめんよぉ」


 それを見た彼女は、俺を手招きした。それに従って、近くの椅子に座ると、彼女が俺の頭を抱きしめて、慰めてくれた。


「よしよし、いい子いい子だから、ね」


 それに甘えて、俺は彼女に抱きしめられたまま泣いてしまった。


 落ち着いてきて、俺は恥ずかしくなった。だが、心地よくもあった。


「うん、落ち着いてきたね」


 彼女は、俺が落ち着いたのに気が付いて、抱擁を解いた。


「ああ、ありがとう」


「どういたしまして」


 俺は名残惜しかったが、彼女の胸の中から頭を上げた。


「ありがとう。そんな風に想ってくれて」


「いや、当然だ。俺はこれまで、おかしいと思われることにも、全く何も言わずにいたんだから」


 そう言うと、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「それは違うよ。だって、私はそれを隠してたんだから。それを言おうとしなかったのは、あなたの優しさだよ」


「......そう言ってくれると、悪いとは思うけど、助かる」


 こんな風に、彼女の言葉に安堵を感じてしまう自分が、忌々しくもあり、同時に、しょうがないという風にも感じた。


「悪いなんてことはないよ。悪いのは隠してた私なんだから。私こそ、隠していて、ごめんなさい」


「君こそ、謝る必要はない。そういう事情は隠したいと思うのは当然だし、しょうがない」


 そんなことを話していたら、看護師が来て、検査の時間だということを伝えた。


「じゃあ、行ってくるね」


「ああ、行ってらっしゃい」


 そのまま待っていると、面会時間を過ぎてしまったので、帰ったということを伝えてもらうように言って、家に帰った。


 家に帰っても、彼女のことばかり頭に浮かんだ。綺麗な彼女、強がりな彼女、怖がりな彼女、恥ずかしがる彼女、照れているのを隠している彼女、すべてが鮮明に頭の中に浮かんできて、すべてが愛おしかった。


 次の日も、有給を使って、彼女に会いに行った。会社には、一週間の有給をくれと頼んだ。滅多に有給を取らない俺がそう言うと、簡単にくれた。


「おはよう。今日も来てくれたんだ」


 彼女は同じように迎えてくれた。


「おはよう」


 俺も普通に答えた。


 その後は、病気のことには触れないで、世間話をした。そして、面会時間が終わるまで話していた。


 面会時間が終わると、看護師に呼ばれた。そして、それについて行くと、診察室に、彼女を担当している医師と、彼女の両親が待っていた。


 そこで、俺と彼女の両親は、彼女の寿命が一週間しかないことを告げられた。彼女の両親の顔は、絶望に染まっていた。見えないが、きっと自分も同じような顔なのだろうと思う。


 そして、医師からは一つの提案がなされた。彼女を、病院から出して、死ぬまでの期間を、両親と一緒に住ませてやろうという話だった。


 しかし、彼女の両親は、俺の家に住ませてやってくれと俺に頼み込んだ。最期くらいはもっとも好きな人と一緒にいさせてやりたいと言われてしまったら、嫌とは言えなかった。もちろん、嫌と言うつもりではなかったが、彼女が両親といなくて大丈夫なのかと俺は聞いた。しかし、彼女の両親は、もう充分話したから大丈夫だと、娘を頼むと言われてしまった。


 そして、彼女は俺の家に来ることになった。


「よろしくお願いします」


 俺の家に荷物を持ってきた彼女は、そう言った。


「いいんだよ。それよりも、本当に俺の家でいいのか? ご両親と一緒に暮らそうっていう気持ちにはならなかったのか?」


 俺の心配に、彼女は笑った。


「心配性だなぁ、ぶっきらぼうな物言いとは正反対だね。大丈夫だよ、お父さんとお母さんとは、昨日の内にきちんと話したから」


「それならいいが」


 そして、彼女を俺の家へ招いた。いや、これまでも毎週来ていたが。


 俺の家は、俺と彼女の二人でゲームをやる分には十分だが、二人で暮らすとなると、少し手狭だった。


「ちょっと狭いね」


 彼女も同じように思ったようで、荷物の置き場所とかに苦労していた。


 その日は終始家の中で過ごした。ゲームをしながら、あたり触りのない会話をして、楽しく過ごした。


 夜、俺と彼女とで交換で風呂に入った後、とある問題に気が付いた。ベッドが一つしかないのだ。


「一つ問題があるんだが......」


「なに?」


 純粋な表情に気後れしながらも、正直に話す。


「ベッドが一つしか無い」


「別に良いよ、一つでも。一緒に寝れば良いよ」


 彼女は、簡潔に答えを出した。


「でも、それでいいのか?」


「好きな人なら、うん、良いよ」


 彼女は、顔を真っ赤にしながら、そう言ってくれた。そんなことを言われると、こっちも恥ずかしくなる。それに、良いっていうのは、どこまでいいんだろうか。


 そうして、同じベッドに入った。いやらしいことは無しという方向で話がついたので、手は出さない。というか、良いと言われても、俺は手を出せなかったであろう。


「あったかい」


 彼女は、俺の腕の中で身じろぎをする。ちょっとくすぐったい。その顔は、安心しきっていて、とても信頼されているんだと嬉しく思った。


「俺もだ」


「お互い様だね」


 そのまま、俺と彼女は至近距離で見つめ合う。腕の中にある体温がとても愛おしく感じて、より強く抱き締める。


 見つめ合っていると、彼女が目を閉じて、唇を前に突き出してきた。俺もそれに答える。


 顔を離すと、自然と寝るかという気持ちになった。これがおやすみのちゅーなのか。


「おやすみ」


「おやすみ」


 俺と彼女は、抱き締め合った状態のまま寝た。


 俺は彼女よりも先に目が覚めた。


 彼女は俺の腕の中で無防備に寝顔をさらしている。寝顔は起きている時とはまた違った感じだ。この安らかな眠りを覚ましてはいけないというのを無条件に感じる。


「んむぅ」


 そんな風に彼女の寝顔を観察していると、彼女も目を覚ました。起きる瞬間というのは、なんとも神秘的だった。


「おはよう」


 初めて、朝の挨拶を俺からかけた。


「うん。おはよう」


 とろんとした眼のまま、そう言って彼女は更に密着してくる。


「ちゅーしてー」


 そして、突然そんなお願いをしてきた。


「ちゅーしてー」


 もう一度言ってきた。これはあれか? おはようのちゅーか。


 言われたとおりにキスをして、息が続かなくなって離そうとすると、息を継いだ後に、すぐに彼女の唇が俺の口をふさいでくる。


 いつもの三倍くらい長くしてから口を離すと、彼女が自分の唇を舌で舐めた。


「んふふ。ありがとう」


 まだ彼女の目は、とろんとしたままだった。どうやら寝惚けているらしい。


「もう朝だぞ」


 このままだと俺が我慢出来なくなりそうだったので、早く起きるように言う。


「えへへ、もうちょっと」


 しかし、彼女の寝惚けは止まらなかった。俺の胸に頭を摺り寄せてきた。


「あったか~い」


 俺は、どうにか我慢するしかなかった。


 数分経つと、彼女もようやく理性が整い始めた。彼女は、自分のしていることに気が付いたようで、すっと頭を俺の胸から離した。


「お、おはよう」


 もう一度朝の挨拶をする彼女。寝惚けていたときのことは記憶にあるのだろうか。


「ああ、おはよう」


 俺は、なるべく平常心で返事をするように心掛けた。そろそろ我慢が限界に近付いていたのだ。


 俺は、彼女が完全に目を覚ましたことを確認すると、彼女の抱擁を解いて、ベッドから出た。その際に、彼女が物足りなさそうな表情をしたが、それに逆らって抜け出した。


「もう良い時間だし、朝食にしよう」


「そうだね」


 彼女は、ベッドから這い出しながら賛成した。パジャマから、チラッと見えたお腹が俺を誘惑してきたが、その誘惑にも必死に耐えた。


 朝食は、俺が用意した。実は、俺は料理の出来る男なのだ。その間に彼女はパジャマから着替えていた。


「わぁ、凄いね」


 彼女は俺の作った朝食に感嘆を漏らした。


「凄いだろ」


 メニューは、完璧な円形の目玉焼きに、目玉焼きの皿に添えられた、色鮮やかなサラダ、香ばしい色をしたトースト、そのトーストに付ける自家製のジャム、そして、多くの種類の野菜を混ぜて作った野菜ジュースだ。今日は、彼女がいるので、腕によりをかけて作った。


「さぁさぁ、座ってくれ」


 俺は、テーブルの席を彼女に勧める。そこに座ってもらって、俺も反対側の席に座る。


「いただきます」


「どうぞ召し上がれ」


 彼女は、言ったそばから、目玉焼きへと箸をのばす。そして、端っこの方の白身だけを切り取って食べる。すると、彼女は目を見張った。


「美味しい!」


「当然だろ。俺が本気で作ったんだから」


 実は、俺の職場は飲食店である。そこで、調理場を仕切っているのだ。そこそこの腕はあると自負している。


 そして、テンションの高いまま、彼女は目玉焼きの黄身に箸をたてる。すると、黄身が簡単に破けて、中から半熟の黄身がとろけだした。


「半熟だね!」


 そんな嬉しそうな声に相づちを打ちながら、俺も朝食を食べ始めた。


 その後、彼女は終始興奮したまま朝食を食べていた。食後のデザートにフルーツヨーグルトを出した時は、走り出すんじゃないかというほどだった。


 朝食を食べた後、俺はとある提案をした。


「今日は、色々なところを回って、ショッピングをしないか?」


「良いけど、何を買うの?」


「君の洋服だ」


 俺は、ショッピングデートがしたかった。彼女の様々な洋服の姿を見て、あれこれ言いたかった。


「私の? まぁ、良いけどね」


 彼女は、そんな風にあたかも俺が行きたいから行くというように言っておきながら、手がそわそわと動き出した。彼女も行きたいのだろう。


 マイカーに乗って、俺と彼女は、近くのショッピングモールに行った。女性の洋服が多くある店で、可愛い系のものから、セクシーなものまで取り揃えていると評判の場所だった。


「どこに行こうかな」


 彼女は、案内掲示板を見ながら、最初に行く店を決めているようだ。俺にはどの店がどんな商品を扱っているのかなんて全く知らないが、年頃の少女である彼女は、店の特徴をよく知っているようだ。


「よし、最初はここに行こう」


 彼女は、行く店を決めると、俺の手を取って歩き始めた。少し恥ずかしかったが、我慢してついて行った。


 最初の店は、可愛い系の洋服が多かった。


彼女は、俺が見ている前で、十着くらいを選んで、試着室へと入って行った。少し経って、彼女の一着目の試着が終わったようだ。


「じゃん!」


 彼女は、そう言って試着室のカーテンを開けた。中にいる彼女は、ピンク色を基調にした、フリフリのワンピースを身に着けていた。


「どう?」


「ああ、凄い可愛い。とても似合ってる」


 言葉の通り、とても可愛かった。


「本当? じゃあ次の着るね」


 そう言って、俺の感想だけ聞いて、すぐにカーテンを閉めた。


 その後も、着替えが終わったらカーテンを開けて、俺の感想を聞いてはすぐに戻るを十回くらい繰り返した。


「よし、これに決めた」


 彼女が選んだのは、最初に着たピンク色のフリフリのワンピースだった。


 レジに持って行って、会計をしてもらうと、彼女が自分で払おうとしていたので、慌てて俺が払った。


「払ってくれるの?」


「当然だろ。そのぐらいの甲斐性ぐらい見せるぞ」


「ありがとう」


 彼女のお礼に気を良くした俺は、俺が一番良かったと思う服も買ってあげた。


 その後も、途中で昼食をはさみながらも、最後までに十店舗ぐらい見て回った。彼女と繋いでいない方の手は、洋服の入った袋でいっぱいになっていた。


「今日はありがとう」


 彼女が唐突に言った。金のことだろうか。それなら気にすることもないのに。


「気にしなくていい」


「別に良いんだよ。私が言いたかっただけなんだから」


「そうか」


 そして、夕食を食べてから、家に帰った。


 家に着いたら、既に俺と彼女は二人とも疲れ切っていたので、風呂にだけ入って、すぐに寝た。もちろん、おやすみのちゅーはした。


 次の日、俺は息苦しさを憶えて目を覚ました。すると、視界いっぱいに彼女の顔が見えた。唇にも、何か柔らかいものが押し付けられていた。そう、俺は、寝惚けた彼女に、寝ているところに口づけをされているのだ。


 俺が起きたことに気が付かない彼女は、そのまま口づけを続行した。息が苦しくなると、一瞬だけ唇を離して、息継ぎをしたら、すぐに再びつける。


 それになされるがままにしている俺は、彼女は寝惚けると、とても甘えてくるんだな、と思った。


 彼女は意識が覚醒すると、何も言わずに唇を離した。


 そして、俺が作るスペシャルな朝食を食べた後、彼女からすごい提案があった。


「結婚式場に行こう」


「結婚式場って、早くないか?」


 結婚式場か、彼女がウェディングドレスで、俺がタキシード、そして、家族や友達の前で誓いのキスをするんだ。やりたいなぁ。


「早くてもいいよね」


「そうだな」


 結婚式場の下見くらいはしても良いと思った。


 そして、結婚式場にやってきた。今日は、結婚式の予定は無いようで、中を見せてもらえた。中は両端に参列者の席があって、中央は、白いカーペットが、新郎新婦が通る道を作っている。


「綺麗だね」


 彼女は、入口に入った途端に感嘆の息を漏らした。そういう俺も、それに、声も出せないでいた。


 そうしていると、スタッフの人から、ウェディングドレスとタキシードの試着をしてみないかと言われた。俺と彼女はすぐに試着をお願いした。


 俺は、彼女よりも先に、タキシードに着替え終わった。俺は、彼女の着替えが終わるまで、ずっとそわそわしていた。


 そして、彼女が着替えを終わらせて出てきた。それを見た俺は、言葉を失った。彼女は、とても美しく、神秘的だった。


 彼女を包む真っ白なウェディングドレスは、彼女の真っ白な肌と、真黒な髪によく映えた。頭に掛けたベールが、彼女の頭をうっすらと覆っていて、それが神秘的に見えた。俺には、一瞬、彼女が天使なんじゃないかと思った。


「綺麗だ」


 ただ一言、そう言うと、彼女は嬉しそうに頬を染めた。


「ありがとう。あなたも似合ってるよ」


「お、おう」


 そして、スタッフの提案により、バージンロードを歩かせてもらった。歩いていると、参列者の座る席に、家族や友達がいるような錯覚をおぼえた。


 神父が立つところの前まで歩いた。そこから参列席を見ると、よくわからないが、とても感動した。


 なんとなく、俺と彼女は向かい合った。そして、何も言わずに、誓いのキスのように、口づけをした。すると、スタッフの方々が、俺たちを祝うかのように拍手をしてくれた。他の人たちがいることを忘れていた俺と彼女は、顔を真っ赤にした。


 結婚式場に満足した俺と彼女は、たくさんの写真をもらって家に帰った。家に帰るまで、彼女は写真を見てはにやにやしていた。


 家に帰っても彼女は写真を見てにやにやしていた。俺も、同じようににやにやした。


「早く本当に結婚式を挙げたいね」


「そうだな」


 そう、嬉しそうに言う彼女を見て、俺は寿命の話を思い出してしまった。ここで元気にしている彼女が、あと数日の命だということを、思い出してしまった。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 俺の顔を見て、彼女にそう問われてしまった。だめだ。彼女の前では、明るくふるまわないといけないな。


 その後、同じベッドに入って寝ると、彼女が、昨日までよりもずっと密着してきた。悪い気はしないが、もし、俺の顔を見て不安になってしまったんだったら、明日は、絶対にこんな顔は見せたらいけないなと思った。


 次の日、彼女は俺が告白をしたあの崖に行きたいと言った。断る理由もないので、普通に連れて行ってあげることにした。


「やっぱり気持ちいい~!」


 今日は、マイカーをオープンカーみたいにすると、彼女はやっぱり叫んだ。


「俺もだ~!」


 俺も叫ぶ。なんで叫んでるのかよく分からないが叫ぶ。


 気持ちの良い潮風を、海の方から受けながら、夕方になるまでずっと走った。その間、俺と彼女は、気が済むまでずっと叫んでいた。


 丁度いい時間になったため、崖に行った。やはり、ここは落ち着く。幼い頃からよく来ているところだからか、はたまた他の理由か。とにかく、気持ちが落ち着いて、ほっとした気分になる。


「やっぱり綺麗だね」


 彼女は、紅葉を見上げながら言った。


「そうだな」


 俺も紅葉を見上げる。真っ赤に染まった紅葉は、俺の目には、なぜか悲しく映った。


「わかってるんだよ」


 彼女は、見上げながら、俺に話しかけてきた。


「なにが?」


「私の命が残り短いことは」


「え......」


 俺は固まってしまった。何故なら、医師も、彼女の両親も、彼女には何も言っていないと言っていたのだ。俺も言っていなかったから、彼女は知らないはずだ。


「自分のことだもの。自分のことは、自分が一番よく分かってる」


「......」


「それに、これまでずっと病院にいたのに、退院していいって言われたし、あなたの家に行っていいって言われたし、薬も飲まなくてよくなった。それじゃあ、分かるなっていうほうが難しいよ」


「そうか」


 そうか。彼女は気が付いていたのか。


「だからね、いっぱい楽しもうって思ってたんだ」


「そうか」


 俺には、そうか、としか言えなかった。


「これまでありがとう」


「これまでだなんて言うなよ。これからも楽しく過ごそう」


 まだ、もう少し、もう少し、一緒にいたい。


「ううん。多分、そろそろだめなんだよ。もう、立ってるだけでも辛いんだ」


 そう言うと、水平線の方を見た。


「最期に、この景色を見たかったんだ。大好きな、一番愛している人とね」


 そこまで言うと、彼女は、くらっとよろめいた。俺は、すぐに隣に行って支えた。


「ありがとう。大好きだよ」


「俺だって、大好きだ。愛してる」


 俺は隣で俺にすがって立つ彼女を見た。儚げな姿に、美しいと感じて、心が打たれた。


 そのまま、二人で立ったまま、水平線を眺めた。そして、ついに時間になった。


 海が、空が、俺の視界の全てが紅色に染まりつくす。そんな中に立っている彼女は、尚更に際立って見えた。


 あの時と同じように、自然と俺と彼女の唇が重なった。俺と彼女の涙の味がした。


 口づけが終わった後、彼女は俺に寄りかかって意識を失った。


 すぐに、救急車を呼び、彼女を病院へ連れて行った。


 医師は、救命はするが、もう長くはないと言われた。


 彼女の両親はすぐに駆け付けた。


 少し時間が経って、看護師が来て、彼女の意識が戻ったと伝えた。俺と彼女の両親は、すぐに彼女のもとへ向かった。


 彼女は、病室のベッドに寝ていて、上半身だけを俺たちに向けていた。


「大丈夫か?」


 俺の問いかけに、彼女は頷いた。


「うん、今は落ち着いてる」


 その後、彼女は両親と話していた。俺はそれを少し離れて見た。家族水入らずに俺が割り込むことはない。最後には、彼女の両親は泣いていた。


「辛くはないか?」


 彼女の両親と、彼女の会話が終わると、彼らと、看護師たちは、部屋から出て行った。俺への気遣いだろうか。


「うん、辛くはないよ」


 そう言う彼女は、本当に穏やかに微笑んでいた。全てを覚悟した、そんな微笑みだった。


 俺は、そんな彼女を見て、涙が溢れてきてしまった。


「なんで、なんで君は死ななきゃならないんだ。君は、もっと生きていていいはずだし、もっと生きていなくてはならないのに......」


 俺の気持ちがこぼれていく。彼女は、黙って俺の言うことを聞いていた。


「もっと君と話したい。もっと君と触れ合っていたいのに、なんでこうなってしまうんだ。なんでこうなってしまうんだよぉ」


 俺がうなだれながら言うと、彼女は、俺の頭を撫でてくれた。


「大丈夫。私は大丈夫だから。ね?」


 これから亡くなっていく人に慰められている場合じゃないのに、俺の涙はなかなかひかなかった。


 いままで一緒に過ごした色々な彼女が思い浮かぶ。それらが永遠に見れなくなるなんて信じたくなかった。


 俺がなんとな涙を堪えられるようになって、彼女を見ると、彼女も泣いていた。


「大丈夫......?」


「大丈夫なわけないでしょ!」


 彼女が初めて怒鳴った。


「死んじゃうんだよ! 大好きな人と会えなくなっちゃうんだよ! 大丈夫なわけないじゃん!」


 彼女の叫びは、俺の心を砕いて行った。


「大丈夫なわけ......ないじゃん......」


 彼女の叫びが、段々と小さくなっていく。俺は、彼女を抱き締めた。彼女は俺に抱き締められながら、大声で泣いた。初めて聞いた泣き声だった。


 俺も、彼女も、お互いが泣き喚いて、お互いが自分の気持ちを整理出来た。二人ともが涙の筋を作りながら、抱き締め合ったままだった。


「ごめん。こういう時、何を言えばいいのかよく分からないんだ」


「私も」


 そう言うと、二人でクスリと笑った。


「私は、死んじゃったらどうなっちゃうんだろうなぁ」


「俺も分からん」


 そう返すと、彼女は俺の顔を覗き込んだ。


「あなたの心の中に行ければいいなぁ」


 彼女はそう言って、俺の心臓があるところに触れた。


「俺も、君が俺の中に来るなら歓迎するよ」


「そっか、じゃあ安心だね」


 俺と彼女は、またクスッと笑った。


「あなたの中かぁ。どんな場所なんだろうね......」


 俺の体に、彼女の体重がのしかかった。俺は、彼女が俺の中に入って来たんだと、なんとなく分かった。


 彼女の表情は、とても安らかだった。


 病室には、心臓が止まったことを示す、ピー、ピー、という音だけが流れていた。


 数日後、彼女の葬式に参列した。家族だけでやるところに、俺は好意で入れてもらった。葬式では、悲しい気持ちにはなったが、泣くことは無かった。


 彼女がお墓に入った後に、墓参りにも行った。ここでもやっぱり涙は出なかった。


 なぜ涙が出ないのだろうと思ったが、なんとなく、俺には理由が分かった。きっと、俺は分かっているのだ。彼女が、俺の心の中で生きているということを。

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