Thank you
静かな部屋。パソコンのキーを打つ音だけがする。俺は時計を見る。
「先生、もう時間ですよ。」
「待って! もう少し、もう少しだから! 」
この言葉も何度聞いたことだろうか。だけど、この言葉を聞くたびに楽しかったあの頃を思い出す。
十年前、俺は就活生だった。夢は編集者。それも小説の。小さい頃から、漫画じゃなくて小説を読むのが好きだった。色々な小説を読んでるうちに、ここはこうした方が良いんじゃないか、ここの文は違う表現が良いんじゃないか、という風に考えるようになった。それ以来、編集者になってみたいと夢見続けてきた。しかし現実はそう甘くはない。何社も受けてきたが、どの会社からもお祈りメールをいただいてしまい、お祈りするなら入れてくれと思っていた。まぁ自分の実力がないからしょうがないのだけれど。
そんな風に悩んでいたあるときに、あいつはきた。
「ねぇ! 君、出版社に面接に行くもことごとく落ち続けてるっていう日比野 裕也くん? 」
なんてひどい。わざわざ、そのことを気にしているのに言ってきたこいつの第一印象は最悪だった。
「……そうだけど。それにしても失礼だな。」
「気に障ったらごめんね! 私、3年の真波 栞。よろしくね。では、ちょっと連行願いまーす。」
そう言ってあいつは無理やり、俺のことを連れて行った。
着いた場所は、『小説研究サークル』という場所。聞いたことのないサークルだ。
「何ここ? 」
「見ての通り、『小説研究サークル』ですよ! 君には私の書いた小説を編集……というか誤字脱字を見つけたり、アドバイスしてほしいの! 」
「いや、急に言われても困るんだけど。それに今は就活で忙しいんだ。サークルなんてしてる場合じゃ……。」
「私ね、意外と賞とかとれるくらい小説家の才能あるの。だいたい、半年に一度くらい投稿してるけどいつも賞とってる。時々、その雑誌の方から声がかかるくらい。」
彼女は南 栞子という名前で投稿しているらしい。よく聞いたり、見たりする名前だ。俺が読んでる雑誌にも名前が書いてあることもあるくらい、本当に才能があるんだ。
「だったらプロの編集者の人に見て貰えばいいじゃん。俺は素人だし、すぐに就職できるくらい才能があるわけじゃない。俺が見ても、何も変わらないと思うよ。」
「そこ! その自信のなさが面接官の人に伝わっちゃうんだよ! 私、知らないと思うけど日比野くんと高校同じだったの。」
「……え? 知らなかった。同じクラスになったことないよな? 」
「うん。ないよ。でもよく見かけたの。私、図書委員だったから図書室によくいたの。日比野くん、よく本を読んではこうした方が良いとか、ブツブツずっと独り言してたじゃない? 」
見られてたのか。少し恥ずかしかった。あれはバレたら冷やかされるだろうから俺だけの秘密だったんだけど。
「私、その独り言よく聞いててね。すごい的確なことばっかり言ってた。この人に見て貰えば確実に私の小説は成長するなって思ったの。……だからお願い! 私の小説を見て! 」
正直、俺は嬉しかった。初めて自分の能力を褒められて。こいつとなら上手く、いい小説を作ることが出来るかもしれない。そう思ったんだ。
「ありがとう。俺の……ことを認めてくれて。」
「そんな。お礼なんていいのに。それで私の小説は……? 」
「うん。そのことだけど、俺の出来る範囲ならやってみたい。それでもいいならだけど。」
「もちろん! 見てアドバイスくれれば、もう十分だよ。」
真波が見せてくれたのは、ミステリの小説。ある集落で起きた事件をたまたまその集落に里帰りしていた探偵の話。さすが、小さい賞とはいえ入賞するくらいの面白さ。登場人物も多くもなく、少なくもない人数で子供でも読めるような作品になっていた。
「どう?私の小説。」
「うん。思ってたよりすごく面白くて驚いた。これなら子供でも読める本格ミステリだな。」
「えっと……直すところはない? 」
「あるっちゃあるんだけどな。例えばこことか、ここはまず字が間違ってる。あとは……。」
俺はそこから、思ったままに感想やアドバイスをしっていった。
「うんうん。いいね。やっぱり人に見てもらってアドバイスもらえるのって。」
「まぁ役に立てることならする。ただ……お前、誤字脱字多すぎ。」
そうさっきも言った通り、真波は誤字脱字が多すぎる。それに加え、わからないからといって漢字を平仮名にしすぎなのだ。
「これじゃあ、少し読みにくいぞ? 漢字がありすぎるのも、読みにくいけど平仮名ばっかも読みにくい。内容が面白くてもこうじゃなぁ。」
「……わかってるんだよ。自分でも漢字が苦手なのは! そこを直してほいの!! 」
「はいはい。分かったからお前も一緒に直していくんだぞ。」
こうやって俺たちは、小説を手直し始めた。気づいた時にはもう夕暮れで、外は真っ暗。今日はここでお開きとなった。
家に帰ってから真波のことを考えた。
「あいつ、本当にすごいやつだよな。」
……俺と違って。あいつだったら作家になれるくらいの才能を持ってる。それに比べれてみれば、俺なんて受けても受けても、どの会社も落ち続けている。なんて差だ。真波は俺のことを褒めてくれたけど、俺はそこまですごい奴じゃない。俺の夢はいつになったら叶うんだろう。
数ヶ月が経ち、ようやく真波の小説が完成した。漢字も確認したし、俺のアドバイスを受け入れて書き直したりもした。真波は雑誌にその小説を投稿してみるという。俺は緊張半分、楽しみ半分といったところだった。真波は投稿するのは慣れているらしく、緊張なんてしていなかった。
一ヶ月後。真波の小説の結果が出る日になった。俺はその日、講義に集中することができず、何度注意されたことか。周りの奴らにも変な目で見られた。そんなことはさておき、俺は真波から連絡が来るのを待った。
……来ない。連絡が来ない。連絡すると約束した時間からもう二時間が経っている。結果が悪かったのか? 俺が、俺が関わったせいで? ここまでくると、全てネガティヴな思考になる。ダメだ。もうダメだ。と思っていたその時、着信音がなった。俺はすぐさま、電話に出た。
「もしもし! 真波? 結果どうだった? 」
「あ……日比野くん。それがね……。」
声のトーンが低すぎる。ダメだったのか。もうこの後言ってくるだろう言葉は予想がついた。これ以上落ち込む必要はない。もう落ちたと分かっているのだから。
「……大賞。大賞だったよ。」
「へ?」
俺はまさかの展開に驚いた。大賞? 真波の小説が?
「嘘だろ? ダメだったけど、俺を励ますために嘘ついたんだろ? そういうのやめろよ……。心臓に悪いし、逆に気使われると嫌だ。」
「本当だよ。私だって驚いてる。作家に……作家にならないかって言われたよ。夢だったりしないかな? 」
「え、本当なのか? 」
「そうだよ。何度も言ってるじゃん。なんか、明日編集部に来て欲しいって言われた。だから行こうね。」
「お、おう。分かった。」
その日の後のことはよく覚えてない。気づいたらもう翌日になっていて、待ち合わせの駅に着いていた。
「あ、日比野くん! いた! 私、現実に戻ったよ! 昨日はあんなにポカーンっしてたけど、本当なんだよね。すごいな……。じゃあ編集部行こうか! 」
俺は、そのまま真波に手を引かれ編集部に着いた。
「こんにちは。この度は大賞おめでとうございます。では、こちらでお話ししましょう。」
そう言って挨拶してくれたのは編集部の片山さん。片山さんは大賞の賞金の説明やら、なんやら色々話した。俺はまだ夢見心地で話を聞いていなかったけど。
「ということで真波さんは、こちらの専属の作家になって頂きたいんですが……。」
「はい! もちろんです。よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。……ところで今更すいません。そちらの方は? 」
「あ。私、日比野と言います。」
「日比野くんは、今回の小説にアドバイスや誤字脱字の指摘をしてくれたんです。いわば、私の専属の編集者さんです。」
「……なるほど。そうなのですね。残念ながら、真波さんが専属の作家になりましたら新しい編集者をつける予定です。日比野さんは……。」
「そんな! 日比野くんがいてこその私の小説なんですよ? 」
「真波。新しい編集者がつくのは当たり前だから。俺は、俺は……自力でこの会社の編集者になってみせる。」
途中からそう思っていたのだ。まだこの会社の面接は受けていない。受けてみよう。ダメだったらその時だ。
「わかりました。日比野さんは特別推薦で、面接とさせていただきましょう。受かるかどうかは私にはわかりませんが。しかし、私の勘では受かると思います。頑張ってください。」
そして月日は流れ、今の自分がいる。あの後、俺は無事面接合格で編集者へとなれた。今は真波の小説の編集をしている。もう十年来の付き合いになる。真波は雑誌のトップ作家で、大賞をとった作品はドラマ化もした。真波は俺にとってかけがえのない存在だ。
真波がいなかったら今の俺はいないだろう。俺はそんな真波の役に立てることならできる限りしていきたい。これからも真波は俺の大切なパートナーだ。
「……ありがとう。そしてこれからは人生のパートナーでいて欲しいんだ。」
この言葉に真波は頷き、笑顔を浮かべた。今までで一番の笑顔だと思う。
お読みいただき有難うございます。
初めての短編です。すごく短かったと思います。
2人の人生はこれからも幸せに続くことでしょう。