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空の魔法使い  作者: テルヒコ
空龍の炎
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明日へ

 ルヨはようやく泣き止んだが、未だしょげている。後ろからは鼻をすするような音が時折聞こえてきた。

 無理もない。故郷を捨てて生きる。それはミノーから考えても、ルヨには辛い事だろうとは分かる。

 そんなルヨを背に、ミノーはブルーニカに続く道を走る。


「もうすぐ着くよ、なんとか門限には間に合う」

「……うん」


 背に話しかければ返事はある。しかしその声にいつものような元気はない。

 こんな時にどんな言葉をかけたものか。

 ミノーは当たり障りの無い事しか言えず、アクセルを捻る。




 ……今更になるが、ミノーは圧倒的に体格で勝るルヨを背負って駆けている訳ではない。

 この世界に不似合いなその乗り物は、自動二輪車。茜色に黄昏る空の下、ミノーはそれに跨り、ルヨはその人にしがみつくように二人乗りで平原を走っていた。

 やはり、ミノーによるチートの産物だった。が、特筆すべきは、これは空魔法のみによる産物では無い事か。

 二輪車自体の材質には空魔法のみならず、鋼獣の鉄傘の力により調整された金属が多分に用いられている。そのように工夫を凝らした大きな理由としてはやはり、この先の事を考えての事だ。


(まだ、もう少し削れるかな)


 ミノーは如何に無駄を省こうかと思いを馳せる。それは空魔法への依存度を下げるため。先の出来事が、ミノーにそうさせていた。

 それはこの先、空龍に対抗しなければならないような事態を想定しての事だった。

 緑の高台へ向かう途中、空龍が力を及ぼす領域に足を踏み入れた途端に魔法が殆ど無効化されてしまった。恐らく、同種の力が同じものに対し、異なる効果を発揮する事が出来ないからだろう。

 もしそうなれば必ず影響力の奪い合いになる。そして、その力量はミノーよりも空龍が遥かに上。

 つまり今のまま空魔法に依存していては、ミノーは何も出来ずに空龍に負ける事になる。

 そうならない為には、手段が二つある。

 一つ、空魔法を使わない事。そもそも力比べで争わない事だ。

 一つ、空龍が薄く及ぼしている力を剥ぎ取り、一点突破で支配権を無理矢理自分のものにする事。

 そして、ミノーは後者を選んだ。その為に無駄な空魔法のリソースを省き、いざという時に備えているのだ。

 だがそれでも、ミノーには拭い得ない不安がある。


(そもそも、勝てる相手かしら……)


 再び相手になるやもしれないのは世界最強の魔獣……空龍だ。

 その力は、単に風を吹かせるだけ(・・)でミノーのそれなりのリソースを剥いでしまう。文字通り、力の総量は桁が違う。

 そして、何より恐るべきは知能だ。空龍は最早、知的生命体と言って差し支えない。

 ミノーが空龍の言語を感じ取ったのは記憶に新しい。更に、例の核融合反応だ。ミノーもまさか空龍が元素の概念を、D-T反応を成立させる程までに使い熟しているとは夢にも思わなかった。

 もしそれが知能によるものでなく、本能であんな事をしでかす存在なら、それはそれで恐ろしいが。

 だがあの莫大な力を使い熟すだけの知能があるなら、それはただただ脅威だ。


(でも、やるしかない)


 ミノーは静かに思考を切り替える。敵の強大さをいくら憶測しても仕方ない。

 やがて大きな壁が夕日を遮る。考え事をしている間に、ブルーニカの目の前まで来ていたようだ。

 ミノーは背中にしがみつくルヨを促し、二輪車を降りる。

 空龍に襲われるなどのハプニングはあったが、帰る所には帰って来れた。

 これからも帰って来よう。目を腫らしたルヨの手を引きつつ、ミノーはこの世界の故郷を想った。




 ミノーも薄々そうなるだろうと勘付いてはいたが、暗くなったブルーニカの街はものものしい雰囲気に包まれていた。

 超級を示す蒼銀の冒険者のプレートを見せてやれば身元ははっきりしたもので、何と無しに通される。が、其処彼処にブルーニカ領軍が詰め、或いは巡回している。

 やはり昼間の空龍の炎がブルーニカからも見え、騒ぎになった上で空龍それ自体も警戒してのことだろうと、ミノーは当たりをつける。

 この世界での主な光源は、そう安くない蝋燭など燃料の灯りだ。故に人々は夜更かしもせず街は早々に眠りにつくのだが、この日ばかりはそうでは無いようだ。

 眠りにつくどころか、どこかピリピリとした空気をミノーは感じ取っていた。

 ともあれ、それで二人の行動に違いが出ることはない。ミノーは当初の予定通り、冒険者ギルドへとルヨの手を引いていった。

 ギルドに入れば日没の頃。いつもは疎らに人も居る頃だが、この日、人は多かった。

 冒険者ギルドは情報も集まりやすい場所だ。やはりここも空龍のあおりを受けているかと、ミノーは人を避けてカウンターへ向かう。

 そこには赤い髪をした女性、コノンただ一人が居た。


「コノンさん」

「ミノー!良かった、無事で」


 コノンはカウンターから出てきてミノーに駆け寄る。どうやら心配してもらったらしい。

 ふと、ミノーはもう一人を気にするが、首を回しても姿が見えない。


「あれ、アネゴは?」

「ええ」


 コノンは首肯したかと思えば、ミノーの手を握る。

 んん?と、ミノーは首を傾げた。


「あの子、貴女達が心配で寝込んでいるの。早く行ってあげなさい」

「ええ?まじ?」

「にゃ……」


 後ろからルヨも声を上げる。今は自身も辛い筈だが、アネットの事も心配らしい。


「行こうルヨちゃん」

「うん……」


 言うが早いか、ミノーはコノンに手を引かれて行った。

 考えてみれば自分はまた同じ事をしてしまったのかと、ミノーは自覚する。

 そうなってしまった理由そのものは前回とは違う。以前は逃避、今回は……だが、そんな事がかの人に関係あるだろうか。

 結果が全てだろう。その結果はと言えば、心配のあまり寝込んでいるというではないか。

 昨日の今日ではあるが、ちゃんと謝ろうと、ミノーはアネットの下へ赴いた。

 案の定、大泣きしながら怒られた。


「ごめんて、アネゴ……」

「本当よこのバカぁ!」


 なかなか酷い言われようだった。


「ルヨも無事で良かった……怪我してない?」

「うん……大丈夫」

「なんかあたしと対応が違う」


 ともあれ、大事ない様子だった。

 互いに無事も確認できたところで、ミノーはルヨをアネットに任せて一人その場を後にする。

 一階のカウンターへと戻り、コノンを訪ねた。


「コノンさん」

「なあに?」

「ギルドマスターに取り次いでもらえませんか?」

「あら、それなら……」


 コノンが目を移した先、そこには紫髪のエルフの男性。


「初めましてだな、俺がガルソーだ」


 言うが早いか、ミノーの挨拶を待つ事もなくガルソーは向き直る。


「俺からも話がある。ついて来い」


 なかなかにせっかちな性格の様だ。

 遅れないよう、ミノーはいそいそと付いていった。




 ギルドマスターの部屋、ガルソーに席を勧められ、ミノーとガルソーは向き合う形で座した。


「似てねえな」

「実の親子って訳じゃないので」


 主語の無い会話の成立に、ガルソーは口角を小さく吊り上げる。それなりに話ができる相手らしい。


「ベンソンの奴もフロミアにゾッコンだからな。そりゃそうか」


 ガルソーはくつくつと笑うが、やがて真剣な空気を纏う。ここから先は単刀直入に、だろう。


「お前の事はある程度調べがついてる。半年程前にここに来たそうだな。【紫電】と【烈風】が現れたのと同時。更に金髪のエルフと行動を共にしていた。

そしてその一月後、裏ギルドのと抗争で死亡とされるも、数週間後にジア・ニーラスに姿を現し、鋼獣を撃退。超級冒険者へ昇格。【黒鉄】の異名を得る。

そしてお前はこちらに連絡をつけ、ベンソンと行動を共にした。かと思えば【紫電】がそれに代わり、お前はこうして戻って来た」


 成る程、随分と良く調べられている。何より、リーサーと行動を共にしていたという所まで割れているとは流石に予想外だった。

 妙な言い訳はできない。


「その上で聞こう。お前は何者で、何が目的だ」

「自分と周囲に危害が及ばない限りはギルドに敵対はありません。何者かについては喋れない事もあります」

「果たしてそうか?」


 取り敢えず害意はない旨を告げたが、ギルドマスターという立場からすれば『はいそうですか』という訳にはいかないらしい。

 ガルソーは更に続けた。


「ならお前は今日、何をしに緑の高台へ出た」

「それは……」

「お前らが緑の高台へ発ってから程なく、空龍が暴れ出した。有史以来一度として暴れた事のないあの空龍がだ。

分かるか?お前の立場はそこまで良いものじゃあねえぞ」

「……あたしが空龍をけしかけたとでも?」

「排除できる可能性じゃあねえな。それだけじゃあ無い。お前は魔獣の研究をし、姿を眩ませた金の氏族のエルフと行動を共にしていた。

空龍どころか、お隣さん(・・・・)との関係も疑われるな」


 ガルソーはリーサー達氏族の事を知っていた。成る程、彼らは確かに帝国で魔獣を研究していた。

 事ここに至りミノーも理解する。自分は帝国からやってきて、ブルーニカに空龍をけしかけて破壊工作を行なっているスパイだとでも思われているのだと。


「違うか?」

「……」


 違う。違うのだが、それを説明するには多くの秘密を開示しなければならない。

 人を模る魔獣たる我が身も、魔人を生み出して帝国から逃れた緑の高台の住人の事もだ。

 あまりに重大な秘密だ。ガルソーはそれなりに立場ある人物だが、果たして信頼できるだろうか。


「沈黙は肯定か?」

「いえ……あなたには話せない」

「なに?」

「あたしに帝国との関与は無い。空龍には確かに襲われた。けれど原因は分からない」

「証拠も理由もねえな。信じろってのか?」

「はい。これ以上を話すには、あたしがあなたを信じなければならない」

「……なるほどな」


 観念したのかガルソーは肩を竦め、息をついた。


「確認するが、ギルドへの害意は無いんだな?」

「はい」

「分かった。今はそれで良い」


 なんとか許してはもらえた様だ。ミノーも内心でほっと息をつき、今度は自分からの話題を出した。


「例の依頼はどうなっていますか?」

「ファルガナには到着している。未だ動きはねえな」

「そうですか」


 ミノーからの話題はものの一言二言で済んでしまう。

 無事なら良いかと、ミノーはその場を後にした。

 アネットの元へ戻ればその人はルヨと二人、談笑に興じていた。

 先程までの消沈具合は何処へやら、ルヨはいつもの明るさを取り戻していた。自分ではそうはならなかったのにと、ミノーは幾分不甲斐なさを感じつつもルヨを促す。


「お待たせルヨちゃん。遅くなっちゃったけど、宿に行こっか」

「うん。またねアネちゃん」

「気をつけてね」


 宿の部屋は借りたままなので宿探しには困らないが、早めに戻らなければ食事は出ないかもしれない。

 ミノーはマイペースな歩幅を急がせながら、ルヨに話しかける。


「明日は家を探そっか」

「お(うち)?」

「うん、お金はまだまだあるけれど、このまま宿暮らしっていうのも良くないからね」


 いつの間にか二人が一緒に暮らす体で話が進んでいるが、ミノーとしてもブルーニカにルヨ一人を放っておく選択肢もない。

 それに、『一緒に居る』と約束もしたようなものだ。


「うん!わかった!」

「ちなみにルヨちゃんどんな家が良い?」

「えっとねえ……」


 ミノーも勿論、この世界で起こる様々な事に対する備えを忘れた訳ではない。

 以前ミノーがここにいた時には屋根の上で、なんとも味気ない生活をしていたものだ。

 無駄の無い生活。魔法に頼り切りではあったが、物事に備えるにはもってこいだろう。

 だが、そうは出来ない。ルヨの事もあるが、変わりつつあるのはやはり自分なのだろう。

 そもそも以前も、ミノーはストイックさ故にあのような生活を送っていた訳では無い。あまりに自分が取るに足らなかったから、生活とも言えないような生命維持をしていただけなのだ。

 しかし今、ミノーは違う。

 相も変わらず、人間性はどうしようもない。その上、実体は魔素とかいう化物並の我が身。

 だがそれは、相違点を持つという人並みの共通点を持った……結局は一人の人なのだ。

 ミノーは今、自分を一人の人として見ることができた。だからこそ、不安で堪らない明日の事に立ち向かえた。

 そこにはほんの少しだが、自らの幸せとやらも含まれた。

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