死に行く者、生きて行く者
ミノーは怒れる。
その理由は、彼らが否定したものがある意味で、ミノー自身よりも大切なものだったからだ。
「黙って聞いていれば、あなたたちはルヨちゃんが生まれてこなければ良かったとでも言うつもりですか?」
ミノーは敢えて挑発的に問う。彼女自身が腹に据えかねたのもあるが、彼らの本音を問う必要があったのだ。……他ならぬ、大切なもののために。
そしてミノーの思惑通り、ヴィンデルトは反論に口を開いた。
「違う!私は――」
「イルヨールなんて人、あたしは知りません」
「――ッ!君が知らなかろうが、我々は忘れてはならぬのだ!」
「で、それがあたしと何の関係が?」
「な……関係……だと?」
ミノーはただひたすらに気に食わなかった。この集落の人間は本当に、ルヨをルヨとして見ているのかと。
「すみませんね。イルヨールなんて人はマジで知りません。あたしはルヨちゃんしか知らないんですよ。
時に、あなたたちはどうなんですか?」
「……どう、とは?」
「イルヨールって人がどんな人だったか知っていますか?おとなしい子?明るい子?何が得意?何が好き?何が嫌い?家族はどんな人?」
「それは……」
ヴィンデルトは答えられない。それもそのはずだ。当時はその人を実験対象としか思っていなかった。知っているのは実験の間際の、怯えた顔位のものだった。
「この子は願われて生まれてきたはずです。他でもないあなたたちに。
とってもいい子ですよ。ちょっと人見知りはするけど明るく元気で、お肉と可愛いものが大好きで、レフテオエルでは二回、空龍からもあたしを守ってくれた勇気のある子です」
「ああ……」
「それなのに……ルヨちゃんは生霊なんかじゃない。空虚なものでもない。あたしなんぞよりずっと魅力的な一人の人間です」
「すまななかった。よく分かった……」
魔人を生み出したことそれ自体、彼らにとっては紛れもない過ちだったのかもしれない。
しかし、生み出された二人の魔人が今やそれぞれが個人を成している事もまた事実だった。
「イルヨールの人格を殺してしまった……それは忌むべき事に変わりない。
だがどうか、安心して欲しい。ルヨは……我々が望み生み出したこの子は、紛れもなく私の……いや、里の家族だ」
ヴィンデルトは再びルヨを優しく撫でる。今度は優しげな表情だった。
ミノーも実際には、特にこのことについて心配していた訳でも無かった。ただ魔人を『生霊』などと表現した事はいただけない……言い過ぎたものだった。
彼らもライと共に、心底ルヨを大切にしていたのだろう。
しかし、人の人格を破壊し、魔人を生み出してしまったという罪の意識の大きさのあまり、ヴィンデルトもしっかりとした整理はつけられていなかったのだろう。
強い言葉で分からせたミノーだったが、特に責める気も無かった。魔人を生み出した過程はともかくとして、何かの折り合いをつける難しさは知っているからだ。
それに、彼らは彼らなりの責任を取っている。帝国から魔人に関する技術諸共姿を消し、ライとルヨをここまで育ててきたのだから、寧ろ立派なものだろうとも思えた。
「それは良かったです。……さて…」
ミノーは魔法を使う。
突然、小さな手をわきわきと動かした。
「にゃっ、にゃはっあははははは!やめてミノーちゃーん!」
すると、ルヨが身をよじって笑い始めたではないか。
「ルヨちゃん……!起きてたの?」
リーサーが驚きの声を上げる。
その通り、ミノーの空魔法でくすぐられたルヨは寝ぼける事もなく、誰にやられたのかもしっかりと把握できていた。
「親の心なんて子供には分からないものです。別の人間ですからね。それでもルヨちゃんには本音を聞く権利がありました」
ミノーもルヨの狸寝入りには気付いていた。
語り部は全てを話したが、その内容はルヨを前にして言える事であっただろうか。
事実はその人にとり、残酷だった。しかし全てがそうという訳でもない。ルヨの為にも、全てを聞き出す必要があった。
「すまなかったねルヨ……話した通りだ
ライには先に話したが、君には辛い事実だったろう」
「ううん、大丈夫だよ」
彼らもルヨには事実を伝えていなかった。それは事実を伝えるには、ルヨが未だ幼かったからだ。
「すまない……皆が君を我が子の様に思っていたのは本当だ。
しかし……私は……」
「ううん」
だが、彼女は彼らが思う程には幼くはない。
年齢を積み重ねていない彼女は、まだ人の温もり恋しいだろう。多くの人と関わった事も無ければ、人見知りもするだろう。
それでも……。
「おじいちゃんはおじいちゃんだよ」
受け止める事が出来る。
ルヨは一人の人として、真っ直ぐに育っていた。
「……そうか……そうか……!」
その言葉にヴィンデルトは泣きながら笑い出す。リーサーはと言えば、両手で顔を覆っていた。
過ちを犯し、全てを捨ててこの地に辿り着いた。しかし、全てが間違いでは無かった。
魔人はこの世における最大の禁忌であった。だが、魔人もまた人であるという目の前の事実。
そこに救いはあった。
「見苦しい所を見せてしまったな」
「いえ」
焚きつけたのは自分だからなと、ミノーは首を振る。
それに、見苦しい所など無い。むしろ何かまぶしいものを、ミノーは感じていた。
「私が知る魔がどういったものであるかは、今に話した通りだが……何か聞きたい事や、話しておきたい事はあるかね?」
「じゃあ、いくつか」
ライとルヨの二人が生まれた過程は分かった。
しかし、どうやらそれはミノーとは違う。『半人半魔獣』と『魔獣の力を持つ人間』とでは、近しいまでも違う。もっと言うならば、ミノーが『魔獣の力を持つ人間』というものかすらも怪しい。
それならば、聞いておきたい事はいくつかある。
「魔獣の研究をしていたって言いましたよね?」
「ああ」
「人型の魔獣って居ないんですか?」
「なに?……いや、その様な魔獣は聞いたことも…….まさか」
魔獣は一部の例外を除き、この世界に存在するあらゆる獣を模した姿をしている。嵐獣や鋼獣はそれぞれ狼に虎。その他の魔獣も多分に漏れない。
だが人の姿をした魔獣というものは、魔獣を研究していたヴィンデルトですら耳にした事も無い。居ないものだと思っていた。
しかし、今しがたのミノーの質問の意図を汲み取り、その可能性に至ってしまった。
「そのまさか……かもしれないんですよね」
ミノーにも自覚は無く、本当のところは分からない……いや、何故存在し、何のためにそこに居るのか、それは誰にも分からない。魔獣とはそういうものだった。
「あたし、ライ君に魔剣あげてるんですよ」
レフテオエルでベンソンと衝突した際、ミノーは暴走した。正気を失っていたミノーはルヨとライによって止められ、その時、ミノーが生み出した魔剣がライの手に渡った。
「なんと……ではその姿は……」
「魔素が足りないんだと思います。魔獣の体は魔素で出来ていて、魔剣も魔素で出来ているから」
「そうか……それでは確かにそうなのかもしれん。
我々の方法で生み出される魔人は、半分が人。故に、仮に魔素量の変化があったとしても、体が縮む事は無い。人体部分が変化に伴わぬからだ。
そして……恐らく魔剣も生み出す事は無い。魔素の減少は即ち、体の一部が削れる事に値すると思われる。危険性の高い事だ」
「魔人は、もし魔素が足りなくなったらどうなるんです?」
「検証のしようは無い。だが仮説として……有力なものは死だ。
魔人の構成物質は通常の物質と魔素が混在している。魔素の減少が限界を超えた時、生命活動が維持できなくなると考えられる」
「そうですか……じゃあ、逆もあるんですね?」
「然り」
明確な違いが、そこにあった。
ミノーはこの世界に来てからというもの、幾度と生命活動が維持できなくなるような状況に陥った。それでも今こうして生きているのは、魔素という魔法の物質が人体をすぐさま再構築しているからだ。
しかし、魔人はそうではなかった。魔人は半分が魔素にあらず、通常の人体なのだ。
ミノーは何度でも死んでは生き返るだろう。他方、魔人は人体の喪失が限界を超えたその時……。
「魔人は死んだらそれで終わり……なんですね?」
「左様。魔人であっても死は死だ。……君は……違うのだね?」
「はい、何度か死んで……この通りです」
「そうか……」
そしてヴィンデルトは一瞬、思いつめた様な顔をする。
迷ったのだ。自分達が掻き集めた情報から成る、予想される事実を。
「……これは可能性の一つとして考えて欲しい。君の生命についてだ」
「あたしの……?」
「もし君が本当に、人の姿をした魔獣であるならば……恐らく君に寿命は無い」
「……」
「最古の魔獣はこの地に住まう、空龍であると思われる。
魔獣はあらゆる獣の姿を模るが、あの様な生物は現在では何処でも見られない。
恐らく遥か太古に滅んだ種を模し、そして今尚生き続けている」
「あたしも同じだけ生きると?」
「可能性の一つだ」
「……そうですね」
無い話ではないと思った。何せ、死んで生き返るだけでも十分に不可思議だ。
自分に残された時間については考えた事も無かったが、この分だと寿命で死んでも生き返る。……いや、恐らく寿命すら来ない。
「この世界に来てから生理が止まりました」
「……」
「意識を失う度にリセットされるあたしの体は、時間を積み重ねる事が出来ない。死ぬか気絶するか寝るだけで振り出しに戻ります」
「……すまない」
「謝る事ないですよ。どうせそのうち分かる事ですよね?
それにあたし自身、その意味がまだよく分からないですから」
思う所が無いわけではない。
不老不死。過去に様々な人がそれを願ったかもしれない。しかし、いざ自分がそうであるかもしれないとなっても、不死はともかく、不老について実感は全く湧かない。
「だから、適度に生きますよ」
人生に時間があるかもしれない事。不確定なそんな事に良し悪しがつけられるほど、偉い人間でもない。
今は一先ず、今でいい。そういう事にした。
それに、本当の死は無いわけではない。この身の上に胡座をかいている場合ではないのだ。
話を終え、ミノーは一度頭を下げた。
「今日はありがとうございました。それで、これからのことですけど……」
下界に通じる唯一の道は、空龍の攻撃により砕けていた。
空魔法がほぼ封じられた今の所、安全にブルーニカまで戻る術が無かった。
しかし、ここに来るまでの術があった。
「ふむ、リーサー、頼めるかな」
「ええ、途中まで送っていくわよ」
「いえ、そうじゃなくて……」
ミノーが言いたいのはそこではない。
記憶に新しい。つい先程の出来事だった。
「ここは危険です。空龍が襲って来たら……」
「ああ、そうだな……ルヨ、彼女と共に行きなさい」
「えっ」
「おじいちゃん?」
「あなたたちは……ここの人はどうするんですか」
「我々はここに残るとも」
ミノーは今一度、心から厳しい目を向けた。
すると考えている事は伝わったのか、ヴィンデルトが先に口を開いた。
「すまない。だが我々はもう、ここで生きて行くと決めたのだ」
「……やだよ」
ここまで難しい話には入ってこなかったルヨが口を開いた事に、ミノーは呆気にとられた。
「ルヨちゃん……」
「やだよ……なんでみんなと居ちゃだめなの?」
しばらくルヨと過ごしていたミノーだったが、この様な姿は見た事が無かった。
……いや、一度見た事があった。レフテオエルで再開した時だ。あの時は顔は見えなかったが。
「ルヨ、よく聞きなさい。ここは君の生きるべき場所ではない」
「ちがうもん!ボクもお兄ちゃんもここが……」
「ルヨ!」
「ッ!」
「よく聞きなさい。……ここは死に場所なんだ」
「死に場所……」
「そうだ。私達は二度と外の世界には出ない。もう先は無いんだ」
「どうして……」
いつもの様な利発さは無い。俯いてはみるみる顔を歪め、目に涙が溜まった。
「みんなボクの家族なのに……」
「その通りだ」
思わず俯いた顔が上がる。
「私達はこの里から出る訳にはいかない。誰かが不幸になるかもしれないからだ。
だからルヨ、君が生きるのだ。私達が生み出し育てた君が生きてくれたなら……それが私達が生きた足跡だ」
確固たる意志だった。
決して曲げられない。故に、ルヨはついに泣き出す。認めるしかなかった。
「出来るね?ルヨ」
「……ゔん……」
ヴィンデルトはルヨを撫で、ミノーに目を向ける。
「心遣いは有難いが、そういう事だ」
「あたしがどうこう言うことでは……ないんですよね」
「左様」
そしてミノーはルヨと二人、リーサーと共に里を出た。
魔法は里と緑の高台直下の森との境を無くす。
来た時と同様、何時とも分からぬ内に越境した。
「じゃあ、元気でね二人とも」
「うん……」
「はい、ありがとうございました」
「頑張ってね……【-- - - -- -、-- - - --- -- -】」
詠唱の言葉だけ残し、リーサーは去った。
陽の傾き始めた薄暗い森に、二人だけが残る。
「……」
「……ルヨちゃん」
帰ろうかとミノーが促そうとしたその時、ルヨが抱きついてきた。
「……」
それはいつもの、可愛がりの抱擁ではなかった。
「大丈夫。あたしは一緒に居るからね」
「うん……うえぇぇぇぇん……」
彼らの意思は固い。それは他ならぬルヨの為だった。
死に行く彼らとではなく、外の世界で一人の人して生きて欲しいという願い。
それは歴史から姿を消す事を選んだ彼らの、外の世界への唯一の願いだった。




